白銀の世界で
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杉元のつぶやくような声は静かな部屋に響いた。こちらをみる杉元の表情はさくらと同じくらい苦しそうだった。
「なぜ杉元さんが謝るんです?」
あの場に居合わせたのは偶然であったし、もしも2人に出会わなければさくらは寒さで凍え死んでいただろう。あの極寒の状況で一夜の宿と食事を与えてもらったこと。それは巻き込まれたとはいわないのではないか。杉元は色んなものを抱え込みやすい性質なのだろう。きっとさくらのことまで背負おうとしているのだ、ということは杉元の様子からなんとなく察した。
「あの山の中で一夜を越せたのは杉元さんとアシリパさんのおかげです。鶴見さんと知り合ってしまったのは偶然ですよ。あなたのせいではありません。」
「…でも俺と出会わなければこんなことにはならなかったよな。」
「出会わなければ、私はあの日死んでましたよ。」
命をつなげてこれたのはあの日があったからだ。
「月島さんの言葉を気にしているのですか?」
図星のようで、杉元の肩がぴくり、と動いた。
「あなたとは関係なく、いずれ怪しまれていたと思います。接客しているときも、言動から何か探られているようでしたし。…まさか、こうなるとは思いもしませんでしたが。」
「…日向さん…どうして、そんな冷静でいられるの?」
杉元はさくらが状況を客観的に分析している様子から、先ほどまで辛そうな表情をしていた人物と同じとは思えなかった。彼女の様子に責任を感じ、自分が弱音を吐いてしまったからだろうとは思う。しかし、鶴見の所業や、いつ出られるとも分からない状況で、一番責めやすい相手を責めず、反対に慰めるようなことをするとは。
「生きてここを出たいから。」
そう言うさくらの目には明確な意志が見てとれた。…あの時もそうだった。自分に追われ、刃が彼女をつらぬく寸前まで、さくらは生きることを諦めなかった。生きたい、それが行動原理であるのは自分と似ている部分であるな、と感じた。
「そうだね…ごめん、変なこと聞いたね。」
生きてここを出なくては。幼馴染のあの子のためにも、ここで死んではいられないのだ。
「絶対に生きてここを出よう。」
覚悟したように杉元は力強く言った。
あたりは暗くなり、空には星がかかっている。月島が出て行った後から暫く経つが部屋を訪れる者は1人もいなかった。その間、拘束されていないさくらは窓から脱出できないか確かめたり、外の様子を窺ったりしていた。杉元も椅子に縛られてはいるものの、動ける範囲で外の様子を窺っていた。やはり警備は厳しい。外には何人かの兵士がおり、窓にはめられた格子を外す間に気付かれてしまうだろう。となると、脱出口はひとつしかない。夜が深まったところで脱出を試みるか、あるいは…。
杉元が思案を巡らせているところで廊下から足音が聞こえてきた。数は2人。音を立てないよう歩いている。遠く、小さな音であったが、段々とこちらに近づいてくる。さくらにもその音が聞こえたようで、体を強張らせて息を飲んだ。
足音が目の前の扉で止まる。
現れたのは2人の軍人だった。双子なのだろう。よく似た顔だ。
「生きてるか?串団子野郎。」
片方が挑発するように言った。それに動じない杉元に2人は近付き、まじまじと見つめた。
「こいつがあの不死身の杉元なんてよぉ。本当に人違いじゃねぇのか?なあ洋平。」
「でもよぉ浩平。俺がしこたま殴って顔が倍になってたのに、もう腫れがひいてるぜ。不死身の杉元ってのは軍医が諦めるような怪我でも翌日には治ってたらしいな。」
そう言う2人の会話でさくらは杉元の顔をよくよく見つめた。その頬は腫れ、殴られて出血した跡が残っていた。そんなことにも気付かないくらい動揺しているのだ、と改めて気付かされる。私が鶴見から取り調べを受けている間、杉元も同じように手荒な取り調べを受けていたのだ。
「はらわた全部引き摺り出しても明日には治ってるのか?」
1人がナイフを抜いて杉元の方へ向けた。
「…ま、待ってください。」
静止の声を上げたのはさくらだった。軍人2人はまるで、存在に今気付いたかのように、こちらを怪訝そうに見た。
「お前はたしか、鶴見中尉が連れてきた女か。」
「お前の持ち物から変なのが出てきたらしいな。こいつが終わったら「ゆっくり」聞き出してやるよ。」
下衆な笑顔が月明かりでもよく分かった。鶴見のあの表情が脳裏をかすめ、吐き気がした。
「あ?洋平、こいつなんか言ってるぞ。」
「…お前、見分けがつくように印をつけてやる。」
「ああ?寝言いってんじゃねぇぞてめぇ。」
2人が杉元に顔を近づけたところで、顔面に杉元の頭突きが勢いよく入った。派手に壁に激突したところを杉元が椅子ごと回転してのしかかった。人間業とは思えないような戦闘にさくらは唖然として見ているより他なかった。2人がかりでも引けをとらない戦いぶりであったが、1人は刃物を持っている。杉元の上から覆いかぶさるようにしてナイフを胸に突き立てた。
「杉元さん…!!」
ずぶずぶと胸に沈んでいくナイフを必死で留めている。
「おおおおお!!俺は不死身の杉元だあああっ!!」
杉元は相手の腕をあらぬ方向にへし折った。それからは3人が団子になって殴り合い、ナイフで突き刺しながらの大立ち回りだった。その音を聞きつけて仲間の軍人達がやってきて止めにはいり、互いに命は取られずに済んだ。しかし、双子の方は激昂しており、興奮したまま取り押さえられ、連れて行かれた。
「お前ら入ってくんのがおせえんだよアホ。わざとデカい音たてたんだからすっ飛んでこいよ。」
杉元は縛り直されながらぶつぶつ文句をいっている。その表情とは裏腹に身体中から血が滲み、そばで見ているさくらからすれば、平然としているのが不思議な状況だった。戦争を経験しているから、これくらいの傷は気にするほどでもないのだろうか。
懐に入っている薬に手をやった。
先ほどの大立ち回りがなければ、きっと次は私だった。これくらいでお礼とはいかないかもしれたいが…。再びひとけのなくなった部屋で、さくらはあの朝、杉元にもらった薬を取り出した。
「杉元さん…差し出がましいかもしれませんが、手当てさせてください。」
「なぜ杉元さんが謝るんです?」
あの場に居合わせたのは偶然であったし、もしも2人に出会わなければさくらは寒さで凍え死んでいただろう。あの極寒の状況で一夜の宿と食事を与えてもらったこと。それは巻き込まれたとはいわないのではないか。杉元は色んなものを抱え込みやすい性質なのだろう。きっとさくらのことまで背負おうとしているのだ、ということは杉元の様子からなんとなく察した。
「あの山の中で一夜を越せたのは杉元さんとアシリパさんのおかげです。鶴見さんと知り合ってしまったのは偶然ですよ。あなたのせいではありません。」
「…でも俺と出会わなければこんなことにはならなかったよな。」
「出会わなければ、私はあの日死んでましたよ。」
命をつなげてこれたのはあの日があったからだ。
「月島さんの言葉を気にしているのですか?」
図星のようで、杉元の肩がぴくり、と動いた。
「あなたとは関係なく、いずれ怪しまれていたと思います。接客しているときも、言動から何か探られているようでしたし。…まさか、こうなるとは思いもしませんでしたが。」
「…日向さん…どうして、そんな冷静でいられるの?」
杉元はさくらが状況を客観的に分析している様子から、先ほどまで辛そうな表情をしていた人物と同じとは思えなかった。彼女の様子に責任を感じ、自分が弱音を吐いてしまったからだろうとは思う。しかし、鶴見の所業や、いつ出られるとも分からない状況で、一番責めやすい相手を責めず、反対に慰めるようなことをするとは。
「生きてここを出たいから。」
そう言うさくらの目には明確な意志が見てとれた。…あの時もそうだった。自分に追われ、刃が彼女をつらぬく寸前まで、さくらは生きることを諦めなかった。生きたい、それが行動原理であるのは自分と似ている部分であるな、と感じた。
「そうだね…ごめん、変なこと聞いたね。」
生きてここを出なくては。幼馴染のあの子のためにも、ここで死んではいられないのだ。
「絶対に生きてここを出よう。」
覚悟したように杉元は力強く言った。
あたりは暗くなり、空には星がかかっている。月島が出て行った後から暫く経つが部屋を訪れる者は1人もいなかった。その間、拘束されていないさくらは窓から脱出できないか確かめたり、外の様子を窺ったりしていた。杉元も椅子に縛られてはいるものの、動ける範囲で外の様子を窺っていた。やはり警備は厳しい。外には何人かの兵士がおり、窓にはめられた格子を外す間に気付かれてしまうだろう。となると、脱出口はひとつしかない。夜が深まったところで脱出を試みるか、あるいは…。
杉元が思案を巡らせているところで廊下から足音が聞こえてきた。数は2人。音を立てないよう歩いている。遠く、小さな音であったが、段々とこちらに近づいてくる。さくらにもその音が聞こえたようで、体を強張らせて息を飲んだ。
足音が目の前の扉で止まる。
現れたのは2人の軍人だった。双子なのだろう。よく似た顔だ。
「生きてるか?串団子野郎。」
片方が挑発するように言った。それに動じない杉元に2人は近付き、まじまじと見つめた。
「こいつがあの不死身の杉元なんてよぉ。本当に人違いじゃねぇのか?なあ洋平。」
「でもよぉ浩平。俺がしこたま殴って顔が倍になってたのに、もう腫れがひいてるぜ。不死身の杉元ってのは軍医が諦めるような怪我でも翌日には治ってたらしいな。」
そう言う2人の会話でさくらは杉元の顔をよくよく見つめた。その頬は腫れ、殴られて出血した跡が残っていた。そんなことにも気付かないくらい動揺しているのだ、と改めて気付かされる。私が鶴見から取り調べを受けている間、杉元も同じように手荒な取り調べを受けていたのだ。
「はらわた全部引き摺り出しても明日には治ってるのか?」
1人がナイフを抜いて杉元の方へ向けた。
「…ま、待ってください。」
静止の声を上げたのはさくらだった。軍人2人はまるで、存在に今気付いたかのように、こちらを怪訝そうに見た。
「お前はたしか、鶴見中尉が連れてきた女か。」
「お前の持ち物から変なのが出てきたらしいな。こいつが終わったら「ゆっくり」聞き出してやるよ。」
下衆な笑顔が月明かりでもよく分かった。鶴見のあの表情が脳裏をかすめ、吐き気がした。
「あ?洋平、こいつなんか言ってるぞ。」
「…お前、見分けがつくように印をつけてやる。」
「ああ?寝言いってんじゃねぇぞてめぇ。」
2人が杉元に顔を近づけたところで、顔面に杉元の頭突きが勢いよく入った。派手に壁に激突したところを杉元が椅子ごと回転してのしかかった。人間業とは思えないような戦闘にさくらは唖然として見ているより他なかった。2人がかりでも引けをとらない戦いぶりであったが、1人は刃物を持っている。杉元の上から覆いかぶさるようにしてナイフを胸に突き立てた。
「杉元さん…!!」
ずぶずぶと胸に沈んでいくナイフを必死で留めている。
「おおおおお!!俺は不死身の杉元だあああっ!!」
杉元は相手の腕をあらぬ方向にへし折った。それからは3人が団子になって殴り合い、ナイフで突き刺しながらの大立ち回りだった。その音を聞きつけて仲間の軍人達がやってきて止めにはいり、互いに命は取られずに済んだ。しかし、双子の方は激昂しており、興奮したまま取り押さえられ、連れて行かれた。
「お前ら入ってくんのがおせえんだよアホ。わざとデカい音たてたんだからすっ飛んでこいよ。」
杉元は縛り直されながらぶつぶつ文句をいっている。その表情とは裏腹に身体中から血が滲み、そばで見ているさくらからすれば、平然としているのが不思議な状況だった。戦争を経験しているから、これくらいの傷は気にするほどでもないのだろうか。
懐に入っている薬に手をやった。
先ほどの大立ち回りがなければ、きっと次は私だった。これくらいでお礼とはいかないかもしれたいが…。再びひとけのなくなった部屋で、さくらはあの朝、杉元にもらった薬を取り出した。
「杉元さん…差し出がましいかもしれませんが、手当てさせてください。」