星降る夜に
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ミシミシ
歩くたびに木のきしむ音がする。
黒光りする廊下は年月を感じさせ、日の光を反射する様子からは、この建物がよく手入れされていることがうかがえる。
久しぶりにとれた有給をつかい、近くの寺院を巡るのが最近の趣味だ。御朱印帳を購入し、さくらも巷の御朱印ガールよろしく休みのたびに色々な寺院を巡っては御朱印を集めている。
今回は足を延ばして、車を数時間かけてたどり着いた神社であった。本殿までの道のりが長く、山林をくぐることで神秘的な雰囲気があると評判の神社である。色々なメディアや雑誌で紹介される度に行きたくてたまらなかった念願の場所。森の土と湿った緑の香りと、踏みしめる石畳に心踊らせ着いた本殿は想像以上のものだった。
人気のスポットということもあり、参拝者は多い。順路を同じようにたどっていくため、人の流れはゆっくりではあるが止まらない。さくらとしては、自分のペースで時には立ち止まって見たいところではあったが、そこは日本人の性なのか、前に続いて見るよりほかなかった。それでも、この美しい建造物を目に焼き付けようと、あちこちに視線を巡らせる。
(あっ)
境内から見える庭に丁度目線を向けたときであった。日本庭園によくある池のほとりで少年が佇んでいた。年齢のほどからみて5歳くらいだろうか。池の中の魚を見たいのか、身を乗り出すようにして水面を見つめている。
(大丈夫だろうか?)
足下のおぼつかない様子からさくらは他人ながらも心配して目を逸らせずにいた。見たところ周りに人の姿はない。そもそも観賞用で参拝者が入っていい区画ではないのだが、親とはぐれてあんな場所まできてしまったのだろうか。
さくらの心配をよそにほかの参拝者は順路をぐんぐん進んでいく。その波に押されて、少年の姿を背にしたときだった。
ばしゃん
しぶきの音がして振り返る。
少年の姿は消えていた。
(まさか、落ちた!?)
人の波をよけ、境内の欄干に身を乗り出して池の様子を確認する。
一向に人が上がってくる様子はない。助けなくては、という思いと、ここで一人で救出できるのかという思いで心がせめぎあう。おぼれた子を女一人の手で引き上げられる?誰か助けをと周りをみる。
(誰も気にしてない・・・?)
周りの者は誰一人、池の方に見向きもしていない。その軽薄さに心臓がいやな音を立てる。あんな小さい子が落ちたのにだれも心配しないのか。ここへ来て、神仏に祈るのは一体なんのためなのだ。ふつふつとわき上がる怒りと、あの子は自分しか助けられない、という確信が心を占めた。
裸足のまま、庭園に飛び降りる。周りで一瞬「・・・わ!」と驚きの声がしたが、さくらにはそれ以上に少年の方が心配でその後の周りの声は全く聞こえてこなかった。
「大丈夫?!上がってこれる!?」
池には水泡がいくつか浮くだけで、人が上がってくる様子がない。さくらは意を決し、池の中に足を突っ込んだ。
「・・・あ”!!・・・うぅ”っ」
腰くらいの深さを予想していたが、足の裏には土の感触も、石のかたさもなく、そのまま沈みこんでしまった。
(庭の池ってこんな深いの!?こんなの子供が上がってこれる深さじゃない!!)
一度、水面に顔を出して大きく息を吸った。そして、池の縁の部分を大きく蹴って下へ下へと潜っていく。藻が浮いた水中は視界が悪く、数メートル先を見渡すのも難しい。緑の藻の間から、肌色のものがちら、と見えた。
(見つけた!!)
さくらは泳ぐスピードをあげて、それに近づく。案の定、先ほどの少年で、意識を失っているようだった。さくらは少年の背後から胸に腕を回し、水面に上昇していった。意識のない人間は子供でも重く、引き上げる腕がちぎれそうだ。なんとか水面に顔を出し、周囲をうかがう。池のほとりに男が何人かいるのが分かり、必死で呼びかけた。
「助けて!こ、こどもが・・・っおぼれて!」
そう言うが早いか、男たちが手を差し出し、少年を引き上げた。
「若様っ!若様!」
「目をおさましくだされ!」
男たちが必死に呼びかけるも少年に反応はない。のどがつまったようなうめきがあるだけだ。
さくらも次いで池からあがり、少年のもとへ駆け寄った。胸の動きはある。ここは心臓マッサージよりも・・・。以前、救助者の講習を職場でうけた中に、ハイムリッヒ法というものがあった。患者の背後に回ってお腹の上と胸を拳で圧迫して、喉に詰まったものを吐き出させる方法だ。さくらは少年の後ろに回り、抱えるようにして、ぐっ、ぐっ、と圧迫をした。
「お主、なにをしておる!それでは息ができぬではないか!」
男の一人がさくらを怒鳴りつけた。しかし、さくらも負けじと大声で怒鳴り返した。
「この子を助けたかったら黙ってて!放っておいたら本当に息ができなくて死ぬのよ!?それでもいいわけ!?」
怒鳴った男だけでなく、隣にいた男までもがびくっと肩を揺らした。まさか怒鳴られるとは思ってもみなかったのだろう。さくらの言葉で静かになった。それを見て、圧迫を再開する。何度目かのところで、「げふっ」っと少年の口から水があふれた。
苦しそうに体を曲げる少年をみて、さくらも男たちも声をかけた。
「若様っ!」
「若様!ご無事で!?」
「君、私の声聞こえる!?」
少年は苦しそうにしながらも、薄目を開け、小さく頷いた。
さくらと男たちは目を合わせ、安堵の表情を浮かべた。
(助かった。よかった・・・)
目の前の命が救えたことが何より嬉しい。だからこそ、さくらは気付くことができなかった。
「若様」とよぶ男たち。そして彼らの着物姿と髷姿が、現代ではおおよそ時代錯誤な代物であると。
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