星降る夜に
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傷が回復し、通常の業務ができるようになる頃には、学園の生徒たちとの交流が増えるようになった。それというのも、ほぼ毎日、保健室で手当をしてもらうわけで、保健委員はもちろんのこと怪我をした生徒たちとも顔を合わせるようになっていたからだ。
保健委員会の三年生、三反田君は委員長の善法寺君の次に年長ということで、柔和ながらも仕事をしっかりこなす良い子だ。ただ、存在感が薄いのか、怪我の手当を求めてやってきた生徒が気がつかないで保健室を探す場面もちらほら。目の前にいるにもかかわらず探されているのは気の毒に思う。当の本人も気にしているらしいが、仕方ないという感じのため息をつくだけで、きちんと処置をしてあげるのだから優しすぎる。さくらが同じ立場であったら、きっとそんな生やさしい対応はできないと思う。目の前でわざと地団駄ふんだり、存在を感じさせるような咳払いをしてやりたくなる。
二年生の川西君はつんつんした雰囲気と口調ではあるが、やさしい子だ。さくらの怪我は上半身に集中していたこともあり、男子生徒の目に触れないよう、毎日処置のためにいくらかの時間、保健室を占領することがあった。それは申し訳ないと、薬をもらって自室で塗りますと申し出た。しかし、善法寺君と同じく当番だった川西君が我先にと鋭い視線を向けて「素人がやっては治るものも治りません。自分の上半身に包帯をきれいに巻けるとは思いませんよ。」とぴしゃりと言い、善法寺君も強く頷くということもあった。
それから保健室には食満君、潮江君が『勝負』をよくするおかげで生傷を持ってやってくるし、竹谷君は毒虫や動物のお世話で傷をつくってくるし、三年生の神崎君、次屋君の捜索で富松君は手のひらに縄で出来た血豆をつぶしては処置にやってくる。縄は腰に巻き付けて二人を一緒に連れてきたときに確認済みだ。初めは遊んでいるのかと思っていたが、保健室の入り口で「保健室はどっちだー!」と走り出そうとする神崎君を見て、口をあんぐり開けてしまった。……これは富松君、縄でもなきゃ見失うわ。
復帰してからは、放課後の生徒たちと挨拶以外にも少し話をしたり、食堂で怪我をしているくだんの生徒たちに声をかけて様子を聞いたりしている。環境になれ、自分の居場所が出来ていることに日々嬉しさを感じている今日この頃である。
今日は、新書が入荷したとあって事務室に新しい書物が届けられた。この時代、紙、ましてや本は高価な代物である。それが山積みになって届けられ、図書室に搬入する作業を図書委員と行う事になっている。小松田君も「お手伝いします!」と張り切っていたが、吉野先生に止められていた。
「もそもそ……」
新書とそのリストを準備していると背後から何か音が聞こえた。しかし、かすかに聞こえたのは家鳴りだろうか、木造はよくあることだと思い直して作業を再開すると、頭上に黒い影が覆った。不思議に思い、見上げると、強面の男の顔が間近に迫っていた。
「う、わああ……!」
あまりに驚いてのけぞるように距離をとると、その男が生徒であることが分かった。そうだ、一度昼食を一緒にした中在家君だ。分かったことで安堵したが、早鐘をうつ心臓を落ち着けるように胸に手を当てて再度、そちらを見ると、もう一人、生徒がいたことに気がついた。藍色の装束で、以前、森で助けてくれた生徒の中にいた気がするが…名前は何だっただろうか。すると、その生徒が申し訳なさそうに声をかけた。
「驚かせてすみません。…あの、声をかけようかと思ったのですが、お仕事の途中で邪魔になるかもしれないとも思ってどうしようか悩んでいたんです。」
「そうだったのね……図書委員の生徒さん?」
「はい、五年ろ組、不破雷蔵です。こちらは図書委員会委員長で六年ろ組の中在家長次委員長です。」
「もそもそ……」
柔らかい笑顔の不破君の隣で中在家君がなにやら言葉を発した。しかし、小さくて聞き取れない…。困惑した表情のさくらに気がついた不破君が言葉を足した。
「中在家先輩はこちらを運びますか?とおっしゃっています。日向さん、運び出してもいいですか?」
「ええ、たくさんあるから手分けしましょう。」
そう言って、三人で新しい本を図書室へと運び出した。
中在家君、不破君、さくらの順で図書室まで向かう。その腕の中には胸元まで積み上げた本を抱えながら歩く。地味に重たく、図書室への道のりまで疲労が腕に蓄積されていく感じがするが、前方の二人はさくらの倍ほどの量を抱えても背筋をのばしてすたすた歩いて行く。
さすが、日々鍛錬している子たちは違う……。
内心、感心しながらさくらは二人の後に続いた。
「もそもそ……」
「日向さん、ここに置いていただけますか、と中在家先輩がおっしゃっています。」
「分かりましたっ!よいしょっ…!」
かけ声と共に図書室の中央に設置されている文机に本を下ろした。
ずしり、という音をさせて、机に置くと、その隣で今の倍の音をさせて中在家君と不破君が本を下ろした。全ての本が並ぶとやはりその量に驚かされる。
「学園長先生もすごいわね。これだけのものを買い上げちゃうなんて。」
教育機関ということを加味しても、これだけの書物を集めてくることが想像以上に骨が折れるだろう。ただ本屋に買いに行く現代とは違うのだ。本を卸す商家で、しかも大店でなければここまでの量を揃えることは難しい。しかも、学園に関わる者は厳選されているだろうし、そう思えば、幼い時はそういう事情を考えることもなく、純粋に教育アニメとして楽しんでいたが、学園長先生の人脈と学園の財力は相当なものなのだと思い知らされる。
「学園長先生は図書委員会の予算だけでは賄えないような、兵法や忍術に関わる新しい書物は揃えてくださるんです。」
図書室で待機していた二年生の能勢君が嬉しそうに新しい本を眺めて教えてくれた。その後ろから二ノ坪君ときり丸も顔を出した。
「…それに歴史や植物図鑑、料理や化粧方法、色々な種類があるんですよ。日向さんもぜひ図書室へ来てください…」
二ノ坪君は額に影を作りながらも誇らしそうに図書室を紹介してくれる。
「ガイド代はお安くしますよ。」
きり丸は指で銭の形を作ってウインクしている。
「そうねえ……」
図書室をぐるりと見回してみる。現代の図書館とは違い、本は平積みにされており、棚にジャンルの看板がついているわけでもない。これは置き場所が分かっていないと目的の本を探すのも一苦労だろうなあ、と思われる。ただ、今日のさくらはこれといって読みたい本があるわけでもない。
「また今度お願いするわね。」
そう言ってウインクを返すと、きり丸はあからさまにがっかりしたように肩を落としてしまった。きり丸には申し訳ないが、またの機会にとっておいてもらおう。
ここからはさくらと図書委員で新しい本のラベリングと配架を手分けして行う事になった。本の背表紙に貼るラベルをこの時代でもするのか、と興味がわき、中在家君の手元に準備された番号がふられた和紙の短冊を眺める。中在家君が該当の本を手にして、短冊を本の裏面にセットし、それを隣にいるきり丸がのりを使って素早くはりつけていき、二ノ坪君が別の机に順番に並べて乾かしていく。ものすごいスピードで繰り広げれる作業に思わず感嘆の声をあげる。すると、不破君がおかしそうに、くすり、と笑った。
「きり丸はバイトでなれてるみたいで、こういう作業担当してもらっているんです。中在家先輩もたまに手伝いにいかれるそうで……息ぴったりでしょう?」
「それはもう、神業のように。」
自然と目を離せないまま、不破君の言葉にそう返すと、不破君とさらに能勢君までおかしそうに笑った。おかしなことを言ってしまっただろか、と二人を振り返ってみると、笑顔の中に誇らしいようなそんな表情が見え、同じ委員会の子が褒められているのが嬉しいのだと伝わってくる。それにつられてさくらも「さすが図書委員会ね。」と笑顔で返した。
「そんじゃ、乾いたものから運んでくださいよー!」
高速で手を動かしながらきり丸が皆に呼びかける。その声を合図に不破君、能勢君と共にさくらも作業にうつることにした。
初めに不破君に場所を教えてもらい、それにならって順番に本を並べていく。忍術、兵法に関するものが多いため、だいたいは同じような場所に積んでいくことになるため、そこまで難しいものではない。ただ、配架している最中に面白そうなタイトルが見えると手を伸ばしてしまうのを、全力で理性で押しとどめるのが難しかった部分は否めない。そうして全員で手分けして進めていくと、一時間もしないうちに作業は終えることが出来た。
この後は当番になっているきり丸と中在家君で返却図書の整理をしたら終わりらしい。
「さくらさん、このあとお仕事は?」
不破君にそう聞かれて、「今日はこれで終わりの予定よ。」
そう言うと、中在家君がもそもそと話し始めた。
「…よければ……気になった本貸し出しますよ。」
図書室内が静かなためか、中在家君の声がいつもより聞こえる。
「ありがとう、実は少し気になる本があって。すぐ取ってくるわね。」
そう言って足を本棚に向けたところで、不破君が今日は搬入のために図書室は閉めていると教えてくれ、二人が仕事をしている間に少しだけ本を見せてもらうことにした。
人気の少ない図書館で、中在家君ときり丸が作業する紙の擦れる音と、自身が畳を歩く音だけが響いている。いつも多くの人の声や音に包まれて仕事をしているためか、久しぶりにこのような空間にいると、心地よく感じる。さっききになっていた本を手にとってみる。
『南蛮菓子のつくりかた』
『甲賀忍法―おいしいしびれ薬―』
『逞しくてもか弱い女になる方法(化粧編)』
などなど、くすっと笑ってしまうタイトルから真面目なものまで手にとってぱらぱら眺めてみる。
何度か手にとってはめくるということを繰り返していると、歴史の本がまとめられた場所にたどりついた。
「『野戦 大名の歴史』……」
ふと手にした本に目がとまった。
『うるま』の人たちは載っているのだろうか。
あの剛胆な城主と美しい奥方、そして、あどけない少年の顔が思い浮かぶ。
もし、この時代の流れにいる人たちだとしたら。歴史に彼らの生涯が綴られているのだとしたら。
幸せに生きていて欲しい。幸せだったのだ、と記されていてほしい。
手にした本の表紙に指をかけた。
『領地の者は健やかに過ごせるのでしょうか』
正史丸君の声が頭をよぎった。
もし、彼の望みが叶わなかったとしたら……。
そう思うと、先に進めることができず、指が震えた。
保健委員会の三年生、三反田君は委員長の善法寺君の次に年長ということで、柔和ながらも仕事をしっかりこなす良い子だ。ただ、存在感が薄いのか、怪我の手当を求めてやってきた生徒が気がつかないで保健室を探す場面もちらほら。目の前にいるにもかかわらず探されているのは気の毒に思う。当の本人も気にしているらしいが、仕方ないという感じのため息をつくだけで、きちんと処置をしてあげるのだから優しすぎる。さくらが同じ立場であったら、きっとそんな生やさしい対応はできないと思う。目の前でわざと地団駄ふんだり、存在を感じさせるような咳払いをしてやりたくなる。
二年生の川西君はつんつんした雰囲気と口調ではあるが、やさしい子だ。さくらの怪我は上半身に集中していたこともあり、男子生徒の目に触れないよう、毎日処置のためにいくらかの時間、保健室を占領することがあった。それは申し訳ないと、薬をもらって自室で塗りますと申し出た。しかし、善法寺君と同じく当番だった川西君が我先にと鋭い視線を向けて「素人がやっては治るものも治りません。自分の上半身に包帯をきれいに巻けるとは思いませんよ。」とぴしゃりと言い、善法寺君も強く頷くということもあった。
それから保健室には食満君、潮江君が『勝負』をよくするおかげで生傷を持ってやってくるし、竹谷君は毒虫や動物のお世話で傷をつくってくるし、三年生の神崎君、次屋君の捜索で富松君は手のひらに縄で出来た血豆をつぶしては処置にやってくる。縄は腰に巻き付けて二人を一緒に連れてきたときに確認済みだ。初めは遊んでいるのかと思っていたが、保健室の入り口で「保健室はどっちだー!」と走り出そうとする神崎君を見て、口をあんぐり開けてしまった。……これは富松君、縄でもなきゃ見失うわ。
復帰してからは、放課後の生徒たちと挨拶以外にも少し話をしたり、食堂で怪我をしているくだんの生徒たちに声をかけて様子を聞いたりしている。環境になれ、自分の居場所が出来ていることに日々嬉しさを感じている今日この頃である。
今日は、新書が入荷したとあって事務室に新しい書物が届けられた。この時代、紙、ましてや本は高価な代物である。それが山積みになって届けられ、図書室に搬入する作業を図書委員と行う事になっている。小松田君も「お手伝いします!」と張り切っていたが、吉野先生に止められていた。
「もそもそ……」
新書とそのリストを準備していると背後から何か音が聞こえた。しかし、かすかに聞こえたのは家鳴りだろうか、木造はよくあることだと思い直して作業を再開すると、頭上に黒い影が覆った。不思議に思い、見上げると、強面の男の顔が間近に迫っていた。
「う、わああ……!」
あまりに驚いてのけぞるように距離をとると、その男が生徒であることが分かった。そうだ、一度昼食を一緒にした中在家君だ。分かったことで安堵したが、早鐘をうつ心臓を落ち着けるように胸に手を当てて再度、そちらを見ると、もう一人、生徒がいたことに気がついた。藍色の装束で、以前、森で助けてくれた生徒の中にいた気がするが…名前は何だっただろうか。すると、その生徒が申し訳なさそうに声をかけた。
「驚かせてすみません。…あの、声をかけようかと思ったのですが、お仕事の途中で邪魔になるかもしれないとも思ってどうしようか悩んでいたんです。」
「そうだったのね……図書委員の生徒さん?」
「はい、五年ろ組、不破雷蔵です。こちらは図書委員会委員長で六年ろ組の中在家長次委員長です。」
「もそもそ……」
柔らかい笑顔の不破君の隣で中在家君がなにやら言葉を発した。しかし、小さくて聞き取れない…。困惑した表情のさくらに気がついた不破君が言葉を足した。
「中在家先輩はこちらを運びますか?とおっしゃっています。日向さん、運び出してもいいですか?」
「ええ、たくさんあるから手分けしましょう。」
そう言って、三人で新しい本を図書室へと運び出した。
中在家君、不破君、さくらの順で図書室まで向かう。その腕の中には胸元まで積み上げた本を抱えながら歩く。地味に重たく、図書室への道のりまで疲労が腕に蓄積されていく感じがするが、前方の二人はさくらの倍ほどの量を抱えても背筋をのばしてすたすた歩いて行く。
さすが、日々鍛錬している子たちは違う……。
内心、感心しながらさくらは二人の後に続いた。
「もそもそ……」
「日向さん、ここに置いていただけますか、と中在家先輩がおっしゃっています。」
「分かりましたっ!よいしょっ…!」
かけ声と共に図書室の中央に設置されている文机に本を下ろした。
ずしり、という音をさせて、机に置くと、その隣で今の倍の音をさせて中在家君と不破君が本を下ろした。全ての本が並ぶとやはりその量に驚かされる。
「学園長先生もすごいわね。これだけのものを買い上げちゃうなんて。」
教育機関ということを加味しても、これだけの書物を集めてくることが想像以上に骨が折れるだろう。ただ本屋に買いに行く現代とは違うのだ。本を卸す商家で、しかも大店でなければここまでの量を揃えることは難しい。しかも、学園に関わる者は厳選されているだろうし、そう思えば、幼い時はそういう事情を考えることもなく、純粋に教育アニメとして楽しんでいたが、学園長先生の人脈と学園の財力は相当なものなのだと思い知らされる。
「学園長先生は図書委員会の予算だけでは賄えないような、兵法や忍術に関わる新しい書物は揃えてくださるんです。」
図書室で待機していた二年生の能勢君が嬉しそうに新しい本を眺めて教えてくれた。その後ろから二ノ坪君ときり丸も顔を出した。
「…それに歴史や植物図鑑、料理や化粧方法、色々な種類があるんですよ。日向さんもぜひ図書室へ来てください…」
二ノ坪君は額に影を作りながらも誇らしそうに図書室を紹介してくれる。
「ガイド代はお安くしますよ。」
きり丸は指で銭の形を作ってウインクしている。
「そうねえ……」
図書室をぐるりと見回してみる。現代の図書館とは違い、本は平積みにされており、棚にジャンルの看板がついているわけでもない。これは置き場所が分かっていないと目的の本を探すのも一苦労だろうなあ、と思われる。ただ、今日のさくらはこれといって読みたい本があるわけでもない。
「また今度お願いするわね。」
そう言ってウインクを返すと、きり丸はあからさまにがっかりしたように肩を落としてしまった。きり丸には申し訳ないが、またの機会にとっておいてもらおう。
ここからはさくらと図書委員で新しい本のラベリングと配架を手分けして行う事になった。本の背表紙に貼るラベルをこの時代でもするのか、と興味がわき、中在家君の手元に準備された番号がふられた和紙の短冊を眺める。中在家君が該当の本を手にして、短冊を本の裏面にセットし、それを隣にいるきり丸がのりを使って素早くはりつけていき、二ノ坪君が別の机に順番に並べて乾かしていく。ものすごいスピードで繰り広げれる作業に思わず感嘆の声をあげる。すると、不破君がおかしそうに、くすり、と笑った。
「きり丸はバイトでなれてるみたいで、こういう作業担当してもらっているんです。中在家先輩もたまに手伝いにいかれるそうで……息ぴったりでしょう?」
「それはもう、神業のように。」
自然と目を離せないまま、不破君の言葉にそう返すと、不破君とさらに能勢君までおかしそうに笑った。おかしなことを言ってしまっただろか、と二人を振り返ってみると、笑顔の中に誇らしいようなそんな表情が見え、同じ委員会の子が褒められているのが嬉しいのだと伝わってくる。それにつられてさくらも「さすが図書委員会ね。」と笑顔で返した。
「そんじゃ、乾いたものから運んでくださいよー!」
高速で手を動かしながらきり丸が皆に呼びかける。その声を合図に不破君、能勢君と共にさくらも作業にうつることにした。
初めに不破君に場所を教えてもらい、それにならって順番に本を並べていく。忍術、兵法に関するものが多いため、だいたいは同じような場所に積んでいくことになるため、そこまで難しいものではない。ただ、配架している最中に面白そうなタイトルが見えると手を伸ばしてしまうのを、全力で理性で押しとどめるのが難しかった部分は否めない。そうして全員で手分けして進めていくと、一時間もしないうちに作業は終えることが出来た。
この後は当番になっているきり丸と中在家君で返却図書の整理をしたら終わりらしい。
「さくらさん、このあとお仕事は?」
不破君にそう聞かれて、「今日はこれで終わりの予定よ。」
そう言うと、中在家君がもそもそと話し始めた。
「…よければ……気になった本貸し出しますよ。」
図書室内が静かなためか、中在家君の声がいつもより聞こえる。
「ありがとう、実は少し気になる本があって。すぐ取ってくるわね。」
そう言って足を本棚に向けたところで、不破君が今日は搬入のために図書室は閉めていると教えてくれ、二人が仕事をしている間に少しだけ本を見せてもらうことにした。
人気の少ない図書館で、中在家君ときり丸が作業する紙の擦れる音と、自身が畳を歩く音だけが響いている。いつも多くの人の声や音に包まれて仕事をしているためか、久しぶりにこのような空間にいると、心地よく感じる。さっききになっていた本を手にとってみる。
『南蛮菓子のつくりかた』
『甲賀忍法―おいしいしびれ薬―』
『逞しくてもか弱い女になる方法(化粧編)』
などなど、くすっと笑ってしまうタイトルから真面目なものまで手にとってぱらぱら眺めてみる。
何度か手にとってはめくるということを繰り返していると、歴史の本がまとめられた場所にたどりついた。
「『野戦 大名の歴史』……」
ふと手にした本に目がとまった。
『うるま』の人たちは載っているのだろうか。
あの剛胆な城主と美しい奥方、そして、あどけない少年の顔が思い浮かぶ。
もし、この時代の流れにいる人たちだとしたら。歴史に彼らの生涯が綴られているのだとしたら。
幸せに生きていて欲しい。幸せだったのだ、と記されていてほしい。
手にした本の表紙に指をかけた。
『領地の者は健やかに過ごせるのでしょうか』
正史丸君の声が頭をよぎった。
もし、彼の望みが叶わなかったとしたら……。
そう思うと、先に進めることができず、指が震えた。