星降る夜に
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「なにしてるんですか!!」
さくらは走り寄って正史丸くんと土井先生の間に自身の体を滑り込ませた。土井先生は冷めた目で正史丸くんを見下ろしている。その視線がこちらにも向けられる。
「不具にすれば、僧侶として一生を終えられます。このまま苦しい道に行くより、いいでしょう。」
普段の優しい瞳が、過去の自分とさくらを冷たく見下ろしている。その視線の鋭さが、ここに至るまでの道の険しさを表しているようだった。土井先生は簡単に人を傷つける人ではない。決闘を申し込むタソガレドキの忍にも武器を使わずに相手をしていると聞く。学園内でも生徒たちに手を挙げることなど皆無だ。……正史丸くんの頃から、誰かの幸せを考えられる人だ。その人が、苦無を向けている。……体を不自由に生きる方がマシだと思えるような日々を、この人は生き抜いてきたのだ。
…しかし、旅の出発で見送りに来た子どもたちを思い出す。皆が寂しさを隠して、「行かないで」と心の内で願いながら、笑顔で見送ってくれた子たちを。
「……今、この子を傷つけたら、あなたはどうなるんですか?……あなたは、あの子達に出会ったことまで無かったことにするんですか?」
土井先生が、ぐっと言葉につまった。
過去を変えてしまえば、現在の土井先生がどうなるのか。この場にいる土井先生に影響が出るのだとしたら。今も待っているであろう、子どもたちから、この人の記憶が消えてしまうのかもしれない。……正史丸くんに傷ついて欲しくない。その思いと同じくらい、は組の子どもたちを悲しませたくも無かった。
「私にはこれまで先生がどれだけの苦難を過ごしてきたのか、想像することさえ、…できません。でも、全部を捨てたと仰ったあなたに、未来まで捨ててほしくない…。あなたの生きる場所は忍術学園にある。……あの子達のもとにあるのでしょう?」
は組の子どもたちに囲まれている姿。それが、家臣たちに慕われていた漆間時国の姿と重なる。今や、忍術学園が彼にとって、大切な場所になっている。辛い道を選ばせると分かっている。しかし、ここで正史丸くんを傷つけることを許して仕舞えば、「今」の土井先生を否定しているように思えた。この人が大切にしてきた場所は、そうまでして消したいものなのか。
苦無を強く握り締めながら、土井先生が苦しそうに問いかけた。
「それに至るまでの道が、地獄の道でもですか…?」
酷な事を言っている自覚はある。今、横たわる幼子に、救いの道ではなく修羅の道を進ませようとしているのだから。眠っている正史丸くんの髪を優しく撫でた。それに、少しだけ口元が緩んだようにみえる。これから、この子をこうして撫でてくれる人は…きっと現れない。優しく抱きしめてくれる人も…。
今、正史丸くんを保護して、誰も知らない場所で生きる道もあるだろう。さくらと共に、小さな家で煮炊きをして、笑顔で食事を囲む姿を思い浮かべた。この夜を思い出しては、苦しむこの子を、優しく抱きしめてあげられれば。それは幸せだろう。
しかし、それが本当に目の前の「この人」にとって幸せとなるのだろうか?救われなかった現在の自分自身を、今の土井先生の中にある「正史丸くん」を癒すことになるのだろうか?
「これは、私の我儘です。恨んでください。私は、子どもたちにあなたを失わせたくない。あなたに救われた子がいるから……。」
土井先生が瞠目した。……振り上げていた苦無を地に落とした。そして、眉を寄せて困ったように言った。
「その言い方は……ずるいですよ。」
「分かってて言ってるんです。ずるい女でしょう?」
土井先生の右手を握る。
今の土井先生の過去も、同じようなことがあったのだろうか…。私が、この手で、この人に苦難の道を握らせてしまったのだろうか。
あなたを助けない私を、恨めしく思うでしょう。正史丸くんの苦しみは、今まさに私が選ばせたものなのだから。でも、沢山の苦難の中に、小さな光が差し込んでいることも、きっとこの人は1番分かっているはずだから。
幸せでいてほしかった少年は、今も多くの人に慕われ、生きている。
この世界に飛ばされて、何もない自分が、願っていたこと。それは形を変えて叶えられていた。苦しみも幸せも全部を抱えて、今の土井先生につながっているのだと思うと、やはり捨ててほしくはないのだ。今ある全ては「あなた」を形作る、大切な欠片たちだから。
全てを生き抜いた先に、あの子達が待っているのだから。
土井先生は、目の前で座り込んだまま、こちらを見つめている。その表情が、くしゃり、と崩れた。
「あなたは…本当に酷い人だ。希望をみせたと思えば、こうして……」
頼りないその姿に、思わず腕を回した。
「修羅の道で生きろと…放り出すんだ。」
呟くような小さな声がさくらの肩口で漏れ出た。子供のような物言いに、あやすように背を優しくなでた。
「ごめんなさい、あなたを苦しめてしまって。」
さくらの背中に回った腕が、ぎゅっと縋るように抱き締めた。
「……諦めずにいてくれてありがとう。」
捨てようとも捨てられずにいた命。優しいこの人が、1人だけ生き延びて、どれだけ自分を責めただろう。誰にも言えず、1人で、ずっと抱え込んで。
「生きていてくれて……ありがとう。」
土井先生が一層きつく抱き締めた。さくらの肩が僅かに濡れた。
********************************
「土井先生とさくらさんが抱き合ってるー!」
「土井先生泣いてるー!!」
突然、子供の声が近くで聞こえた。
顔を上げると、そこには水色の忍服を着た子供たちが、こちらを驚いた顔で見つめている。見知った顔だ。土井先生がさくらの肩から顔をあげる。
「お前たち……!!」
同じく土井先生も驚いて言葉を失っている。
先生の声を聞いて、は組の生徒たちが一斉に土井先生の元へ駆け寄った。
「「「土井先生ー!!」」」
それは嬉しそうに、涙を滲ませる子も中にはいた。集まってくる子供たちを、土井先生は全員を抱え込むように抱きしめた。
「お前たち、先生方の言うことをよく聞いていたか?」
その問いに、庄左衛門が答えた。
「はい!みんな、居眠りしないで頑張っていました!」
それを皮切りに、各々が土井先生に、これまで頑張ってきたことを報告し始める。土井先生は困ったような嬉しいような笑顔を見せながら、一人一人の言葉に耳を傾けていた。
戻ってきたのだ。
さくらは目の前の嬉しそうな子供たちと土井先生の顔に、同じように顔を綻ばせた。すると、輪の中から、乱太郎がこちらへとやって来る。
「さくらさん、」
呼びかけに「なあに?」と答えると、乱太郎は、こちらを伺うようにして問い掛けた。
「怪我、してませんか?無事に帰って来れましたか?」
乱太郎の心配そうな視線が刺さる。きっと、以前のお使いでのことが、まだ記憶に残っているのだろう。彼にとって、相当ショックなことだったのだと、改めて思い知らされる。さくらは、努めて明るく答えた。
「大丈夫!ピンピンして帰ってきたわよ!」
力こぶを見せるようにアピールすると、乱太郎は安心した表情になった。さくらはその小さな頭を優しく撫でてやる。
「心配してくれてありがとう、保健委員さん。」
撫でられたことになのか、保健委員として褒められたからなのか、嬉しそうに、はにかむ。すると、隣にきり丸がやってきた。
「さくらさん、土井先生とは進展したみたいですねえ。」
ニヤリ、と笑う。きり丸の丸いおでこに、デコピンを喰らわす。
「野暮なことは言うもんじゃないわよ、少年。」
きり丸は、「ちぇーっ」と口を尖らせた。しかし、土井先生が戻ってきた嬉しさが勝るのか、表情は隠し切れないらしい。その耳元で、小さな声で囁いた。
「先生は、案外……奥手よ。」
旅路の中で、夫婦を演じることはあっても、それ以上のことは何もなかった。きり丸はさくらの言葉を聞いて、おかしそうに口元を押さえて土井先生の方を見た。それに気がついたのが、土井先生がこちらに視線を向けた。
「さくらさん……!何か変なこと吹き込んでませんよね?」
疑問系だが、断定したような口ぶりだ。
さくらは素知らぬ顔で答えた。
「変なことなんて言ってないわよ。ねー、きり丸。」
「そうっすよー」
と、明後日の方向を見ながら答える。きり丸、それは分かりやす過ぎると思う。そうして皆と戯れていると、山田先生から声がかかった。
「さて、授業に戻るぞ。土井先生と日向さんは学園長先生の元へ。」
どうやら実技の授業の最中に戻ってきたらしい。
土井先生も先程までの笑顔を収めて、真面目な顔でさくらと目を合わせた。それに小さく頷くと、2人で学園長庵へと向かった。
さくらは走り寄って正史丸くんと土井先生の間に自身の体を滑り込ませた。土井先生は冷めた目で正史丸くんを見下ろしている。その視線がこちらにも向けられる。
「不具にすれば、僧侶として一生を終えられます。このまま苦しい道に行くより、いいでしょう。」
普段の優しい瞳が、過去の自分とさくらを冷たく見下ろしている。その視線の鋭さが、ここに至るまでの道の険しさを表しているようだった。土井先生は簡単に人を傷つける人ではない。決闘を申し込むタソガレドキの忍にも武器を使わずに相手をしていると聞く。学園内でも生徒たちに手を挙げることなど皆無だ。……正史丸くんの頃から、誰かの幸せを考えられる人だ。その人が、苦無を向けている。……体を不自由に生きる方がマシだと思えるような日々を、この人は生き抜いてきたのだ。
…しかし、旅の出発で見送りに来た子どもたちを思い出す。皆が寂しさを隠して、「行かないで」と心の内で願いながら、笑顔で見送ってくれた子たちを。
「……今、この子を傷つけたら、あなたはどうなるんですか?……あなたは、あの子達に出会ったことまで無かったことにするんですか?」
土井先生が、ぐっと言葉につまった。
過去を変えてしまえば、現在の土井先生がどうなるのか。この場にいる土井先生に影響が出るのだとしたら。今も待っているであろう、子どもたちから、この人の記憶が消えてしまうのかもしれない。……正史丸くんに傷ついて欲しくない。その思いと同じくらい、は組の子どもたちを悲しませたくも無かった。
「私にはこれまで先生がどれだけの苦難を過ごしてきたのか、想像することさえ、…できません。でも、全部を捨てたと仰ったあなたに、未来まで捨ててほしくない…。あなたの生きる場所は忍術学園にある。……あの子達のもとにあるのでしょう?」
は組の子どもたちに囲まれている姿。それが、家臣たちに慕われていた漆間時国の姿と重なる。今や、忍術学園が彼にとって、大切な場所になっている。辛い道を選ばせると分かっている。しかし、ここで正史丸くんを傷つけることを許して仕舞えば、「今」の土井先生を否定しているように思えた。この人が大切にしてきた場所は、そうまでして消したいものなのか。
苦無を強く握り締めながら、土井先生が苦しそうに問いかけた。
「それに至るまでの道が、地獄の道でもですか…?」
酷な事を言っている自覚はある。今、横たわる幼子に、救いの道ではなく修羅の道を進ませようとしているのだから。眠っている正史丸くんの髪を優しく撫でた。それに、少しだけ口元が緩んだようにみえる。これから、この子をこうして撫でてくれる人は…きっと現れない。優しく抱きしめてくれる人も…。
今、正史丸くんを保護して、誰も知らない場所で生きる道もあるだろう。さくらと共に、小さな家で煮炊きをして、笑顔で食事を囲む姿を思い浮かべた。この夜を思い出しては、苦しむこの子を、優しく抱きしめてあげられれば。それは幸せだろう。
しかし、それが本当に目の前の「この人」にとって幸せとなるのだろうか?救われなかった現在の自分自身を、今の土井先生の中にある「正史丸くん」を癒すことになるのだろうか?
「これは、私の我儘です。恨んでください。私は、子どもたちにあなたを失わせたくない。あなたに救われた子がいるから……。」
土井先生が瞠目した。……振り上げていた苦無を地に落とした。そして、眉を寄せて困ったように言った。
「その言い方は……ずるいですよ。」
「分かってて言ってるんです。ずるい女でしょう?」
土井先生の右手を握る。
今の土井先生の過去も、同じようなことがあったのだろうか…。私が、この手で、この人に苦難の道を握らせてしまったのだろうか。
あなたを助けない私を、恨めしく思うでしょう。正史丸くんの苦しみは、今まさに私が選ばせたものなのだから。でも、沢山の苦難の中に、小さな光が差し込んでいることも、きっとこの人は1番分かっているはずだから。
幸せでいてほしかった少年は、今も多くの人に慕われ、生きている。
この世界に飛ばされて、何もない自分が、願っていたこと。それは形を変えて叶えられていた。苦しみも幸せも全部を抱えて、今の土井先生につながっているのだと思うと、やはり捨ててほしくはないのだ。今ある全ては「あなた」を形作る、大切な欠片たちだから。
全てを生き抜いた先に、あの子達が待っているのだから。
土井先生は、目の前で座り込んだまま、こちらを見つめている。その表情が、くしゃり、と崩れた。
「あなたは…本当に酷い人だ。希望をみせたと思えば、こうして……」
頼りないその姿に、思わず腕を回した。
「修羅の道で生きろと…放り出すんだ。」
呟くような小さな声がさくらの肩口で漏れ出た。子供のような物言いに、あやすように背を優しくなでた。
「ごめんなさい、あなたを苦しめてしまって。」
さくらの背中に回った腕が、ぎゅっと縋るように抱き締めた。
「……諦めずにいてくれてありがとう。」
捨てようとも捨てられずにいた命。優しいこの人が、1人だけ生き延びて、どれだけ自分を責めただろう。誰にも言えず、1人で、ずっと抱え込んで。
「生きていてくれて……ありがとう。」
土井先生が一層きつく抱き締めた。さくらの肩が僅かに濡れた。
********************************
「土井先生とさくらさんが抱き合ってるー!」
「土井先生泣いてるー!!」
突然、子供の声が近くで聞こえた。
顔を上げると、そこには水色の忍服を着た子供たちが、こちらを驚いた顔で見つめている。見知った顔だ。土井先生がさくらの肩から顔をあげる。
「お前たち……!!」
同じく土井先生も驚いて言葉を失っている。
先生の声を聞いて、は組の生徒たちが一斉に土井先生の元へ駆け寄った。
「「「土井先生ー!!」」」
それは嬉しそうに、涙を滲ませる子も中にはいた。集まってくる子供たちを、土井先生は全員を抱え込むように抱きしめた。
「お前たち、先生方の言うことをよく聞いていたか?」
その問いに、庄左衛門が答えた。
「はい!みんな、居眠りしないで頑張っていました!」
それを皮切りに、各々が土井先生に、これまで頑張ってきたことを報告し始める。土井先生は困ったような嬉しいような笑顔を見せながら、一人一人の言葉に耳を傾けていた。
戻ってきたのだ。
さくらは目の前の嬉しそうな子供たちと土井先生の顔に、同じように顔を綻ばせた。すると、輪の中から、乱太郎がこちらへとやって来る。
「さくらさん、」
呼びかけに「なあに?」と答えると、乱太郎は、こちらを伺うようにして問い掛けた。
「怪我、してませんか?無事に帰って来れましたか?」
乱太郎の心配そうな視線が刺さる。きっと、以前のお使いでのことが、まだ記憶に残っているのだろう。彼にとって、相当ショックなことだったのだと、改めて思い知らされる。さくらは、努めて明るく答えた。
「大丈夫!ピンピンして帰ってきたわよ!」
力こぶを見せるようにアピールすると、乱太郎は安心した表情になった。さくらはその小さな頭を優しく撫でてやる。
「心配してくれてありがとう、保健委員さん。」
撫でられたことになのか、保健委員として褒められたからなのか、嬉しそうに、はにかむ。すると、隣にきり丸がやってきた。
「さくらさん、土井先生とは進展したみたいですねえ。」
ニヤリ、と笑う。きり丸の丸いおでこに、デコピンを喰らわす。
「野暮なことは言うもんじゃないわよ、少年。」
きり丸は、「ちぇーっ」と口を尖らせた。しかし、土井先生が戻ってきた嬉しさが勝るのか、表情は隠し切れないらしい。その耳元で、小さな声で囁いた。
「先生は、案外……奥手よ。」
旅路の中で、夫婦を演じることはあっても、それ以上のことは何もなかった。きり丸はさくらの言葉を聞いて、おかしそうに口元を押さえて土井先生の方を見た。それに気がついたのが、土井先生がこちらに視線を向けた。
「さくらさん……!何か変なこと吹き込んでませんよね?」
疑問系だが、断定したような口ぶりだ。
さくらは素知らぬ顔で答えた。
「変なことなんて言ってないわよ。ねー、きり丸。」
「そうっすよー」
と、明後日の方向を見ながら答える。きり丸、それは分かりやす過ぎると思う。そうして皆と戯れていると、山田先生から声がかかった。
「さて、授業に戻るぞ。土井先生と日向さんは学園長先生の元へ。」
どうやら実技の授業の最中に戻ってきたらしい。
土井先生も先程までの笑顔を収めて、真面目な顔でさくらと目を合わせた。それに小さく頷くと、2人で学園長庵へと向かった。