星降る夜に
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事務員の制服に身を包み、数日が過ぎた。仕事の内容はその名の通り、事務仕事の他に清掃、おばちゃんのお手伝い、教師の補佐など多岐にわたっていた。今までこの量を三人でこなしていたというのが驚きだ。小松田君の事務員としての能力は言わずもがな…申し訳ないがさくらが同行してサポートすることで大きなミスをしないようにするのが精一杯だった。それでも吉野先生と事務のおばちゃんには大いに感謝されている。これまでの小松田君のどじっ子には手を焼いていたようだ。しかし、小松田君の学園への出入りについてはプロの忍者もごまかせない。一度、学園長先生の庵に忍び込もうとした忍者に『入門表』を書かせているのをみた。その点については彼の右に出る者はいない。どこで何をしていても、気配に気付いてすっ飛んでいくのはもはや玄人の業だ。
そんな小松田君と今日は先生方の部屋を回って、事務のお知らせと教員向けのいくつかの資料の説明に伺うのだ。さくら一人で回ることも出来たが、やはり先輩である経験豊富な小松田君の説明もあった方が良いだろう、ということで二人一緒だ。授業後ということで、廊下や校庭には生徒たちであふれていた。その中を二人で歩いて行く。道行く生徒たちが笑顔であいさつをしてくれる。「良い子たちだなあ。」とつぶやくさくらに小松田君も「よい子なんですよ!うちの学園の生徒は!」と自信満々に回答をもらった。自慢の学園で生徒が褒められるのが嬉しいのだろう。そう言いながら笑顔の小松田君に対しても「良い子だなあ。」と微笑ましく感じられる。
初めは1年生の先生の部屋だ。名札には「山田伝蔵・土井半助」とかかっている。中にはすでに人の気配がある。
「失礼します。」
小松田君と共に障子の前でひざまずいて声をかけた。すると、「どうぞ。」と中から山田先生らしき低い声が聞こえた。それに従って二人で部屋の中へと入った。山田先生と土井先生は机の前に座り、生徒の提出物らしき紙の束に朱をいれているところだった。大量の提出物に添削の跡が残っている。これだけの手をいれるのをクラス分、しかも一種類だけではなさそうだ。
「お忙しいところ申し訳ありません。事務の方でお渡ししたい資料があるのですが、少しお時間よろしいでしょうか。」
さくらがそう言うと、土井先生が「大丈夫ですよ。二人ともわざわざありがとう。」と、優しいほほえみを向けてくれた。これだけで土井先生の人柄の良さがにじみ出ていると思う。山田先生も「これは君たちの仕事だ。遠慮せずともいい。」と、こちらに体を向けて、すぐに話を聞く体勢を取ってくれた。
そして、さくらと小松田君で必要な説明をすらすらとしていく。時間にしても十分程度のもので、その間二人はこちらを向いて話を聞いてくれた。忙しくなればその余裕がなくなる人もいるが、二人の姿はまさに教師の鏡といったものだった。スムーズに説明が終わり、さくらは残りの資料を手に立ち上がったところで、なぜか小松田君がけつまずいた。両手がふさがっているさくらでは支えてやることができない。まずい!と思ったところで、次の瞬間には土井先生が小松田君を支えていた。
「大丈夫かい、小松田君。」
「へへ、ありがとうございます。」
にへら、と笑う小松田君に一安心だ。それにしてもさすが忍者。身のこなしが早いのだなあと感心して、そのまま部屋をあとにした。
その後は順番に6年生までの先生方に説明に回った。途中、先生が不在の部屋もあり、何度か訪問しなおして、ようやく全てを回りきったのは日も落ちたころだった。なぜか廊下につけられた罠に小松田君がひっかかり、扉を開けたらからくりが作動したりとアクシデントもあった。しかし、そのほとんどを最初に小松田君がクリーンヒットしていくのでさくらはある意味小松田君に助けられたと言える。
「お疲れ様でした~!」
小松田君のやりきった!という表情に今日あった色々なことが思い出される。
「本当に、お疲れ様でした。大きな怪我がなくてよかったです。」
「学園には競合地区っていって罠を仕掛けてもいい場所があるので気をつけて歩かないと。たくさんあるので全部覚えるの大変なんですよね~。」
「まさか、今日の場所以外にもあるんですか?」
「校庭やそこらへんの道に落とし穴がほってあったり…目印がちかくにあったらよけるようにしましょうね。」
今日通った道以外にもあるのか。というか、目印なんて今日の罠の近くにあっただろうか?本気の忍者屋敷に戦慄を覚える。
「生徒が通る場所にはありますけど、我々職員が普段使う場所にはありませんから、安心してください。」
「分かりました…。」
不用意に生徒の活動圏には近づくまい……と心に決めた。
夕食の時間も終わりそうな時間のため、そのまま小松田君と食堂へ向かった。食堂には上級生らしき生徒が数人と、教師が何人か食事をしているところだった。いまだに名前が怪しいが、確か野村先生と言ったか…。眼鏡のインテリっぽい感じが印象的な先生だ。今日会ってみて話し方も同じくキザっぽいが、声が良いのでかっこよく聞こえるなあと思った人だ。しかし、その澄ました顔が今では困ったような表情をしている。
「野村先生、こんばんは。」
そんな様子にも関わらず、小松田君は朗らかに挨拶をした。こういう空気が読めないところも憎めない。小松田君の声に気がついたのか、野村先生が顔を上げた。
「ああ…こんばんは。君たちも今から夕食かい?」
すぐに表情を変えて涼しい顔をしているが、額から冷や汗が流れている。その様子にさくらは体調不良だろうか、と心配になった。
「はい、野村先生はカレーにしたんですね。僕もカレー食べようかなあ。」
「いいですね、…でも鯖の味噌煮定食も捨てがたいですね。」
かけ看板には二つのメニューが書かれている。小松田君もそれを確認して、「鯖の味噌煮も美味しそう〜。やっぱりこっちにしようかなあ。」
と、言った。しかし、それに被せるように野村先生は「いやいや!このカレーは絶品だよ!小松田君にも食べてもらいたい!!」と焦ったように話し始めた。野村先生の様子を不思議に思うも、小松田君は「野村先生がそこまで絶賛されるなら、こっちにします〜!」と、カレーを注文した。さくらは気になっている、鯖の味噌煮定食だ。一人暮らしでなかなか手の込んだものは作らないため、こういう和食が食べたくなるのだ。流れで野村先生と同じテーブルで3人で食べることになった。
ほかほかのご飯と鯖を頬張る。味噌がしみこんだ鯖に生姜のぴりっとしたアクセントが効いている。さくらは頬がゆるむのを感じながら、食事にありついた。隣の小松田君といえば、カレーを口にした途端、頬を両手で押さえるようにしておいしさを全身で表現しているところだった。
「ん~!おいしい~!!」
いつもの柔和な笑顔がさらにとろけるような笑顔に変わっている。……こっちにすればよかったか。内心、カレーの魅力に後悔が押し寄せてくるが、こちらの鯖の味噌煮定食も絶品だ。…仕方ない、次の機会まで我慢しよう。ぐっとこらえて自身の食事に箸をつける。
「日向君、カレーも気になっているのかい?」
向かい側で食事をしていた野村先生がこちらを見ていた。……しまった、あの恨めしそうな顔をみられてしまった。食にがめつい女などと思われては恥ずかしい。顔に一気に熱が集まったように熱くなった。
「い、いえ、…こちらの鯖も美味しいですよ。」
そう言って否定に入ってみるも、思い切りばれているらしく、野村先生は更に言い募った。
「おばちゃんの料理の腕は日本一だ。カレーも食べてみたと思うのも無理はない。……そうだ、よければ私のカレーを少し分けてあげよう。」
「そんな、申し訳ないです…。次の機会にカレーを注文しますので、野村先生お気遣いなさらずお食事してください。」
大人の男性から食事を分けてもらい、しかも自分の定食を完食というのは、とてつもなく恥ずかしい。さくらの皿を見れば、残っているのは味噌汁とわずかばかりの白飯、香の物だ。野村先生と交換しようにもメインの鯖は完食しており、完全に大食い女子認定されてしまう。焦って断りの言葉を述べるも、野村先生はさらに「いや、いいんだよ。ぜひともこのカレーを…!」と畳みかけてくる。…なにやら真剣だ。野村先生は、それほどまでにおばちゃんの料理を味わわせたいのだろうか。さくらが困惑していると隣の小松田君がじとり、と野村先生を見据えて言った。
「野村先生……まさか、らっきょ……食べてもらいたいんじゃないですか?」
先ほどまでの天使のような笑顔から一転、小松田君が怪しむように野村先生を見ている。こんな小松田君の表情は初めてだ。しかし、野村先生はそれにしらっと答えた。
「まさか、そんな理由なわけがないだろう。私は来たばかりの日向君におばちゃんの料理の素晴らしさを知ってもらいたいだけだよ。」
かっこいい声でキザな言葉をいう野村先生。だが、先ほどから饒舌なのが気になる。こういうとき、人は何かをごまかしたい事が多いのだ。…まさか、と思い野村先生の皿を見れば、カレーをわずかと、らっきょが小皿に残っていた。小松田君がもらってきたときと同じ量で盛られたままのらっきょは明らかに手がつけられていない。
「…野村先生、らっきょお嫌いなんですか?」
しぶしぶさくらがそう聞くと、野村先生はぐっと言葉に詰まった。その横で小松田君が口を開いた。
「食堂ではお残しは禁止されてるんです。だから、野村先生は誰かにらっきょを食べてもらおうとこうして偶然来た日向さんに頼んでるんですよ。ね、野村先生。」
口をとがらせて小松田君が説明してくれる。
「なるほど……」
納得してつぶやくさくらに、野村先生も観念したのかがっくり肩を落として、こちらを見上げた。先ほどまでの威勢が消えて、困ったような表情だ。そのギャップもキザな男がやれば決まるものだ。
「……実はそうなんだ。らっきょがどうしても食べられなくてね。だが、カレーは食べたくて、こうして注文したはいいものの…」
「結局食べられなくてこまってたわけですね。」
さくらが続けると、野村先生はがくり、と頭を下げた。
「いいですよ。」
さくらの言葉に野村先生が顔を上げた。すると、さくらが定食に付いていた香の物を手にして野村先生に差し出していた。
「それじゃあ、交換です。」
さくらの申し出に野村先生の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとう!!」
野村先生はさくらの手から香の物を受け取ると、その勢いのままさくらの手を握りしめた。
「本当に君は恩人だ。この礼はいつか必ず!!」
ずいっと顔を寄せて、「約束だ。」と言う野村先生の勢いにたじろぐ。
「…ええ、いつか」
そう返している隣で、小松田君は美味しそうにらっきょを口いっぱいに頬張っていた。
そんな小松田君と今日は先生方の部屋を回って、事務のお知らせと教員向けのいくつかの資料の説明に伺うのだ。さくら一人で回ることも出来たが、やはり先輩である経験豊富な小松田君の説明もあった方が良いだろう、ということで二人一緒だ。授業後ということで、廊下や校庭には生徒たちであふれていた。その中を二人で歩いて行く。道行く生徒たちが笑顔であいさつをしてくれる。「良い子たちだなあ。」とつぶやくさくらに小松田君も「よい子なんですよ!うちの学園の生徒は!」と自信満々に回答をもらった。自慢の学園で生徒が褒められるのが嬉しいのだろう。そう言いながら笑顔の小松田君に対しても「良い子だなあ。」と微笑ましく感じられる。
初めは1年生の先生の部屋だ。名札には「山田伝蔵・土井半助」とかかっている。中にはすでに人の気配がある。
「失礼します。」
小松田君と共に障子の前でひざまずいて声をかけた。すると、「どうぞ。」と中から山田先生らしき低い声が聞こえた。それに従って二人で部屋の中へと入った。山田先生と土井先生は机の前に座り、生徒の提出物らしき紙の束に朱をいれているところだった。大量の提出物に添削の跡が残っている。これだけの手をいれるのをクラス分、しかも一種類だけではなさそうだ。
「お忙しいところ申し訳ありません。事務の方でお渡ししたい資料があるのですが、少しお時間よろしいでしょうか。」
さくらがそう言うと、土井先生が「大丈夫ですよ。二人ともわざわざありがとう。」と、優しいほほえみを向けてくれた。これだけで土井先生の人柄の良さがにじみ出ていると思う。山田先生も「これは君たちの仕事だ。遠慮せずともいい。」と、こちらに体を向けて、すぐに話を聞く体勢を取ってくれた。
そして、さくらと小松田君で必要な説明をすらすらとしていく。時間にしても十分程度のもので、その間二人はこちらを向いて話を聞いてくれた。忙しくなればその余裕がなくなる人もいるが、二人の姿はまさに教師の鏡といったものだった。スムーズに説明が終わり、さくらは残りの資料を手に立ち上がったところで、なぜか小松田君がけつまずいた。両手がふさがっているさくらでは支えてやることができない。まずい!と思ったところで、次の瞬間には土井先生が小松田君を支えていた。
「大丈夫かい、小松田君。」
「へへ、ありがとうございます。」
にへら、と笑う小松田君に一安心だ。それにしてもさすが忍者。身のこなしが早いのだなあと感心して、そのまま部屋をあとにした。
その後は順番に6年生までの先生方に説明に回った。途中、先生が不在の部屋もあり、何度か訪問しなおして、ようやく全てを回りきったのは日も落ちたころだった。なぜか廊下につけられた罠に小松田君がひっかかり、扉を開けたらからくりが作動したりとアクシデントもあった。しかし、そのほとんどを最初に小松田君がクリーンヒットしていくのでさくらはある意味小松田君に助けられたと言える。
「お疲れ様でした~!」
小松田君のやりきった!という表情に今日あった色々なことが思い出される。
「本当に、お疲れ様でした。大きな怪我がなくてよかったです。」
「学園には競合地区っていって罠を仕掛けてもいい場所があるので気をつけて歩かないと。たくさんあるので全部覚えるの大変なんですよね~。」
「まさか、今日の場所以外にもあるんですか?」
「校庭やそこらへんの道に落とし穴がほってあったり…目印がちかくにあったらよけるようにしましょうね。」
今日通った道以外にもあるのか。というか、目印なんて今日の罠の近くにあっただろうか?本気の忍者屋敷に戦慄を覚える。
「生徒が通る場所にはありますけど、我々職員が普段使う場所にはありませんから、安心してください。」
「分かりました…。」
不用意に生徒の活動圏には近づくまい……と心に決めた。
夕食の時間も終わりそうな時間のため、そのまま小松田君と食堂へ向かった。食堂には上級生らしき生徒が数人と、教師が何人か食事をしているところだった。いまだに名前が怪しいが、確か野村先生と言ったか…。眼鏡のインテリっぽい感じが印象的な先生だ。今日会ってみて話し方も同じくキザっぽいが、声が良いのでかっこよく聞こえるなあと思った人だ。しかし、その澄ました顔が今では困ったような表情をしている。
「野村先生、こんばんは。」
そんな様子にも関わらず、小松田君は朗らかに挨拶をした。こういう空気が読めないところも憎めない。小松田君の声に気がついたのか、野村先生が顔を上げた。
「ああ…こんばんは。君たちも今から夕食かい?」
すぐに表情を変えて涼しい顔をしているが、額から冷や汗が流れている。その様子にさくらは体調不良だろうか、と心配になった。
「はい、野村先生はカレーにしたんですね。僕もカレー食べようかなあ。」
「いいですね、…でも鯖の味噌煮定食も捨てがたいですね。」
かけ看板には二つのメニューが書かれている。小松田君もそれを確認して、「鯖の味噌煮も美味しそう〜。やっぱりこっちにしようかなあ。」
と、言った。しかし、それに被せるように野村先生は「いやいや!このカレーは絶品だよ!小松田君にも食べてもらいたい!!」と焦ったように話し始めた。野村先生の様子を不思議に思うも、小松田君は「野村先生がそこまで絶賛されるなら、こっちにします〜!」と、カレーを注文した。さくらは気になっている、鯖の味噌煮定食だ。一人暮らしでなかなか手の込んだものは作らないため、こういう和食が食べたくなるのだ。流れで野村先生と同じテーブルで3人で食べることになった。
ほかほかのご飯と鯖を頬張る。味噌がしみこんだ鯖に生姜のぴりっとしたアクセントが効いている。さくらは頬がゆるむのを感じながら、食事にありついた。隣の小松田君といえば、カレーを口にした途端、頬を両手で押さえるようにしておいしさを全身で表現しているところだった。
「ん~!おいしい~!!」
いつもの柔和な笑顔がさらにとろけるような笑顔に変わっている。……こっちにすればよかったか。内心、カレーの魅力に後悔が押し寄せてくるが、こちらの鯖の味噌煮定食も絶品だ。…仕方ない、次の機会まで我慢しよう。ぐっとこらえて自身の食事に箸をつける。
「日向君、カレーも気になっているのかい?」
向かい側で食事をしていた野村先生がこちらを見ていた。……しまった、あの恨めしそうな顔をみられてしまった。食にがめつい女などと思われては恥ずかしい。顔に一気に熱が集まったように熱くなった。
「い、いえ、…こちらの鯖も美味しいですよ。」
そう言って否定に入ってみるも、思い切りばれているらしく、野村先生は更に言い募った。
「おばちゃんの料理の腕は日本一だ。カレーも食べてみたと思うのも無理はない。……そうだ、よければ私のカレーを少し分けてあげよう。」
「そんな、申し訳ないです…。次の機会にカレーを注文しますので、野村先生お気遣いなさらずお食事してください。」
大人の男性から食事を分けてもらい、しかも自分の定食を完食というのは、とてつもなく恥ずかしい。さくらの皿を見れば、残っているのは味噌汁とわずかばかりの白飯、香の物だ。野村先生と交換しようにもメインの鯖は完食しており、完全に大食い女子認定されてしまう。焦って断りの言葉を述べるも、野村先生はさらに「いや、いいんだよ。ぜひともこのカレーを…!」と畳みかけてくる。…なにやら真剣だ。野村先生は、それほどまでにおばちゃんの料理を味わわせたいのだろうか。さくらが困惑していると隣の小松田君がじとり、と野村先生を見据えて言った。
「野村先生……まさか、らっきょ……食べてもらいたいんじゃないですか?」
先ほどまでの天使のような笑顔から一転、小松田君が怪しむように野村先生を見ている。こんな小松田君の表情は初めてだ。しかし、野村先生はそれにしらっと答えた。
「まさか、そんな理由なわけがないだろう。私は来たばかりの日向君におばちゃんの料理の素晴らしさを知ってもらいたいだけだよ。」
かっこいい声でキザな言葉をいう野村先生。だが、先ほどから饒舌なのが気になる。こういうとき、人は何かをごまかしたい事が多いのだ。…まさか、と思い野村先生の皿を見れば、カレーをわずかと、らっきょが小皿に残っていた。小松田君がもらってきたときと同じ量で盛られたままのらっきょは明らかに手がつけられていない。
「…野村先生、らっきょお嫌いなんですか?」
しぶしぶさくらがそう聞くと、野村先生はぐっと言葉に詰まった。その横で小松田君が口を開いた。
「食堂ではお残しは禁止されてるんです。だから、野村先生は誰かにらっきょを食べてもらおうとこうして偶然来た日向さんに頼んでるんですよ。ね、野村先生。」
口をとがらせて小松田君が説明してくれる。
「なるほど……」
納得してつぶやくさくらに、野村先生も観念したのかがっくり肩を落として、こちらを見上げた。先ほどまでの威勢が消えて、困ったような表情だ。そのギャップもキザな男がやれば決まるものだ。
「……実はそうなんだ。らっきょがどうしても食べられなくてね。だが、カレーは食べたくて、こうして注文したはいいものの…」
「結局食べられなくてこまってたわけですね。」
さくらが続けると、野村先生はがくり、と頭を下げた。
「いいですよ。」
さくらの言葉に野村先生が顔を上げた。すると、さくらが定食に付いていた香の物を手にして野村先生に差し出していた。
「それじゃあ、交換です。」
さくらの申し出に野村先生の顔がぱあっと明るくなった。
「ありがとう!!」
野村先生はさくらの手から香の物を受け取ると、その勢いのままさくらの手を握りしめた。
「本当に君は恩人だ。この礼はいつか必ず!!」
ずいっと顔を寄せて、「約束だ。」と言う野村先生の勢いにたじろぐ。
「…ええ、いつか」
そう返している隣で、小松田君は美味しそうにらっきょを口いっぱいに頬張っていた。