白銀の世界で
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背中にさくらさんを背負い、道を行く。背中に感じる重みは負担になるほどのものでもない。さくらさんをささえる手には、柔らかな感触がある。女性と触れ合う機会はそれほど多くはなかったが、彼女の体は、ここの女たちに比べてほっそりとして今にも手折られてしまうような繊細さがあった。
「さくらさん、傷に響かない?」
自分のがさつな持ち方では、折れてしまうのではないか。そう心配になるような繊細な体つきだ。彼女の体を支えるために添えている太ももは、柔らかさがありながらも細やかだ。未来の女とは、こういうものなのだろうか。俺の言葉にさくらさんは、「大丈夫です。」と短く答えた。
彼女は必要以上に言葉を発さない。それは、再会してから感じたことだった。自身の故郷の話、仕事の話、それを話してくれたのは、俺が手をかける前までのことだ。鶴見のもとで再会してからは、言葉を選ぶように話すようになっていた。
本来の姿は見せられない。
そう思わせたきっかけは俺であったし、第7師団での彼女への仕打ちは、それを助長させたのであろう。第7師団から脱出するために一芝居うったときも、アシリパさんを奪還しようと谷垣と交渉したときも、冷静さを失わなかった彼女が、感情を震わせたのは二瓶鉄造の死だった。敵対していた男のために涙を流せる、その無垢さにまぶしさを感じたし、同時に俺では彼女の心を動かせないという事実に、ちり、と胸に冷たい熱がともった。
「そういえば靴、変えたんだね。」
以前まではいていた華奢なものとは違い、登山用のしっかりした靴だ。
「この間、町で働いたときに買わせてもらいました。これからの旅で動きやすい方が便利だと思ったので。」
白石の紹介で働いた蕎麦屋のことか。さくらさんの懐には、まだ多くの金が入っている。この靴を買ってもまだ余りある給料であったのだ。白石はどれだけ割のいい仕事を紹介したのだろうか…。そこで、はたと思い至る。まさか……、
「…なんか危ないこととかさせられなかった?」
「ええ…大丈夫でしたよ。少し厄介なお客様が来ましたが、女将が守ってくださいましたし。…今回はそのお詫びもかねて少し給料が弾みましたし結果的によかったかなと。」
「いや良くねえよ。白石のやつ、なんてところ紹介しやがったんだ。」
飯盛り女は裏で客を取らされることもある。そういう店を紹介するとは。
「…分かっててすすめたのなら、ただじゃおかねえ。」
低く唸るようなつぶやきに、背中のさくらがぴくりと動揺したように動いた。
「軍に見つからないような店でなくては危険でした。ほとんど洗い場にいましたから、大丈夫でしたよ。」
だから、落ち着いてください。とさくらさんは慌てたように返答した。
「わかった…でも、次からは俺も店を確認することにするよ。今回は運が良かったけど、店によっては危ない目に遭うこともあるからね。」
さくらさんは素直に頷いて、「次からはお願いします。」と答えた。
そのまましばらく歩くと、アシリパさんたちと合流することができた。小さな小屋の中で、谷垣の治療にあたる。しかし、ここにあるものだけでは不十分なようで、アシリパさんの村に連れていくことになった。第7師団のやつのケガを治してやるのは、リスクでしかない。白石も心配していたし、声には出さないがさくらさんも心配そうな表情をしていた。しかし、アシリパさんが救いたいというのならば、それに従おう。一晩は小屋で過ごし、朝方、村へと出発した。
夕方、村に着くと、村のみんなが出迎えてくれた。オソマやアシリパの叔父、フチが担架で運ばれてきた谷垣をすぐにフチの家へと運んだ。さくらさんは初めてくる村に、物珍しそうにあちこち目をやっている。そうしているうちに、さくらさんの周りに子供たちが集まってきた。口々にさくらさんへ何か言っているようだが、俺もさくらさんもアイヌ語はわからない。助けをもとめるようアシリパさんへ目線を向けた。
「『へんな耳!』『おもしろい服!』あと、……『胸がでかい!』と言っているぞ。」
アシリパさんは最後のところは不服そうな顔をして言いよどんだ。子供は素直だが、明け透けにものを言う。さくらさんはさっと顔を赤くした。そのやりとりに白石が「ぴゅう!」と下世話な顔を向けてきた。さくらさんも白石のいやな雰囲気を感じ取ったのか鋭い視線を向けた。
「白石さん、失礼ですよ。」
「俺あ、なんも言ってないぜー。」
「目は口ほどにものを言う!さあ、早く谷垣さんを運んでください。」
「白石はリュウに噛まれるわ役に立たなかったんだから、今働け!」
アシリパさんからも厳しい叱責が飛び、白石は「くうん」と鼻を鳴らしてしぶしぶ手伝った。
白石には、そんなことも言えるのか…。
少しだけ砕けた物言いになるのは、俺とは違う出会い方をしたからなのか。何とも言えず、その光景をぼんやりと見つめた。
「杉元なにしてる。さっさと入れ。」
アシリパさんの声に我に返り、歩を進めた。しかし、自然と目線はさくらさんを追っていた。
「さくらさん、傷に響かない?」
自分のがさつな持ち方では、折れてしまうのではないか。そう心配になるような繊細な体つきだ。彼女の体を支えるために添えている太ももは、柔らかさがありながらも細やかだ。未来の女とは、こういうものなのだろうか。俺の言葉にさくらさんは、「大丈夫です。」と短く答えた。
彼女は必要以上に言葉を発さない。それは、再会してから感じたことだった。自身の故郷の話、仕事の話、それを話してくれたのは、俺が手をかける前までのことだ。鶴見のもとで再会してからは、言葉を選ぶように話すようになっていた。
本来の姿は見せられない。
そう思わせたきっかけは俺であったし、第7師団での彼女への仕打ちは、それを助長させたのであろう。第7師団から脱出するために一芝居うったときも、アシリパさんを奪還しようと谷垣と交渉したときも、冷静さを失わなかった彼女が、感情を震わせたのは二瓶鉄造の死だった。敵対していた男のために涙を流せる、その無垢さにまぶしさを感じたし、同時に俺では彼女の心を動かせないという事実に、ちり、と胸に冷たい熱がともった。
「そういえば靴、変えたんだね。」
以前まではいていた華奢なものとは違い、登山用のしっかりした靴だ。
「この間、町で働いたときに買わせてもらいました。これからの旅で動きやすい方が便利だと思ったので。」
白石の紹介で働いた蕎麦屋のことか。さくらさんの懐には、まだ多くの金が入っている。この靴を買ってもまだ余りある給料であったのだ。白石はどれだけ割のいい仕事を紹介したのだろうか…。そこで、はたと思い至る。まさか……、
「…なんか危ないこととかさせられなかった?」
「ええ…大丈夫でしたよ。少し厄介なお客様が来ましたが、女将が守ってくださいましたし。…今回はそのお詫びもかねて少し給料が弾みましたし結果的によかったかなと。」
「いや良くねえよ。白石のやつ、なんてところ紹介しやがったんだ。」
飯盛り女は裏で客を取らされることもある。そういう店を紹介するとは。
「…分かっててすすめたのなら、ただじゃおかねえ。」
低く唸るようなつぶやきに、背中のさくらがぴくりと動揺したように動いた。
「軍に見つからないような店でなくては危険でした。ほとんど洗い場にいましたから、大丈夫でしたよ。」
だから、落ち着いてください。とさくらさんは慌てたように返答した。
「わかった…でも、次からは俺も店を確認することにするよ。今回は運が良かったけど、店によっては危ない目に遭うこともあるからね。」
さくらさんは素直に頷いて、「次からはお願いします。」と答えた。
そのまましばらく歩くと、アシリパさんたちと合流することができた。小さな小屋の中で、谷垣の治療にあたる。しかし、ここにあるものだけでは不十分なようで、アシリパさんの村に連れていくことになった。第7師団のやつのケガを治してやるのは、リスクでしかない。白石も心配していたし、声には出さないがさくらさんも心配そうな表情をしていた。しかし、アシリパさんが救いたいというのならば、それに従おう。一晩は小屋で過ごし、朝方、村へと出発した。
夕方、村に着くと、村のみんなが出迎えてくれた。オソマやアシリパの叔父、フチが担架で運ばれてきた谷垣をすぐにフチの家へと運んだ。さくらさんは初めてくる村に、物珍しそうにあちこち目をやっている。そうしているうちに、さくらさんの周りに子供たちが集まってきた。口々にさくらさんへ何か言っているようだが、俺もさくらさんもアイヌ語はわからない。助けをもとめるようアシリパさんへ目線を向けた。
「『へんな耳!』『おもしろい服!』あと、……『胸がでかい!』と言っているぞ。」
アシリパさんは最後のところは不服そうな顔をして言いよどんだ。子供は素直だが、明け透けにものを言う。さくらさんはさっと顔を赤くした。そのやりとりに白石が「ぴゅう!」と下世話な顔を向けてきた。さくらさんも白石のいやな雰囲気を感じ取ったのか鋭い視線を向けた。
「白石さん、失礼ですよ。」
「俺あ、なんも言ってないぜー。」
「目は口ほどにものを言う!さあ、早く谷垣さんを運んでください。」
「白石はリュウに噛まれるわ役に立たなかったんだから、今働け!」
アシリパさんからも厳しい叱責が飛び、白石は「くうん」と鼻を鳴らしてしぶしぶ手伝った。
白石には、そんなことも言えるのか…。
少しだけ砕けた物言いになるのは、俺とは違う出会い方をしたからなのか。何とも言えず、その光景をぼんやりと見つめた。
「杉元なにしてる。さっさと入れ。」
アシリパさんの声に我に返り、歩を進めた。しかし、自然と目線はさくらさんを追っていた。