星降る夜に
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再会から数日が経ち、忍術学園にはいつもの日常が戻ってきた。
さくらが2度目に忍術学園にやってきて、先生方、上級生たちは何事もないような顔で受け入れてくれた。それが本心からなのか、否か。さくらには判別がつかない。しかし、土井先生いわく、後をつけたりする気配はないとのことなので、額面通りに受け取っておくことにする。
さくらは事務室で書類をまとめると、胸に抱いて立ち上がった。
「小松田くん、行こうか。」
今日は先生方に事務からのお知らせをお渡しするのだ。
「は〜い」
と、いつもの間延びした声で小松田くんが返事をする。そしてさくらの隣にやってくると、二人で並んで教師長屋へと向かった。
小松田くんと二人で、忍術学園の外廊下を歩いていく。敷地にある木々は葉を赤や黄色に色付け、風が吹くたび、紅葉した葉が廊下へと流れてくる。足元にもみじの葉が吹き込んできた。
「秋も深まってきたのねぇ」
さくらが感慨深く呟くと、小松田くんも頷いた。
「焼き芋大会、さくらさんやりたいって言ってましたね。これだけあれば、きっと全員分の焼き芋ができますよ〜。」
「覚えてくれてたのね。」
掃除の最中に、ふと口にしたことだった。日常の小さな会話を覚えていてくれるのが、嬉しく感じる。
「さくらさん、楽しそうに話してましたから、僕もできたらいいなぁって思ってたんです。」
ふにゃり、と緩んだ顔の小松田くん。素直で、とてもいい子だ。こちらの時代に来て、同僚に恵まれている。毎日に癒しをありがとう、小松田くん。
心の中で、そんな軽口を叩いていると隣にいた小松田くんが視界から消えた。と、同時に大きな衝撃音。
「こ、小松田くん……!?」
視界を下へとやると、落ち葉に滑った小松田くん。「いたた…」と腰をさすっている。盛大に後ろへと尻餅をつくように転んでしまったようだ。顔を歪めているのだから、相当痛いのだろう。…書類よりも、まずは小松田くんを医務室へと連れていった方がいい。
「小松田くん、大丈夫?」
跪いて様子をみる。小松田くんは涙目でしゃがみ込んだままだ。
「肩を貸すから、まずは医務室へ行こう」
小松田くんの隣にしゃがみ込んで肩を並べる。小柄に見えても青年だ。さくら1人で持ち上がるだろうか、と内心不安だがやるしかない。小松田くんの腰に腕を回し、自身の肩へ小松田くんの腕を乗せてもらう。
「すみませ〜ん…」
申し訳なさそうな小松田くんに「大丈夫」と安心させるように笑いかける。さあ、立ち上がるか、というところで目の前に人影がやって来た。
「大丈夫ですか?!」
現れたのは土井先生で、心なしか息が上がっている。教師長屋はもう少し先だ。まさか、そこから来てくれたのだろうか。
「土井先生?どうしてここへ?」
いや、まさか、と思い土井先生に問いかける。
「部屋であなたの気配がしたんですが、そこから転ぶような音が聞こえたので、てっきりさくらさんが怪我をしたのかと急いで来たんです。」
「土井先生、…耳がいいんですね」
「小さな物音も聞き逃さないなんて、さすが土井先生〜!すごいですね!」
純粋な小松田くんは目をキラキラさせて土井先生を見上げている。さくらの方は予想が当たってしまったことに内心驚いていた。土井先生を含めて忍術学園の先生はとても優秀だと聞く。職場で恋人のため、いの一番に助けに来てくれるのは何とも嬉しい事態だが、そこまで土井先生の聴力が高スペックとは思いもしていなかった。……まさか、自室での音とか聞こえてるんだろうか。と、余計な心配に頭が回っていたところで、土井先生が小松田くんの隣にしゃがみ込むと、傷の具合を確かめ始めた。
「よほど強く打ったんだね。歩けないだろう。……怪我をしたのがさくらさんじゃなくて一安心だ。」
「土井先生ひどいです〜!!」
「ははっ、冗談だよ。さあ、小松田くん、おぶっていくから背に乗って。」
そういうと、土井先生は小松田くんに背中を向ける。小松田くんは痛そうにしながらも、土井先生の広い背中に何とか体を預けた。
「よっ」と、一声かけると土井先生は軽々と小松田くんをおぶったまま立ち上がった。
「土井先生、ありがとうございます。私ではきっと運ぶのに苦労したと思うので、助かります。」
女一人では、きっと医務室に連れていくにも小松田くんに痛い思いをさせてしまったに違いない。お礼を言えば、土井先生は優しい笑顔で「お安いご用ですよ。」と答えてくれた。
医務室に到着すると、ちょうど新野先生が在室中で後の処置はお任せできることとなった。土井先生とさくらは医務室を後に、教員長屋へと向かう。……二人きりになるのは、あの告白以来だ。お互い仕事もあり、子供達のいる手前、普段通りに接していた。しかし、こうして並んで歩いていると、何だかむず痒い気持ちだ。自信より頭ひとつ分大きな背丈に、『先生』の土井先生を男性と意識してしまう。
「何だか、緊張しますね…」
土井先生が恥ずかしそうに頬をかきながらさくらの方を見た。その顔は心なしか赤くなっているような気がする。…土井先生も同じ気持ちでいることに、嬉しさを感じる。
「先生も緊張されるんですね。」
「こういう男はお嫌いですか…?」
「…いいえ、可愛らしいと思いますよ。」
私は好きです、と答えると、土井先生の顔がさらに赤くなった。可愛らしい反応に自然と口元が上がる。土井先生は恥ずかしいのを誤魔化すように、「さくらさん、書類をお持ちしますよ。重いでしょう。」と手を伸ばしてきた。しかし、教員に配る分量だけで、大した量ではない。
「大丈夫ですよ。それに、土井先生はお部屋で待っていてもらわないと。」
さくらは土井先生に背中を向けるように、くるりと回った。
「順番に回っていきますから、お仕事をして待っていてください。」
その言葉に納得したのか、土井先生の腕が下りた。
気づけば、もう教員長屋が見えている。長屋をつなぐ渡り廊下で道を別れる。
「では、後ほど」
と、土井先生に声をかける。
「ええ、待っていますね」
柔らかい声と共におでこに土井先生の唇が触れる。さくらは唇の触れた場所を手で確認するように触れた。何が起こったのか理解できてくると、途端に顔に熱が集まってくる。去り際のキスが好きなのか、この人は。
「ちょっと、先生っ!」
抗議の声を上げると、「すまん、すまん」と全く悪びれる様子もなく返答を返してくる。
「さっき私をドキドキさせた仕返しだよ。びっくりしただろう?」
したり顔でさくらの顔を覗き込む。
「落ち着くまで、お仕事に行けないじゃないですか。」
土井先生は、口を尖らせるさくらの頭を撫でた。
「もう少し一緒にいられるのは嬉しいな。」
いつ人が来てもおかしくない状況で、さくらも満更でもなく、顔の熱が引くまで、しばらくなすがままになっていた。
「それで、締まりのない顔をして、どうしたんだ。」
部屋に戻って開口一番、山田先生がため息混じりに声をかけた。
「何もありませんよ。」
済まして答えるも、口元はニヤついている。十中八九、事務員の日向さん絡みだろうと推測できた。二人の想いが通じ合って一安心していたところで、半助のこの表情だ。うまくいっているらしい。子供達のいる職場ということで、なかなか二人の時間が取れないのではないか、と思っていたが、杞憂だったようだ。
「それで、祝言はいつ上げるんだ」
「はい?」
席について仕事を始めた半助が訝しそうにこちらを見やった。
「日向さんも年頃の女性だろう。…そういう話は男からしてやるものだ。」
「…男から」
噛み締めるように反芻する姿に、老婆心が芽生え、言葉を続ける。
「あの人も、こっちで身寄りがないんだろう。仕事は慣れてきたようだし、住む場所やら、色々と生活の方の相談に乗ってやりなさいよ。何なら「俺と一緒になって暮らそう」とでも言ったら、頼りのある男だと思うでしょうよ。」
「…いきなり「一緒になろう」なんて驚きませんか?」
半助は不安そうにこちらを伺う。この男にとっては、初めての恋だ。任務で人の心を得ることはあっても、実際の恋愛では慣れないことも多いだろう。
「そこは、生活の相談を聞きながら頃合いを見てだな…。まあ、一度話してみなさい。好きな男に「一緒になろう」と言われて嬉しくないおなごはいないんだから。」
「ねえ、日向さん、お休みはどこへいくか決めた?」
各々の先生方の部屋を回って、最後はくのいち教室のある敷地内の、山本シナ先生の部屋へとやってきた。事務書類を渡し終わったところで、ここで最後なら、少し休んで行ったら?とのご好意で、シナ先生からお菓子とお茶を頂いている。珍しい生菓子とお抹茶だ。秋の紅葉を模した練り切り。口に含めば、上品な甘さが広がる。その美味しさに舌鼓を打っていたところで、先ほどの言葉だ。何の話だろうか、と首を傾げる。
「お休みは特に何も決めてませんよ。」
いつもの休日ならば、図書室の本を読んだり、ちょっとごろごろしたり。…土井先生をおでかけに誘う、なんてこともいいかもしれない。と口がにやけそうになるのを、お菓子を口にして誤魔化す。
シナ先生は「あら、困ったわね」と頬に手を当てて、形の綺麗な眉を八の字に下げた。
「秋は稲の収穫で実家に戻る生徒が多いから、半月は学校を閉めるのよ。食堂のおばちゃんもいないから、ご実家に帰られる先生方も多いのよ。」
「ええ、そうなんですか?!」
初耳だ。事務員の中で、そんな話したこともなかった。…いや、小松田くんは、こちらの事情を知るはずもないし、吉野先生もわざわざさくらのプライベートな話を話題にあげることもない。
「その様子じゃ、誰も教えてなかったのね。土井先生は恋人なら、もう少し気を遣ってくれなきゃ。」
ぷんぷん怒る様もそれは美しい……、と現実逃避している場合ではない。
そして、なぜシナ先生が土井先生とさくらの恋愛事情を知っているかということは、深くは突っ込まないでおこう。
「残られる方もいらっしゃるんですか…?」
ダメ元で聞いてみるとシナ先生は首を横に振った。
現実問題、寝泊まりする場所を確保しなければならない。
焦るさくらの様子にシナ先生が口を開いた。
「私でよければ、借りられる長屋を紹介するわよ。」
渡りに船とは、まさにこのことだ。
美しいシナ先生が、もはや女神にさえ見えてくるのだった。
さくらが2度目に忍術学園にやってきて、先生方、上級生たちは何事もないような顔で受け入れてくれた。それが本心からなのか、否か。さくらには判別がつかない。しかし、土井先生いわく、後をつけたりする気配はないとのことなので、額面通りに受け取っておくことにする。
さくらは事務室で書類をまとめると、胸に抱いて立ち上がった。
「小松田くん、行こうか。」
今日は先生方に事務からのお知らせをお渡しするのだ。
「は〜い」
と、いつもの間延びした声で小松田くんが返事をする。そしてさくらの隣にやってくると、二人で並んで教師長屋へと向かった。
小松田くんと二人で、忍術学園の外廊下を歩いていく。敷地にある木々は葉を赤や黄色に色付け、風が吹くたび、紅葉した葉が廊下へと流れてくる。足元にもみじの葉が吹き込んできた。
「秋も深まってきたのねぇ」
さくらが感慨深く呟くと、小松田くんも頷いた。
「焼き芋大会、さくらさんやりたいって言ってましたね。これだけあれば、きっと全員分の焼き芋ができますよ〜。」
「覚えてくれてたのね。」
掃除の最中に、ふと口にしたことだった。日常の小さな会話を覚えていてくれるのが、嬉しく感じる。
「さくらさん、楽しそうに話してましたから、僕もできたらいいなぁって思ってたんです。」
ふにゃり、と緩んだ顔の小松田くん。素直で、とてもいい子だ。こちらの時代に来て、同僚に恵まれている。毎日に癒しをありがとう、小松田くん。
心の中で、そんな軽口を叩いていると隣にいた小松田くんが視界から消えた。と、同時に大きな衝撃音。
「こ、小松田くん……!?」
視界を下へとやると、落ち葉に滑った小松田くん。「いたた…」と腰をさすっている。盛大に後ろへと尻餅をつくように転んでしまったようだ。顔を歪めているのだから、相当痛いのだろう。…書類よりも、まずは小松田くんを医務室へと連れていった方がいい。
「小松田くん、大丈夫?」
跪いて様子をみる。小松田くんは涙目でしゃがみ込んだままだ。
「肩を貸すから、まずは医務室へ行こう」
小松田くんの隣にしゃがみ込んで肩を並べる。小柄に見えても青年だ。さくら1人で持ち上がるだろうか、と内心不安だがやるしかない。小松田くんの腰に腕を回し、自身の肩へ小松田くんの腕を乗せてもらう。
「すみませ〜ん…」
申し訳なさそうな小松田くんに「大丈夫」と安心させるように笑いかける。さあ、立ち上がるか、というところで目の前に人影がやって来た。
「大丈夫ですか?!」
現れたのは土井先生で、心なしか息が上がっている。教師長屋はもう少し先だ。まさか、そこから来てくれたのだろうか。
「土井先生?どうしてここへ?」
いや、まさか、と思い土井先生に問いかける。
「部屋であなたの気配がしたんですが、そこから転ぶような音が聞こえたので、てっきりさくらさんが怪我をしたのかと急いで来たんです。」
「土井先生、…耳がいいんですね」
「小さな物音も聞き逃さないなんて、さすが土井先生〜!すごいですね!」
純粋な小松田くんは目をキラキラさせて土井先生を見上げている。さくらの方は予想が当たってしまったことに内心驚いていた。土井先生を含めて忍術学園の先生はとても優秀だと聞く。職場で恋人のため、いの一番に助けに来てくれるのは何とも嬉しい事態だが、そこまで土井先生の聴力が高スペックとは思いもしていなかった。……まさか、自室での音とか聞こえてるんだろうか。と、余計な心配に頭が回っていたところで、土井先生が小松田くんの隣にしゃがみ込むと、傷の具合を確かめ始めた。
「よほど強く打ったんだね。歩けないだろう。……怪我をしたのがさくらさんじゃなくて一安心だ。」
「土井先生ひどいです〜!!」
「ははっ、冗談だよ。さあ、小松田くん、おぶっていくから背に乗って。」
そういうと、土井先生は小松田くんに背中を向ける。小松田くんは痛そうにしながらも、土井先生の広い背中に何とか体を預けた。
「よっ」と、一声かけると土井先生は軽々と小松田くんをおぶったまま立ち上がった。
「土井先生、ありがとうございます。私ではきっと運ぶのに苦労したと思うので、助かります。」
女一人では、きっと医務室に連れていくにも小松田くんに痛い思いをさせてしまったに違いない。お礼を言えば、土井先生は優しい笑顔で「お安いご用ですよ。」と答えてくれた。
医務室に到着すると、ちょうど新野先生が在室中で後の処置はお任せできることとなった。土井先生とさくらは医務室を後に、教員長屋へと向かう。……二人きりになるのは、あの告白以来だ。お互い仕事もあり、子供達のいる手前、普段通りに接していた。しかし、こうして並んで歩いていると、何だかむず痒い気持ちだ。自信より頭ひとつ分大きな背丈に、『先生』の土井先生を男性と意識してしまう。
「何だか、緊張しますね…」
土井先生が恥ずかしそうに頬をかきながらさくらの方を見た。その顔は心なしか赤くなっているような気がする。…土井先生も同じ気持ちでいることに、嬉しさを感じる。
「先生も緊張されるんですね。」
「こういう男はお嫌いですか…?」
「…いいえ、可愛らしいと思いますよ。」
私は好きです、と答えると、土井先生の顔がさらに赤くなった。可愛らしい反応に自然と口元が上がる。土井先生は恥ずかしいのを誤魔化すように、「さくらさん、書類をお持ちしますよ。重いでしょう。」と手を伸ばしてきた。しかし、教員に配る分量だけで、大した量ではない。
「大丈夫ですよ。それに、土井先生はお部屋で待っていてもらわないと。」
さくらは土井先生に背中を向けるように、くるりと回った。
「順番に回っていきますから、お仕事をして待っていてください。」
その言葉に納得したのか、土井先生の腕が下りた。
気づけば、もう教員長屋が見えている。長屋をつなぐ渡り廊下で道を別れる。
「では、後ほど」
と、土井先生に声をかける。
「ええ、待っていますね」
柔らかい声と共におでこに土井先生の唇が触れる。さくらは唇の触れた場所を手で確認するように触れた。何が起こったのか理解できてくると、途端に顔に熱が集まってくる。去り際のキスが好きなのか、この人は。
「ちょっと、先生っ!」
抗議の声を上げると、「すまん、すまん」と全く悪びれる様子もなく返答を返してくる。
「さっき私をドキドキさせた仕返しだよ。びっくりしただろう?」
したり顔でさくらの顔を覗き込む。
「落ち着くまで、お仕事に行けないじゃないですか。」
土井先生は、口を尖らせるさくらの頭を撫でた。
「もう少し一緒にいられるのは嬉しいな。」
いつ人が来てもおかしくない状況で、さくらも満更でもなく、顔の熱が引くまで、しばらくなすがままになっていた。
「それで、締まりのない顔をして、どうしたんだ。」
部屋に戻って開口一番、山田先生がため息混じりに声をかけた。
「何もありませんよ。」
済まして答えるも、口元はニヤついている。十中八九、事務員の日向さん絡みだろうと推測できた。二人の想いが通じ合って一安心していたところで、半助のこの表情だ。うまくいっているらしい。子供達のいる職場ということで、なかなか二人の時間が取れないのではないか、と思っていたが、杞憂だったようだ。
「それで、祝言はいつ上げるんだ」
「はい?」
席について仕事を始めた半助が訝しそうにこちらを見やった。
「日向さんも年頃の女性だろう。…そういう話は男からしてやるものだ。」
「…男から」
噛み締めるように反芻する姿に、老婆心が芽生え、言葉を続ける。
「あの人も、こっちで身寄りがないんだろう。仕事は慣れてきたようだし、住む場所やら、色々と生活の方の相談に乗ってやりなさいよ。何なら「俺と一緒になって暮らそう」とでも言ったら、頼りのある男だと思うでしょうよ。」
「…いきなり「一緒になろう」なんて驚きませんか?」
半助は不安そうにこちらを伺う。この男にとっては、初めての恋だ。任務で人の心を得ることはあっても、実際の恋愛では慣れないことも多いだろう。
「そこは、生活の相談を聞きながら頃合いを見てだな…。まあ、一度話してみなさい。好きな男に「一緒になろう」と言われて嬉しくないおなごはいないんだから。」
「ねえ、日向さん、お休みはどこへいくか決めた?」
各々の先生方の部屋を回って、最後はくのいち教室のある敷地内の、山本シナ先生の部屋へとやってきた。事務書類を渡し終わったところで、ここで最後なら、少し休んで行ったら?とのご好意で、シナ先生からお菓子とお茶を頂いている。珍しい生菓子とお抹茶だ。秋の紅葉を模した練り切り。口に含めば、上品な甘さが広がる。その美味しさに舌鼓を打っていたところで、先ほどの言葉だ。何の話だろうか、と首を傾げる。
「お休みは特に何も決めてませんよ。」
いつもの休日ならば、図書室の本を読んだり、ちょっとごろごろしたり。…土井先生をおでかけに誘う、なんてこともいいかもしれない。と口がにやけそうになるのを、お菓子を口にして誤魔化す。
シナ先生は「あら、困ったわね」と頬に手を当てて、形の綺麗な眉を八の字に下げた。
「秋は稲の収穫で実家に戻る生徒が多いから、半月は学校を閉めるのよ。食堂のおばちゃんもいないから、ご実家に帰られる先生方も多いのよ。」
「ええ、そうなんですか?!」
初耳だ。事務員の中で、そんな話したこともなかった。…いや、小松田くんは、こちらの事情を知るはずもないし、吉野先生もわざわざさくらのプライベートな話を話題にあげることもない。
「その様子じゃ、誰も教えてなかったのね。土井先生は恋人なら、もう少し気を遣ってくれなきゃ。」
ぷんぷん怒る様もそれは美しい……、と現実逃避している場合ではない。
そして、なぜシナ先生が土井先生とさくらの恋愛事情を知っているかということは、深くは突っ込まないでおこう。
「残られる方もいらっしゃるんですか…?」
ダメ元で聞いてみるとシナ先生は首を横に振った。
現実問題、寝泊まりする場所を確保しなければならない。
焦るさくらの様子にシナ先生が口を開いた。
「私でよければ、借りられる長屋を紹介するわよ。」
渡りに船とは、まさにこのことだ。
美しいシナ先生が、もはや女神にさえ見えてくるのだった。