星降る夜に
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黄昏時、茜色に染まった空が一日の終わりを告げている。
空の色を背に、木々は黒く染まり、長い影を地面に作っている。人気のない森の中、聞こえるのは鳥の鳴き声だけ。その中に、ポツンと今にも崩れそうな寺が残っている。壁が崩れかけ、ところどころ柱は腐ったのか、途中から折られたようになり、屋根を支えるには心許ない。申し訳程度に残っている障子や襖も朽ちて、そうして破れかかった障子の隙間から、廃寺にも茜色が差し込んでくる。その薄暗い部屋の中、10人以上の男たちの影が輪になるように腰を下ろしている。真剣な面持ちである者たちの顔には、まだ幼さが残っている。忍術学園の5、6年生が集合したのだ。これまでの日向 さくらの動向について、擦り合わせを行なっているところだ。
全員が話し終えたところで仙蔵が、一言まとめた。
「ということは、日向 さくらは忍者ではない、と。これが私たちの結論ということになるな。」
「しかし、出自については、はっきりしないままだ。怪しいだろ。あんなのが学園を彷徨いてちゃ、下級生たちに何かあった時、どうするんだ。」
仙蔵の言葉に、言葉を被せたのは留三郎だ。後輩思いの留三郎にとって、不安要素が少しでもあることが引っ掛かっているようだ。
「立花先輩のおっしゃるように、あの女が忍者でないのは確かだと思います。武器を握ったこともない手をしていますし、避けたい話題を躱すのもど素人だ。」
老婆に変装して女に近づいたのは、学園の外で、土井先生も見えない場所になれば、ボロを出すかと思ったのだ。
「外に仲間がいれば、何かと理由をつけてその場を離れることもできたが、あの女はそれをしなかった。ただ、婆さんの話し相手をするだけだった。」
三郎の言葉に、伊作は頷いた。
「僕も治療で診てきたけど、全く鍛錬とは無関係な場所にいた人だと思うよ。筋肉が全くなかった。町娘の方がよっぽど逞しいくらいにね。」
その言葉に、八左ヱ門が少し頬を染める。6年生は疑問符を浮かべるも、5年生はニヤリとするもの、苦笑いするもので分かれた。
気を取り直して、文二郎が咳払いを一つして、話を再開した。
「しかし、忍者の疑いが消えたからといって、安全とは言えん。どこぞの城の縁者という可能性もある。もし、ドクタケのような好戦的な城の者であれば、危険度はさらに上がる。」
「私たちが人質にとったなんて難癖をつけられて戦になっても嫌だな!」
最悪の事態をあっけらかんと小平太が笑って言い放った。
そうなのだ。今は、どこのものか分からないということになっているが、一度素性を明かされれば・・・。しかも、それが敵方の城主から直々の抗議文でも届いた日には・・・。日向 さくらが学園にいるのは動かぬ事実。それを拐かしと捉えられても、弁明の余地はない。
全員が沈黙するわずかな時間を止めたのは、兵助であった。
「我ら5年生も6年生の先輩方も、道中で聞き込みをしても、日向の名を持つ家に関わりは一切なく、女の顔を知る者も、いなくなった者の話さえありませんでした。」
勘右衛門が兵助の言葉の続きを補足する。
「これだけ情報を統制できるのは、やはり、力のある者が後ろについていなければ難しいのではないでしょうか。それを探るには、もはや日向 さくらを探るだけでは限界だと思います。」
その場にいた全員が頷いた。
さくら自身から得られるものは少ない。外部に出て、誰かと接触するなり、見るもの食べるものから興味や既知であるかを判断し、そこから情報を広げていくからだ。しかし、それが難しいとなると外堀から埋めていくより他にない。
仙蔵が口を開いた。
「ならば、今回の件、学園長先生に報告し、追加で周辺の城への調査を志願しよう。私の方から長期休暇の課題の振替にならないかも進言しよう。」
そういうと皆、嬉しそうに声を上げた。毎回、何が当たるか分からない課題であるが、おおよそ予測が立てられているならば、まだいい。危険度は変わらずとも、気の持ちようが違う。その和気藹々とした雰囲気が一瞬で鋭いものに変わる。
「お出ましのようだ。」
仙蔵の言葉を合図のように、全員が一瞬でその場から離れた。
廃寺の下から登ってくるような石畳の階段から、二人の男女が上がってくる。女の方が、目の前の寺を見て声を上げた。
「そんな・・・嘘。」
さくらは正史丸と初めて出会った「あの寺」の惨状に言葉を失った。
***************************************************************************************************
宿場を後にした二人は、翌朝には次の街へと歩みを進めていた。
「今日の昼ごろには、「漆間」につけると思いますよ。」
土井先生の言葉にさくらは笑顔で頷いた。
「楽しみですね。もうすぐそこ、なんですね。」
さくらの笑顔に土井は曖昧に頷いた。
「・・・到着したら、城下町を見て回りましょう。」
目的としていた「うるま」への到着を目前に、さくらは土井の表情に翳りがあることに気が付くことはなかった。
土井先生の先導のもと、再び道を歩いていく。宿場から離れたといっても、このあたりの町は変わらず賑わっている。途中、田畑があり、苗の植え付けをする姿や、子どもたちが楽しそうに走り回る姿を見ることもできた。
とてもいい表情をしている。
領地の豊かさは、そこに住む人々の表情で分かる。まだ、「うるま」の端であるそうだが、その末端まで人々が笑っている。さくらは領主の、あの豪傑な男を思い浮かべた。打てば響く、竹を割ったような性格で、あたたかさも持ち合わせ、家臣たちからの信頼も厚い。あの方の治世ならば、そしてその治世を受け継いだ者ならば、きっと、民を大切にするだろう。星空の下で、民を思う少年がいた。彼らが生きている世であるならば、今はどのような顔を見せてくれるだろうか。子孫がいるならば、彼らの生きた軌跡を教えてもらうこともできるだろうか。
期待に胸を躍らせ、城下に進んでいく。人々は商いを盛んに、店先に立って客寄せするものや、大きな荷を授受する者たち、海のもの、山のもの、照り輝くような鮮度のものが店先で並べられている。そして、美しい染め物、ガラスのように光る装飾用の細工。どれもが、領地の栄華を物語っていた。嬉しさで頬を上気させ、さくらは土井先生の方を振り返った。
「すごいですね!やっぱり素晴らしい領地です!」
振り返った先の土井先生は少し困った顔をして、曖昧にうなづいた。それに訝しく思っていると、すぐにいつもの穏やかな顔で口を開いた。
「この辺りでさくらさんが少年に出会った寺、というと、古くからあるのは、あの山の上ですね。もう一つが、川向こうの、あそこのようです。」
土井先生が指差した川向こうの神社は、すでに大きな鳥居が見え、城下に一番近い神社のようだった。しかし、さくらが出会ったのは、山の中。山から降りて屋敷に向かったのが思い出される。
「私の記憶では山の方です。そちらに向かっても?」
「・・・ええ、」
あからさまに歯切れの悪い土井先生の表情を伺う。何か気になることがあるのだろうか。
「・・・土井せん、半助さん。大丈夫ですか?」
「少し・・・人混みに酔ったようです。山でしたら人も少ないでしょうし、すぐ良くなりますよ。」
「あの、お疲れでしたら、少し休んでからいきましょうか。」
心配して土井先生の顔を覗き込む。
「ご心配ありがとうございます。少しゆっくりでもいいですか。」
休むという選択肢は土井先生の中にはないようだ。いつもの笑顔を貼り付けながらも、心なしかつらそうに見える。さくらは土井先生の横に立つと自身の腕を腰の方に回した。
「少し支えますね。辛くなったらすぐ休みますから、遠慮なくおっしゃってくださいね。」
腕を回すと土井先生の鍛えられた体の硬さに一瞬驚く。しかし、今はそれよりも体調だ。少しでも楽になるのならば、と腰のあたりを支えて二人で歩く。土井先生は嫌がるそぶりもなく、そのまま歩いてくれている。
「・・・ありがとう。」
消え入りそうな声が耳元で聞こえた。
空の色を背に、木々は黒く染まり、長い影を地面に作っている。人気のない森の中、聞こえるのは鳥の鳴き声だけ。その中に、ポツンと今にも崩れそうな寺が残っている。壁が崩れかけ、ところどころ柱は腐ったのか、途中から折られたようになり、屋根を支えるには心許ない。申し訳程度に残っている障子や襖も朽ちて、そうして破れかかった障子の隙間から、廃寺にも茜色が差し込んでくる。その薄暗い部屋の中、10人以上の男たちの影が輪になるように腰を下ろしている。真剣な面持ちである者たちの顔には、まだ幼さが残っている。忍術学園の5、6年生が集合したのだ。これまでの日向 さくらの動向について、擦り合わせを行なっているところだ。
全員が話し終えたところで仙蔵が、一言まとめた。
「ということは、日向 さくらは忍者ではない、と。これが私たちの結論ということになるな。」
「しかし、出自については、はっきりしないままだ。怪しいだろ。あんなのが学園を彷徨いてちゃ、下級生たちに何かあった時、どうするんだ。」
仙蔵の言葉に、言葉を被せたのは留三郎だ。後輩思いの留三郎にとって、不安要素が少しでもあることが引っ掛かっているようだ。
「立花先輩のおっしゃるように、あの女が忍者でないのは確かだと思います。武器を握ったこともない手をしていますし、避けたい話題を躱すのもど素人だ。」
老婆に変装して女に近づいたのは、学園の外で、土井先生も見えない場所になれば、ボロを出すかと思ったのだ。
「外に仲間がいれば、何かと理由をつけてその場を離れることもできたが、あの女はそれをしなかった。ただ、婆さんの話し相手をするだけだった。」
三郎の言葉に、伊作は頷いた。
「僕も治療で診てきたけど、全く鍛錬とは無関係な場所にいた人だと思うよ。筋肉が全くなかった。町娘の方がよっぽど逞しいくらいにね。」
その言葉に、八左ヱ門が少し頬を染める。6年生は疑問符を浮かべるも、5年生はニヤリとするもの、苦笑いするもので分かれた。
気を取り直して、文二郎が咳払いを一つして、話を再開した。
「しかし、忍者の疑いが消えたからといって、安全とは言えん。どこぞの城の縁者という可能性もある。もし、ドクタケのような好戦的な城の者であれば、危険度はさらに上がる。」
「私たちが人質にとったなんて難癖をつけられて戦になっても嫌だな!」
最悪の事態をあっけらかんと小平太が笑って言い放った。
そうなのだ。今は、どこのものか分からないということになっているが、一度素性を明かされれば・・・。しかも、それが敵方の城主から直々の抗議文でも届いた日には・・・。日向 さくらが学園にいるのは動かぬ事実。それを拐かしと捉えられても、弁明の余地はない。
全員が沈黙するわずかな時間を止めたのは、兵助であった。
「我ら5年生も6年生の先輩方も、道中で聞き込みをしても、日向の名を持つ家に関わりは一切なく、女の顔を知る者も、いなくなった者の話さえありませんでした。」
勘右衛門が兵助の言葉の続きを補足する。
「これだけ情報を統制できるのは、やはり、力のある者が後ろについていなければ難しいのではないでしょうか。それを探るには、もはや日向 さくらを探るだけでは限界だと思います。」
その場にいた全員が頷いた。
さくら自身から得られるものは少ない。外部に出て、誰かと接触するなり、見るもの食べるものから興味や既知であるかを判断し、そこから情報を広げていくからだ。しかし、それが難しいとなると外堀から埋めていくより他にない。
仙蔵が口を開いた。
「ならば、今回の件、学園長先生に報告し、追加で周辺の城への調査を志願しよう。私の方から長期休暇の課題の振替にならないかも進言しよう。」
そういうと皆、嬉しそうに声を上げた。毎回、何が当たるか分からない課題であるが、おおよそ予測が立てられているならば、まだいい。危険度は変わらずとも、気の持ちようが違う。その和気藹々とした雰囲気が一瞬で鋭いものに変わる。
「お出ましのようだ。」
仙蔵の言葉を合図のように、全員が一瞬でその場から離れた。
廃寺の下から登ってくるような石畳の階段から、二人の男女が上がってくる。女の方が、目の前の寺を見て声を上げた。
「そんな・・・嘘。」
さくらは正史丸と初めて出会った「あの寺」の惨状に言葉を失った。
***************************************************************************************************
宿場を後にした二人は、翌朝には次の街へと歩みを進めていた。
「今日の昼ごろには、「漆間」につけると思いますよ。」
土井先生の言葉にさくらは笑顔で頷いた。
「楽しみですね。もうすぐそこ、なんですね。」
さくらの笑顔に土井は曖昧に頷いた。
「・・・到着したら、城下町を見て回りましょう。」
目的としていた「うるま」への到着を目前に、さくらは土井の表情に翳りがあることに気が付くことはなかった。
土井先生の先導のもと、再び道を歩いていく。宿場から離れたといっても、このあたりの町は変わらず賑わっている。途中、田畑があり、苗の植え付けをする姿や、子どもたちが楽しそうに走り回る姿を見ることもできた。
とてもいい表情をしている。
領地の豊かさは、そこに住む人々の表情で分かる。まだ、「うるま」の端であるそうだが、その末端まで人々が笑っている。さくらは領主の、あの豪傑な男を思い浮かべた。打てば響く、竹を割ったような性格で、あたたかさも持ち合わせ、家臣たちからの信頼も厚い。あの方の治世ならば、そしてその治世を受け継いだ者ならば、きっと、民を大切にするだろう。星空の下で、民を思う少年がいた。彼らが生きている世であるならば、今はどのような顔を見せてくれるだろうか。子孫がいるならば、彼らの生きた軌跡を教えてもらうこともできるだろうか。
期待に胸を躍らせ、城下に進んでいく。人々は商いを盛んに、店先に立って客寄せするものや、大きな荷を授受する者たち、海のもの、山のもの、照り輝くような鮮度のものが店先で並べられている。そして、美しい染め物、ガラスのように光る装飾用の細工。どれもが、領地の栄華を物語っていた。嬉しさで頬を上気させ、さくらは土井先生の方を振り返った。
「すごいですね!やっぱり素晴らしい領地です!」
振り返った先の土井先生は少し困った顔をして、曖昧にうなづいた。それに訝しく思っていると、すぐにいつもの穏やかな顔で口を開いた。
「この辺りでさくらさんが少年に出会った寺、というと、古くからあるのは、あの山の上ですね。もう一つが、川向こうの、あそこのようです。」
土井先生が指差した川向こうの神社は、すでに大きな鳥居が見え、城下に一番近い神社のようだった。しかし、さくらが出会ったのは、山の中。山から降りて屋敷に向かったのが思い出される。
「私の記憶では山の方です。そちらに向かっても?」
「・・・ええ、」
あからさまに歯切れの悪い土井先生の表情を伺う。何か気になることがあるのだろうか。
「・・・土井せん、半助さん。大丈夫ですか?」
「少し・・・人混みに酔ったようです。山でしたら人も少ないでしょうし、すぐ良くなりますよ。」
「あの、お疲れでしたら、少し休んでからいきましょうか。」
心配して土井先生の顔を覗き込む。
「ご心配ありがとうございます。少しゆっくりでもいいですか。」
休むという選択肢は土井先生の中にはないようだ。いつもの笑顔を貼り付けながらも、心なしかつらそうに見える。さくらは土井先生の横に立つと自身の腕を腰の方に回した。
「少し支えますね。辛くなったらすぐ休みますから、遠慮なくおっしゃってくださいね。」
腕を回すと土井先生の鍛えられた体の硬さに一瞬驚く。しかし、今はそれよりも体調だ。少しでも楽になるのならば、と腰のあたりを支えて二人で歩く。土井先生は嫌がるそぶりもなく、そのまま歩いてくれている。
「・・・ありがとう。」
消え入りそうな声が耳元で聞こえた。