白銀の世界で
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アシリパの父親が亡くなった苫小牧。
のっぺらぼうの捕まった支笏湖。
そして小樽。
刺青人皮はやはり地図を表しているのか。
そして、鶴見はその手がかりを元に何を得ようとしているのか。
「鶴見ってやつもかなりのくせ者だな。旭川の第7師団を乗っ取るとかいってたらしいが、それでどうするんだ?東京に攻め込んでクーデターか?」
「ですが、なぜ自身の所属の師団を乗っ取る必要が?何をするつもりなんです?」
白石とさくらの疑問に谷垣が答えた。
「旅順攻囲戦だろう。」
鶴見中尉の小隊によってもたらされた勝利は大きな犠牲の上で成り立っていた。二〇三高地を陥落させた頃までには一万の将兵は半分以下に。師団長の花沢中将は責任をとって自刃。命をなげうった兵士たちへの勲章や報奨金は一切与えられず冷遇されていった。鶴見中尉は命をかけて戦い抜いた戦友たちを導く軍事政権を樹立する。そこで未亡人たちへの職を与え、日々のままならない生活から救い出すのだ。
「お前らがなんのために金塊を見つけようとしているのか知らんが、鶴見中尉の背負っているものはおそらく比べものにならんだろう。」
そう言って、谷垣は話を締めくくった。
救われない者たちに救いの手を。
一見すれば誰もがその意見に賛同し、鼓舞される演説であろう。それについて行くのは志高い「純粋」な兵士たちだ。
さくらにとって、谷垣の話は全てを信じ込むことはできなかった。あの男の冷酷さ、非情さはこの身を以て体験してきたのだ。
疑わしいというだけで、女を辱める男に、本当に未亡人を、弱き者を救うという志があるのだろうか。
「あなたは鶴見という男を信用しているのですね。」
「どういうことだ…?」
谷垣から厳しい目が向けられた。しかし、それ以上に腹の底からわき上がる不快感がさくらから冷静さを奪っていった。さくらは拳を思い切り握りこんだ。少しでも声を荒げないように。ヒステリーだと、『だから女とは話し合いができないのだ』などと、言われぬよう、自身の感情に歯止めをかける。
「その未来にあなたは含まれているのですか?本当に人々のために動くような男なんでしょうか。」
矢継ぎ早に問われる言葉に谷垣も語気を強めて言い返した。
「俺は鶴見中尉の描く未来に役立てればそれでいい。お前に鶴見中尉を侮辱されるいわれはないぞ。」
「彼のために犠牲は当然、そういう思考にされているのか、同じ思考の者が集められているのか知りませんが。彼も同様に思っているからかもしれませんね。たとえ同じ師団の者であろうと、民間人であろうとも。」
そこまで言うと、隣で杉元が「さくらさん!」といさめた。
は、と気づいて周りをみると、今まで人にかみつくことのなかったさくらの変貌ぶりに唖然として、ことの成り行きを見守っていた。そこで一気に頭が冷えた。
「…すみません、言い過ぎました。少し風にあたってきます。」
いたたまれない空気から逃れるように、さくらはその場を退いた。
冷たい風が体をさす。体を縮こまらせながら手近な丸太に腰を下ろした。…いやな空気を作ってしまった。いくら鶴見との因縁があるとはいえ、八つ当たりもいいところだ。谷垣は思惑などなしに鶴見を慕っているのだろう。自身の身の上に起こったことを思うと、それが妙に引っかかった。しかし、熱くなりすぎたのは事実だ。あとで谷垣に謝らなければ…。さくらは、はあ、と大きく息を吐いた。
しばらく、そこで休んでいると、後ろから誰か足音が近づいてきた。
「落ち着いた?」
その声の主を見上げると、杉元だった。杉元は同じように隣に腰掛けた。
「へんな空気にしてしまってすみません。みなさん驚いてましたよね。」
「まあ見慣れなかったのもあるけど、大丈夫さ。アシリパさんも白石も何となく察してる。」
第7師団に助けに来た二人ならば、ある程度の事情は分かっているだろう。
「だとしても、軽率でした。」
敵に手の内をさらすのと同じだ。感情は不必要な情報まで相手に知らせてしまう。みなを危険にさらすことだってでてくるかもしれない。だからこそ、さくらは人一倍、冷静に状況判断をしなければならないと思っている。だが、そんな心配をよそに、杉元はあっけらかんと言った。
「たまには怒ったっていい。やりすぎたら、また俺が止めるさ。」
頼もしい杉元の言葉に、素直にうなずきたくなる。しかし、慰めを真に受けて周りを危険にさらすことなど、さくらにはできなかった。さくらは返事をする代わりに、
「みなさん、心配するかもしれません。戻りましょう。」と、促し、二人で小屋に戻った。
一晩、フチの小屋で休み、アシリパ、杉元、白石は大鷲を見つけたといって狩りに出て行ってしまった。敵の陣営の男を一人おいていくのに、心配をしたが、アシリパ曰く、狩りから戻るまでは動けない。と言われ、さくらは自身のけがの具合もあり、大人しく待っていることにした。小屋へ戻ってから、どうやって谷垣にわびようか、と考えていたが、再度謝罪すると「ああ」と短く反応するだけで、谷垣は何もなかったかのように振る舞ってくれている。それは、白石たちから何か聞いたのかもしれないし、谷垣自身の人柄からかもしれない。
三人を待ってる間、フチから薬草の効能を教わったり、煎じ方を教えてもらいながら、谷垣の看病を続けた。日本語が話せない代わりに日本語の聞き取りのできるフチに、身振り手振りで教えを請う。旅の途中で少しでも自分が役に立てるようにと思ってのことだ。
それが数日つづくころにはさくらの足は回復し、自力で歩き回れるようになった。谷垣の方も、体を支えてやれば、自分の食事ができるまでに回復した。
三人が戻ってくる頃には谷垣は一人で起き上がれるようになっていた。その後、アシリパと杉元は何度か、狩りに向かい、白石は街へ聞き込みへ行くようになる。さくらも同じく街で情報収集をと提案したが杉元に「白石と一緒は危ない。」却下され、フチの家にしばらくお世話になっている。
ある日、白石が谷垣にリュウのしつけについて熱心に聞いていることがあった。何かに使うのだろうか。白石に聞いてみても答えをはぐらかされ、体を張ってリュウのご主人となった白石は、今度はリュウを連れて再び街へと繰り出していった。
のっぺらぼうの捕まった支笏湖。
そして小樽。
刺青人皮はやはり地図を表しているのか。
そして、鶴見はその手がかりを元に何を得ようとしているのか。
「鶴見ってやつもかなりのくせ者だな。旭川の第7師団を乗っ取るとかいってたらしいが、それでどうするんだ?東京に攻め込んでクーデターか?」
「ですが、なぜ自身の所属の師団を乗っ取る必要が?何をするつもりなんです?」
白石とさくらの疑問に谷垣が答えた。
「旅順攻囲戦だろう。」
鶴見中尉の小隊によってもたらされた勝利は大きな犠牲の上で成り立っていた。二〇三高地を陥落させた頃までには一万の将兵は半分以下に。師団長の花沢中将は責任をとって自刃。命をなげうった兵士たちへの勲章や報奨金は一切与えられず冷遇されていった。鶴見中尉は命をかけて戦い抜いた戦友たちを導く軍事政権を樹立する。そこで未亡人たちへの職を与え、日々のままならない生活から救い出すのだ。
「お前らがなんのために金塊を見つけようとしているのか知らんが、鶴見中尉の背負っているものはおそらく比べものにならんだろう。」
そう言って、谷垣は話を締めくくった。
救われない者たちに救いの手を。
一見すれば誰もがその意見に賛同し、鼓舞される演説であろう。それについて行くのは志高い「純粋」な兵士たちだ。
さくらにとって、谷垣の話は全てを信じ込むことはできなかった。あの男の冷酷さ、非情さはこの身を以て体験してきたのだ。
疑わしいというだけで、女を辱める男に、本当に未亡人を、弱き者を救うという志があるのだろうか。
「あなたは鶴見という男を信用しているのですね。」
「どういうことだ…?」
谷垣から厳しい目が向けられた。しかし、それ以上に腹の底からわき上がる不快感がさくらから冷静さを奪っていった。さくらは拳を思い切り握りこんだ。少しでも声を荒げないように。ヒステリーだと、『だから女とは話し合いができないのだ』などと、言われぬよう、自身の感情に歯止めをかける。
「その未来にあなたは含まれているのですか?本当に人々のために動くような男なんでしょうか。」
矢継ぎ早に問われる言葉に谷垣も語気を強めて言い返した。
「俺は鶴見中尉の描く未来に役立てればそれでいい。お前に鶴見中尉を侮辱されるいわれはないぞ。」
「彼のために犠牲は当然、そういう思考にされているのか、同じ思考の者が集められているのか知りませんが。彼も同様に思っているからかもしれませんね。たとえ同じ師団の者であろうと、民間人であろうとも。」
そこまで言うと、隣で杉元が「さくらさん!」といさめた。
は、と気づいて周りをみると、今まで人にかみつくことのなかったさくらの変貌ぶりに唖然として、ことの成り行きを見守っていた。そこで一気に頭が冷えた。
「…すみません、言い過ぎました。少し風にあたってきます。」
いたたまれない空気から逃れるように、さくらはその場を退いた。
冷たい風が体をさす。体を縮こまらせながら手近な丸太に腰を下ろした。…いやな空気を作ってしまった。いくら鶴見との因縁があるとはいえ、八つ当たりもいいところだ。谷垣は思惑などなしに鶴見を慕っているのだろう。自身の身の上に起こったことを思うと、それが妙に引っかかった。しかし、熱くなりすぎたのは事実だ。あとで谷垣に謝らなければ…。さくらは、はあ、と大きく息を吐いた。
しばらく、そこで休んでいると、後ろから誰か足音が近づいてきた。
「落ち着いた?」
その声の主を見上げると、杉元だった。杉元は同じように隣に腰掛けた。
「へんな空気にしてしまってすみません。みなさん驚いてましたよね。」
「まあ見慣れなかったのもあるけど、大丈夫さ。アシリパさんも白石も何となく察してる。」
第7師団に助けに来た二人ならば、ある程度の事情は分かっているだろう。
「だとしても、軽率でした。」
敵に手の内をさらすのと同じだ。感情は不必要な情報まで相手に知らせてしまう。みなを危険にさらすことだってでてくるかもしれない。だからこそ、さくらは人一倍、冷静に状況判断をしなければならないと思っている。だが、そんな心配をよそに、杉元はあっけらかんと言った。
「たまには怒ったっていい。やりすぎたら、また俺が止めるさ。」
頼もしい杉元の言葉に、素直にうなずきたくなる。しかし、慰めを真に受けて周りを危険にさらすことなど、さくらにはできなかった。さくらは返事をする代わりに、
「みなさん、心配するかもしれません。戻りましょう。」と、促し、二人で小屋に戻った。
一晩、フチの小屋で休み、アシリパ、杉元、白石は大鷲を見つけたといって狩りに出て行ってしまった。敵の陣営の男を一人おいていくのに、心配をしたが、アシリパ曰く、狩りから戻るまでは動けない。と言われ、さくらは自身のけがの具合もあり、大人しく待っていることにした。小屋へ戻ってから、どうやって谷垣にわびようか、と考えていたが、再度謝罪すると「ああ」と短く反応するだけで、谷垣は何もなかったかのように振る舞ってくれている。それは、白石たちから何か聞いたのかもしれないし、谷垣自身の人柄からかもしれない。
三人を待ってる間、フチから薬草の効能を教わったり、煎じ方を教えてもらいながら、谷垣の看病を続けた。日本語が話せない代わりに日本語の聞き取りのできるフチに、身振り手振りで教えを請う。旅の途中で少しでも自分が役に立てるようにと思ってのことだ。
それが数日つづくころにはさくらの足は回復し、自力で歩き回れるようになった。谷垣の方も、体を支えてやれば、自分の食事ができるまでに回復した。
三人が戻ってくる頃には谷垣は一人で起き上がれるようになっていた。その後、アシリパと杉元は何度か、狩りに向かい、白石は街へ聞き込みへ行くようになる。さくらも同じく街で情報収集をと提案したが杉元に「白石と一緒は危ない。」却下され、フチの家にしばらくお世話になっている。
ある日、白石が谷垣にリュウのしつけについて熱心に聞いていることがあった。何かに使うのだろうか。白石に聞いてみても答えをはぐらかされ、体を張ってリュウのご主人となった白石は、今度はリュウを連れて再び街へと繰り出していった。