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Earth


りんりんと清涼の音が鳴る。この季節の風物詩だ。
「すごい数だね」
通りには数えきれないほどの風鈴がつり下げられている。毎年夏に行われるお祭り。賑わう街は暑さを跳ね返すようだった。
蛍と銀もまた、夏休みの宿題を一時忘れて、浴衣姿で青空の下を歩く。
「晴れてよかったな」
去年は残念なことに雨が降ってしまい、湿気にまとわりつかれながらの少々暑苦しい祭であった。
そんな前回を思い出して顔を上げる。青い空には大きな白い入道雲が浮かんでいた。
「ね、しろがね! わたあめ食べよ!」
白と黒の、変わった模様の浴衣を着た蛍がぴょんと跳ねるたびに長い髪が揺れた。
「雲見てたら食べたくなったか?」
笑ってそういえばムッとした顔で蛍はそっぽを向いた。
「そんな食いしん坊みたいに言わないでよ」
「悪い」
笑って銀が綿あめ屋の列に並ぶと、機嫌を直した蛍が笑顔でその横に並んだ。
「こんな日々が毎日続けばいいのにね」
賑わう通りを人の波をよけながら蛍は綿菓子をかじった。
「嫌なことぜーんぶ忘れてさ! そうしたら、ずっと楽しいのに」
銀はちらりと横を歩く彼女を見た。
長い金髪は浴衣姿だというのに結ぶこともなく背中まで垂れさがっている。
「もしかして、宿題が終わらないのか?」
銀がそういうと驚いて蛍は見上げた。丸いびいどろと目が合う。
「むう……別にそうじゃないよ。それにしろがねとは頭の出来が違うんだから!」
「ははは」
たしかにいつも赤点ギリギリの蛍と、上位に居座る銀とでは差があった。
「しろがね」
「どうした?」
夏空の下。太陽に照らされて、蛍の髪は輝いていた。光の花のように。
「いつかまた、来ようね」
「ああ」
そう言って笑った彼女はどこか寂しそうだった。その表情の意味を彼は半年後に知る。
蛍は雪の降る日に天国へと旅立った。



「銀さま」

かつて蛍と歩いた道。風鈴が鳴り、蝉の声が聞こえる大通り。
夏も終わりに近づき、蜩が鳴きだした道を銀は歩いていた。蛍によく似た女の子と一緒に。
「蛍ちゃんは、銀さまといたかったんだと思います」
彼女の従姉妹である少女、凛。
異なるのは、声と瞳と、髪の長さくらい。
肩につくかつかないかの金髪は歩くたびに小さく揺れた。
「蛍ちゃんは銀さまが好きだったんだと思います」
彼女はもともと身体が弱かった。そして銀の知らないうちに病に侵され亡くなった。それを隠して彼女は銀と最後の夏を過ごしたのだ。
「大好きだったんだと思います」
蛍にそっくりな凛から告げられる彼女の気持ち。
今も鮮明に思い出す。太陽のような笑顔。銀のひかり。
大切な人を亡くした銀の心に深く侵入する言葉。
「……蛍……っ!」
道路の真ん中で膝から崩れ落ちた銀を、凛の白い腕が支えた。
傷を負った少年少女を、青い空だけが見ていた。蜩が鳴く。
間もなく次の季節がやってくる。

End.
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