星降る夜に
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街道を少し歩くと、こじんまりした建物が見えてきた。その家から、あたたかな湯気が立ち上り、風に乗って甘い香りが漂ってきた。あれが土井先生の言っていた茶屋だろう。店先に用意された腰掛けには何人か先客がおり、一様に団子を頬張っている。出来立ての団子から湯気が立ち、つやつやと輝くタレがさくらの唾液腺を刺激した。
「さくらさん、少し休みましょう。」
店までやってきたところで土井先生が手を引いて空いている席に導いた。自然なエスコートを受け、さくらも自然と腰掛けには座り、その隣に土井先生が座った。売り子らしき女性が暖かいお茶を持ってきてくれる。
「旦那、何本にするかい?」
現代のようにたくさんのメニューがあるのではない。この時代は店でひとつ、団子だけを売っているのも不思議ではない。それゆえ、売り子も何本なのかを聞いているのだ。
「そうだなぁ…私は2本にしようか。さくらも同じでいいかい?」
「ええ、あなたと同じで。」
「あいよ!可愛らしい夫婦だねぇ。私もウチのと一緒になったばかりのころはこんな感じだったねぇ」
にこにこする売り子の女性は目線を店の奥へと向けた。奥では店主が黙々と団子を焼いている。奥さんの声で少し目線をあげたが、すぐに団子の方と目線を戻した。奥さんも営業トークだったのか、それだけ言うと他の来客の方へと向かっていった。店は夫婦2人で切り盛りをしているようで、旦那は黙々と団子を焼き、表の仕事は奥さんが請け負っているらしい。くるくると踊るように客の間を行ったり来たりして、忙しくしている。何だか見たことのある景色だなあと思案していると、同じ事務員の小松田くんの顔が思い浮かんだ。小松田くんは書類の束を紙吹雪よろしく舞いあがらせたり、吉野先生に熱々のお茶をダイレクトアタックしたりと、違う意味で忙しいのだが、2人のくるくる楽しそうに動き回っているのが重なって、思わず口元が緩んでしまう。
「さくらさん、どうされましたか?」
小さな声で土井先生が声をかけた。さくらは口元を緩ませて言葉を継げた。
「奥さんをみていたら小松田くんを思い出してしまって。」
そう言うと、土井先生も奥さんをチラリと見た後に確かに、とつぶやいた。
「忙しそうなところがそっくりだ。」
「でしょう?」
土井先生も同じことを思ったのか、微笑ましそうに口元を緩ませた。小さな声で話しているため自然と額を突き合わせるようにして笑い合ってあると、その間に、コトン、と団子が置かれた。
「お熱いところごめんよー!こっちの団子も出来立てだから気をつけておくれよー!」
小気味いい声で奥さんが団子を持って現れた。その言葉に、改めて土井先生との距離の近さに気が付く。息が掛かるほどの至近距離で話をしていたことに、さくらの方が気恥ずかしくなり、すっと体を後ろへと傾けた。対して土井先生の方はにこり、と余裕そうな微笑みで女性の言葉を受け流している。土井先生は懐から小銭を取り出すと、女性の手に乗せた。
「はいよ!ごゆっくり!」
女性が小銭を受け取って、店の奥へと引っ込んでいく。それが今回の団子の代金だと気がつき、さくらは、いそいそと自身の小銭入れを取り出そうとしたところで土井先生の手が重なった。
「こういう時は旦那に良い格好をさせてください。」
有無を言わせぬ笑顔に、「はい・・・・・・」と頷くことしかできない。旦那さんになりきっている土井先生は想像以上にできる男のようだ。いや、あのトラブル続きのは組の子供達を相手に仕事をされている人が、スパダリでないわけがないのだ。今更ながら、少しからかいついでに夫婦を提案なんてするものではなかった。・・・心臓がいくつあっても足りない。
熱々の団子には艶やかなタレがかかり、食欲をそそる香りが漂ってくる。気持ちを落ち着けるように団子を頬張る。もちもちの食感に甘じょっぱいタレがよく合っている。隣で土井先生も同じように団子を頬張る。
「美味しいですね、お団子。」
ふんわりといつもの学園で見るような笑顔で土井先生が言った。のほほん、といつもの調子に戻った土井先生に内心安堵する。
「本当に、もちもちで美味しいです。」
さくらも同じく安心したように笑いかけると、土井先生は一瞬、少し困ったような表情で嘆息したように思えたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻った。
しばらく茶屋で休憩した後は、再び目的地へと歩を進める。
先ほどまでの山道とは違い、舗装された街道は歩きやすさが段違いである。平坦な道のありがたみを噛み締める。それに、現代ほどではないが、それなりに人通りもある。視界の先には常に、行きか帰りか、すれ違う人を見ることもある。あたたかな日差しと微かに髪を揺らす風が緑の香りを運んでくる。この世界に来て、毎日楽しくも忙しい生活をしていたからか、こうしてゆっくりと息をしながら自然を楽しむ、というのがなかなか新鮮に思える。学園長先生の突然の思いつきであったが、こんなにあっさりと目的を果たす事ができるとは。それができるのも、土井先生が付き添ってくださるからである。忍術学園で先生方からたまに感じる鋭い視線が、自身は信用されていないのだと思い知らされて、今の状況で旅ができるなどと思いもしなかったのだ。今回の『思いつき』はさくらにとっては幸運であった。しかし・・・。
「土井先生、『うるま』の国の見当がついているんですね。」
迷うようなそぶりもなく、ズンズンと進んでいく土井先生に、言葉を投げかけた。詳細を聞かぬまま、出発前に土井先生から「2、3日分の着替えを用意してください」と言われるまま準備して、のこのこ付いてきているのだが、ある程度距離を解っていなくてはそのようには言えまい。
「大体ですけどね、昔のツテから、おおよそ見当はついています。」
「昔の・・・」
「ええ、昔の。」
含んだような物言いに、土井先生も忍術学園に来る前は忍びだったのだ、と思い至る。アニメでは学園で先生をしているところしか知らないが、他の先生たちもきっと以前までは忍びとして働いていた方々なのだろう。ではければ教えることなど、できまい。現実で働いてみると、忍術学園は戦国時代の学舎としては規格外の設備を有していると実感させられる。広大な敷地に、全ての生徒は清潔な制服に身を包み、白飯をお腹いっぱい、バランスの良い献立を3食食べられる。貴重な書物を購入し、蔵書をもちろん豊富だ。このような場所で教鞭を振るう先生方だ。きっと凄腕の忍者だったに違いない。
「・・・そんなにキラキラした目で見られると気恥ずかしいですね。」
恥ずかしそうに頬を指で掻くと、土井先生は耐えきれなくなったのか視線を外すように少し前へ出た。
「大した者ではありませんよ。生きるために始めたことですから。」
「それでも、すごいと思います。土井先生が努力なさったから、できたご縁でしょう?」
生きるため、と言っても、1つの仕事で大成できる者は少ない。それは現代も、この世界も同じだ。諦めず、歯を食いしばって続けたからこそ見える景色もある。さくらには忍びの世界がどのようなものか、見当もつかない。しかし、相当の忍耐と努力があったからこそ、今の土井先生があるのだと思うのだ。
「あなたの思うようなものじゃありませんよ・・・。」
土井先生はさくらにこれ以上言葉を継げさせぬように、言葉を重ねた。いつもの穏やかな表情のはずが、声音は硬い。これ以上、話してくれるな、という言外の意味を含んでいる。それが分ったところで、さくらは口を閉じた。謝るのさえ、憚られるような、話題にしたくないことだったのだろうか・・・。
「さあ、夕暮れまでには宿場に着くように、少し先を急ぎましょう。」
にこり、とさくらに笑いかけると土井先生は一歩進んだ距離で再び歩き始めた。後ろから見る背中が、なんだか遠く感じる。きっと不快にさせることを言ってしまったのだろうと思っても、何をどうすれば、この距離を縮められるのか。どうすることもできず、さくらは大人しく土井先生の後ろを付いていくより他なかった。
「さくらさん、少し休みましょう。」
店までやってきたところで土井先生が手を引いて空いている席に導いた。自然なエスコートを受け、さくらも自然と腰掛けには座り、その隣に土井先生が座った。売り子らしき女性が暖かいお茶を持ってきてくれる。
「旦那、何本にするかい?」
現代のようにたくさんのメニューがあるのではない。この時代は店でひとつ、団子だけを売っているのも不思議ではない。それゆえ、売り子も何本なのかを聞いているのだ。
「そうだなぁ…私は2本にしようか。さくらも同じでいいかい?」
「ええ、あなたと同じで。」
「あいよ!可愛らしい夫婦だねぇ。私もウチのと一緒になったばかりのころはこんな感じだったねぇ」
にこにこする売り子の女性は目線を店の奥へと向けた。奥では店主が黙々と団子を焼いている。奥さんの声で少し目線をあげたが、すぐに団子の方と目線を戻した。奥さんも営業トークだったのか、それだけ言うと他の来客の方へと向かっていった。店は夫婦2人で切り盛りをしているようで、旦那は黙々と団子を焼き、表の仕事は奥さんが請け負っているらしい。くるくると踊るように客の間を行ったり来たりして、忙しくしている。何だか見たことのある景色だなあと思案していると、同じ事務員の小松田くんの顔が思い浮かんだ。小松田くんは書類の束を紙吹雪よろしく舞いあがらせたり、吉野先生に熱々のお茶をダイレクトアタックしたりと、違う意味で忙しいのだが、2人のくるくる楽しそうに動き回っているのが重なって、思わず口元が緩んでしまう。
「さくらさん、どうされましたか?」
小さな声で土井先生が声をかけた。さくらは口元を緩ませて言葉を継げた。
「奥さんをみていたら小松田くんを思い出してしまって。」
そう言うと、土井先生も奥さんをチラリと見た後に確かに、とつぶやいた。
「忙しそうなところがそっくりだ。」
「でしょう?」
土井先生も同じことを思ったのか、微笑ましそうに口元を緩ませた。小さな声で話しているため自然と額を突き合わせるようにして笑い合ってあると、その間に、コトン、と団子が置かれた。
「お熱いところごめんよー!こっちの団子も出来立てだから気をつけておくれよー!」
小気味いい声で奥さんが団子を持って現れた。その言葉に、改めて土井先生との距離の近さに気が付く。息が掛かるほどの至近距離で話をしていたことに、さくらの方が気恥ずかしくなり、すっと体を後ろへと傾けた。対して土井先生の方はにこり、と余裕そうな微笑みで女性の言葉を受け流している。土井先生は懐から小銭を取り出すと、女性の手に乗せた。
「はいよ!ごゆっくり!」
女性が小銭を受け取って、店の奥へと引っ込んでいく。それが今回の団子の代金だと気がつき、さくらは、いそいそと自身の小銭入れを取り出そうとしたところで土井先生の手が重なった。
「こういう時は旦那に良い格好をさせてください。」
有無を言わせぬ笑顔に、「はい・・・・・・」と頷くことしかできない。旦那さんになりきっている土井先生は想像以上にできる男のようだ。いや、あのトラブル続きのは組の子供達を相手に仕事をされている人が、スパダリでないわけがないのだ。今更ながら、少しからかいついでに夫婦を提案なんてするものではなかった。・・・心臓がいくつあっても足りない。
熱々の団子には艶やかなタレがかかり、食欲をそそる香りが漂ってくる。気持ちを落ち着けるように団子を頬張る。もちもちの食感に甘じょっぱいタレがよく合っている。隣で土井先生も同じように団子を頬張る。
「美味しいですね、お団子。」
ふんわりといつもの学園で見るような笑顔で土井先生が言った。のほほん、といつもの調子に戻った土井先生に内心安堵する。
「本当に、もちもちで美味しいです。」
さくらも同じく安心したように笑いかけると、土井先生は一瞬、少し困ったような表情で嘆息したように思えたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻った。
しばらく茶屋で休憩した後は、再び目的地へと歩を進める。
先ほどまでの山道とは違い、舗装された街道は歩きやすさが段違いである。平坦な道のありがたみを噛み締める。それに、現代ほどではないが、それなりに人通りもある。視界の先には常に、行きか帰りか、すれ違う人を見ることもある。あたたかな日差しと微かに髪を揺らす風が緑の香りを運んでくる。この世界に来て、毎日楽しくも忙しい生活をしていたからか、こうしてゆっくりと息をしながら自然を楽しむ、というのがなかなか新鮮に思える。学園長先生の突然の思いつきであったが、こんなにあっさりと目的を果たす事ができるとは。それができるのも、土井先生が付き添ってくださるからである。忍術学園で先生方からたまに感じる鋭い視線が、自身は信用されていないのだと思い知らされて、今の状況で旅ができるなどと思いもしなかったのだ。今回の『思いつき』はさくらにとっては幸運であった。しかし・・・。
「土井先生、『うるま』の国の見当がついているんですね。」
迷うようなそぶりもなく、ズンズンと進んでいく土井先生に、言葉を投げかけた。詳細を聞かぬまま、出発前に土井先生から「2、3日分の着替えを用意してください」と言われるまま準備して、のこのこ付いてきているのだが、ある程度距離を解っていなくてはそのようには言えまい。
「大体ですけどね、昔のツテから、おおよそ見当はついています。」
「昔の・・・」
「ええ、昔の。」
含んだような物言いに、土井先生も忍術学園に来る前は忍びだったのだ、と思い至る。アニメでは学園で先生をしているところしか知らないが、他の先生たちもきっと以前までは忍びとして働いていた方々なのだろう。ではければ教えることなど、できまい。現実で働いてみると、忍術学園は戦国時代の学舎としては規格外の設備を有していると実感させられる。広大な敷地に、全ての生徒は清潔な制服に身を包み、白飯をお腹いっぱい、バランスの良い献立を3食食べられる。貴重な書物を購入し、蔵書をもちろん豊富だ。このような場所で教鞭を振るう先生方だ。きっと凄腕の忍者だったに違いない。
「・・・そんなにキラキラした目で見られると気恥ずかしいですね。」
恥ずかしそうに頬を指で掻くと、土井先生は耐えきれなくなったのか視線を外すように少し前へ出た。
「大した者ではありませんよ。生きるために始めたことですから。」
「それでも、すごいと思います。土井先生が努力なさったから、できたご縁でしょう?」
生きるため、と言っても、1つの仕事で大成できる者は少ない。それは現代も、この世界も同じだ。諦めず、歯を食いしばって続けたからこそ見える景色もある。さくらには忍びの世界がどのようなものか、見当もつかない。しかし、相当の忍耐と努力があったからこそ、今の土井先生があるのだと思うのだ。
「あなたの思うようなものじゃありませんよ・・・。」
土井先生はさくらにこれ以上言葉を継げさせぬように、言葉を重ねた。いつもの穏やかな表情のはずが、声音は硬い。これ以上、話してくれるな、という言外の意味を含んでいる。それが分ったところで、さくらは口を閉じた。謝るのさえ、憚られるような、話題にしたくないことだったのだろうか・・・。
「さあ、夕暮れまでには宿場に着くように、少し先を急ぎましょう。」
にこり、とさくらに笑いかけると土井先生は一歩進んだ距離で再び歩き始めた。後ろから見る背中が、なんだか遠く感じる。きっと不快にさせることを言ってしまったのだろうと思っても、何をどうすれば、この距離を縮められるのか。どうすることもできず、さくらは大人しく土井先生の後ろを付いていくより他なかった。