星降る夜に
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呼び出された学園長庵の障子を開くと、すでに学園長先生が上座で待ち構えていた。隣に控えているヘムヘムも神妙な面持ちをしている。ピリついた空気の中、土井先生とさくらは入り口近くの下座に並んで控えた。
「お主らが消えてしまったと上級生たちから報告が上がったときは、心配したぞ。よく戻ってきた。」
社交辞令と取れる発言に、さくらは一瞬、眉をひそませたが、すぐに表情を奥へと沈ませた。5、6年生に囲まれた際に、七松くんが、「全ての判断は上級生たちに任されている」という趣旨の発言をしていた。そして、躊躇なく潮江くんは武器を振り下ろしてきた。あの言動から、学園長先生にとって、さくらの身の安全が考慮に入れられていないのは明白だった。心配していたのは、土井先生のことであろうが、そこまで正直に話すようなことでもないし、反応することでもない。初めから、さくらは信用されていないのだから。
隣に控えている土井先生は、静かに学園長先生の言葉の続きを待っている。さくらも同じく、静かに控えた。
「それで、お主らはどこへ行っていた?」
学園長先生が短く問う。それに、さくらと土井先生は目を合わせた。何と説明したらいいのか。土井先生は、任せろと言うように小さく頷くと話し始めた。
「信じられない話ですが…神隠しにあっていました。さくらさんが、こちらに来たのと同じように、私たちはあの地で起こった過去へと飛ばされました。」
「なんと……幻術の類ではないのかのぅ?ひと嗅ぎすれば、幻覚を見る草もあるしのぅ。」
学園長先生は顎に手を当てて考え込んだ。普通の人ならば、当たり前の反応だろう。たとえ土井先生だとしても、にわかには信じられないようだ。しかし、土井先生は、それに言葉を継げた。
「……私も初めはその可能性を考えていました。しかし、その類のものは、同じ幻覚を見せることは難しいはずです。私たちは、同じものを見てきました。それに……「あれ」は私がよく知っている景色そのものでした。それを見たこともないさくらさんまで見ているとなると、」
「……もはや人間の術とは言い難い、というわけか。」
直接的な表現を避けながら話しているにも関わらず、学園長先生はさくら達が見てきた光景を想像しうる、と言うような反応だ。さくらは、まさかと思い、2人を交互に見やった。それに気がついたのか、土井先生は小さな声で、「全てご存知だよ。」と短く答えた。
全て……と言うことは、「漆間」が土井先生にとって、どのような場所であるのか知った上で同行させたということか。この人が、全ての幸せと、自分自身を奪われた場所へ、何食わぬ顔で向かわせたのか。膝に乗せている手の平をキツく握り込んだ。あの時の土井先生の苦しい表情を、おぼつかない足取りを思うと、なぜ、そんな酷いことをできるのか。思わず、声を荒げて問い詰めたくなる思いを、ぐっと押し殺す。頼る者のいない地で、ここで保護されている身として、口に出すことが憚られた。ただ、学園長先生はさくらの様子に、片眉をあげ、じいっと目線を合わせた。
「そちらも聞きたいことがあるようじゃな。」
「いえ……私の浅慮では、学園長先生のお考えには遠く及びません。今回の件が、何かの…誰かのために必要だったのでしょう。私は希望を通していただいただけで、十分でございます。」
さくらが答えると、学園長先生は深くうなづいた。
「うむ……此度のことで、日向殿が初めてやって来た時の話もあながち間違いではないかもしれんのぅ。上級生諸君は、これ以上の日向 さくらへの諜報活動を停止とする!自主課題であった任務は今年も同様にくじ引きで決めることとする!」
そう高らかに宣言すると同時に、天井から、物置から、掛け軸の裏から、床下から、5、6年生が「「「ええー!!!」」」と声を上げて姿を現した。あまりの人数の多さにさくらは小さく悲鳴を上げる。土井先生は初めから分かっていたのか、素知らぬ顔である。
「学園長先生、待ってください!」
潮江くんが食ってかかる。
「下級生の安全にとっては、監視が必要でしょう!」
続いて食満くんも同じく声を荒げる。しかし、立花くんと中在家くんは2人を落ち着かせるように後ろへ通しやった。そして、代表して立花くんが話し始めた。
「学園長先生のお達しとあらば、私たち上級生は従います。日向さん。」
立花くんが正座をして、こちらに体を向けた。ほかの者達も、それに倣うように畳に腰を下ろした。
「我々は旅の間、あなたを見て来ました。素性のわからない者を学園においていることは危険だと判断したからです。」
立花くんの話は尤もだ。年端のいかぬ下級生達にとって、害になる存在だとすれば、同じ敷地内で生活されるのは、気が気ではなかっただろう。立花くんが続けた。
「しかし、周辺を探っても、あなたに関わるものは何一つなく、失礼ですが……あなた自身も武芸に通ずるような方には見えなかった。そして先ほどの土井先生のお話。……にわかには信じ難いですが、あなたも神隠しにあったとすれば話の辻褄は合う。我々も、実際に目の前でお二人が消えた瞬間を見ているし…」
不本意ながら、と言うのはよく分かる。ほかの面々も同じような反応だ。
「日向さんは、敵ではないと言うことだな!あの時は怖がらせて、済まなかったな!」
七松くんが、あっけらかんとした調子で言った。
「……皆さんの気持ちは、よく分かりますので。むしろ今まで、友好的な態度でいてくれたのが、ありがたかったぐらいですし。」
冷静に状況を考えれば、素性の知れない者に自由を与え、仕事を与えていた学園長先生の突然の思いつきが突拍子もないものだったのだ。忍たまたちは、学園長先生の意向に従っていたに過ぎない。忍者の卵とはいえ、忍びの端くれ。自身の本音を隠して接するのが上手いものだな、と明後日の方向へ関心を向ける。正直ここでわだかまりを無くすことは難しいだろう。だから、これ以上さくらからは何も言うまい。信頼を得るのは一朝一夕のことではないのだから。
学園庵での話が終わり、皆が解散する。さくらは行きと同じく、土井先生とともに退出をした。
「さくらさん、本当に残るんですか。皆、歓迎しているとは言い難い状況ですよ。私でよければ、働き口を探しますし…」
心配そうに土井先生がこちらを窺う。話し合いでは、引き続きさくらは事務員の仕事を続けることとなった。しかし、忍たま達の本音を知った上で、無理に続けるようなことではないだろう。だから、土井先生もこうして仕事の斡旋を買って出ている。
「でも、事務のお仕事が好きなんです。小松田くんと他愛無い話をしながら、吉野先生のサポートをして……」
それに、とさくらが言葉を続けた。
「私は、「あの少年」がやっぱり頭から離れない。」
暗に「正史丸」のことを指すと、土井先生の表情が硬くなった。
「私が八つ当たりしたのを気にしているのですか。ならば、気にしないでください。あの時の私はどうかしていたんです。」
『修羅の道で生きろと…放り出すんだ。』
苦しそうな土井先生の言葉を思い出す。
あえて、正史丸くんに何もせず、苦しんで生きろと、と言っているようなものだったのだから。
「いいえ、仰ることは、尤もだと思います。私の我儘を通して、あのまま帰って来たようなものですよ。」
どんな道を辿るのか、目の前の、この人の様子を見れば、分かりきっているのに、手を差し伸べなかった。恨まれて当然だ。しかし、それでは解決しないものがあることも分かっていたのだ。
「私は自分の通した我儘の行く末を見届けたいんです。……元の世界に帰る時まで。」
は組の子供達、そして土井先生の幸福につながると信じてきた道だ。それが、いい結果で終わるのか、そうでは無いのか…、最後まで見届けることが自分にできるせめてもの責任の取り方では無いのだろうか。
「土井先生、最後までお付き合いくださいませんか。」
土井先生は、その言葉に一拍置いて、仕方ないとでも言うようにため息をついた。
「お主らが消えてしまったと上級生たちから報告が上がったときは、心配したぞ。よく戻ってきた。」
社交辞令と取れる発言に、さくらは一瞬、眉をひそませたが、すぐに表情を奥へと沈ませた。5、6年生に囲まれた際に、七松くんが、「全ての判断は上級生たちに任されている」という趣旨の発言をしていた。そして、躊躇なく潮江くんは武器を振り下ろしてきた。あの言動から、学園長先生にとって、さくらの身の安全が考慮に入れられていないのは明白だった。心配していたのは、土井先生のことであろうが、そこまで正直に話すようなことでもないし、反応することでもない。初めから、さくらは信用されていないのだから。
隣に控えている土井先生は、静かに学園長先生の言葉の続きを待っている。さくらも同じく、静かに控えた。
「それで、お主らはどこへ行っていた?」
学園長先生が短く問う。それに、さくらと土井先生は目を合わせた。何と説明したらいいのか。土井先生は、任せろと言うように小さく頷くと話し始めた。
「信じられない話ですが…神隠しにあっていました。さくらさんが、こちらに来たのと同じように、私たちはあの地で起こった過去へと飛ばされました。」
「なんと……幻術の類ではないのかのぅ?ひと嗅ぎすれば、幻覚を見る草もあるしのぅ。」
学園長先生は顎に手を当てて考え込んだ。普通の人ならば、当たり前の反応だろう。たとえ土井先生だとしても、にわかには信じられないようだ。しかし、土井先生は、それに言葉を継げた。
「……私も初めはその可能性を考えていました。しかし、その類のものは、同じ幻覚を見せることは難しいはずです。私たちは、同じものを見てきました。それに……「あれ」は私がよく知っている景色そのものでした。それを見たこともないさくらさんまで見ているとなると、」
「……もはや人間の術とは言い難い、というわけか。」
直接的な表現を避けながら話しているにも関わらず、学園長先生はさくら達が見てきた光景を想像しうる、と言うような反応だ。さくらは、まさかと思い、2人を交互に見やった。それに気がついたのか、土井先生は小さな声で、「全てご存知だよ。」と短く答えた。
全て……と言うことは、「漆間」が土井先生にとって、どのような場所であるのか知った上で同行させたということか。この人が、全ての幸せと、自分自身を奪われた場所へ、何食わぬ顔で向かわせたのか。膝に乗せている手の平をキツく握り込んだ。あの時の土井先生の苦しい表情を、おぼつかない足取りを思うと、なぜ、そんな酷いことをできるのか。思わず、声を荒げて問い詰めたくなる思いを、ぐっと押し殺す。頼る者のいない地で、ここで保護されている身として、口に出すことが憚られた。ただ、学園長先生はさくらの様子に、片眉をあげ、じいっと目線を合わせた。
「そちらも聞きたいことがあるようじゃな。」
「いえ……私の浅慮では、学園長先生のお考えには遠く及びません。今回の件が、何かの…誰かのために必要だったのでしょう。私は希望を通していただいただけで、十分でございます。」
さくらが答えると、学園長先生は深くうなづいた。
「うむ……此度のことで、日向殿が初めてやって来た時の話もあながち間違いではないかもしれんのぅ。上級生諸君は、これ以上の日向 さくらへの諜報活動を停止とする!自主課題であった任務は今年も同様にくじ引きで決めることとする!」
そう高らかに宣言すると同時に、天井から、物置から、掛け軸の裏から、床下から、5、6年生が「「「ええー!!!」」」と声を上げて姿を現した。あまりの人数の多さにさくらは小さく悲鳴を上げる。土井先生は初めから分かっていたのか、素知らぬ顔である。
「学園長先生、待ってください!」
潮江くんが食ってかかる。
「下級生の安全にとっては、監視が必要でしょう!」
続いて食満くんも同じく声を荒げる。しかし、立花くんと中在家くんは2人を落ち着かせるように後ろへ通しやった。そして、代表して立花くんが話し始めた。
「学園長先生のお達しとあらば、私たち上級生は従います。日向さん。」
立花くんが正座をして、こちらに体を向けた。ほかの者達も、それに倣うように畳に腰を下ろした。
「我々は旅の間、あなたを見て来ました。素性のわからない者を学園においていることは危険だと判断したからです。」
立花くんの話は尤もだ。年端のいかぬ下級生達にとって、害になる存在だとすれば、同じ敷地内で生活されるのは、気が気ではなかっただろう。立花くんが続けた。
「しかし、周辺を探っても、あなたに関わるものは何一つなく、失礼ですが……あなた自身も武芸に通ずるような方には見えなかった。そして先ほどの土井先生のお話。……にわかには信じ難いですが、あなたも神隠しにあったとすれば話の辻褄は合う。我々も、実際に目の前でお二人が消えた瞬間を見ているし…」
不本意ながら、と言うのはよく分かる。ほかの面々も同じような反応だ。
「日向さんは、敵ではないと言うことだな!あの時は怖がらせて、済まなかったな!」
七松くんが、あっけらかんとした調子で言った。
「……皆さんの気持ちは、よく分かりますので。むしろ今まで、友好的な態度でいてくれたのが、ありがたかったぐらいですし。」
冷静に状況を考えれば、素性の知れない者に自由を与え、仕事を与えていた学園長先生の突然の思いつきが突拍子もないものだったのだ。忍たまたちは、学園長先生の意向に従っていたに過ぎない。忍者の卵とはいえ、忍びの端くれ。自身の本音を隠して接するのが上手いものだな、と明後日の方向へ関心を向ける。正直ここでわだかまりを無くすことは難しいだろう。だから、これ以上さくらからは何も言うまい。信頼を得るのは一朝一夕のことではないのだから。
学園庵での話が終わり、皆が解散する。さくらは行きと同じく、土井先生とともに退出をした。
「さくらさん、本当に残るんですか。皆、歓迎しているとは言い難い状況ですよ。私でよければ、働き口を探しますし…」
心配そうに土井先生がこちらを窺う。話し合いでは、引き続きさくらは事務員の仕事を続けることとなった。しかし、忍たま達の本音を知った上で、無理に続けるようなことではないだろう。だから、土井先生もこうして仕事の斡旋を買って出ている。
「でも、事務のお仕事が好きなんです。小松田くんと他愛無い話をしながら、吉野先生のサポートをして……」
それに、とさくらが言葉を続けた。
「私は、「あの少年」がやっぱり頭から離れない。」
暗に「正史丸」のことを指すと、土井先生の表情が硬くなった。
「私が八つ当たりしたのを気にしているのですか。ならば、気にしないでください。あの時の私はどうかしていたんです。」
『修羅の道で生きろと…放り出すんだ。』
苦しそうな土井先生の言葉を思い出す。
あえて、正史丸くんに何もせず、苦しんで生きろと、と言っているようなものだったのだから。
「いいえ、仰ることは、尤もだと思います。私の我儘を通して、あのまま帰って来たようなものですよ。」
どんな道を辿るのか、目の前の、この人の様子を見れば、分かりきっているのに、手を差し伸べなかった。恨まれて当然だ。しかし、それでは解決しないものがあることも分かっていたのだ。
「私は自分の通した我儘の行く末を見届けたいんです。……元の世界に帰る時まで。」
は組の子供達、そして土井先生の幸福につながると信じてきた道だ。それが、いい結果で終わるのか、そうでは無いのか…、最後まで見届けることが自分にできるせめてもの責任の取り方では無いのだろうか。
「土井先生、最後までお付き合いくださいませんか。」
土井先生は、その言葉に一拍置いて、仕方ないとでも言うようにため息をついた。