星降る夜に
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さくらは布団の中から障子越しの朝日の眩しさで目を覚ました。いくら紙一枚隔てていると言っても、現代のカーテンのようにはいかない。朝焼けの紫がかった色から金色を混ぜたような色が障子を鮮やかに染めている。その金色が寝ぼけ眼には刺激が強い。眠い目をこすって、申し訳程度に朝の光に目を慣れさせる。昨夜は、自分で布団まで行ったのだろうか。・・・いや、来た時には布団はまだ畳んであった。あの睡魔で自ら布団を敷いて寝床を用意したとは考えにくい。衝立越しに隣の人物へ目を向ける。
「ああ、さくらさん。おはようございます。」
すでに身支度を整えた土井が、手にしている地図を眺めているところで、さくらの気配に気がつくと、目線を上げてこちらへ、にこりと笑いかけた。
「おはようございます・・・。昨夜はお手数おかけしたようで、申し訳ありません。」
準備万端の土井先生に対して、寝起きの自分はどんな顔をしているだろうか。髪ははねていないだろうか。恥ずかしさと、就寝まで世話を焼いてもらうとは不甲斐なく、まともに土井先生の方を見られない。
「たくさん歩きましたから、疲れが出たんでしょう。今日は、この辺りまで行こうと思います。さくらさん、体調の方はいかがです?」
「・・・たくさん休みましたので回復しましたよ!ありがとうございます。」
土井先生の方が、こちらが気にしないようにと優しい言葉をかけてくださる。本当に出来た人だ。は組をまとめるだけある、人徳者である。さくらも気持ちを切り替え、軽く髪を手櫛で梳かすと、衝立を脇に置いて、土井先生の手にしているものを一緒に覗き込んだ。
「目的地までの地図があるんですね。」
日本地図ができたのはずいぶん後のことだ。しかし、近隣の地形については、こうしてまとめていたのかもしれない。
「色々と調べましたから。迷ってはいけませんからね。昔の情報もありますので、おおよその場所ですよ。」
「これ、土井先生がお書きになったんですか。」
「ええ。」
おおよそという言葉とは裏腹に、山道や街道、村の形、川の流れ、模写というほど忠実に描いたのではないか、と思うほど細かな部分が書き込まれている。それを、学園長先生の思いつきから出発までの、わずかな時間で書き上げたと言うのか。忍術学園の先生の有能さがここでも垣間見えたようだった。
「これは、すごい・・・相手によっては喉から手が出るような代物ですよ。」
地図というものは最高の軍事機密だ。地形がわかれば、どこから戦を仕掛ければいいのか分かるからだ。そして人の流れが分かれば、物流や人から攻めていくこともできる。この辺りを切り取らんとする領主であったなら、一体いくら積んでくるんだろうか。
「さくらさん、声に出てます。」
「は・・・!失礼しました!」
一体どこから口から漏れていたのか。
「きり丸のようなことを言うんですね。」
そう言って、おかしそうに笑う。どうやら最後の一言が口から滑り出ていたらしい。さくらは内心、ほっと息をついた。学園の先生方には、仕事上は頼りにしていただいて、普段も声をかけてくださる。いい職場でいい方達だとも思う。ただ、ふとした自分の言動で視線が鋭くなることがある。その時の疎外感はなんとも言えない。自身でも十分怪しい現れ方をしたと自覚しているので、致し方ないと思うが、その視線を土井先生にまで向けられると思うと、より一層、胸が苦しく思えてくるのだ。だから、面白そうにしてくれるなら、それがいい。
今日の目的地が決まったところで、宿屋を後にして、早速出発する。宿屋の女将が出掛けに握り飯を用意して渡してくれた。これも、昨夜のうちに土井先生が頼んでおいてくれたものらしい。本当に、何から何までありがたい。いつかは自由の身となって「うるま」の国へ、と思っていた。しかし、一人旅では、こうも順調にことは運ばなかったに違いない。
街道を歩き、再び自然の道を進み、さくらの体力を見て休憩を入れながら進んでいく。今日は出発が早かったこともあり、次の宿場へは昼過ぎには到着することができた。足はジンジンと疲労を蓄積しているようだ。
「この辺りは、湯治に寄る者もいるようですよ。ほら。」
土井先生が指をさすあたりを見ると、石造りの小ぶりな足湯のスペースが用意されている。その隣では美味しそうな饅頭を蒸す匂いと、それを頬張りながら、足湯に浸かる旅のものたちで賑わっていた。
「わあ、足湯ですか。」
さくらの目の輝きを確認すると、土井先生は足湯の方へとエスコートするように軽く背中を押して導いた。
「せっかくですから、私たちも入らせてもらいましょう。」
土井先生の言葉に甘えて、足湯の方へ向かう。老若男女、色々な者たちで賑わう中、二人混ぜてもらう。白くもうもうと湯気が立つ足湯からは、うっすらと硫黄の香りが漂ってくる。決して不快になるほどでなく、いつの間にか温泉まんじゅうを購入してくれていた土井先生から、それを受け取ると、饅頭の甘い香りに相殺されて気にならなくなってくる。温かい湯気の中、土井先生と空いているスペースに身を滑り込ませた。ふくらはぎまで裾をたくし上げ、湯気の立つ温泉に足を入れる。初めは熱い、と感じたのも束の間、すぐにじんわりと足先から体へ温かさが伝わってくる。心地よい温かさが感じられ、自然と、ふう、っと息を吐いた。
「これは極楽だ。」
隣で土井先生も同じように、気持ちよさそうな息を吐いた。いつもの微笑んだ表情とも違う、力の抜けたような顔だ。土井先生もくつろげているのだと思うと、さくらの口元が自然と弛んだ。
「本当に。気持ちいいですね。」
体があったまってくると、心も緩んでくるようだ。さくらの気の抜けた返事に土井先生も頬を緩ませた。
「お饅頭、ここの名物らしいよ。食べてごらん。」
周りの湯治客もいるため、夫婦の設定で話を続けるらしい。一瞬、ドキッとした心を誤魔化すように、ほかほかの饅頭にかぶりついた。薄皮を破ると、口の中であんこの甘味が広がる。本当に当時であればありえない砂糖の甘さであるが、ここは忍たまの世界である。カレーライスがある時点で、現代に近い甘味の味も存在しているらしい。久しぶりに食べた甘いものだ。その美味しさに目尻が下がった。
「気に入ったなら、私のもあげよう。」
そう言って差し出してくる饅頭を慌てて押し返す。
「は、半助さんの分ですよ。私はそんなに食べたら太っちゃいます。」
「そんなこと、」
土井先生が言葉を続けようとしたところで、突然、手ぶらだった方の腕を、何かを払うように勢いよく動かした。一瞬の出来事で、さくらも周りの湯治客も目を丸くしている。しかし、その様子を気にするそぶりもなく、土井先生はいつもの微笑みを貼り付けて、「虫がいきなり飛んできましたね。アブかな。」
「アブですか。」
「ええ、大きなアブだと思います。」
「刺されたら大変ですね。」
「さくらが刺されたら大変だ。そろそろ宿に行こうか。」
心なしか急かされているような気もするが、さくらは土井先生の言葉におとなしく従った。
「あーあ。土井先生、払い落としちゃったよ。」
物陰から5人、二人の様子を伺っている。鉢屋三郎の放った棒手裏剣は見事、土井先生に払い落とされ、人目につかない草むらへと投げ捨てられている。
「それにしても気がつかないね、わざとか本気か。」
面白そうに尾浜勘右衛門が言った。
「うーん、本当に忍者なのかなあの人。」
不破雷蔵がいつもの如く、悩ましそうに腕を組んで考え込んでいる。それに呼応するように竹谷八左ヱ門が言葉を続けた。
「山賊に襲われた時、抱えてみたけど、筋肉も何もなかったな。そこらへんの町娘の方がよっぽど、しっかりした体をしてるさ。」
「八左ヱ門、お前、女子を抱いたことがあるのか?」
面白そうに三郎が茶々を入れると、途端に、精悍な顔に赤みが差した。
「あまり虐めてやるなよ、三郎。それにしても勘は鈍そうだ。」
冷静に久々知兵助が所感を述べた。
学園長先生には有志の生徒が、今回の任務にあたる許可をもらっている。5年生は、我ら5人が志願した。しかし、本当に日向 さくらは間者なのだろうか。兵助と同じく、八左ヱ門も同じような疑問を持っているようだ。
「まあ、そのうちボロが出るだろうさ。」
ニヤリ、と笑った三郎の言葉に、皆うなづいた。
「ああ、さくらさん。おはようございます。」
すでに身支度を整えた土井が、手にしている地図を眺めているところで、さくらの気配に気がつくと、目線を上げてこちらへ、にこりと笑いかけた。
「おはようございます・・・。昨夜はお手数おかけしたようで、申し訳ありません。」
準備万端の土井先生に対して、寝起きの自分はどんな顔をしているだろうか。髪ははねていないだろうか。恥ずかしさと、就寝まで世話を焼いてもらうとは不甲斐なく、まともに土井先生の方を見られない。
「たくさん歩きましたから、疲れが出たんでしょう。今日は、この辺りまで行こうと思います。さくらさん、体調の方はいかがです?」
「・・・たくさん休みましたので回復しましたよ!ありがとうございます。」
土井先生の方が、こちらが気にしないようにと優しい言葉をかけてくださる。本当に出来た人だ。は組をまとめるだけある、人徳者である。さくらも気持ちを切り替え、軽く髪を手櫛で梳かすと、衝立を脇に置いて、土井先生の手にしているものを一緒に覗き込んだ。
「目的地までの地図があるんですね。」
日本地図ができたのはずいぶん後のことだ。しかし、近隣の地形については、こうしてまとめていたのかもしれない。
「色々と調べましたから。迷ってはいけませんからね。昔の情報もありますので、おおよその場所ですよ。」
「これ、土井先生がお書きになったんですか。」
「ええ。」
おおよそという言葉とは裏腹に、山道や街道、村の形、川の流れ、模写というほど忠実に描いたのではないか、と思うほど細かな部分が書き込まれている。それを、学園長先生の思いつきから出発までの、わずかな時間で書き上げたと言うのか。忍術学園の先生の有能さがここでも垣間見えたようだった。
「これは、すごい・・・相手によっては喉から手が出るような代物ですよ。」
地図というものは最高の軍事機密だ。地形がわかれば、どこから戦を仕掛ければいいのか分かるからだ。そして人の流れが分かれば、物流や人から攻めていくこともできる。この辺りを切り取らんとする領主であったなら、一体いくら積んでくるんだろうか。
「さくらさん、声に出てます。」
「は・・・!失礼しました!」
一体どこから口から漏れていたのか。
「きり丸のようなことを言うんですね。」
そう言って、おかしそうに笑う。どうやら最後の一言が口から滑り出ていたらしい。さくらは内心、ほっと息をついた。学園の先生方には、仕事上は頼りにしていただいて、普段も声をかけてくださる。いい職場でいい方達だとも思う。ただ、ふとした自分の言動で視線が鋭くなることがある。その時の疎外感はなんとも言えない。自身でも十分怪しい現れ方をしたと自覚しているので、致し方ないと思うが、その視線を土井先生にまで向けられると思うと、より一層、胸が苦しく思えてくるのだ。だから、面白そうにしてくれるなら、それがいい。
今日の目的地が決まったところで、宿屋を後にして、早速出発する。宿屋の女将が出掛けに握り飯を用意して渡してくれた。これも、昨夜のうちに土井先生が頼んでおいてくれたものらしい。本当に、何から何までありがたい。いつかは自由の身となって「うるま」の国へ、と思っていた。しかし、一人旅では、こうも順調にことは運ばなかったに違いない。
街道を歩き、再び自然の道を進み、さくらの体力を見て休憩を入れながら進んでいく。今日は出発が早かったこともあり、次の宿場へは昼過ぎには到着することができた。足はジンジンと疲労を蓄積しているようだ。
「この辺りは、湯治に寄る者もいるようですよ。ほら。」
土井先生が指をさすあたりを見ると、石造りの小ぶりな足湯のスペースが用意されている。その隣では美味しそうな饅頭を蒸す匂いと、それを頬張りながら、足湯に浸かる旅のものたちで賑わっていた。
「わあ、足湯ですか。」
さくらの目の輝きを確認すると、土井先生は足湯の方へとエスコートするように軽く背中を押して導いた。
「せっかくですから、私たちも入らせてもらいましょう。」
土井先生の言葉に甘えて、足湯の方へ向かう。老若男女、色々な者たちで賑わう中、二人混ぜてもらう。白くもうもうと湯気が立つ足湯からは、うっすらと硫黄の香りが漂ってくる。決して不快になるほどでなく、いつの間にか温泉まんじゅうを購入してくれていた土井先生から、それを受け取ると、饅頭の甘い香りに相殺されて気にならなくなってくる。温かい湯気の中、土井先生と空いているスペースに身を滑り込ませた。ふくらはぎまで裾をたくし上げ、湯気の立つ温泉に足を入れる。初めは熱い、と感じたのも束の間、すぐにじんわりと足先から体へ温かさが伝わってくる。心地よい温かさが感じられ、自然と、ふう、っと息を吐いた。
「これは極楽だ。」
隣で土井先生も同じように、気持ちよさそうな息を吐いた。いつもの微笑んだ表情とも違う、力の抜けたような顔だ。土井先生もくつろげているのだと思うと、さくらの口元が自然と弛んだ。
「本当に。気持ちいいですね。」
体があったまってくると、心も緩んでくるようだ。さくらの気の抜けた返事に土井先生も頬を緩ませた。
「お饅頭、ここの名物らしいよ。食べてごらん。」
周りの湯治客もいるため、夫婦の設定で話を続けるらしい。一瞬、ドキッとした心を誤魔化すように、ほかほかの饅頭にかぶりついた。薄皮を破ると、口の中であんこの甘味が広がる。本当に当時であればありえない砂糖の甘さであるが、ここは忍たまの世界である。カレーライスがある時点で、現代に近い甘味の味も存在しているらしい。久しぶりに食べた甘いものだ。その美味しさに目尻が下がった。
「気に入ったなら、私のもあげよう。」
そう言って差し出してくる饅頭を慌てて押し返す。
「は、半助さんの分ですよ。私はそんなに食べたら太っちゃいます。」
「そんなこと、」
土井先生が言葉を続けようとしたところで、突然、手ぶらだった方の腕を、何かを払うように勢いよく動かした。一瞬の出来事で、さくらも周りの湯治客も目を丸くしている。しかし、その様子を気にするそぶりもなく、土井先生はいつもの微笑みを貼り付けて、「虫がいきなり飛んできましたね。アブかな。」
「アブですか。」
「ええ、大きなアブだと思います。」
「刺されたら大変ですね。」
「さくらが刺されたら大変だ。そろそろ宿に行こうか。」
心なしか急かされているような気もするが、さくらは土井先生の言葉におとなしく従った。
「あーあ。土井先生、払い落としちゃったよ。」
物陰から5人、二人の様子を伺っている。鉢屋三郎の放った棒手裏剣は見事、土井先生に払い落とされ、人目につかない草むらへと投げ捨てられている。
「それにしても気がつかないね、わざとか本気か。」
面白そうに尾浜勘右衛門が言った。
「うーん、本当に忍者なのかなあの人。」
不破雷蔵がいつもの如く、悩ましそうに腕を組んで考え込んでいる。それに呼応するように竹谷八左ヱ門が言葉を続けた。
「山賊に襲われた時、抱えてみたけど、筋肉も何もなかったな。そこらへんの町娘の方がよっぽど、しっかりした体をしてるさ。」
「八左ヱ門、お前、女子を抱いたことがあるのか?」
面白そうに三郎が茶々を入れると、途端に、精悍な顔に赤みが差した。
「あまり虐めてやるなよ、三郎。それにしても勘は鈍そうだ。」
冷静に久々知兵助が所感を述べた。
学園長先生には有志の生徒が、今回の任務にあたる許可をもらっている。5年生は、我ら5人が志願した。しかし、本当に日向 さくらは間者なのだろうか。兵助と同じく、八左ヱ門も同じような疑問を持っているようだ。
「まあ、そのうちボロが出るだろうさ。」
ニヤリ、と笑った三郎の言葉に、皆うなづいた。
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