星降る夜に
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学園の落ち葉掃きをする小松田くん。その口からは今日何度目とも知れないため息が出る。
「はあ、……一人で落ち葉掃きをするのってこんなに大変だったかなぁ。」
ため息をついては手が止まる。止まっている間にも、秋の紅葉がひらひらと次から次へと舞い落ちていく。終わりの見えない作業に、またしても小松田くんの口からため息が漏れた。
「さくらさん、急に実家に帰られるなんて…何かあったのかなぁ」
ある朝、事務室に行くとさくらさんの使っていた机は綺麗さっぱり、物一つ置いていなかった。なんだろう?と吉野先生に聞けば、「日向さんは急用でしばらく実家へ帰られるそうだよ」とのこと。
「挨拶もなしなんて…相当大変なことがあるのかなあ」
小松田くんは顎に指を当てて考え込んだ。しかし、これといって思いつくものもなく、再びため息をつきながら掃き掃除を再開した。
少し前まで一人でやっていた掃除は、さくらさんが一緒にするようになって劇的に素早く終わるようになった。そして、何より二人で話す何気ない話が小松田くんにとって、楽しい時間だった。
『昨日、ランチでね』
『ねえ!小松田くん!この花綺麗だねえ!』
『次の葉っぱ拾いの日は焼き芋大会やってみようよ。子供達も誘ったら喜ぶかも!』
楽しそうに話すさくらさん。まだ来たばかりだったけど、忍術学園を大切に思ってくれていた人。
『小松田くん!ストーップ!そこに書類が!』
『ゆっくり確認しながらやろう。私も手伝うからさ。』
『さすが先輩事務員さん!細かいことは小松田くんがよく分かってるね、ありがとう。』
事務方では怒られることばかりだったのに、さくらさんは、根気強く一緒にお仕事をしてくれたし、小さな事もすごく褒めてくれた。最初は先輩として事務のお仕事を教えてあげなきゃ、と思っていたのが、いつの間にか小松田くんがさくらに支えられる構図へと変わっていった。頼れる姉のような、友人のような居心地のいい関係だった。
「さくらさん、……戻ってこないかなぁ」
なんとなしに掃き掃除をしているからなのか、赤や黄色に染まる地面は、まだまだ綺麗になりそうにない。小松田くんは、また「はぁ…」とため息をついた。
授業中、いつもならバイトの疲れでうたた寝をしてしまうきり丸が、珍しく真剣に授業を受けている。他の1年は組の生徒たちは、見慣れない光景に、教科書と土井先生、きり丸への視線を行ったり来たりさせながら様子を窺っていた。対してきり丸の方は、いつもと様子の違う土井先生を心配そうに見ている。
土井先生はいつものようにそつなく授業を進めている。端から見れば、変わりないように見えるだろう。しかし、毎日長い時間を過ごしている、は組の生徒たち。そして、休みの日も一緒のきり丸には、土井先生がどんな状態なのか、他の者よりは察しがつきやすいのだ。
落ち込んでいる
皆に心配をかけないように普段通りを心がけているのだろうが、いつもの笑顔に力がない。わずかに下がった眉が、土井先生の気持ちを表している。
家に帰って、近所のおばちゃんと二人で何やら話し込んでいるとき。きり丸には聞かせたくない話なのだろう。神妙な顔をした二人の表情を見ればわかる。そういう時、きり丸は素知らぬ顔をして夕飯の買い出しへと繰り出すのだ。そして、終わったであろう頃に戻ってくると、土井先生は部屋の掃除を始めていて、いつものように「おかえり」と少し下がった眉でいつものように笑顔で迎えるのだ。その時の顔に似ている。大人たちの話だ。子供のきり丸が出る幕でないことも、慰めるようなものでないことも、分かっている。だから、きり丸もいつものように「ただいまー!」と元気に帰ってくるのだ。そうすれば、土井先生の表情も段々と戻ってくる。
今回も、いつものように元気な姿を見せていれば、大丈夫だろうと思っていたのだ。しかし、日を追うごとに土井先生は、子供達に心配されるような失敗を重ねていった。日にち薬では治らない。その原因は事務員の日向 さくらさん、だろう。突然、実家の事情でいなくなってしまってから、土井先生の様子がおかしいのだ。
二人に何かあったのか
喧嘩でもしたのかな
それとも……
土井先生らしくない理由を一つ一つ頭の中で潰していく。すると残ったのは、二人の子供ができたのでは?という事だった。身重になれば里へ帰る人もいると言う。さくらさんがそうならば、土井先生の様子にも合点がいく。
二人が家族になる。……そうなれば、自分はどうなるのだろう。
血のつながらない子どもを居候させてくれているが、本当の「家族」ができてしまったら。
教科書を逆さに持つ土井先生の様子に、は組の生徒たちから指摘が入る。土井先生は笑顔で誤魔化して、再び授業を始めた。きり丸は教科書へ視線を落とした。
仕事から帰宅して、夕食や風呂を済ませ、さくらは一息つくためにベランダへ出た。手にはいつものように、あの貝紅が握られている。月明かりに照らされて、白地の貝殻が照り輝く。それを開ければ鮮やかな赤が顔を出した。あの場所と繋ぐ唯一の物。これを見ると、土井先生との別れを思い出してしまうが、それでも、あの場所を生きた大切な証だ。今頃、子供達は就寝時間だろうか。先生方は採点や残業をしているだろうか。夜の教師長屋で、障子越しから燭台の火が廊下に差し込む。さくらは図書室で借りてきた本を読むため、同じく燭台の火を灯す。そういう静かな時間があった。平和に思えた時間はわずかで、その後すぐに漆間に行くことになってしまった。……面白そうな本がたくさんあったなぁ。和綴じの本がつまれた図書室。墨と紙の匂いがなんとなく気持ちを落ち着けてくれる。一緒に新刊図書の準備をした生徒たちを思い浮かべる。すごい手捌きのきり丸、中在家くん、それをサポートするように走る能勢くん、怪士丸くん、不破くん。みんな楽しそうで、自分の仕事に一生懸命取り組んでいた。
それを思うと、今の自分はどうだ。
元の世界に戻ってから、自分の不幸に酔うように、仕事を蔑ろにして、人との付き合いも……。高坂くんや照代ちゃんの好意を無駄にしてしまっている。
「しっかりしないとね。」
会えないからって、弱気になってどうするのだ。
彼らは、生きている。
自分の場所で、きっと今も一生懸命に。
もう一度貝紅に視線を落とした。
『ここで頑張っているあなたに、何かできたらって思っていたの。』シナ先生が勇気づけるようにくれた貝紅。忍術学園で懸命に生きてきたさくらを見てくれていた人がいた。それが感じられた物だった。頑張っていれば、応援してくれる人が現れる。今の現代だって同じだろう。これまでのさくらの行動の積み重ねが照代ちゃんや高坂くんの親切心へとつながっているのだ。ならば、それを無駄にしてはいけない。一人、腐って過去を懐かしむのではなく、前を向かねば。
「もう一回、ここで頑張ろう。私が生きる場所で、頑張るから。だから……」
土井先生も、向こうで元気で。
言い切る前にさくらは夜空へ顔を上げた。一等星が輝く星空が滲む。
今日を区切りにしよう。
前に進むために。
あの時、正史丸くんのことを思って、日々を頑張っていた時のように。
だから、感傷に浸る涙は今日でおしまいだ。
「土井先生、お元気で。」
ぼやけた光の中、一筋の光が流れた。
「はあ、……一人で落ち葉掃きをするのってこんなに大変だったかなぁ。」
ため息をついては手が止まる。止まっている間にも、秋の紅葉がひらひらと次から次へと舞い落ちていく。終わりの見えない作業に、またしても小松田くんの口からため息が漏れた。
「さくらさん、急に実家に帰られるなんて…何かあったのかなぁ」
ある朝、事務室に行くとさくらさんの使っていた机は綺麗さっぱり、物一つ置いていなかった。なんだろう?と吉野先生に聞けば、「日向さんは急用でしばらく実家へ帰られるそうだよ」とのこと。
「挨拶もなしなんて…相当大変なことがあるのかなあ」
小松田くんは顎に指を当てて考え込んだ。しかし、これといって思いつくものもなく、再びため息をつきながら掃き掃除を再開した。
少し前まで一人でやっていた掃除は、さくらさんが一緒にするようになって劇的に素早く終わるようになった。そして、何より二人で話す何気ない話が小松田くんにとって、楽しい時間だった。
『昨日、ランチでね』
『ねえ!小松田くん!この花綺麗だねえ!』
『次の葉っぱ拾いの日は焼き芋大会やってみようよ。子供達も誘ったら喜ぶかも!』
楽しそうに話すさくらさん。まだ来たばかりだったけど、忍術学園を大切に思ってくれていた人。
『小松田くん!ストーップ!そこに書類が!』
『ゆっくり確認しながらやろう。私も手伝うからさ。』
『さすが先輩事務員さん!細かいことは小松田くんがよく分かってるね、ありがとう。』
事務方では怒られることばかりだったのに、さくらさんは、根気強く一緒にお仕事をしてくれたし、小さな事もすごく褒めてくれた。最初は先輩として事務のお仕事を教えてあげなきゃ、と思っていたのが、いつの間にか小松田くんがさくらに支えられる構図へと変わっていった。頼れる姉のような、友人のような居心地のいい関係だった。
「さくらさん、……戻ってこないかなぁ」
なんとなしに掃き掃除をしているからなのか、赤や黄色に染まる地面は、まだまだ綺麗になりそうにない。小松田くんは、また「はぁ…」とため息をついた。
授業中、いつもならバイトの疲れでうたた寝をしてしまうきり丸が、珍しく真剣に授業を受けている。他の1年は組の生徒たちは、見慣れない光景に、教科書と土井先生、きり丸への視線を行ったり来たりさせながら様子を窺っていた。対してきり丸の方は、いつもと様子の違う土井先生を心配そうに見ている。
土井先生はいつものようにそつなく授業を進めている。端から見れば、変わりないように見えるだろう。しかし、毎日長い時間を過ごしている、は組の生徒たち。そして、休みの日も一緒のきり丸には、土井先生がどんな状態なのか、他の者よりは察しがつきやすいのだ。
落ち込んでいる
皆に心配をかけないように普段通りを心がけているのだろうが、いつもの笑顔に力がない。わずかに下がった眉が、土井先生の気持ちを表している。
家に帰って、近所のおばちゃんと二人で何やら話し込んでいるとき。きり丸には聞かせたくない話なのだろう。神妙な顔をした二人の表情を見ればわかる。そういう時、きり丸は素知らぬ顔をして夕飯の買い出しへと繰り出すのだ。そして、終わったであろう頃に戻ってくると、土井先生は部屋の掃除を始めていて、いつものように「おかえり」と少し下がった眉でいつものように笑顔で迎えるのだ。その時の顔に似ている。大人たちの話だ。子供のきり丸が出る幕でないことも、慰めるようなものでないことも、分かっている。だから、きり丸もいつものように「ただいまー!」と元気に帰ってくるのだ。そうすれば、土井先生の表情も段々と戻ってくる。
今回も、いつものように元気な姿を見せていれば、大丈夫だろうと思っていたのだ。しかし、日を追うごとに土井先生は、子供達に心配されるような失敗を重ねていった。日にち薬では治らない。その原因は事務員の日向 さくらさん、だろう。突然、実家の事情でいなくなってしまってから、土井先生の様子がおかしいのだ。
二人に何かあったのか
喧嘩でもしたのかな
それとも……
土井先生らしくない理由を一つ一つ頭の中で潰していく。すると残ったのは、二人の子供ができたのでは?という事だった。身重になれば里へ帰る人もいると言う。さくらさんがそうならば、土井先生の様子にも合点がいく。
二人が家族になる。……そうなれば、自分はどうなるのだろう。
血のつながらない子どもを居候させてくれているが、本当の「家族」ができてしまったら。
教科書を逆さに持つ土井先生の様子に、は組の生徒たちから指摘が入る。土井先生は笑顔で誤魔化して、再び授業を始めた。きり丸は教科書へ視線を落とした。
仕事から帰宅して、夕食や風呂を済ませ、さくらは一息つくためにベランダへ出た。手にはいつものように、あの貝紅が握られている。月明かりに照らされて、白地の貝殻が照り輝く。それを開ければ鮮やかな赤が顔を出した。あの場所と繋ぐ唯一の物。これを見ると、土井先生との別れを思い出してしまうが、それでも、あの場所を生きた大切な証だ。今頃、子供達は就寝時間だろうか。先生方は採点や残業をしているだろうか。夜の教師長屋で、障子越しから燭台の火が廊下に差し込む。さくらは図書室で借りてきた本を読むため、同じく燭台の火を灯す。そういう静かな時間があった。平和に思えた時間はわずかで、その後すぐに漆間に行くことになってしまった。……面白そうな本がたくさんあったなぁ。和綴じの本がつまれた図書室。墨と紙の匂いがなんとなく気持ちを落ち着けてくれる。一緒に新刊図書の準備をした生徒たちを思い浮かべる。すごい手捌きのきり丸、中在家くん、それをサポートするように走る能勢くん、怪士丸くん、不破くん。みんな楽しそうで、自分の仕事に一生懸命取り組んでいた。
それを思うと、今の自分はどうだ。
元の世界に戻ってから、自分の不幸に酔うように、仕事を蔑ろにして、人との付き合いも……。高坂くんや照代ちゃんの好意を無駄にしてしまっている。
「しっかりしないとね。」
会えないからって、弱気になってどうするのだ。
彼らは、生きている。
自分の場所で、きっと今も一生懸命に。
もう一度貝紅に視線を落とした。
『ここで頑張っているあなたに、何かできたらって思っていたの。』シナ先生が勇気づけるようにくれた貝紅。忍術学園で懸命に生きてきたさくらを見てくれていた人がいた。それが感じられた物だった。頑張っていれば、応援してくれる人が現れる。今の現代だって同じだろう。これまでのさくらの行動の積み重ねが照代ちゃんや高坂くんの親切心へとつながっているのだ。ならば、それを無駄にしてはいけない。一人、腐って過去を懐かしむのではなく、前を向かねば。
「もう一回、ここで頑張ろう。私が生きる場所で、頑張るから。だから……」
土井先生も、向こうで元気で。
言い切る前にさくらは夜空へ顔を上げた。一等星が輝く星空が滲む。
今日を区切りにしよう。
前に進むために。
あの時、正史丸くんのことを思って、日々を頑張っていた時のように。
だから、感傷に浸る涙は今日でおしまいだ。
「土井先生、お元気で。」
ぼやけた光の中、一筋の光が流れた。