星降る夜に
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
階段を上り切った先には、倒壊しかけた建物と鬱蒼とした草が広がっていた。あの日、眼前に広がった整えられた日本庭園は見る影もない。件の池は背の高い雑草が生い茂っているせいで、もはやどこにあったかすら分からないほどだ。
「なんで……。」
町の様子とは打って変わり、寺の荒廃具合に驚きが隠せない。あれだけ栄えた町があるならば、同じく寺も栄えていてもおかしくないはずだ。この時代、信仰は切っても切り離せないものである。特に地に根付いた寺院であれば、町の者たちからの寄進や、有力者からの寄附で懐があたたかくなっていることもある。だからそこ、寺だけが切り離されたように荒れ果てているのが不思議に思えた。
「なにがあったんですか…」
土井先生へと視線を向ける。隣に立つ土井先生の表情も心なしか沈んでみえる。夕暮れの沈みゆく日がそう見せているのか、それともさくらの落胆に感化されたのか。ぼうっと荒れ果てた寺を見る視線からは判別がつかなかった。
「なにか、おかしいと思いませんでしたか?」
土井先生はそう言いながら、さくらと視線を合わせた。突然の問いにさくらは首を傾げた。土井先生は今まで登ってきた階段の方へ体を向けて、さくらにも視線でそちらをみるよう促した。物陰から様子を窺う忍たまたちにとっては死角だ。読唇術も使えず、ただ2人の背中を見ていることしかできない。
「さくらさん。今までの宿場と、この町。何か違うと思いませんか?」
土井先生の問いに、さくらはこれまでの旅を思い起こした。人や物の流通具合、食べ物の違い、色々と考えてみるが、その全てが土井先生の問うているものの答とはならなそうだった。
「食べ物、ではないですよね…。なんだろう」
眉間に皺をよせて考えていると、土井先生の方から言葉が続けられた。
「この町並み、建物が新しいものばかりでしょう。」
「確かに、綺麗だとは思いましたが、……そういえば新しい建物が多かったですね。」
活気のある町。人々や物の多さに圧倒されていたが、よくよく思い返してみれば、建材は新しく、家々からはまだ新しい木の香りが漂っていた。
「大規模な工事でもあったんでしょうか。…それこそ地震とか、大火事だとか。」
そこまで言うと、隣から小さな笑い声が聞こえた。土井先生らしからぬ、鼻で笑ったような声。驚いて、勢いよく土井先生の方に顔を向ける。対して、土井先生は町の方へと視線を向けている。消えそうな日の光に照らされた顔は、ぼうっと遠くを見つめていた。
様子がおかしい。
さくらも、後ろに潜む忍たま達にも、いつもの土井先生ではないことが察せられた。しかし、その「何か」が違うという違和感の正体までは分からない。
町に視線を向けたまま、土井先生がさくらの言葉に答えた。
「ここは昔、戦で町も全て焼かれたんです。この寺は、漆間と懇意にしていたというだけで、坊主は皆殺しにされました。」
「なんで…そんな、」
思いもよらぬ土井先生の言葉に絶句する。しかし、そんな反応をよそに土井先生は話し続けた。
「漆間を滅ぼした明石が今の領地を治めています。全てを焼き討ちにした男でも、この町の様子をみると、新しい領民にとっては良い為政者なのでしょうね。漆間時国は敵方の降る矢のなかで亡くなったと聞きます。奥方は……母上は、この寺のすくそばで自害をしていました。」
「まさか…あなた」
遠くを眺める土井先生の顔がわずかに歪んだ。
「私は…生き残りましたよ。あなたに助けられた命を、何度捨てたくとも、捨てられずにここまで来ました。」
土井先生が、こちらに視線を合わせた。少しだけ眉を寄せて、困ったように笑いながら。
『助けた命無駄にしちゃダメよ!』
別れ際に少年へと向けた激励の言葉が、この子を……この人を苦しませていたのか。
「私は……この景色を、この人々の幸せを壊すこともできず、命をちらせた者たちに手向ける手柄もなく、ただ、ただ生きてきました。」
敵方の領地と成り果ててしまった、漆間の領地。それを次期当主だった者が眼前に映す。それも、楽しそうに、活気にあふれた街の様子を見て。どれだけの無力感を覚えるのだろうか。追われる身の上でありながら、再起を胸にした時もあっただろう。しかし……それは叶わなかった。
人混みで、力無く歩く土井先生の様子を思い出す。あの場所で休むことなどできないだろう、一刻も早く、その場を立ち去りたくなるだろう。名を捨て、家を、地位を、武士の身分を奪われ、そうしてたどり着いた故郷の有り様に、自分なら平静を装えるだろうか。
目の前の人は、今、どれだけの葛藤と苦しみを抑えてこの場に立っているのか。
「ですが、それで本当に良かったんでしょうか。」
忍びの性であるのか、瞳を潤ませることもなく、淡々と話し続ける。それが、さくらには、余計に痛々しく思えた。
「私は名前も全て捨てて、生きることだけに必死でした。しかし、あの時、仇を打たんと刃を向けていれば、今頃、立派に討死を果たせただろう、と後悔することもあります。」
「そんなこと!!」
現代に戻ってからも正史丸くんのことを思い出さない日はなかった。今頃どうしているだろうか。立派に領地を治めているのだろうか。どんな国づくりをしているのか。あの民を思う心で、きっと人々に慕われているのだろう、と。そうして少年を思うことが、さくらにとっても生きる力へと変わっていたのだ。
しかし、土井先生は黄昏時の暗闇に溶けるように、所在なさげにその場に立っていた。
「さくらさん、私は、……それでも生きなくてはいけませんか?」
諦めたように土井先生が力無く笑った。その姿が、闇に溶けていくように薄くなっていく。
見間違いではなく、土井先生の向こうにある木々が透けて見えていく。まさか、土井先生も……?
「待ってください!土井先生、気を確かに持ってください!」
この場に止めようと、咄嗟に土井先生の両腕に縋るように手を伸ばした。しかし、その手は空を掴み、土井先生の体をすり抜けていく。
二度と会えないかもしれない。
頭の片隅で嫌な言葉が掠めた。必死に先生に声をかける。
「先生!待って!!行ってはだめ!!」
しかし、もはや土井先生の表情も分からぬように薄くなり、夕暮れの日が落ちるとともに、土井先生の姿も消えてしまった。
その瞬間だった。
一瞬で、地面に打ち付けられるように体を押さえつけられた。背中に感じる鈍い痛みと、土埃、そして、自身を囲むように忍たまの5、6年生が見下ろしている。
さくらを押さえ込んでいる潮江くんの片手には苦無が握られている。それが、首筋に当てられた。
「土井先生をどこへやった。」
まるでさくらが隠したかのように問うた。
「私は何もしてません……!」
どこから見ていたのか。なぜ、ここに忍たまがいるのか。不思議に思うことは多いが、この場を見ていたのならば、分かるだろう。
すると、潮江くんの後ろで様子を見ている立花くんが口を開いた。
「我々も、初めからお前が何かできるとは思っていない。では、聞き方を変えよう。土井先生を連れて行ったのは、誰だ?協力者はどこだ?」
そこにいる全員が鋭い視線でさくらを見据えている。
……やはり、信用などされていないのだ。ここへ来てから、教師陣も、生徒も、誰もさくらを学園の一員とは認めていないのだ、と肌で感じた。
「いるなら探してみてよ!私なんかより、よっぽど気配が分かるでしょうよ!」
この首筋の苦無が、いつ深く刺されるか分からない。どうやって、この場を切り抜ければいいのか。
「……学園長先生に会わせてください。」
そういうと、七松くんが元気よく答えた。
「学園長先生は私たちに全て任せている!聞くまでもない!」
「手負にさせれば、仲間が出てくるかもしれん。」
潮江くんがそういうと、皆うなづいた。
「いや……!やめっ…」
暴れるのを潮江くん一人の片腕で抑えられる。首筋にあった苦無が離されると、天高く突き上げられた。そして、勢いよく振り下ろされる。
避けようのない刃に強く目を閉じた。
「なんで……。」
町の様子とは打って変わり、寺の荒廃具合に驚きが隠せない。あれだけ栄えた町があるならば、同じく寺も栄えていてもおかしくないはずだ。この時代、信仰は切っても切り離せないものである。特に地に根付いた寺院であれば、町の者たちからの寄進や、有力者からの寄附で懐があたたかくなっていることもある。だからそこ、寺だけが切り離されたように荒れ果てているのが不思議に思えた。
「なにがあったんですか…」
土井先生へと視線を向ける。隣に立つ土井先生の表情も心なしか沈んでみえる。夕暮れの沈みゆく日がそう見せているのか、それともさくらの落胆に感化されたのか。ぼうっと荒れ果てた寺を見る視線からは判別がつかなかった。
「なにか、おかしいと思いませんでしたか?」
土井先生はそう言いながら、さくらと視線を合わせた。突然の問いにさくらは首を傾げた。土井先生は今まで登ってきた階段の方へ体を向けて、さくらにも視線でそちらをみるよう促した。物陰から様子を窺う忍たまたちにとっては死角だ。読唇術も使えず、ただ2人の背中を見ていることしかできない。
「さくらさん。今までの宿場と、この町。何か違うと思いませんか?」
土井先生の問いに、さくらはこれまでの旅を思い起こした。人や物の流通具合、食べ物の違い、色々と考えてみるが、その全てが土井先生の問うているものの答とはならなそうだった。
「食べ物、ではないですよね…。なんだろう」
眉間に皺をよせて考えていると、土井先生の方から言葉が続けられた。
「この町並み、建物が新しいものばかりでしょう。」
「確かに、綺麗だとは思いましたが、……そういえば新しい建物が多かったですね。」
活気のある町。人々や物の多さに圧倒されていたが、よくよく思い返してみれば、建材は新しく、家々からはまだ新しい木の香りが漂っていた。
「大規模な工事でもあったんでしょうか。…それこそ地震とか、大火事だとか。」
そこまで言うと、隣から小さな笑い声が聞こえた。土井先生らしからぬ、鼻で笑ったような声。驚いて、勢いよく土井先生の方に顔を向ける。対して、土井先生は町の方へと視線を向けている。消えそうな日の光に照らされた顔は、ぼうっと遠くを見つめていた。
様子がおかしい。
さくらも、後ろに潜む忍たま達にも、いつもの土井先生ではないことが察せられた。しかし、その「何か」が違うという違和感の正体までは分からない。
町に視線を向けたまま、土井先生がさくらの言葉に答えた。
「ここは昔、戦で町も全て焼かれたんです。この寺は、漆間と懇意にしていたというだけで、坊主は皆殺しにされました。」
「なんで…そんな、」
思いもよらぬ土井先生の言葉に絶句する。しかし、そんな反応をよそに土井先生は話し続けた。
「漆間を滅ぼした明石が今の領地を治めています。全てを焼き討ちにした男でも、この町の様子をみると、新しい領民にとっては良い為政者なのでしょうね。漆間時国は敵方の降る矢のなかで亡くなったと聞きます。奥方は……母上は、この寺のすくそばで自害をしていました。」
「まさか…あなた」
遠くを眺める土井先生の顔がわずかに歪んだ。
「私は…生き残りましたよ。あなたに助けられた命を、何度捨てたくとも、捨てられずにここまで来ました。」
土井先生が、こちらに視線を合わせた。少しだけ眉を寄せて、困ったように笑いながら。
『助けた命無駄にしちゃダメよ!』
別れ際に少年へと向けた激励の言葉が、この子を……この人を苦しませていたのか。
「私は……この景色を、この人々の幸せを壊すこともできず、命をちらせた者たちに手向ける手柄もなく、ただ、ただ生きてきました。」
敵方の領地と成り果ててしまった、漆間の領地。それを次期当主だった者が眼前に映す。それも、楽しそうに、活気にあふれた街の様子を見て。どれだけの無力感を覚えるのだろうか。追われる身の上でありながら、再起を胸にした時もあっただろう。しかし……それは叶わなかった。
人混みで、力無く歩く土井先生の様子を思い出す。あの場所で休むことなどできないだろう、一刻も早く、その場を立ち去りたくなるだろう。名を捨て、家を、地位を、武士の身分を奪われ、そうしてたどり着いた故郷の有り様に、自分なら平静を装えるだろうか。
目の前の人は、今、どれだけの葛藤と苦しみを抑えてこの場に立っているのか。
「ですが、それで本当に良かったんでしょうか。」
忍びの性であるのか、瞳を潤ませることもなく、淡々と話し続ける。それが、さくらには、余計に痛々しく思えた。
「私は名前も全て捨てて、生きることだけに必死でした。しかし、あの時、仇を打たんと刃を向けていれば、今頃、立派に討死を果たせただろう、と後悔することもあります。」
「そんなこと!!」
現代に戻ってからも正史丸くんのことを思い出さない日はなかった。今頃どうしているだろうか。立派に領地を治めているのだろうか。どんな国づくりをしているのか。あの民を思う心で、きっと人々に慕われているのだろう、と。そうして少年を思うことが、さくらにとっても生きる力へと変わっていたのだ。
しかし、土井先生は黄昏時の暗闇に溶けるように、所在なさげにその場に立っていた。
「さくらさん、私は、……それでも生きなくてはいけませんか?」
諦めたように土井先生が力無く笑った。その姿が、闇に溶けていくように薄くなっていく。
見間違いではなく、土井先生の向こうにある木々が透けて見えていく。まさか、土井先生も……?
「待ってください!土井先生、気を確かに持ってください!」
この場に止めようと、咄嗟に土井先生の両腕に縋るように手を伸ばした。しかし、その手は空を掴み、土井先生の体をすり抜けていく。
二度と会えないかもしれない。
頭の片隅で嫌な言葉が掠めた。必死に先生に声をかける。
「先生!待って!!行ってはだめ!!」
しかし、もはや土井先生の表情も分からぬように薄くなり、夕暮れの日が落ちるとともに、土井先生の姿も消えてしまった。
その瞬間だった。
一瞬で、地面に打ち付けられるように体を押さえつけられた。背中に感じる鈍い痛みと、土埃、そして、自身を囲むように忍たまの5、6年生が見下ろしている。
さくらを押さえ込んでいる潮江くんの片手には苦無が握られている。それが、首筋に当てられた。
「土井先生をどこへやった。」
まるでさくらが隠したかのように問うた。
「私は何もしてません……!」
どこから見ていたのか。なぜ、ここに忍たまがいるのか。不思議に思うことは多いが、この場を見ていたのならば、分かるだろう。
すると、潮江くんの後ろで様子を見ている立花くんが口を開いた。
「我々も、初めからお前が何かできるとは思っていない。では、聞き方を変えよう。土井先生を連れて行ったのは、誰だ?協力者はどこだ?」
そこにいる全員が鋭い視線でさくらを見据えている。
……やはり、信用などされていないのだ。ここへ来てから、教師陣も、生徒も、誰もさくらを学園の一員とは認めていないのだ、と肌で感じた。
「いるなら探してみてよ!私なんかより、よっぽど気配が分かるでしょうよ!」
この首筋の苦無が、いつ深く刺されるか分からない。どうやって、この場を切り抜ければいいのか。
「……学園長先生に会わせてください。」
そういうと、七松くんが元気よく答えた。
「学園長先生は私たちに全て任せている!聞くまでもない!」
「手負にさせれば、仲間が出てくるかもしれん。」
潮江くんがそういうと、皆うなづいた。
「いや……!やめっ…」
暴れるのを潮江くん一人の片腕で抑えられる。首筋にあった苦無が離されると、天高く突き上げられた。そして、勢いよく振り下ろされる。
避けようのない刃に強く目を閉じた。