白銀の世界で
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腹が満たされ、すやすやと杉元の膝の上で寝息を立てているアシリパを見ながら、大人たちは余った酒を飲み交わしていた。小さな火だが、身を寄せ合って囲んでいると野外だというのに暖かく思える。これも久しぶりに飲んだ酒のせいだろうか。ぽかぽかとする体がゆるむような、そんな感覚になった。たった数時間前までは生きるか死ぬかの瀬戸際で奮闘していたとは思えないほどの穏やかな時間だ。杉元と白石も鍋の残りを突きながら、酒を飲み進めていた。
「さくらさん、これからどうするの?」
それは、杉元から発せられた言葉だった。独り言のようにつぶやいた声は、この小さな空間でも十分にさくらに伝わった。
「・・・正直、このまま街へ戻っても普通の生活は送れないと思っています。」
「まあ、第七師団から逃げてきたわけだしね。」
白石がお猪口をあおりながら、合いの手をいれた。
・・・一瞬、あの鶴見のにやにやした笑みと月島の冷たい視線が脳裏をかすめた。それと同じく腹部の違和感がよみがえり、いやな感覚をかき消すように、酒を一気にあおった。
「さくらさん・・・刺青人皮のことを知った今、きっと鶴見は君を見つけ出して始末すると思う。」
杉元の言葉が胸に刺さる。それはさくらも同じく考えていたことだった。イレズミニンピ・・・それが何かは分からなくとも、その言葉を知ってしまった今、第三者ではいられなくなってしまった。しかも、鶴見と敵対する杉元に助けられ、今ここにいる。平成の世では考えられないことであるが、あの狂気をはらんだ瞳を思い出すと、さくらに生きるために残された道はごくわずかである。
「杉元さん、足手まといなことは重々承知の上で、お願いします・・・。」
さくらは杉元の方に正座で向き直り、杉元と目を合わせた。杉元は、さくらの改まった態度に恐縮して、自身も姿勢を正そうとしたが、膝にいるアシリパを思って、できうる限り、体を向けるだけにとどめた。
「私も行動を共にさせてください。お願いします。」
杉元もさくらから発せられる言葉は予想できていたようだ。驚いた様子も迷惑そうな様子も見られず、頷いた。
「いずれにせよ、こうなるモンだったのかもしれないな。」
川に放り出されたあの軍人がそもそもの始まりだった。きっと、あの出会いが鶴見中尉へとつなげ、お互いの運命を死神に近づけたのだろう。
その後は、刺青人皮のこと、金塊のこと。彼らの求めるものがどういうものなのか杉元と白石から伝え聞くことになった。まさか、こんな飄々とした白石の体にこれほどの刺青が彫られているとは。薄々は感じていたが、脱獄囚であったとは・・・。そして、死体として引きはがされるための刺青というのがなんとも衝撃的であった。色々と現実ではないような話が飛び交う中、なんとか頭を整理し、皆朝まで横になることにした。話が一区切りし、横になった後も、さくらのまぶたの裏には白石の独特の彫りものが浮かんで離れなかった。
朝になり、杉元とアシリパ。白石とさくらで分かれて行動することにした。杉元たちが山へ猟に行く間、白石と街で情報収集をすることになった。しかし、昨日の今日でさくらの面は割れている。そのため、街外れの白石の顔が利く店で時間まで待つことになった。
「俺のなじみの店だから、安心しな。」
そういってウインクをする白石の後ろには妓楼が立ち並んでいた。現代人が想像する赤い格子の店ではなく、前掛けをした娘が店先に立ちながら、客寄せをしている。しかし、その実は奥に座敷があり、というものだ。大概が蕎麦屋も同時にやっているのだが、その店構えから飲食店としての力のいれようは見られず、表の商店街と比べると、その独特の雰囲気を醸し出している。
毒のない笑顔を浮かべているが、この男。明らかに分かっているだろう。
「・・・売る気ですか?」
さくらが絞り出した声に白石は悪びれもなく答えた。
「ここくらいしか軍人が寄ってこないところはないだろ?それにもし見つかっても、妓楼で見つけたなんてあいつら恥ずかしくて言えやしないさ。」
「ですが、」
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。女将には俺から話つけとくから!」
そういった白石に頼るより他はなく、彼の言葉を信じて、店の中にくぐった、朝でひと気はほとんどなかったが、奥からけだるげな女将が出てきて、白石は親しそうに二言三言話したかと思うと、
「それじゃ!俺が戻るまでよろしくねー!」
と、颯爽と走り去ってしまった。残されたのは私と女将だけである。女将は白石が行ったのを見計らうと、「それじゃ、裏の手伝いお願いするよ。」と、水場の方に案内された。
そこからは、蕎麦の器を片付けたり、水場の仕事を手伝うことになった。どうやら時間まで裏方の仕事をするよう口利きをしてくれたようで、内心ほっとした。一瞬、白石の裏切りを疑っていたことは秘密にしておこう、と心に決めた。
昼時になるとさすがに客が増え、女将一人だけでは回りきらないようで、さくらもかり出され、配膳の手伝いを少しだけするようになった。入ってくるのは男性客ばかりで、たまに女将に何か耳打ちして、2階へと上がっていく男もいた。さくらはそれには目を向けないようにして、職場の時と同じようににこやかに接客を続けた。
それが、あだとなったのかもしれない。
一人の男がさくらの腕をがしりとつかんだ。悠々とさくらの二の腕に回る大きな手と、それに比例するようにスーツの上からでも分かるほどの鍛え抜かれた体躯の男がこちらを見つめていた。その熱っぽい視線に思わず後ずさる。
「女将いい!!」
その男から発せられる声が、店を震わせる。そして、女将の方にさくらを引きずるようにして連れて行った。
「この女と一発やらせろ!!」
臆面もなく女将に告げる男の手は逃れられないほど強く、荒々しい息にこれから行われることを想像すると、腹の中からせりあがってくるような気持ち悪さを感じた。
「さくらさん、これからどうするの?」
それは、杉元から発せられた言葉だった。独り言のようにつぶやいた声は、この小さな空間でも十分にさくらに伝わった。
「・・・正直、このまま街へ戻っても普通の生活は送れないと思っています。」
「まあ、第七師団から逃げてきたわけだしね。」
白石がお猪口をあおりながら、合いの手をいれた。
・・・一瞬、あの鶴見のにやにやした笑みと月島の冷たい視線が脳裏をかすめた。それと同じく腹部の違和感がよみがえり、いやな感覚をかき消すように、酒を一気にあおった。
「さくらさん・・・刺青人皮のことを知った今、きっと鶴見は君を見つけ出して始末すると思う。」
杉元の言葉が胸に刺さる。それはさくらも同じく考えていたことだった。イレズミニンピ・・・それが何かは分からなくとも、その言葉を知ってしまった今、第三者ではいられなくなってしまった。しかも、鶴見と敵対する杉元に助けられ、今ここにいる。平成の世では考えられないことであるが、あの狂気をはらんだ瞳を思い出すと、さくらに生きるために残された道はごくわずかである。
「杉元さん、足手まといなことは重々承知の上で、お願いします・・・。」
さくらは杉元の方に正座で向き直り、杉元と目を合わせた。杉元は、さくらの改まった態度に恐縮して、自身も姿勢を正そうとしたが、膝にいるアシリパを思って、できうる限り、体を向けるだけにとどめた。
「私も行動を共にさせてください。お願いします。」
杉元もさくらから発せられる言葉は予想できていたようだ。驚いた様子も迷惑そうな様子も見られず、頷いた。
「いずれにせよ、こうなるモンだったのかもしれないな。」
川に放り出されたあの軍人がそもそもの始まりだった。きっと、あの出会いが鶴見中尉へとつなげ、お互いの運命を死神に近づけたのだろう。
その後は、刺青人皮のこと、金塊のこと。彼らの求めるものがどういうものなのか杉元と白石から伝え聞くことになった。まさか、こんな飄々とした白石の体にこれほどの刺青が彫られているとは。薄々は感じていたが、脱獄囚であったとは・・・。そして、死体として引きはがされるための刺青というのがなんとも衝撃的であった。色々と現実ではないような話が飛び交う中、なんとか頭を整理し、皆朝まで横になることにした。話が一区切りし、横になった後も、さくらのまぶたの裏には白石の独特の彫りものが浮かんで離れなかった。
朝になり、杉元とアシリパ。白石とさくらで分かれて行動することにした。杉元たちが山へ猟に行く間、白石と街で情報収集をすることになった。しかし、昨日の今日でさくらの面は割れている。そのため、街外れの白石の顔が利く店で時間まで待つことになった。
「俺のなじみの店だから、安心しな。」
そういってウインクをする白石の後ろには妓楼が立ち並んでいた。現代人が想像する赤い格子の店ではなく、前掛けをした娘が店先に立ちながら、客寄せをしている。しかし、その実は奥に座敷があり、というものだ。大概が蕎麦屋も同時にやっているのだが、その店構えから飲食店としての力のいれようは見られず、表の商店街と比べると、その独特の雰囲気を醸し出している。
毒のない笑顔を浮かべているが、この男。明らかに分かっているだろう。
「・・・売る気ですか?」
さくらが絞り出した声に白石は悪びれもなく答えた。
「ここくらいしか軍人が寄ってこないところはないだろ?それにもし見つかっても、妓楼で見つけたなんてあいつら恥ずかしくて言えやしないさ。」
「ですが、」
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。女将には俺から話つけとくから!」
そういった白石に頼るより他はなく、彼の言葉を信じて、店の中にくぐった、朝でひと気はほとんどなかったが、奥からけだるげな女将が出てきて、白石は親しそうに二言三言話したかと思うと、
「それじゃ!俺が戻るまでよろしくねー!」
と、颯爽と走り去ってしまった。残されたのは私と女将だけである。女将は白石が行ったのを見計らうと、「それじゃ、裏の手伝いお願いするよ。」と、水場の方に案内された。
そこからは、蕎麦の器を片付けたり、水場の仕事を手伝うことになった。どうやら時間まで裏方の仕事をするよう口利きをしてくれたようで、内心ほっとした。一瞬、白石の裏切りを疑っていたことは秘密にしておこう、と心に決めた。
昼時になるとさすがに客が増え、女将一人だけでは回りきらないようで、さくらもかり出され、配膳の手伝いを少しだけするようになった。入ってくるのは男性客ばかりで、たまに女将に何か耳打ちして、2階へと上がっていく男もいた。さくらはそれには目を向けないようにして、職場の時と同じようににこやかに接客を続けた。
それが、あだとなったのかもしれない。
一人の男がさくらの腕をがしりとつかんだ。悠々とさくらの二の腕に回る大きな手と、それに比例するようにスーツの上からでも分かるほどの鍛え抜かれた体躯の男がこちらを見つめていた。その熱っぽい視線に思わず後ずさる。
「女将いい!!」
その男から発せられる声が、店を震わせる。そして、女将の方にさくらを引きずるようにして連れて行った。
「この女と一発やらせろ!!」
臆面もなく女将に告げる男の手は逃れられないほど強く、荒々しい息にこれから行われることを想像すると、腹の中からせりあがってくるような気持ち悪さを感じた。