星降る夜に
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
きり丸は土井先生と久しぶりに我が家へと向かっていた。
今はどこも米の収穫に大忙しだ。歩いていく道すがら、頭を重くした稲穂を農民たちが稲架掛けに干していく姿が多く見られる。隣を歩く土井先生も田んぼの様子を眺めている。
「豊作だ」
土井先生が嬉しそうにつぶやく。先生の知り合いというわけでもないのに、収穫の様子を見る目は優しい。
「市場で安く買えそうっスね」
安いようなら玄米と混ぜて炊くのもいい。食堂で食べられる白米がすでに懐かしい。きり丸は今日の夕食の算段を立てはじめる。秋のもの…栗を拾うアルバイトが出始めるころだ。駄賃とお裾分けの栗があれば、栗ご飯もできるな。市場の野菜は何が安いだろう。色々と頭の中で考えながら、隣の土井先生に視線を向けた。いつもと変わらない様子。……さくらさんのことは吹っ切れたのだろうか。
さくらさんに手紙を送ってから、しばらく経った。かなり遠くになるということで、利吉さんから知り合いの人へと渡り、その返事を待っているところだ。しかし返事を待たずに休みになってしまった。は組の皆が休みの話をしているのを、きり丸は内心不安を抱えながら聞いていた。…今回の帰省は一人だけかもしれない、と。土井先生の仕事で一人で帰ることはあったし、しんべえの家に世話になって、休みを別々に過ごすことなんて珍しくもなかった。しかし、土井先生はさくらさんの返事を待つために家には帰らないかもしれない。そう思うと、心の中で不安に思う気持ちが大きくなってしまったのだ。しかし、きり丸が考えていた不安は杞憂に終わった。
隣で歩く土井先生はまだ少し元気がなさそうだ。しかし、土井先生は田畑の農民たちの嬉しそうな顔を同じような表情で見つめている。それが、少しでも土井先生の気を紛らわせてくれるなら、ときり丸は思うのだった。
二人は家の近くの市までやってきた。
いつものように活気に溢れ、収穫された食材や小間物、それを売り買いする人々の笑顔が見える。
「さあ!お買い得を探しましょうかね!」
きり丸が腕まくりをして臨戦体制に入る。この中で一番お値打ちで、一番新鮮なものを求めて、目には心なしか炎が灯っているようにも見える。鼻息荒くするきり丸の隣で土井先生は「仕方ない」というように眉を下げる。こうなると突っ走ってしまう少年をうまく取りなすのが大人の役目だ。
「お手柔らかに頼むよ」
と一応、一言を入れてきり丸の後に続いた。
きり丸は一つ一つの商品を吟味するように見比べ、時には商品の陳列の仕方や、売られているものの傾向を見ながら「…次はこれが売れそうだな」と購買者としてだけでなく、自身の今後のアルバイトにも参考にしつつ店を見て回っていた。あちこちへ駆けていくきり丸を見失わないように土井先生は早足で後ろをついていく。
ここのところ、土井先生は、きり丸やは組の様子を気にかけていた。皆が土井先生のために、と行動を移し、自分の担任の心配までしているのだ。皆でさくらを探しに行ったと知った時は、そこまで元気がないと思われているのか、と自身の自覚のなさに自分でも衝撃を受けたものだ。しかし、市場で駆け回っているきり丸の元気そうな姿に胸を撫で下ろした。子供に心配をかけてどうするのだ、と心の中で自分を叱咤する。
「あ、土井先生!あれにしましょう!」
きり丸が目を輝かせて指さす方を見る。今日の夕飯の献立が決まったらしい。指さす方へと向かおうを歩を進めたところで、一瞬、土井先生の動きが止まった。人混みの中に見慣れた後ろ姿を見つける。
見慣れた後ろ姿。
あの旅路で見たさくらの姿と重なった。
「あ……」
名を呼ぼうとしたところで、くだんの人物が連れと話し始める。
その横顔はさくらとは異なる面立ちであった。
違う
あの人は、ここにはいない
目の前でさくらが消えた姿を見ているはずなのに。自身の冷静さを欠いた行動に、またしても翻弄される。
すぐに気持ちを切り替えて、きり丸の指す方向へと歩を進めた。
「どれ、今日の夕飯は何かな」
いつものように穏やかな表情を向ける。一瞬、きり丸の笑顔が曇る。
「…里芋とレンコンとごぼう。やっぱ、旬のものはお値打ちっすねー!」
その顔を隠すように、きり丸は土井先生の着物の袖を引きながら足早に店の方へと駆けていった。
そのあとは、いつもと変わりなく、近所のおばちゃんと大家さんに挨拶をして、家の中を簡単に掃除をして、夕食の準備をする。そうして忙しくしていれば、胸の中にあるつぶてのような重りに気が付かなくて済む。お互いに、いつものように穏やかな休日を過ごす。
日が暮れてくれば、囲炉裏を囲んで夕食だ。二人でいつものように向かい合って座る。鍋の中には買った野菜と少しの米、味噌で味付けをした雑炊が湯気を上げている。秋の夜は、肌寒い。囲炉裏の火と鍋の暖かさが体を温めてくれる。囲炉裏の火が、雑炊の様子を見ている土井先生の顔を照らしている。その姿をきり丸はぼうっと見つめる。
「なんだ、疲れたのか?」
いつもより口数の少ないのが気になったのか、土井先生がきり丸に問いかけた。きり丸は土井先生の問いに首を横に振った。
「じゃあ、アルバイトの心配でもあるのか?…まさか、また抱え切れないくらい仕事をもらってきたんじゃ」
土井先生の顔色が青くなり始める。しかし、きり丸はそれにも首を横に振った。
「土井先生…」
俯いたきり丸が言いにくそうに口をひらく。
「さくらさんに会いたいですか…?」
探るように土井先生の方を見上げる。
「なんだいきなり。日向さんはご実家の都合で帰省されているんだろう。私たちがどうこういうものではないよ。」
「でも、先生……さくらさんがいなくなってから様子がおかしいですよ、いつもしない失敗とか…」
言い募ろうとする言葉を土井先生が遮るように言葉を被せた。
「そりゃあ同僚がいなくなったら寂しく思うものさ。皆には心配をかけてすまなかったが、もう大丈夫だ。心配するようなことはもうない。」
土井先生は鍋の方へ視線を移した。出来上がった雑炊を器に盛り付けていく。二つの椀に盛り付けると、一方をきり丸の方へと差し出した。
「今日はたくさん歩いた。疲れているだろう。食べたら、ゆっくり寝なさい。」
土井先生は穏やかな笑みを浮かべた。しかし眉は少し下がったままだ。きり丸は、ぐっと自身の唇を噛んだ。
言いたくない
本当は、こんなこと言いたくない
でも、土井先生にこんな顔をさせたくない…
「先生、…俺のことは気にしないでください。福富屋で住み込みアルバイトの話も来てたことありますし、どこでも生きていけますから。」
「きり丸…」
「さくらさんと一緒になりたいのに、俺が邪魔しちゃ申し訳ないっすよ。ちゃんと迎えにいってあげてください。……その間に俺がこの家…二人の家、綺麗にしておきますんで。」
ニカっと笑顔を見せる。なんでもないように振る舞えているだろうか。
全てを失って、忍術学園にやってきた。最初は、は組の生徒たちを見て擦れた気持ちでいた。家族がいて、ぬくぬくと育って、休みになれば当たり前のように『家』へと帰っていく。…身寄りのない自分が持ち得ないものを持っている者たち。
初めての休暇は惨めで、でも誰かに助けを求めれるほど素直にもなれなくて。正門で、どこへ行こうかと思っていた時だった。
「うちに来るか?」
担任として放って置けなかったのもあるだろう。同情だったのかもしれない。しかし、きり丸にとって、その一言は雨風を凌げる場所をくれただけではなかった。誰かと寝食を共にできる。家族のない自分を迎えてくれる人がいる。それが一人ぼっちだったきり丸の世界に温かな光を灯したのだ。
小さな長屋の一室だった。
囲炉裏があって、二人で寝転がれば、それでいっぱいになるくらいの小さな小さな場所。
その小さな宝物のような場所を…大切な人のために。土井先生のためになるなら。
もう十分、土井先生からもらったのだ。生きていく場所。人のあたたかさを。だから、今度はさくらさんに渡す番だ。
ここは、本当の家族が暮らす方がずっといいんだ。
「…けんかしたのか知りませんけど、あんないい人いませんよ。土井先生もいい歳なんだから、いい人もらって…」
そこまでいうと、土井先生の手がきり丸の頭へと伸びた。ぽん、と頭に手が乗せられた。
「私は日向さんを呼ぶつもりはないし、ここで一緒に住むつもりもないよ。」
「でも二人は…」
「私たちはそんな関係じゃないし、お前が出ていく必要もない」
土井先生はきり丸と視線を合わせた。
「きり丸、ここはお前の家だよ。」
土井先生は、はっきりと言い切った。そして、乱暴にきり丸の髪を乱すように乱暴に撫でた。土井先生の言葉と、頭を撫でる手のあたたかさがきり丸の心を安堵させた。
「何も泣かなくていいだろう。」
困ったように土井先生の眉が下がった。
今だけは、子どもらしく泣いてもいいだろうか。ぼんやり滲む視界で、優しく笑う土井先生の顔がうつった。
今はどこも米の収穫に大忙しだ。歩いていく道すがら、頭を重くした稲穂を農民たちが稲架掛けに干していく姿が多く見られる。隣を歩く土井先生も田んぼの様子を眺めている。
「豊作だ」
土井先生が嬉しそうにつぶやく。先生の知り合いというわけでもないのに、収穫の様子を見る目は優しい。
「市場で安く買えそうっスね」
安いようなら玄米と混ぜて炊くのもいい。食堂で食べられる白米がすでに懐かしい。きり丸は今日の夕食の算段を立てはじめる。秋のもの…栗を拾うアルバイトが出始めるころだ。駄賃とお裾分けの栗があれば、栗ご飯もできるな。市場の野菜は何が安いだろう。色々と頭の中で考えながら、隣の土井先生に視線を向けた。いつもと変わらない様子。……さくらさんのことは吹っ切れたのだろうか。
さくらさんに手紙を送ってから、しばらく経った。かなり遠くになるということで、利吉さんから知り合いの人へと渡り、その返事を待っているところだ。しかし返事を待たずに休みになってしまった。は組の皆が休みの話をしているのを、きり丸は内心不安を抱えながら聞いていた。…今回の帰省は一人だけかもしれない、と。土井先生の仕事で一人で帰ることはあったし、しんべえの家に世話になって、休みを別々に過ごすことなんて珍しくもなかった。しかし、土井先生はさくらさんの返事を待つために家には帰らないかもしれない。そう思うと、心の中で不安に思う気持ちが大きくなってしまったのだ。しかし、きり丸が考えていた不安は杞憂に終わった。
隣で歩く土井先生はまだ少し元気がなさそうだ。しかし、土井先生は田畑の農民たちの嬉しそうな顔を同じような表情で見つめている。それが、少しでも土井先生の気を紛らわせてくれるなら、ときり丸は思うのだった。
二人は家の近くの市までやってきた。
いつものように活気に溢れ、収穫された食材や小間物、それを売り買いする人々の笑顔が見える。
「さあ!お買い得を探しましょうかね!」
きり丸が腕まくりをして臨戦体制に入る。この中で一番お値打ちで、一番新鮮なものを求めて、目には心なしか炎が灯っているようにも見える。鼻息荒くするきり丸の隣で土井先生は「仕方ない」というように眉を下げる。こうなると突っ走ってしまう少年をうまく取りなすのが大人の役目だ。
「お手柔らかに頼むよ」
と一応、一言を入れてきり丸の後に続いた。
きり丸は一つ一つの商品を吟味するように見比べ、時には商品の陳列の仕方や、売られているものの傾向を見ながら「…次はこれが売れそうだな」と購買者としてだけでなく、自身の今後のアルバイトにも参考にしつつ店を見て回っていた。あちこちへ駆けていくきり丸を見失わないように土井先生は早足で後ろをついていく。
ここのところ、土井先生は、きり丸やは組の様子を気にかけていた。皆が土井先生のために、と行動を移し、自分の担任の心配までしているのだ。皆でさくらを探しに行ったと知った時は、そこまで元気がないと思われているのか、と自身の自覚のなさに自分でも衝撃を受けたものだ。しかし、市場で駆け回っているきり丸の元気そうな姿に胸を撫で下ろした。子供に心配をかけてどうするのだ、と心の中で自分を叱咤する。
「あ、土井先生!あれにしましょう!」
きり丸が目を輝かせて指さす方を見る。今日の夕飯の献立が決まったらしい。指さす方へと向かおうを歩を進めたところで、一瞬、土井先生の動きが止まった。人混みの中に見慣れた後ろ姿を見つける。
見慣れた後ろ姿。
あの旅路で見たさくらの姿と重なった。
「あ……」
名を呼ぼうとしたところで、くだんの人物が連れと話し始める。
その横顔はさくらとは異なる面立ちであった。
違う
あの人は、ここにはいない
目の前でさくらが消えた姿を見ているはずなのに。自身の冷静さを欠いた行動に、またしても翻弄される。
すぐに気持ちを切り替えて、きり丸の指す方向へと歩を進めた。
「どれ、今日の夕飯は何かな」
いつものように穏やかな表情を向ける。一瞬、きり丸の笑顔が曇る。
「…里芋とレンコンとごぼう。やっぱ、旬のものはお値打ちっすねー!」
その顔を隠すように、きり丸は土井先生の着物の袖を引きながら足早に店の方へと駆けていった。
そのあとは、いつもと変わりなく、近所のおばちゃんと大家さんに挨拶をして、家の中を簡単に掃除をして、夕食の準備をする。そうして忙しくしていれば、胸の中にあるつぶてのような重りに気が付かなくて済む。お互いに、いつものように穏やかな休日を過ごす。
日が暮れてくれば、囲炉裏を囲んで夕食だ。二人でいつものように向かい合って座る。鍋の中には買った野菜と少しの米、味噌で味付けをした雑炊が湯気を上げている。秋の夜は、肌寒い。囲炉裏の火と鍋の暖かさが体を温めてくれる。囲炉裏の火が、雑炊の様子を見ている土井先生の顔を照らしている。その姿をきり丸はぼうっと見つめる。
「なんだ、疲れたのか?」
いつもより口数の少ないのが気になったのか、土井先生がきり丸に問いかけた。きり丸は土井先生の問いに首を横に振った。
「じゃあ、アルバイトの心配でもあるのか?…まさか、また抱え切れないくらい仕事をもらってきたんじゃ」
土井先生の顔色が青くなり始める。しかし、きり丸はそれにも首を横に振った。
「土井先生…」
俯いたきり丸が言いにくそうに口をひらく。
「さくらさんに会いたいですか…?」
探るように土井先生の方を見上げる。
「なんだいきなり。日向さんはご実家の都合で帰省されているんだろう。私たちがどうこういうものではないよ。」
「でも、先生……さくらさんがいなくなってから様子がおかしいですよ、いつもしない失敗とか…」
言い募ろうとする言葉を土井先生が遮るように言葉を被せた。
「そりゃあ同僚がいなくなったら寂しく思うものさ。皆には心配をかけてすまなかったが、もう大丈夫だ。心配するようなことはもうない。」
土井先生は鍋の方へ視線を移した。出来上がった雑炊を器に盛り付けていく。二つの椀に盛り付けると、一方をきり丸の方へと差し出した。
「今日はたくさん歩いた。疲れているだろう。食べたら、ゆっくり寝なさい。」
土井先生は穏やかな笑みを浮かべた。しかし眉は少し下がったままだ。きり丸は、ぐっと自身の唇を噛んだ。
言いたくない
本当は、こんなこと言いたくない
でも、土井先生にこんな顔をさせたくない…
「先生、…俺のことは気にしないでください。福富屋で住み込みアルバイトの話も来てたことありますし、どこでも生きていけますから。」
「きり丸…」
「さくらさんと一緒になりたいのに、俺が邪魔しちゃ申し訳ないっすよ。ちゃんと迎えにいってあげてください。……その間に俺がこの家…二人の家、綺麗にしておきますんで。」
ニカっと笑顔を見せる。なんでもないように振る舞えているだろうか。
全てを失って、忍術学園にやってきた。最初は、は組の生徒たちを見て擦れた気持ちでいた。家族がいて、ぬくぬくと育って、休みになれば当たり前のように『家』へと帰っていく。…身寄りのない自分が持ち得ないものを持っている者たち。
初めての休暇は惨めで、でも誰かに助けを求めれるほど素直にもなれなくて。正門で、どこへ行こうかと思っていた時だった。
「うちに来るか?」
担任として放って置けなかったのもあるだろう。同情だったのかもしれない。しかし、きり丸にとって、その一言は雨風を凌げる場所をくれただけではなかった。誰かと寝食を共にできる。家族のない自分を迎えてくれる人がいる。それが一人ぼっちだったきり丸の世界に温かな光を灯したのだ。
小さな長屋の一室だった。
囲炉裏があって、二人で寝転がれば、それでいっぱいになるくらいの小さな小さな場所。
その小さな宝物のような場所を…大切な人のために。土井先生のためになるなら。
もう十分、土井先生からもらったのだ。生きていく場所。人のあたたかさを。だから、今度はさくらさんに渡す番だ。
ここは、本当の家族が暮らす方がずっといいんだ。
「…けんかしたのか知りませんけど、あんないい人いませんよ。土井先生もいい歳なんだから、いい人もらって…」
そこまでいうと、土井先生の手がきり丸の頭へと伸びた。ぽん、と頭に手が乗せられた。
「私は日向さんを呼ぶつもりはないし、ここで一緒に住むつもりもないよ。」
「でも二人は…」
「私たちはそんな関係じゃないし、お前が出ていく必要もない」
土井先生はきり丸と視線を合わせた。
「きり丸、ここはお前の家だよ。」
土井先生は、はっきりと言い切った。そして、乱暴にきり丸の髪を乱すように乱暴に撫でた。土井先生の言葉と、頭を撫でる手のあたたかさがきり丸の心を安堵させた。
「何も泣かなくていいだろう。」
困ったように土井先生の眉が下がった。
今だけは、子どもらしく泣いてもいいだろうか。ぼんやり滲む視界で、優しく笑う土井先生の顔がうつった。