星降る夜に
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医務室に到着してからは、緊張の糸が切れたのか先ほどよりも痛みが増しているように感じた。ここまで運んでくれた久々知君と竹谷君は、これからの治療を考慮してくれたのか、「僕らは報告がありますので、これで失礼します。」と退室していった。そして、傷の具合を見て、新野先生はてきぱきと処置をしてくださる。すでに準備してくださっていたらしい軟膏を乱太郎が運び、包帯を巻いてくれる。幸い、骨折はしていないようで、新野先生は「不幸中の幸いです。」とおっしゃっていた。
殴られた頬や、頭、そして体中を包帯で巻かれた。痛みで体がほとんど動かせず、乱太郎と新野先生が額に汗を浮かべながら処置してくださるのを申し訳なく思いながら、されるがままになっていた。今晩は医務室で安静にするように言われ、さくらは大人しく医務室の隅に置かれた布団に横になった。痛み止めの薬を乱太郎が口に含ませてくれ、それを飲み込むと苦みが口の中に広がった。
「うえぇ…」
「これで良くなりますから、飲み干してくださいね。」
保健委員の頼もしい顔で乱太郎が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。処置が落ち着くと、さくらは知らぬ間に眠りについていた。
目を覚ますと部屋は暗闇に包まれ、ぼうっと行灯の明かりが薬棚の近くにある机を浮かび上がらせていた。もう夜か。長い時間寝てしまっていたようだ。薬のおかげか、帰ってきた当初よりも痛みが小さくなっているような気がする。そう思って体を起こしてみると、ずきり、と電撃が走ったような痛みがやってきた。
「いったあ…!!」
安静にしているから痛くなかっただけだ。調子にのって動いてはいけないのだ、と身を以て実感する。さくらが痛みに体を丸めていると、医務室の障子が開いた。やってきたのは善法寺君で、手には食事ののったお盆を持っている。
「まさか動こうとしたんじゃありませんよね?」
笑顔にもかかわらず、善法寺君の雰囲気は恐ろしい。
「すみません…」
素直に謝ってしまうくらいには迫力のある。それを聞くと善法寺君はさくらのすぐ横に膝を下ろして、ゆっくりとさくらの状態を少し上げた。そして、手近にある布を丸めると背もたれのようにしてくれ、そのまま支えてくれる。
「まだ自力で立ち上がるのはつらいですから、これで食べてください。」
持ってきてくれたのはおにぎりと味噌汁で、片手でも食べやすいような献立だ。
「夜まで看病ありがとうございます。それに夕食も。まだ直接行けないので、おばちゃんにもお礼を伝えてもらえますか?」
こんな夜におばちゃんの手を煩わせてしまったのだ、申し訳ない。それに学生の善法寺君にまで夜にこうしてお手伝いをさせてしまっている。
「分かりました。ですが、僕にまで気を遣わなくて大丈夫ですよ。僕は保健委員会委員長なんです。これは委員長である僕の仕事でもあります。傷ついた人を癒やすのは僕たち保健委員の役目ですから。」
きりりとした顔でそう言う善法寺君は先ほどの乱太郎の表情と似ていた。きっと乱太郎はこの委員長の姿を見て、保健委員の仕事に誇りを持ってあたっているのだろう。そう思うと、心がほんのり温かくなるように思えた。
「さすが、委員長ですね。きっと乱太郎もその姿をみて、保健委員の仕事を頑張っているんですね。この包帯、乱太郎が巻いてくれたんです。丁度良い巻き具合で、ほつれもせず、てきぱきと処置してくれました。」
「そうでしたか。きっと乱太郎に伝えたら喜びますよ。」
まるで自分の事のように嬉しそうに善法寺君が笑った。
食事をとって眠りにつくと、夢を見た。
それは、あの夜空の下で見た正史丸君だった。
「さくらさん、」
正史丸君……!と名前を呼ぼうとするが、声が出ない。その様子に正史丸君が困ったように笑った。
「さくらさん、」
悲しそうに涙を浮かべてこちらを見つめている。別れたあの瞬間には見せなかった、諦めにも似た色を瞳に乗せて、それは悲しそうにこちらを見つめている。自身の領民のために、と未来に希望をはせていた彼が、なぜこんな表情をするのか。
さくらは正史丸に手を伸ばしたが、すうっと距離が離れていく。
行かせたらだめだ。本能的にそう思った。だが、その思いとは裏腹に二人の距離が離れていく。
「……――」
正史丸君の口が動いた。泣きそうな表情で、『ごめんなさい』。そう言っているように見えた。
目が覚めると障子から差し込む朝日が部屋を照らしていた。頬に違和感を感じて指を滑らせる。幾筋もの涙の跡が頬を濡らしていた。
「うなされていたようですが、大丈夫ですか。」
さくらの枕元で人の声が聞こえた。驚いて見上げると、土井先生が心配そうにこちらをうかがっていた。
「夢をみていたようで…。いや、たいしたことじゃありません。それより、どうされましたか?なにか事務で不備でも?」
朝早くこうして来ているのだ。何かトラブルでもあったのだろうかと思った。そう言うと、土井先生は焦ったように「違いますよ!」と手を振った。
「私の生徒たちがご迷惑をかけました。守ってくださってありがとうございます。」
居住まいを正して、土井先生が頭を下げた。
「ああ、三人は土井先生のクラスの子でしたか。」
「はい、本当にトラブルに巻き込まれやすいと言うか…それでさくらさんまで危険な目に遭わせてしまって。」
本当に申し訳なさそうに土井先生が言った。そう言いながら胃をさすっている。
「あれは誰のせいでもありません。しいていうなら山賊のせいです。」
「まあ…それはそうですが…。」
歯切れの悪い土井先生にさくらはたたみかけた。
「それに三人はあの中で必死に動いてくれましたよ。私が三人を守れるような手練れの忍者なら、全員で無事に戻ってこれましたが、こればかりは仕方ありません。」
まるで乱太郎たちのおかげであの騒動が起こったのだと言わんばかりの土井先生に、そうではないと伝えたかった。三人にこれまでの話も聞いていた。しかし、その都度彼らは精一杯問題に取り組んでいたのだとも思った。担任の先生だからこそ、その努力は認めてあげてほしかった。
さくらがそこまで言うと、土井先生は少し表情を明るくさせて「……ありがとうございます。」と言った。きっと、彼らのトラブルで一番に責められていたのは土井先生なのだろう。だからこそ、先手に謝られたのかも知れない。土井先生の反応に、きっと内心では三人を認めているのだろう、ということが伝わってきた。余計なことを言ってしまっただろうか、とさくらが心配していると土井先生が言葉を続けた。
「あなたは身を挺して守ってくださった。助かる見込みがないと分かっておられたはずなのに……なぜですか?」
先ほどとは違い、真剣な表情でこちらをみつめる。さくらの真意を探ろうとしているのは明かだった。それもそうだろう。ほとんど交流したことがない生徒と、たまたまその日同行しただけ。魚を置いて逃げれば、四人とも助かったかもしれない。でも、そのまま武器を持った山賊たちが追いかけていれば?大人の男の体力だ。四人が無傷で学園にたどり着くことは出来なかっただろう。だが、そんな細かいことまで頭が回っていた訳では無い。
「ただ、子供たちを守らなくちゃ。と、思ったんです。子供に対しては考えよりも先に体が動いちゃうみたいで。」
現代にいたときもそうだった。正史丸君を助けたのも、助けた後に自分がどうなるか、だとか、そういう事は抜きにして『助けなくては』と思ったら体が動いていたのだ。自分では頭脳派だと思っていたが、案外直感に頼るタイプなのかもしれないな、と自嘲気味に笑った。
土井先生はそれに何と返していいのか複雑な表情をしていた。その表情に見覚えがあるような気がして、ぼうっと見つめていると、障子が開いた。
「おはようございます。さくらさん、お加減はどうですか?」
そう言いながら乱太郎が食事を持って現れた。そこで、土井先生の来訪に首をかしげている。乱太郎が何か言う前に土井先生が話し始めた。
「おはよう乱太郎。今、さくらさんに昨日のお礼を言っていたところだ。」
「そうだったんですね。さくらさん、本当にありがとうございました。今度は私がさくらさんを守れるように忍術を磨いて立派な忍者になりますね!!」
「ありがとう。それは楽しみね。」
さくらがそういうと、土井先生が隣から「まずは今日のテストで良い点をとらなくちゃな。」と言った。それに、顔を青くする乱太郎をみて、さくらは噴き出した。乱太郎と土井先生が顔を見合わせると、同じくおかしそうに笑った。
殴られた頬や、頭、そして体中を包帯で巻かれた。痛みで体がほとんど動かせず、乱太郎と新野先生が額に汗を浮かべながら処置してくださるのを申し訳なく思いながら、されるがままになっていた。今晩は医務室で安静にするように言われ、さくらは大人しく医務室の隅に置かれた布団に横になった。痛み止めの薬を乱太郎が口に含ませてくれ、それを飲み込むと苦みが口の中に広がった。
「うえぇ…」
「これで良くなりますから、飲み干してくださいね。」
保健委員の頼もしい顔で乱太郎が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。処置が落ち着くと、さくらは知らぬ間に眠りについていた。
目を覚ますと部屋は暗闇に包まれ、ぼうっと行灯の明かりが薬棚の近くにある机を浮かび上がらせていた。もう夜か。長い時間寝てしまっていたようだ。薬のおかげか、帰ってきた当初よりも痛みが小さくなっているような気がする。そう思って体を起こしてみると、ずきり、と電撃が走ったような痛みがやってきた。
「いったあ…!!」
安静にしているから痛くなかっただけだ。調子にのって動いてはいけないのだ、と身を以て実感する。さくらが痛みに体を丸めていると、医務室の障子が開いた。やってきたのは善法寺君で、手には食事ののったお盆を持っている。
「まさか動こうとしたんじゃありませんよね?」
笑顔にもかかわらず、善法寺君の雰囲気は恐ろしい。
「すみません…」
素直に謝ってしまうくらいには迫力のある。それを聞くと善法寺君はさくらのすぐ横に膝を下ろして、ゆっくりとさくらの状態を少し上げた。そして、手近にある布を丸めると背もたれのようにしてくれ、そのまま支えてくれる。
「まだ自力で立ち上がるのはつらいですから、これで食べてください。」
持ってきてくれたのはおにぎりと味噌汁で、片手でも食べやすいような献立だ。
「夜まで看病ありがとうございます。それに夕食も。まだ直接行けないので、おばちゃんにもお礼を伝えてもらえますか?」
こんな夜におばちゃんの手を煩わせてしまったのだ、申し訳ない。それに学生の善法寺君にまで夜にこうしてお手伝いをさせてしまっている。
「分かりました。ですが、僕にまで気を遣わなくて大丈夫ですよ。僕は保健委員会委員長なんです。これは委員長である僕の仕事でもあります。傷ついた人を癒やすのは僕たち保健委員の役目ですから。」
きりりとした顔でそう言う善法寺君は先ほどの乱太郎の表情と似ていた。きっと乱太郎はこの委員長の姿を見て、保健委員の仕事に誇りを持ってあたっているのだろう。そう思うと、心がほんのり温かくなるように思えた。
「さすが、委員長ですね。きっと乱太郎もその姿をみて、保健委員の仕事を頑張っているんですね。この包帯、乱太郎が巻いてくれたんです。丁度良い巻き具合で、ほつれもせず、てきぱきと処置してくれました。」
「そうでしたか。きっと乱太郎に伝えたら喜びますよ。」
まるで自分の事のように嬉しそうに善法寺君が笑った。
食事をとって眠りにつくと、夢を見た。
それは、あの夜空の下で見た正史丸君だった。
「さくらさん、」
正史丸君……!と名前を呼ぼうとするが、声が出ない。その様子に正史丸君が困ったように笑った。
「さくらさん、」
悲しそうに涙を浮かべてこちらを見つめている。別れたあの瞬間には見せなかった、諦めにも似た色を瞳に乗せて、それは悲しそうにこちらを見つめている。自身の領民のために、と未来に希望をはせていた彼が、なぜこんな表情をするのか。
さくらは正史丸に手を伸ばしたが、すうっと距離が離れていく。
行かせたらだめだ。本能的にそう思った。だが、その思いとは裏腹に二人の距離が離れていく。
「……――」
正史丸君の口が動いた。泣きそうな表情で、『ごめんなさい』。そう言っているように見えた。
目が覚めると障子から差し込む朝日が部屋を照らしていた。頬に違和感を感じて指を滑らせる。幾筋もの涙の跡が頬を濡らしていた。
「うなされていたようですが、大丈夫ですか。」
さくらの枕元で人の声が聞こえた。驚いて見上げると、土井先生が心配そうにこちらをうかがっていた。
「夢をみていたようで…。いや、たいしたことじゃありません。それより、どうされましたか?なにか事務で不備でも?」
朝早くこうして来ているのだ。何かトラブルでもあったのだろうかと思った。そう言うと、土井先生は焦ったように「違いますよ!」と手を振った。
「私の生徒たちがご迷惑をかけました。守ってくださってありがとうございます。」
居住まいを正して、土井先生が頭を下げた。
「ああ、三人は土井先生のクラスの子でしたか。」
「はい、本当にトラブルに巻き込まれやすいと言うか…それでさくらさんまで危険な目に遭わせてしまって。」
本当に申し訳なさそうに土井先生が言った。そう言いながら胃をさすっている。
「あれは誰のせいでもありません。しいていうなら山賊のせいです。」
「まあ…それはそうですが…。」
歯切れの悪い土井先生にさくらはたたみかけた。
「それに三人はあの中で必死に動いてくれましたよ。私が三人を守れるような手練れの忍者なら、全員で無事に戻ってこれましたが、こればかりは仕方ありません。」
まるで乱太郎たちのおかげであの騒動が起こったのだと言わんばかりの土井先生に、そうではないと伝えたかった。三人にこれまでの話も聞いていた。しかし、その都度彼らは精一杯問題に取り組んでいたのだとも思った。担任の先生だからこそ、その努力は認めてあげてほしかった。
さくらがそこまで言うと、土井先生は少し表情を明るくさせて「……ありがとうございます。」と言った。きっと、彼らのトラブルで一番に責められていたのは土井先生なのだろう。だからこそ、先手に謝られたのかも知れない。土井先生の反応に、きっと内心では三人を認めているのだろう、ということが伝わってきた。余計なことを言ってしまっただろうか、とさくらが心配していると土井先生が言葉を続けた。
「あなたは身を挺して守ってくださった。助かる見込みがないと分かっておられたはずなのに……なぜですか?」
先ほどとは違い、真剣な表情でこちらをみつめる。さくらの真意を探ろうとしているのは明かだった。それもそうだろう。ほとんど交流したことがない生徒と、たまたまその日同行しただけ。魚を置いて逃げれば、四人とも助かったかもしれない。でも、そのまま武器を持った山賊たちが追いかけていれば?大人の男の体力だ。四人が無傷で学園にたどり着くことは出来なかっただろう。だが、そんな細かいことまで頭が回っていた訳では無い。
「ただ、子供たちを守らなくちゃ。と、思ったんです。子供に対しては考えよりも先に体が動いちゃうみたいで。」
現代にいたときもそうだった。正史丸君を助けたのも、助けた後に自分がどうなるか、だとか、そういう事は抜きにして『助けなくては』と思ったら体が動いていたのだ。自分では頭脳派だと思っていたが、案外直感に頼るタイプなのかもしれないな、と自嘲気味に笑った。
土井先生はそれに何と返していいのか複雑な表情をしていた。その表情に見覚えがあるような気がして、ぼうっと見つめていると、障子が開いた。
「おはようございます。さくらさん、お加減はどうですか?」
そう言いながら乱太郎が食事を持って現れた。そこで、土井先生の来訪に首をかしげている。乱太郎が何か言う前に土井先生が話し始めた。
「おはよう乱太郎。今、さくらさんに昨日のお礼を言っていたところだ。」
「そうだったんですね。さくらさん、本当にありがとうございました。今度は私がさくらさんを守れるように忍術を磨いて立派な忍者になりますね!!」
「ありがとう。それは楽しみね。」
さくらがそういうと、土井先生が隣から「まずは今日のテストで良い点をとらなくちゃな。」と言った。それに、顔を青くする乱太郎をみて、さくらは噴き出した。乱太郎と土井先生が顔を見合わせると、同じくおかしそうに笑った。