炎のゴブレット編
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目が覚めたときにはすでに日は昇りきった後で、いつもより一時間は遅く目が覚めた。昨夜の出来事からベッドに入ったはいいものの、眠りが浅く、ようやく寝付くことが出来たのは明け方近くであったのだ。部屋にある鏡で自身の顔を確認する。目の下にはうっすらクマができ、疲れた顔をしていた。
「最悪…。」
原因を作った男に苛立ち、サクラはぼそりと悪態をついた。日曜日のため幸い仕事は無い。眠い目をこすりながら、身支度をととのえ、メイクはクマが分からないようにコンシーラーで隠し、いつもより少しだけ血色のいいチークを乗せる。服は簡単なブラウスとフレアスカートに着替えた。今の時間であれば、生徒の利用が多く、人混みが嫌いそうなスネイプはすでに朝食を終えている頃だろう。食事の時間さえ顔を合わせなければ、あとはどうとでも過ごせる。正直、昨日の今日で当事者の顔は見たくなかった。これ幸いとサクラは大広間へと向かった。
予想通り、生徒の席は半分が埋まり、教職員の席はまばらで件の男の姿は見られなかった。来ないだろうとは思っていたが、実際にこの目で見るまで確信はなく、わずかに緊張をしていたのだが、いらぬ心配だった。サクラは、ほっと胸をなで下ろして、自身の席へと座った。席に着いた瞬間、皿の前に食事があらわれる。適当な食事とフルーツをつまんで、皿にのせた。用意してあるポットから紅茶を注ぎ、口に含む。ここへ来てから慣れた味に、すこしだけ心がほっとした。
「おはようございます、サクラ」
声がした方へ顔を向けると、丁度マクゴナガルが教職員用の席へ着くところであった。マクゴナガルもサクラと同じく、平日休日の区別なく、いつも同じ時間に食事をとっている一人だ。しかし、今日はずいぶん遅い。きっと遅くまで暴れる生徒たちの対応をしていたに違いない。たとえ時間が遅くとも、顔色も身支度もぴっしりと整えているのはさすがである。
「おはようございます、マクゴナガル先生。」
サクラが挨拶を返すと、マクゴナガルは隣に腰掛けた。そして、心配そうにこちらを窺った。
「なんだか顔色が悪いですね。…なにかありましたか?」
メイクで隠したはずが、やはり女性にはすぐ見破られてしまう。
「昨日のことで頭がいっぱいであまり寝れなかったんです…。」
『なに』で頭がいっぱいだったかはあえて触れなかったが、マクゴナガルは眉を下げてこちらを見つめ、小さく頷いた。
「あなたが責められることはありません。私もダンブルドアも分かっていますよ。」
昨夜のムーディのことを言っているのだろう。心配してくれているマクゴナガルには申し訳ないが、あえてぼかしたため、そのように取ってもらえて好都合である。良心が少し痛んだが、そのまま話を続けていくことにする。
「あのようなことになって誰かを疑いたくなる気持ちは分かります。きっと、過酷な経験をされたからこそ様々な可能性をみておられるのだと…。」
「だからといって謂われないことであなたを貶めることは許せません。サクラ、なにかあったらすぐに言うのですよ。私が懲らしめてあげます。」
まるで母親が子供をしかるように『懲らしめる』と予想外の言葉がマクゴナガルの口からのぼったことで、サクラは小さく笑った。
「先生に守っていただけるとは心強いです。ありがとうございます。」
そう言って笑うと、マクゴナガルもほっとしたような表情をみせた。マクゴナガルはここへ来てから、本当に親身になってくれる。生徒たちには厳しい先生という認識であるが、原作を読んでいけばいかに愛情深い人物であるか分かる。だからこそ、マクゴナガルの打算の無い優しさが身にしみた。
朝食を終え、久しぶりに湖の近くへやってきた。前に来たときは、まだ日差しが暖かく感じられ、風が心地よかったが、今は少し肌寒い。秋が深まってきたのだと感じられる。ここは人がまばらで、静かなところが気に入っている。以前、一人で休んでいたときには、セドリックがお茶とお菓子をもって来てくれたことを思い出す。
足を踏み出すたびに、乾燥した草のかさかさという音が耳に心地いい。そのままゆっくり歩を進め、あのときセドリックと過ごした、木の根元へと向かった。
「――には分かることよ。」
聞いたことのある声がその木の根元から聞こえた。
「どうやって?」
「ハリーこれは秘密にしておけることじゃないわ。」
その声の主がハリーとハーマイオニーであると分かり、サクラはすぐさま近くの木の陰へと隠れた。あれだけたくさんの生徒たちがいた大広間に二人の姿はなかった。周りの目を気にするハリーを気遣って外で朝食を食べていたのだろう。彼らの膝の上にはトーストが転がっていた。話ている二人はこちらへ近づくサクラの存在には気がつかなかったようで会話を続ける。
「この試合は有名だし、あなたも有名。日刊予言者新聞にあなたが試合に出場することが全く載らなかったら、かえっておかしいじゃない。あなたのことは……例のあの人について書かれた本の半分にすでに載っているのよ。どうせ耳に入るものならシリウスはあなたの口から聞きたいはずだわ。絶対そうに決まってる。」
真剣な表情のハーマイオニーとは対照的にいやそうな顔をするハリー。お小言のように聞こえてるのだろうが、ハーマイオニーの言うことはもっともだ。年ごとの男の子には耳が痛いのだろうが。ハリーはハーマイオニーが引くつもりが無いと悟ったのか、「わかった、わかった。書くよ。」と言って、トーストをぞんざいに湖に放り投げると腰を上げた。
二人が城の方へ帰ろうとしているところでサクラは慌てた。なぜなら今隠れている木が体を全て隠すには細すぎているからだ。話に夢中な時であれば、振り向きさえしなければ気づかれないだろうが、ちょうどこちらの方へ向かってくるのだ。かならず目にとまる。こんなところで聞き耳を立てていたのだと見つかってしまえば、ハリー、ハーマイオニーからの印象は悪くなってしまうだろう。そうなると、これから動きづらくなることもあるだろう。
サクラは二人が腰を上げた直後にすぐに隠れていた木から姿を現し、二人の方へと歩を進めた。こちらの存在に気がつく前に動き出していれば、偶然すれ違ったと言ってもさほど気にならないだろう。そう思い至っての行動であった。
互いの距離が縮まったところでハリーとハーマイオニーはサクラの存在に気がついた。二人とも、はっとしたような表情を浮かべた。…こんなにわかりやすくていいのだろうか、と心配になってしまう素直さだ。サクラは素知らぬふりで声をかけた。
「おはよう、ハリー。ハーマイオニー。」
間近にきたところで挨拶をすると、ハリーはあからさまに目線を避けて、ぼそぼそと挨拶を返した。昨日のムーディの言葉が引っかかっているのかもしれない。でなければ、彼がこのような態度に出ることはないだろう。ハーマイオニーはハリーの様子にため息をついていたが、何の気負いもなく「おはようございます、サクラさん。」と返してくれた。サクラはハーマイオニーの態度に安堵して、言葉を続けた。
「今日はいい天気ね。ここで朝ご飯?」
何気なく尋ねると二人ともばつが悪そうな顔をした。まだ、代表選手になったという状況を受け入れ切れていないのだろう。しかも、不正を働いて代表になったと思われているのだ。人目の無いところで食事をしたい気持ちは分かる。
「私もここでピクニックしたことがあるの。自然の中で食事するのは気分がいいわよね。」
彼らの気持ちに気がつかないふりをして、そう言った。ハーマイオニーはこちらの意図に気がついているのが表情から窺えた。しかし、ハリーのほうはそんなことに気がつく余裕もないようで、一度もこちらを見もしなかった。
「すいません、僕たち急いでいるので…。」
いこう、ハーマイオニー。と告げると、足早にその場を後にする。ハーマイオニーは急いで追いかけるも、一度振り返り、「ごめんなさい。」と口の形だけで伝え、そのままホグワーツ城へと戻っていった。
やはり、嫌われてしまったか…。
つらいとき、誰か責められる相手を見つけるのは自然なことだ。たとえ、それがあり得ない相手だとしても。そうしなければ心が壊れてしまいそうになる。十代の少年に、多くの生徒たちからの侮蔑や非難の目は想像以上につらいものだろう。ハリーの気持ちが分かるだけにサクラはそう易々と彼を責められないでいた。しかし、傷つくものは、傷つく。重いため息をひとつ吐いて、再び湖のほうへと足を進めた。
ぼうっと眺めているより、歩いて気持ちを紛らわせよう。
人気の無い湖は静かに水面を揺らめかせている。水辺の打ち寄せる水の音を聞きながら、ゆっくりと歩く。湖面には、ダームストラングの船が停泊されている。大きな船体のお陰で水面の揺れは影響しないようで、荘厳な佇まいの船は雄雄とそこに鎮座していた。物音ひとつしない船に本当に人がいるのだろうか、と疑ってしまうが、きっと魔法で防音の呪文をかけているのだろう。人気がないことをいいことに、船に近づいてみる。船の側面から船底にかけてはフジツボがくっ付いている。使い込まれた木材からも長い間、ダームストラングで使われてきたとうかがえた。
しばらく船を見廻していると甲板の方で木が軋む音がした。見上げると、そこにいたのはビクトールクラムであった。向こうは視線に気がついたのか、こちらを見下ろし、一瞬目を見開いたものの、落ち着いた様子で挨拶をしてくれた。
「おはようございマス。」
何となく訛りがあるが、気になるほどでもない。上からではあるが、礼儀正しく会釈をしてくれる。それに、サクラも同じように会釈して返した。
「おはようございます。クラム…選手。」
ホグワーツでは好意的な生徒と関わってきたため、呼び捨てであるが、他校の生徒はどう呼べばいいのか。戸惑い、出てきたのは選手という言葉だった。公式にクィディッチ選手であるクラムに選手をつけるのは間違っていないだろう。取ってつけたような呼び方にクラムは気分を害する様子はなかった。
「…ミスヒナタ」
名前を覚えているのか。多くの教職員の中、管理人1人の名前まで把握しているとは。素直に感心していると、クラムは言葉を続けた。
「……歳下の僕のことはビクトールと呼んでください。」
言葉少なではあるが、はっきりした物言いは有無を言わせない雰囲気がある。それに、ここでクラムと呼ぼうが、管理人と代表選手では、これからほとんど関わることもない。
「分かったわ、ビクトール。ホグワーツでの生活はどう?あなたの学校とは少し気候が違うかもしれないけど、不都合はない?」
「気候は少しチガイます。が、トレーニングにはいい環境デス。」
「努力家ね。そういう心構えだからこそ、世界で活躍できるのね。」
「いえ、特別なことではアリません。出来ることをしているだけデス。」
そういうクラムは、恥ずかしそうに人差し指で頬をかいた。見た目の厳つさで勘違いしてしまうが、彼も十代。可愛いところもあるのだな、とほのぼのとした気持ちになる。
「何か必要なことがあれば、いつでも呼んで。私は管理人だから、寒いときの毛布だとか、トレーニングにいい穴場とか、よければ案内するから。」
日々、校内を掃除している中で、人気のない階段や、走り込みができそうな長い廊下、色々と見つけているのだ。このように礼儀正しい好青年に何かしてあげたい、と母性をくすぐられて、つい口にしてしまった。すると、クラムはサクラの言葉を聞くや否や、碇をするすると滑り降りてきた。サクラが何事かと、目を見開いて固まっているうちに、クラムは目の前にやってきた。こうして向き合ってみると想像以上にがっしりとして、背丈も高い。首いっぱい見上げるような形でクラムを見た。
「あなたの時間がいただけるのなら、今カラ案内をお願いできまセンカ?」
「え?!…ええ、今から?」
突然のことに驚きを隠せないサクラにクラムが畳み掛ける。
「お願いしマス。本格的に課題が始まる前に、出来るトレーニングはしておきタイのです。」
ずいっと顔を近づけ力説するクラムにサクラはしぶしぶ首を縦にふった。
「最悪…。」
原因を作った男に苛立ち、サクラはぼそりと悪態をついた。日曜日のため幸い仕事は無い。眠い目をこすりながら、身支度をととのえ、メイクはクマが分からないようにコンシーラーで隠し、いつもより少しだけ血色のいいチークを乗せる。服は簡単なブラウスとフレアスカートに着替えた。今の時間であれば、生徒の利用が多く、人混みが嫌いそうなスネイプはすでに朝食を終えている頃だろう。食事の時間さえ顔を合わせなければ、あとはどうとでも過ごせる。正直、昨日の今日で当事者の顔は見たくなかった。これ幸いとサクラは大広間へと向かった。
予想通り、生徒の席は半分が埋まり、教職員の席はまばらで件の男の姿は見られなかった。来ないだろうとは思っていたが、実際にこの目で見るまで確信はなく、わずかに緊張をしていたのだが、いらぬ心配だった。サクラは、ほっと胸をなで下ろして、自身の席へと座った。席に着いた瞬間、皿の前に食事があらわれる。適当な食事とフルーツをつまんで、皿にのせた。用意してあるポットから紅茶を注ぎ、口に含む。ここへ来てから慣れた味に、すこしだけ心がほっとした。
「おはようございます、サクラ」
声がした方へ顔を向けると、丁度マクゴナガルが教職員用の席へ着くところであった。マクゴナガルもサクラと同じく、平日休日の区別なく、いつも同じ時間に食事をとっている一人だ。しかし、今日はずいぶん遅い。きっと遅くまで暴れる生徒たちの対応をしていたに違いない。たとえ時間が遅くとも、顔色も身支度もぴっしりと整えているのはさすがである。
「おはようございます、マクゴナガル先生。」
サクラが挨拶を返すと、マクゴナガルは隣に腰掛けた。そして、心配そうにこちらを窺った。
「なんだか顔色が悪いですね。…なにかありましたか?」
メイクで隠したはずが、やはり女性にはすぐ見破られてしまう。
「昨日のことで頭がいっぱいであまり寝れなかったんです…。」
『なに』で頭がいっぱいだったかはあえて触れなかったが、マクゴナガルは眉を下げてこちらを見つめ、小さく頷いた。
「あなたが責められることはありません。私もダンブルドアも分かっていますよ。」
昨夜のムーディのことを言っているのだろう。心配してくれているマクゴナガルには申し訳ないが、あえてぼかしたため、そのように取ってもらえて好都合である。良心が少し痛んだが、そのまま話を続けていくことにする。
「あのようなことになって誰かを疑いたくなる気持ちは分かります。きっと、過酷な経験をされたからこそ様々な可能性をみておられるのだと…。」
「だからといって謂われないことであなたを貶めることは許せません。サクラ、なにかあったらすぐに言うのですよ。私が懲らしめてあげます。」
まるで母親が子供をしかるように『懲らしめる』と予想外の言葉がマクゴナガルの口からのぼったことで、サクラは小さく笑った。
「先生に守っていただけるとは心強いです。ありがとうございます。」
そう言って笑うと、マクゴナガルもほっとしたような表情をみせた。マクゴナガルはここへ来てから、本当に親身になってくれる。生徒たちには厳しい先生という認識であるが、原作を読んでいけばいかに愛情深い人物であるか分かる。だからこそ、マクゴナガルの打算の無い優しさが身にしみた。
朝食を終え、久しぶりに湖の近くへやってきた。前に来たときは、まだ日差しが暖かく感じられ、風が心地よかったが、今は少し肌寒い。秋が深まってきたのだと感じられる。ここは人がまばらで、静かなところが気に入っている。以前、一人で休んでいたときには、セドリックがお茶とお菓子をもって来てくれたことを思い出す。
足を踏み出すたびに、乾燥した草のかさかさという音が耳に心地いい。そのままゆっくり歩を進め、あのときセドリックと過ごした、木の根元へと向かった。
「――には分かることよ。」
聞いたことのある声がその木の根元から聞こえた。
「どうやって?」
「ハリーこれは秘密にしておけることじゃないわ。」
その声の主がハリーとハーマイオニーであると分かり、サクラはすぐさま近くの木の陰へと隠れた。あれだけたくさんの生徒たちがいた大広間に二人の姿はなかった。周りの目を気にするハリーを気遣って外で朝食を食べていたのだろう。彼らの膝の上にはトーストが転がっていた。話ている二人はこちらへ近づくサクラの存在には気がつかなかったようで会話を続ける。
「この試合は有名だし、あなたも有名。日刊予言者新聞にあなたが試合に出場することが全く載らなかったら、かえっておかしいじゃない。あなたのことは……例のあの人について書かれた本の半分にすでに載っているのよ。どうせ耳に入るものならシリウスはあなたの口から聞きたいはずだわ。絶対そうに決まってる。」
真剣な表情のハーマイオニーとは対照的にいやそうな顔をするハリー。お小言のように聞こえてるのだろうが、ハーマイオニーの言うことはもっともだ。年ごとの男の子には耳が痛いのだろうが。ハリーはハーマイオニーが引くつもりが無いと悟ったのか、「わかった、わかった。書くよ。」と言って、トーストをぞんざいに湖に放り投げると腰を上げた。
二人が城の方へ帰ろうとしているところでサクラは慌てた。なぜなら今隠れている木が体を全て隠すには細すぎているからだ。話に夢中な時であれば、振り向きさえしなければ気づかれないだろうが、ちょうどこちらの方へ向かってくるのだ。かならず目にとまる。こんなところで聞き耳を立てていたのだと見つかってしまえば、ハリー、ハーマイオニーからの印象は悪くなってしまうだろう。そうなると、これから動きづらくなることもあるだろう。
サクラは二人が腰を上げた直後にすぐに隠れていた木から姿を現し、二人の方へと歩を進めた。こちらの存在に気がつく前に動き出していれば、偶然すれ違ったと言ってもさほど気にならないだろう。そう思い至っての行動であった。
互いの距離が縮まったところでハリーとハーマイオニーはサクラの存在に気がついた。二人とも、はっとしたような表情を浮かべた。…こんなにわかりやすくていいのだろうか、と心配になってしまう素直さだ。サクラは素知らぬふりで声をかけた。
「おはよう、ハリー。ハーマイオニー。」
間近にきたところで挨拶をすると、ハリーはあからさまに目線を避けて、ぼそぼそと挨拶を返した。昨日のムーディの言葉が引っかかっているのかもしれない。でなければ、彼がこのような態度に出ることはないだろう。ハーマイオニーはハリーの様子にため息をついていたが、何の気負いもなく「おはようございます、サクラさん。」と返してくれた。サクラはハーマイオニーの態度に安堵して、言葉を続けた。
「今日はいい天気ね。ここで朝ご飯?」
何気なく尋ねると二人ともばつが悪そうな顔をした。まだ、代表選手になったという状況を受け入れ切れていないのだろう。しかも、不正を働いて代表になったと思われているのだ。人目の無いところで食事をしたい気持ちは分かる。
「私もここでピクニックしたことがあるの。自然の中で食事するのは気分がいいわよね。」
彼らの気持ちに気がつかないふりをして、そう言った。ハーマイオニーはこちらの意図に気がついているのが表情から窺えた。しかし、ハリーのほうはそんなことに気がつく余裕もないようで、一度もこちらを見もしなかった。
「すいません、僕たち急いでいるので…。」
いこう、ハーマイオニー。と告げると、足早にその場を後にする。ハーマイオニーは急いで追いかけるも、一度振り返り、「ごめんなさい。」と口の形だけで伝え、そのままホグワーツ城へと戻っていった。
やはり、嫌われてしまったか…。
つらいとき、誰か責められる相手を見つけるのは自然なことだ。たとえ、それがあり得ない相手だとしても。そうしなければ心が壊れてしまいそうになる。十代の少年に、多くの生徒たちからの侮蔑や非難の目は想像以上につらいものだろう。ハリーの気持ちが分かるだけにサクラはそう易々と彼を責められないでいた。しかし、傷つくものは、傷つく。重いため息をひとつ吐いて、再び湖のほうへと足を進めた。
ぼうっと眺めているより、歩いて気持ちを紛らわせよう。
人気の無い湖は静かに水面を揺らめかせている。水辺の打ち寄せる水の音を聞きながら、ゆっくりと歩く。湖面には、ダームストラングの船が停泊されている。大きな船体のお陰で水面の揺れは影響しないようで、荘厳な佇まいの船は雄雄とそこに鎮座していた。物音ひとつしない船に本当に人がいるのだろうか、と疑ってしまうが、きっと魔法で防音の呪文をかけているのだろう。人気がないことをいいことに、船に近づいてみる。船の側面から船底にかけてはフジツボがくっ付いている。使い込まれた木材からも長い間、ダームストラングで使われてきたとうかがえた。
しばらく船を見廻していると甲板の方で木が軋む音がした。見上げると、そこにいたのはビクトールクラムであった。向こうは視線に気がついたのか、こちらを見下ろし、一瞬目を見開いたものの、落ち着いた様子で挨拶をしてくれた。
「おはようございマス。」
何となく訛りがあるが、気になるほどでもない。上からではあるが、礼儀正しく会釈をしてくれる。それに、サクラも同じように会釈して返した。
「おはようございます。クラム…選手。」
ホグワーツでは好意的な生徒と関わってきたため、呼び捨てであるが、他校の生徒はどう呼べばいいのか。戸惑い、出てきたのは選手という言葉だった。公式にクィディッチ選手であるクラムに選手をつけるのは間違っていないだろう。取ってつけたような呼び方にクラムは気分を害する様子はなかった。
「…ミスヒナタ」
名前を覚えているのか。多くの教職員の中、管理人1人の名前まで把握しているとは。素直に感心していると、クラムは言葉を続けた。
「……歳下の僕のことはビクトールと呼んでください。」
言葉少なではあるが、はっきりした物言いは有無を言わせない雰囲気がある。それに、ここでクラムと呼ぼうが、管理人と代表選手では、これからほとんど関わることもない。
「分かったわ、ビクトール。ホグワーツでの生活はどう?あなたの学校とは少し気候が違うかもしれないけど、不都合はない?」
「気候は少しチガイます。が、トレーニングにはいい環境デス。」
「努力家ね。そういう心構えだからこそ、世界で活躍できるのね。」
「いえ、特別なことではアリません。出来ることをしているだけデス。」
そういうクラムは、恥ずかしそうに人差し指で頬をかいた。見た目の厳つさで勘違いしてしまうが、彼も十代。可愛いところもあるのだな、とほのぼのとした気持ちになる。
「何か必要なことがあれば、いつでも呼んで。私は管理人だから、寒いときの毛布だとか、トレーニングにいい穴場とか、よければ案内するから。」
日々、校内を掃除している中で、人気のない階段や、走り込みができそうな長い廊下、色々と見つけているのだ。このように礼儀正しい好青年に何かしてあげたい、と母性をくすぐられて、つい口にしてしまった。すると、クラムはサクラの言葉を聞くや否や、碇をするすると滑り降りてきた。サクラが何事かと、目を見開いて固まっているうちに、クラムは目の前にやってきた。こうして向き合ってみると想像以上にがっしりとして、背丈も高い。首いっぱい見上げるような形でクラムを見た。
「あなたの時間がいただけるのなら、今カラ案内をお願いできまセンカ?」
「え?!…ええ、今から?」
突然のことに驚きを隠せないサクラにクラムが畳み掛ける。
「お願いしマス。本格的に課題が始まる前に、出来るトレーニングはしておきタイのです。」
ずいっと顔を近づけ力説するクラムにサクラはしぶしぶ首を縦にふった。