星降る夜に
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今日の仕事と言えば、さくらは正門付近で掃除をしているところである。小松田君も同じく、掃き掃除に徹している。校内の敷地は広大だ。その全ての落ち葉を拾い集めるのは至難の業だ。しかも、林のような場所もあり、池もありと、かなり自然豊かだ。忍者の訓練にはもってこいのロケーションだと思う。しかし、掃除する身としてはため息が出るほどだ。来客のために正門は念入りに掃除をする。それと、建物付近など人の出入りの多い場所は掃除をしている。そのように限定しても二人で一日作業をしていると、かなりの重労働だ。秋には落ち葉で焼き芋が大量に出来るだろう。
「焼き芋の季節は毎日たくさん出来るんですよ~。」
のほほん、と小松田君が掃き掃除をしながら言った。以心伝心か。「ちょうど私も考えていたところですよ。焼き芋、いいですね。」
現代ではたき火で焼き芋をすることはほとんどない。秋になるのが楽しみである。いや、……秋までここにいるのだろうか。ふと頭の中に住み慣れた場所が思い浮かんだ。全自動の家電に、高層ビルの建ち並ぶ町並み。自身の仕事のこと。今、あちらではどれほどの時間が経っているのだろうか…。1時間?数日?それとも数週間?
「……元気かな。」
両親は、友人は、職場の同僚は……。そう思うと、不安が募ってくる。
「日向さん?どうしたんですか、暗い顔して。」
気付かないうちに顔に出ていたらしい。心配そうに小松田君がこちらをのぞき込んでいた。
「何でもありませんよ。それより、早く終わらせてお昼にしましょう。」
ホームシックなどと言うわけにもいかず、曖昧に笑って答えた。それに小松田君がなにか言い募ろうとしたところで、正門に人影が見えた。その瞬間、小松田君が入門表を持って対応に向かう。さすが小松田君、と感心しながらさくらも同じく正門へ向かった。
「こんにちは。」
爽やかな青年が正門に立っていた。小松田君はその人をみると、笑顔で出門表を手渡した。
「こんにちは、利吉さん。今日も山田先生にご用ですか?」
「仕事の帰りにちょっと寄ってみたんだ。父上はいるかな?」
利吉さんがそういうや否や、学年の鐘の音が鳴った。
「丁度、授業が終わったので、お部屋にいらっしゃると思います。」
「ありがとう、それで、こちらの方は?」
小松田君と和やかに会話をしていた利吉さんがこちらを見た。
「新しい事務員の日向 さくらさんです。」
小松田君が元気よく答えた。さくらは紹介されたところで「はじめまして、日向と言います。」と答えた。利吉さんはさくらにも爽やかな笑顔を見せながら答えた。
「初めまして、山田利吉です。山田伝蔵の息子です。」
「利吉さんはフリーの売れっ子忍者なんですよ~!」
自己紹介を済ませたところで小松田君がまるで自分のことのように誇らしげに説明してくれる。フリーの忍者ってことは、依頼があったらそれを受ける感じなんだろうか。忍者の世界には疎いため、想像が出来ないが、『売れっ子』というのだからかなり優秀な忍者なんだろう。
「凄腕の忍者なんですね。」
すごいなあ、と自分でも何とも間延びしたような返答をしてしまった。確実に小松田君の口癖が移っていると思う。利吉さんがさくらの返答にくすり、とおかしそうに笑った。
「小松田君、君の口癖が日向さんに移っているようだよ。そうだ、日向さん。久しぶりの学園で道が曖昧なんだ。教師長屋まで案内お願いできるかな?」
こんな爽やかなイケメンにお願いされたら無碍にはできない。小松田君に「…少しの間ここ、お任せしても良いかな?」と聞くと、「いいですよ~!」と元気な返事が返ってきた。
「では、ご案内します。」
そう言って、さくらは利吉を隣にして教師長屋へと向かった。二人を見送る小松田君は、のほほんとした表情をしていたが、気がついたように顎にひと差し指を当てて不思議そうな顔をした。
「利吉さん…今まで学園を案内したことあったかな?」
ふらり、と来ては一人で用事を済ませて帰っていたような気がする。
「まあ、いっか!」
深く考えず小松田君は掃除を再開した。
利吉さんを案内する道中、話題豊富な彼のおかげで会話は弾んだ。来る途中にある団子屋さんが美味しいだとか、街に最近新しい店が出来ただとか、近くの村で祭りがあるだとか。学園に来てからというもの、外の世界に触れる機会がなかったため、新鮮だ。利吉さんの話にさくらが興味津々に聞いていると、「日向さん、ご実家は遠方ですか?」と質問された。近隣の話題に疎いため、そう思われても仕方が無い。しかし、山田先生の息子さんとはいえ、自身の境遇を易々と話すわけにはいかない。「ええ……そうなんです。」とお茶を濁して愛想笑いを浮かべるにとどめた。
「ところで、学園で新しい方がくるのは珍しいですね。」
「そうなんですか。」
新規採用の話は聞いたことが無かった。普通の企業であれば毎年新人が入るが、こういう特殊な世界ではまれなんだろうか。たしかに、外部に漏れてはいけない情報なんかもあるだろうし、安易に新人はとれないだろうな、と頭の中で考えを巡らした。
「以前は出茂鹿之介という男が事務員になろうとしていたんですが、吉野先生や他の先生方に不採用と言われたそうですよ。よほど日向さんは優秀な事務能力がおありなんでしょうね。」
毒気のない笑顔でこちらに微笑みかける利吉さんに何と返してよいか。
「そんなことありませんよ。皆さんに教えてもらうことがたくさんで、ついて行くのに必死ですよ。」
「忍術学園の事務採用は募集がでないと伺っていたのですが、引き抜き、とかですか?あの吉野先生が承諾するとは、やはり以前は大きな城で事務方を?」
吉野先生がそれほどの権力を持っているのか。学園のヒエラルキーを垣間見たようだった。しかし、純粋に質問している利吉さんには申し訳ないが、とても答えにくい。未来から来たという世迷い言を話す侵入者として殺されるか、閉じ込められるかの瀬戸際にいた自分が学園長先生の突然の思いつきで事務員になっただなんて。
「あ…あはは。いえいえたいしたところでは。……ここが教師長屋ですよ。」
教師長屋が見えてきたところで話を中断した。これ以上話しては、ぼろが出そうだ。愛想よく利吉さんに「では、私はこれで失礼します。」と会釈をする。一刻も早く立ち去ろう。利吉さんの方も「ありがとうございます。」とにこやかに頭を軽く下げて、教師長屋の方へと向かっていった。
「……はあ、危なかった。」
イケメンのご指名とあり、初めはやる気だったが、こうも気疲れするとは。なんとか、ごまかせたとさくらは安心して小松田君の待つ正門へと急いだ。
「父上、ただいま参りました。」
『山田伝蔵 土井半助』と書かれた部屋の前で声をかけると、「入りなさい。」と中から声がかかった。
「それで、どうだった?」
「くのいち、ではないですね。話し方はそこらへんの町娘と変わりませんよ。体つきも鍛えているようではないですし。」
「やはりそうか……。」
山田伝蔵は、はあっとため息をついた。これまで彼女の様子を窺ってきたが、くのいちらしい打算も術も身のこなしも見られない。年の近い利吉も意見は同じようだ。
「あの娘、一体どこの手の者なんでしょう。」
「それが、分からんからお前を呼んだんだ。」
「父上でも分からないことを私が調べられるでしょうか。」
忍術学園にはそれは名の通った選りすぐりの教師陣が集まっている。情報を収集し、日向 さくらの素性を暴くことなどたやすいと、最初は思っていたのだ。しかし、これだけの時間をかけても彼女の素性はおろか、知り合いの一人でさえ見つけることが出来なかった。
侵入をしてきた夜に『この世の者ではない』と、学園の教師に囲まれて、そう言う彼女の言葉に内心「馬鹿な」と笑ったものだ。殺されるかも知れない、命が惜しくて滅茶苦茶な話をでっち上げたに違いない。少し探ればぼろがでてくるだろう、と。
「六年生は事情を知っている。彼女に近づいて探るだろう。しかし、警戒が薄い外部の者の方が気を許しやすい。それに、お前は生徒たちにくらべて年が近い。」
「桂男の術…周囲から情報を得られないならば、あの娘自身に語らせればいい、ということですか。」
利吉の言葉に伝蔵は頷いた。
「お前ならば信用を得て、情報をも得ることが出来るだろう。」
「分かりました…ですが、ならば土井先生も参加されては?」
「初めはそのつもりだったのだが……どうも乗り気ではないようでな。」
一番年が近い、容姿も良い、人当たりも良い。見知らぬ環境で手をさしのべてくれた相手ならば、きっと心を許すだろう。伝蔵もそう思い、半助に話したのだ。しかし、返ってきたのは否という返事だった。「私にはあの人を騙すようなことはできません……。」誰もが疑いの目を向けている中で半助だけは、違った。あの夜、彼女を見る瞳は、本当に心配するような色がわずかに見え隠れしていた。
「そういうわけだ、利吉頼んだぞ。」
「お任せください、父上。」
利吉は短く是、と答えると部屋を後にしていった。一人残った部屋で伝蔵は半助の様子を思い浮かべた。
「あれは……何か知っているのか?」
今は持ち主のいない文机に視線を落とした。
「焼き芋の季節は毎日たくさん出来るんですよ~。」
のほほん、と小松田君が掃き掃除をしながら言った。以心伝心か。「ちょうど私も考えていたところですよ。焼き芋、いいですね。」
現代ではたき火で焼き芋をすることはほとんどない。秋になるのが楽しみである。いや、……秋までここにいるのだろうか。ふと頭の中に住み慣れた場所が思い浮かんだ。全自動の家電に、高層ビルの建ち並ぶ町並み。自身の仕事のこと。今、あちらではどれほどの時間が経っているのだろうか…。1時間?数日?それとも数週間?
「……元気かな。」
両親は、友人は、職場の同僚は……。そう思うと、不安が募ってくる。
「日向さん?どうしたんですか、暗い顔して。」
気付かないうちに顔に出ていたらしい。心配そうに小松田君がこちらをのぞき込んでいた。
「何でもありませんよ。それより、早く終わらせてお昼にしましょう。」
ホームシックなどと言うわけにもいかず、曖昧に笑って答えた。それに小松田君がなにか言い募ろうとしたところで、正門に人影が見えた。その瞬間、小松田君が入門表を持って対応に向かう。さすが小松田君、と感心しながらさくらも同じく正門へ向かった。
「こんにちは。」
爽やかな青年が正門に立っていた。小松田君はその人をみると、笑顔で出門表を手渡した。
「こんにちは、利吉さん。今日も山田先生にご用ですか?」
「仕事の帰りにちょっと寄ってみたんだ。父上はいるかな?」
利吉さんがそういうや否や、学年の鐘の音が鳴った。
「丁度、授業が終わったので、お部屋にいらっしゃると思います。」
「ありがとう、それで、こちらの方は?」
小松田君と和やかに会話をしていた利吉さんがこちらを見た。
「新しい事務員の日向 さくらさんです。」
小松田君が元気よく答えた。さくらは紹介されたところで「はじめまして、日向と言います。」と答えた。利吉さんはさくらにも爽やかな笑顔を見せながら答えた。
「初めまして、山田利吉です。山田伝蔵の息子です。」
「利吉さんはフリーの売れっ子忍者なんですよ~!」
自己紹介を済ませたところで小松田君がまるで自分のことのように誇らしげに説明してくれる。フリーの忍者ってことは、依頼があったらそれを受ける感じなんだろうか。忍者の世界には疎いため、想像が出来ないが、『売れっ子』というのだからかなり優秀な忍者なんだろう。
「凄腕の忍者なんですね。」
すごいなあ、と自分でも何とも間延びしたような返答をしてしまった。確実に小松田君の口癖が移っていると思う。利吉さんがさくらの返答にくすり、とおかしそうに笑った。
「小松田君、君の口癖が日向さんに移っているようだよ。そうだ、日向さん。久しぶりの学園で道が曖昧なんだ。教師長屋まで案内お願いできるかな?」
こんな爽やかなイケメンにお願いされたら無碍にはできない。小松田君に「…少しの間ここ、お任せしても良いかな?」と聞くと、「いいですよ~!」と元気な返事が返ってきた。
「では、ご案内します。」
そう言って、さくらは利吉を隣にして教師長屋へと向かった。二人を見送る小松田君は、のほほんとした表情をしていたが、気がついたように顎にひと差し指を当てて不思議そうな顔をした。
「利吉さん…今まで学園を案内したことあったかな?」
ふらり、と来ては一人で用事を済ませて帰っていたような気がする。
「まあ、いっか!」
深く考えず小松田君は掃除を再開した。
利吉さんを案内する道中、話題豊富な彼のおかげで会話は弾んだ。来る途中にある団子屋さんが美味しいだとか、街に最近新しい店が出来ただとか、近くの村で祭りがあるだとか。学園に来てからというもの、外の世界に触れる機会がなかったため、新鮮だ。利吉さんの話にさくらが興味津々に聞いていると、「日向さん、ご実家は遠方ですか?」と質問された。近隣の話題に疎いため、そう思われても仕方が無い。しかし、山田先生の息子さんとはいえ、自身の境遇を易々と話すわけにはいかない。「ええ……そうなんです。」とお茶を濁して愛想笑いを浮かべるにとどめた。
「ところで、学園で新しい方がくるのは珍しいですね。」
「そうなんですか。」
新規採用の話は聞いたことが無かった。普通の企業であれば毎年新人が入るが、こういう特殊な世界ではまれなんだろうか。たしかに、外部に漏れてはいけない情報なんかもあるだろうし、安易に新人はとれないだろうな、と頭の中で考えを巡らした。
「以前は出茂鹿之介という男が事務員になろうとしていたんですが、吉野先生や他の先生方に不採用と言われたそうですよ。よほど日向さんは優秀な事務能力がおありなんでしょうね。」
毒気のない笑顔でこちらに微笑みかける利吉さんに何と返してよいか。
「そんなことありませんよ。皆さんに教えてもらうことがたくさんで、ついて行くのに必死ですよ。」
「忍術学園の事務採用は募集がでないと伺っていたのですが、引き抜き、とかですか?あの吉野先生が承諾するとは、やはり以前は大きな城で事務方を?」
吉野先生がそれほどの権力を持っているのか。学園のヒエラルキーを垣間見たようだった。しかし、純粋に質問している利吉さんには申し訳ないが、とても答えにくい。未来から来たという世迷い言を話す侵入者として殺されるか、閉じ込められるかの瀬戸際にいた自分が学園長先生の突然の思いつきで事務員になっただなんて。
「あ…あはは。いえいえたいしたところでは。……ここが教師長屋ですよ。」
教師長屋が見えてきたところで話を中断した。これ以上話しては、ぼろが出そうだ。愛想よく利吉さんに「では、私はこれで失礼します。」と会釈をする。一刻も早く立ち去ろう。利吉さんの方も「ありがとうございます。」とにこやかに頭を軽く下げて、教師長屋の方へと向かっていった。
「……はあ、危なかった。」
イケメンのご指名とあり、初めはやる気だったが、こうも気疲れするとは。なんとか、ごまかせたとさくらは安心して小松田君の待つ正門へと急いだ。
「父上、ただいま参りました。」
『山田伝蔵 土井半助』と書かれた部屋の前で声をかけると、「入りなさい。」と中から声がかかった。
「それで、どうだった?」
「くのいち、ではないですね。話し方はそこらへんの町娘と変わりませんよ。体つきも鍛えているようではないですし。」
「やはりそうか……。」
山田伝蔵は、はあっとため息をついた。これまで彼女の様子を窺ってきたが、くのいちらしい打算も術も身のこなしも見られない。年の近い利吉も意見は同じようだ。
「あの娘、一体どこの手の者なんでしょう。」
「それが、分からんからお前を呼んだんだ。」
「父上でも分からないことを私が調べられるでしょうか。」
忍術学園にはそれは名の通った選りすぐりの教師陣が集まっている。情報を収集し、日向 さくらの素性を暴くことなどたやすいと、最初は思っていたのだ。しかし、これだけの時間をかけても彼女の素性はおろか、知り合いの一人でさえ見つけることが出来なかった。
侵入をしてきた夜に『この世の者ではない』と、学園の教師に囲まれて、そう言う彼女の言葉に内心「馬鹿な」と笑ったものだ。殺されるかも知れない、命が惜しくて滅茶苦茶な話をでっち上げたに違いない。少し探ればぼろがでてくるだろう、と。
「六年生は事情を知っている。彼女に近づいて探るだろう。しかし、警戒が薄い外部の者の方が気を許しやすい。それに、お前は生徒たちにくらべて年が近い。」
「桂男の術…周囲から情報を得られないならば、あの娘自身に語らせればいい、ということですか。」
利吉の言葉に伝蔵は頷いた。
「お前ならば信用を得て、情報をも得ることが出来るだろう。」
「分かりました…ですが、ならば土井先生も参加されては?」
「初めはそのつもりだったのだが……どうも乗り気ではないようでな。」
一番年が近い、容姿も良い、人当たりも良い。見知らぬ環境で手をさしのべてくれた相手ならば、きっと心を許すだろう。伝蔵もそう思い、半助に話したのだ。しかし、返ってきたのは否という返事だった。「私にはあの人を騙すようなことはできません……。」誰もが疑いの目を向けている中で半助だけは、違った。あの夜、彼女を見る瞳は、本当に心配するような色がわずかに見え隠れしていた。
「そういうわけだ、利吉頼んだぞ。」
「お任せください、父上。」
利吉は短く是、と答えると部屋を後にしていった。一人残った部屋で伝蔵は半助の様子を思い浮かべた。
「あれは……何か知っているのか?」
今は持ち主のいない文机に視線を落とした。