星降る夜に
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次の休日、さくらはシナ先生と町へと出ていた。
『せっかくの外出なら、お買い物もしましょうよ。』というシナ先生の言葉に甘えて街の店々を回っているところである。かんざしや化粧道具、着物に日用雑貨。可愛らしい装飾のかんざしを見つけてはシナ先生の髪に当ててみたり。似合わないものがないんじゃないかというくらいシナ先生はかんざしも着物も何でも着こなしてしまう。久しぶりの女子同士の買い物に気分が上がる。
「借りれる長屋がこの近くなの。お買い物も来やすくていいでしょ。」
「好条件の場所ですね。女一人だと、ひとけがあった方が安心できます。」
お店もそうだが、人家も多い。これだけ人がいるなら、いざという時も助けを求めやすい。シナ先生が選んでくれただけあって、安全面も心配なさそうだ。シナ先生についてしばらく歩いていくと長屋の連なる場所へとやって来た。
「ここがそうよ。」
指さされた方を見る。長屋の前には恰幅のいい男性が立っている。
「あの人が大家さん」
そういうと、シナ先生は笑顔で大家さんに手を振った。
「大家さーん!」
大家さんはシナ先生を見ると目尻を下げて手を振り返してくれる。
「シナさん。今日もお綺麗で。」
「あら、ありがとう。大家さんもお元気そうでよかったわ。」
大家さんの軽口を簡単にいなしてシナ先生は返答した。それに気分を害する様子もない。大家さんはシナ先生に向けていた視線をさくらの方へ向けた。
「それで、お知り合いの方っていうのが、あなたですか。」
「はい、日向と申します。」
さくらは大家さんに挨拶と共に軽く会釈をした。顔を上げると大家さんと目が合う。なんとなく値踏みするような視線を感じる。少しの居心地の悪さを感じるが、これも致し方ないと思い直す。いくら紹介と言っても、本人はどのような人物か大家さんには分からないのだ。それに他の借り手も近くの長屋を使っているのならば、そちらのトラブルを起こさないか、心配になるのも当然だろう。
「お仕事は事務をされているとか。」
「ええ。」
どこまで言っていいのだろうか。チラリとシナ先生の方を見る。こちらの視線に気がついたのかシナ先生が小さく頷いた。
「詳しくは言えないけど、しっかりした職場で働いてる人よ。いつもは住み込みなんだけど、長期でお休みがもらえると近くに自分の家があると何かと便利でしょう?。」
「盆暮以外にもお休みがあるとは…なかなか良い仕事場ですね。」
シナ先生の言葉に顎に指をかけて思案をしている。この時代、盆暮以外は休みの無い職場の方が大半だろう。それを思えば手厚い職場だ。そこから何か導きせるものがあるのだろうか、なかなか好感触だ。
「それに…女の子ひとりだから、大家さんみたいに頼れる人がいると私も安心なの。」
シナ先生がそっと大家さんの手に自分の手を添えた。女のさくらからみてもドキッとしてしまう表情で。それを間近で受けている大家さんはたまったものではない。
「そ、それは、もちろん。」
顔を真っ赤にした大家さんにシナ先生は純粋そうな笑顔を向けた。
「よかった!さくらさん、借りるお部屋に行ってみましょう。」
もはやシナ先生の独壇場だ。ここは素直にお任せして、さくらはシナ先生の提案に頷いた。
通された長屋は八畳ほどの板間のスペースと土間に炊事場が付けられた簡素な作りのものだった。一つの井戸を囲むように長屋が並んでおり、八棟で一つの井戸を共有しながら生活をする形だ。他の長屋には若い夫婦や子供のいる家庭と比較的若い年代の入居者が多い。歳の近い女性が多いというのは安心だ。
何もない部屋だが、ここが自分の家になると思うと感慨深い。この世界で本当に地に足をつけて生きていく。その実感が湧いてくる。
「シナ先生、良いお部屋を紹介してくださってありがとうございます。」
「気に入ってくれてよかったわ。」
「今日はお礼にご馳走させてください。」
「近くにオススメのお店があるの。そこに行きましょう。」
シナ先生に手を引かれて長屋を後にする。往来へ出て見ると、見知った人影が二つ。そちらもさくらたちに気がついたのか、こちらへと向かってきた。
「さくらさんじゃないっスか!それに山本シナ先生も!」
元気よくきり丸が声をかけてくれる。
「お二人でお出かけですか。」
隣にいる土井先生がこちらに声をかけた。
「あら、土井先生!奇遇ね。さくらさんの借りる長屋を見てきたところなのよ」
「ええ、良いところを紹介いただいて。今からご飯をご馳走させて頂こうかと思っていたところなんです。」
ご馳走、というワードにきり丸の目が輝く。
「土井先生、今日はきり丸とお出かけですか?」
土井先生に顔を向けると、一瞬固まった表情がにこやかな笑顔に変わる。…何かを隠すときによく見る笑顔で。何か気になることがあるだろうか。…もしかしてお休みの日にシナ先生と出かけているのが気になるのだろうか?しかし、さくらは内心首を横に振った。そんなわけはない。土井先生はそんな心の狭い男ではない。こんな些細なことを気にしているならば、男性の多い忍術学園ではなおのこと分かりやすいはずだ。
土井先生は笑顔を貼り付けてさくらの問いに答えた。
「近くに我が家があるんですよ。それで夕飯の買い出しに。」
それを聞くとシナ先生が驚いたような声を出した。
「まさか土井先生がご近所さんなんて!さくらさん、よかったわね。いざという時は土井先生に声をかけれるわね。」
シナ先生の言葉に土井先生は「シナ先生、分かって紹介しましたね…?」と半ば断定的に言った。この流れで行くとさくらも、そんな気はし始めていた。しかし、初耳だとは言っても、苦虫を噛み潰したような顔をしなくても良いじゃないか。
「土井先生にはご迷惑がかからないようにしますので、安心してください。」
愛想笑いを貼り付けて土井先生に言うと、途端に土井先生は慌て始めた。
「いえ、さくらさんを決して迷惑だとは思っていません…!その、突然のことで驚いてしまって…!」
しどろもどろな土井先生の横できり丸がため息をついた。
「土井先生…何してるんスか。山本シナ先生、さくらさん僕たちこの後、子守のアルバイトがあるんで終わったら新居顔出しますねー!」
「それじゃ、お土産買って待っているわね。」
切り替えの早いきり丸のおかげで、空気を変えることができる。子供ながらに、「そういう」対応に慣れているのはアルバイト経験豊富なのもあるのかもしれない。子供に気を使わせてしまったのも申し訳なく、お土産の話をすれば、きり丸は再び嬉しそうに目を輝かせてくれる。
ここで土井先生ときり丸とは別れ、シナ先生とお店に向かうこととなった。
シナ先生オススメのお店は女性が好きそうなヘルシーな献立と甘味のついた昼食だった。この時代でも現代のランチのようなものがあるのか、と感心したが、ここは忍たまの世界だ。もはや何が起こっても不思議ではない。先ほどのことは忘れて二人で食事に舌鼓を打ち、簡単な日用雑貨を買い揃えて、長屋へと戻った。その頃にはすでに日が傾いてきていた。シナ先生は自身の家に帰る、とのことで部屋にはさくら一人だけだ。
簡単な調理器具と布団が一式。
まだ自分の部屋とは言い難いが、今日一晩くらいはここで寝られるようにはなった。部屋の中に夕陽の赤い色が差し込んでくる。そろそろ囲炉裏の火をつけようか、と火打ち石をカツカツと鳴らした。忍術学園ではほとんどやったことがない。しかし、これから一人で生活するのなら火くらい一人で起こせなければならない。小さな火花が散るも、なかなか火種にはなってくれない。食堂のおばちゃんは簡単につけているのに、やはり現代人には難しい。
「お付けしましょうか。」
長屋の入り口にいつの間にかやってきた土井先生が立っている。
「あれ、きり丸は?」
きり丸のために、先ほどの店で甘味のお土産を買っておいたのだ。首をかしげると、土井先生が答えた。
「私たちに気を遣ってくれたんでしょう。」
「ああ…」
そうだ、きり丸はとても空気の読める子だ。
「それじゃあ、お土産、土井先生が持っていってあげてください。二人分の甘味を買っておきましたから。」
「ありがとう、きり丸も喜ぶよ。」
そう言いながら土井先生は板間の方へやって来て、さくらの手を包み込むようにした。
「こうやって打つんだ。」
さくらの手の上から火打石を打ち付ける。勢いよくかち合った石から火花が散り、火種ができる。
「…ありがとうございます」
先ほどのやりとりもあって、素直に喜ぶことができないが、言葉では感謝の意を表しておく。それは土井先生も気がついているのか、こちらを窺うように視線を向けている。
「すみません、あの態度は怒って当然ですよね。」
大人の男がしゅんと背中を丸める。しかし…惚れた弱みだ。可愛く見えてしまうのは。
「本当は私の家へ来ないか、とお誘いしたかったんです。それが……シナ先生に先を越されてしまって、嫉妬しました。」
土井先生は申し訳なさそうに素直に理由を述べる。そんなことをされてしまえば、責めたくとも責められない。
「土井先生、分かっててやってます?」
「え?何のことですか?」
きょとんと何を言われているかわからない、と言った表情の土井先生。これは無自覚だろうが意識的だろうが、こちらに勝ち目はない。
「……いいです、私も大人気なかったです。近くに住んでいるなら嬉しいと思ってもらえるんじゃないか、と期待してたんです。当てが外れて拗ねただけです。」
恋人が近くに住んでいるなら嬉しく思ってくれるんじゃないか。その反応を期待しただけに、土井先生の不本意そうな表情は寂しく感じたのだ。
「でも、嫉妬してくれていたのなら、それはそれでいいです。」
それだけ思っていてくれたという事でしょう?と土井先生の方へ問いかける。土井先生の頬に赤みがさしている。囲炉裏の火だけではない、可愛い恋人の顔にさくらは手を添えた。端正な顔に自身の顔を近づける。土井先生も察したのか同じように顔近づけた。
『せっかくの外出なら、お買い物もしましょうよ。』というシナ先生の言葉に甘えて街の店々を回っているところである。かんざしや化粧道具、着物に日用雑貨。可愛らしい装飾のかんざしを見つけてはシナ先生の髪に当ててみたり。似合わないものがないんじゃないかというくらいシナ先生はかんざしも着物も何でも着こなしてしまう。久しぶりの女子同士の買い物に気分が上がる。
「借りれる長屋がこの近くなの。お買い物も来やすくていいでしょ。」
「好条件の場所ですね。女一人だと、ひとけがあった方が安心できます。」
お店もそうだが、人家も多い。これだけ人がいるなら、いざという時も助けを求めやすい。シナ先生が選んでくれただけあって、安全面も心配なさそうだ。シナ先生についてしばらく歩いていくと長屋の連なる場所へとやって来た。
「ここがそうよ。」
指さされた方を見る。長屋の前には恰幅のいい男性が立っている。
「あの人が大家さん」
そういうと、シナ先生は笑顔で大家さんに手を振った。
「大家さーん!」
大家さんはシナ先生を見ると目尻を下げて手を振り返してくれる。
「シナさん。今日もお綺麗で。」
「あら、ありがとう。大家さんもお元気そうでよかったわ。」
大家さんの軽口を簡単にいなしてシナ先生は返答した。それに気分を害する様子もない。大家さんはシナ先生に向けていた視線をさくらの方へ向けた。
「それで、お知り合いの方っていうのが、あなたですか。」
「はい、日向と申します。」
さくらは大家さんに挨拶と共に軽く会釈をした。顔を上げると大家さんと目が合う。なんとなく値踏みするような視線を感じる。少しの居心地の悪さを感じるが、これも致し方ないと思い直す。いくら紹介と言っても、本人はどのような人物か大家さんには分からないのだ。それに他の借り手も近くの長屋を使っているのならば、そちらのトラブルを起こさないか、心配になるのも当然だろう。
「お仕事は事務をされているとか。」
「ええ。」
どこまで言っていいのだろうか。チラリとシナ先生の方を見る。こちらの視線に気がついたのかシナ先生が小さく頷いた。
「詳しくは言えないけど、しっかりした職場で働いてる人よ。いつもは住み込みなんだけど、長期でお休みがもらえると近くに自分の家があると何かと便利でしょう?。」
「盆暮以外にもお休みがあるとは…なかなか良い仕事場ですね。」
シナ先生の言葉に顎に指をかけて思案をしている。この時代、盆暮以外は休みの無い職場の方が大半だろう。それを思えば手厚い職場だ。そこから何か導きせるものがあるのだろうか、なかなか好感触だ。
「それに…女の子ひとりだから、大家さんみたいに頼れる人がいると私も安心なの。」
シナ先生がそっと大家さんの手に自分の手を添えた。女のさくらからみてもドキッとしてしまう表情で。それを間近で受けている大家さんはたまったものではない。
「そ、それは、もちろん。」
顔を真っ赤にした大家さんにシナ先生は純粋そうな笑顔を向けた。
「よかった!さくらさん、借りるお部屋に行ってみましょう。」
もはやシナ先生の独壇場だ。ここは素直にお任せして、さくらはシナ先生の提案に頷いた。
通された長屋は八畳ほどの板間のスペースと土間に炊事場が付けられた簡素な作りのものだった。一つの井戸を囲むように長屋が並んでおり、八棟で一つの井戸を共有しながら生活をする形だ。他の長屋には若い夫婦や子供のいる家庭と比較的若い年代の入居者が多い。歳の近い女性が多いというのは安心だ。
何もない部屋だが、ここが自分の家になると思うと感慨深い。この世界で本当に地に足をつけて生きていく。その実感が湧いてくる。
「シナ先生、良いお部屋を紹介してくださってありがとうございます。」
「気に入ってくれてよかったわ。」
「今日はお礼にご馳走させてください。」
「近くにオススメのお店があるの。そこに行きましょう。」
シナ先生に手を引かれて長屋を後にする。往来へ出て見ると、見知った人影が二つ。そちらもさくらたちに気がついたのか、こちらへと向かってきた。
「さくらさんじゃないっスか!それに山本シナ先生も!」
元気よくきり丸が声をかけてくれる。
「お二人でお出かけですか。」
隣にいる土井先生がこちらに声をかけた。
「あら、土井先生!奇遇ね。さくらさんの借りる長屋を見てきたところなのよ」
「ええ、良いところを紹介いただいて。今からご飯をご馳走させて頂こうかと思っていたところなんです。」
ご馳走、というワードにきり丸の目が輝く。
「土井先生、今日はきり丸とお出かけですか?」
土井先生に顔を向けると、一瞬固まった表情がにこやかな笑顔に変わる。…何かを隠すときによく見る笑顔で。何か気になることがあるだろうか。…もしかしてお休みの日にシナ先生と出かけているのが気になるのだろうか?しかし、さくらは内心首を横に振った。そんなわけはない。土井先生はそんな心の狭い男ではない。こんな些細なことを気にしているならば、男性の多い忍術学園ではなおのこと分かりやすいはずだ。
土井先生は笑顔を貼り付けてさくらの問いに答えた。
「近くに我が家があるんですよ。それで夕飯の買い出しに。」
それを聞くとシナ先生が驚いたような声を出した。
「まさか土井先生がご近所さんなんて!さくらさん、よかったわね。いざという時は土井先生に声をかけれるわね。」
シナ先生の言葉に土井先生は「シナ先生、分かって紹介しましたね…?」と半ば断定的に言った。この流れで行くとさくらも、そんな気はし始めていた。しかし、初耳だとは言っても、苦虫を噛み潰したような顔をしなくても良いじゃないか。
「土井先生にはご迷惑がかからないようにしますので、安心してください。」
愛想笑いを貼り付けて土井先生に言うと、途端に土井先生は慌て始めた。
「いえ、さくらさんを決して迷惑だとは思っていません…!その、突然のことで驚いてしまって…!」
しどろもどろな土井先生の横できり丸がため息をついた。
「土井先生…何してるんスか。山本シナ先生、さくらさん僕たちこの後、子守のアルバイトがあるんで終わったら新居顔出しますねー!」
「それじゃ、お土産買って待っているわね。」
切り替えの早いきり丸のおかげで、空気を変えることができる。子供ながらに、「そういう」対応に慣れているのはアルバイト経験豊富なのもあるのかもしれない。子供に気を使わせてしまったのも申し訳なく、お土産の話をすれば、きり丸は再び嬉しそうに目を輝かせてくれる。
ここで土井先生ときり丸とは別れ、シナ先生とお店に向かうこととなった。
シナ先生オススメのお店は女性が好きそうなヘルシーな献立と甘味のついた昼食だった。この時代でも現代のランチのようなものがあるのか、と感心したが、ここは忍たまの世界だ。もはや何が起こっても不思議ではない。先ほどのことは忘れて二人で食事に舌鼓を打ち、簡単な日用雑貨を買い揃えて、長屋へと戻った。その頃にはすでに日が傾いてきていた。シナ先生は自身の家に帰る、とのことで部屋にはさくら一人だけだ。
簡単な調理器具と布団が一式。
まだ自分の部屋とは言い難いが、今日一晩くらいはここで寝られるようにはなった。部屋の中に夕陽の赤い色が差し込んでくる。そろそろ囲炉裏の火をつけようか、と火打ち石をカツカツと鳴らした。忍術学園ではほとんどやったことがない。しかし、これから一人で生活するのなら火くらい一人で起こせなければならない。小さな火花が散るも、なかなか火種にはなってくれない。食堂のおばちゃんは簡単につけているのに、やはり現代人には難しい。
「お付けしましょうか。」
長屋の入り口にいつの間にかやってきた土井先生が立っている。
「あれ、きり丸は?」
きり丸のために、先ほどの店で甘味のお土産を買っておいたのだ。首をかしげると、土井先生が答えた。
「私たちに気を遣ってくれたんでしょう。」
「ああ…」
そうだ、きり丸はとても空気の読める子だ。
「それじゃあ、お土産、土井先生が持っていってあげてください。二人分の甘味を買っておきましたから。」
「ありがとう、きり丸も喜ぶよ。」
そう言いながら土井先生は板間の方へやって来て、さくらの手を包み込むようにした。
「こうやって打つんだ。」
さくらの手の上から火打石を打ち付ける。勢いよくかち合った石から火花が散り、火種ができる。
「…ありがとうございます」
先ほどのやりとりもあって、素直に喜ぶことができないが、言葉では感謝の意を表しておく。それは土井先生も気がついているのか、こちらを窺うように視線を向けている。
「すみません、あの態度は怒って当然ですよね。」
大人の男がしゅんと背中を丸める。しかし…惚れた弱みだ。可愛く見えてしまうのは。
「本当は私の家へ来ないか、とお誘いしたかったんです。それが……シナ先生に先を越されてしまって、嫉妬しました。」
土井先生は申し訳なさそうに素直に理由を述べる。そんなことをされてしまえば、責めたくとも責められない。
「土井先生、分かっててやってます?」
「え?何のことですか?」
きょとんと何を言われているかわからない、と言った表情の土井先生。これは無自覚だろうが意識的だろうが、こちらに勝ち目はない。
「……いいです、私も大人気なかったです。近くに住んでいるなら嬉しいと思ってもらえるんじゃないか、と期待してたんです。当てが外れて拗ねただけです。」
恋人が近くに住んでいるなら嬉しく思ってくれるんじゃないか。その反応を期待しただけに、土井先生の不本意そうな表情は寂しく感じたのだ。
「でも、嫉妬してくれていたのなら、それはそれでいいです。」
それだけ思っていてくれたという事でしょう?と土井先生の方へ問いかける。土井先生の頬に赤みがさしている。囲炉裏の火だけではない、可愛い恋人の顔にさくらは手を添えた。端正な顔に自身の顔を近づける。土井先生も察したのか同じように顔近づけた。