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神の戯れ


 世界は時の流れとともに移りゆく――。
 当然の自然の摂理。しかし同時に、かなしき世界の歪み。


 色鮮やかな動植物に恵まれ、青く澄み渡った空からは暖かい日差しが降り注ぎ、母なる大地を照らす。

 そんな幻想郷も、とうの昔に消え去った。
 
 男は、ひとけのない路地裏から空を見上げた。その視線の先にある筈の青い空は、天高く聳える摩天楼によって阻まれている。
 人間が作り出したコンクリートが街を、国を覆い、そして世界は変わった。

 男は嘆くでもなく怒るわけでもなく、ただ目線を下げてその不愉快なビル群を視界から外すのみであった。

 路地を歩き進め大通りへと顔を出す。光を失った信号が無機質に立ち並び、乗り手のいない車が道路に転がっていた。
 その街に、男以外の姿はなかった。

 乗り捨てられた車。風に飛ばされるゴミ。割れたガラス。そして鼻をつく悪臭。ガソリンだろうか。

 かつての活気を失ったこの街は、完全に死んでいた。
 男は小さくため息をつくと、静かに目を閉じた。

 今でも鮮明に思い出す、遥か昔のこの街。もとは小さな村だった。自然とともに生きて、死んでいく。その更に前は森であった。いのちの芽吹く場所。神が生んだ聖地。

 
 それが今ではどうだろうか。
 強欲な人間は知識と技術を得、自らが生みだしたもので自らの首を絞めていった。そしていつしかこの街から人々は消えていった。


 灰色の毒だけを残して。


 目を開ければ広がる無機質な道路。その脇には背の高いビル。廃退しはじめたこの街にもはや回復の余地はない。
 人々も、この街を棄てた。

 しかし、自分だけはこの街を最期まで見届けよう。己がもとで生まれ育ったこの街だから。例え世界が忘れようとも、自分だけは覚えていよう。

 空気の振動とともにだんだんと大きくなる人工的な音。
 
 その時やっと、男は自分以外の動くものを見た。空を飛ぶ、飛行機を。

「一体、この世界はどこへ向かっているのだろうな」

 それまで無表情だった男が初めてその口元に笑みをたたえた。自嘲を含んだその笑みに、飛行機は気づくことなく空の彼方へと飛び去っていった。

 恐ろしいほどに冷たい灰色。魚の形をしたそれを、男が視界に捉えた。


「この程度で、罪が消えると思うのか」


 戦闘機が落とした灰色の毒が一瞬にして街を消し去る。

 男は、自分以外の全てが溶けゆく中で、再び静かに目を閉じた。


End.


(この土地に二度といのちが産まれることはない)









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