空を泳ぐ鯨 2.
思わずのどを鳴らしてしまうと、先ほどと同じく身体に勇作の腕が巻き付いてきたことで素肌が触れ合い、そのあまりの心地よさに感動までしてしまう。
熱いほどの肌はきめ細かく、しっとりしているがさらさらもしていてかなり触れ心地がよく、そろっと手を這わせてみるとまるで手のひらに肌が吸いついてくるような、そんな感じがしてつい夢中になって肌を味わうように撫でると、さらに桃色が強くなり勇作が身を捩る。
「んっあっ、あ、兄様くすぐったい。愛撫に集中できなくなるからだめ。だめですってば」
「すごくきれいな肌してますね、勇作殿は。手が気持ちイイ……手のひらが悦んでる感じがする」
尾形がそう素直に伝えると、勇作は幸せを絵にかいたような笑顔を見せ、すりっと胸に擦りついてくる。
「兄様だって、充分にきれいですよ。きれいすぎて目のやりどころに困ってること、知ってます? 兄様は、とてもきれい。とってもきれいで……大好き! 大好きだから、こっちも噛んじゃう」
「こっち……? あっ!! あぁあっ!! やっあっ!!」
すすっと勇作の顔が左に寄せられ、優しく乳首を撫でたと思ったらそのままがっと噛みつかれてしまい、突然襲ってきた激痛に思わず身体がビグンッと跳ねてしまう。
反射で頭を退かそうとするが、勇作は頑固に乳首に食いつき離してくれず、まるで退けようとする尾形に反抗するように、前歯で噛んでいたのを犬歯に変え、小さな尖りを磨り潰すように噛んでくる。
「うぐぅぅっ!! ああああああああ!! うあっ、うあああああうううううっ!!」
あまりの激痛に思わず叫んでしまうと、それすらも許さないとばかりにさらにきつく噛みつかれ、もはや半泣きどころか目尻にあっという間に涙が溜まり、するするとこめかみを伝ってぽたぽたと雫がベッドに落ちる。
いくらなんでも痛すぎる。
仕事の都合上、拳銃で肩を打ち抜かれたり、殴られたりといった経験はあるがこの乳首に感じる痛みはまた違った種類の痛みで、今まで感じたことのない種類の苦痛に対しどう対応していいか分からず、ひたすらに身を捩って逃げようとするが、がっしりと勇作の腕が腹回りに絡みついている所為で逃げることもできず、ひたすらに耐えるしかない今の状況に対し、妙な被虐心が芽生え始めるのを感じていた。
それは尾形の身体を焼き、心を焼く。
マゾではないはずだが、もっと痛くして欲しいと思ってしまうのだ。痛ければ痛いだけ、極上の快楽が手に入ることをもう知っている。だからこそ、さらに傷つけて欲しいと思ってしまう。
それは声となってのどから漏れ出してしまう。
「はあっはあっ、ゆ、勇作殿っ、もっと、もっと強く、強く噛んで……ん、すごい興奮する」
「んん、兄様痛くないんですか? そんなことを言われてしまうと私……本気にしますよ。兄様のコト、すごく痛くしてしまうかも。噛んでも……いい? いいんですか?」
言葉面は殊勝だが、顔は既に捕食者のソレになっていて、悪戯に噛んだところを舐めてきて、その痛みに顔を歪める。
今でさえこんなに痛いのに、勇作に「噛んで」などと言ったらどうなるかは容易に想像がつく。
かなりの苦痛を強いられるだろうが、どうしても強く噛んで欲しいのだ。被虐心は完全に尾形の心を支配し、苦痛の中に快楽を見出そうとしている。
まるでそれが愉しみだと言わんばかりのソレに、ドキドキと心臓を高鳴らせてしまう。
両手を伸ばし、勇作の髪の中にさくっと手を入れ指の間から零すと指の股が気持ちイイ。その感触を愉しみながら、再度のおねがいに入る。
「……早く、噛んで。勇作殿、早くっ……!!」
微かに身体を揺らして催促すると、勇作の眼が獰猛な色を宿したことに気づき、のどを鳴らしたその瞬間。
噛むのではなく、優しく左の乳首を舐めてきてふわっふわの舌が乳首に這うのは気持ちがよく、つい熱い吐息をついてしまう。
「はっ、あぁっ……!! あ、あ、あ、ああっ……!! や、気持ちいっ……!!」
尖らせた舌先で柔らかく突かれ、くすぐるように舌を細かく震わせるようにして舐められるともうたまらない。
乳輪も、舌先で縁をなぞってきたりそのまま丸ごと口に入れてしまって咥内でしゃぶられたりと、抜かりの無い愛撫で尾形を愉しませていたその時、突然のことで頭がついていかなかったが乳首に激痛が走り、ごりごりと前歯で磨り潰すようにして動かされて漸く、噛まれたのだと気づき、そこからはひたすらに我慢の時間に突入することになる。
とにかく、痛い。痛くてたまらなくて涙すら滲むのに何故だか、この痛さが愛おしく感じる。ひどいことをされている感覚はあるのに、何故だか心が満たされる。
とうとう精神は気持ちイイと痛いの二つの感情のせめぎ合いになり、最終的に勝利したのは快感だった。
この痛みが気持ちイイ。目尻に溜まった涙が零れるほどに痛みを感じているのに気持ちイイとは、人間の心理とは不思議なものだが、確かにそう感じている自分が居る。
その痛みを与えているのが勇作という事実がまた、愛おしい。自分の中にそんな感情があったとは驚くが、この痛みは勇作がくれるもの。
そう思うだけでさらに身体の感度が上がった気がする。
すると痛みも増したように感じ、思わず歯を食いしばるがどうやら勇作の気に障ったらしい。今度は犬歯で腫れ上がった乳首を潰すように齧りついてきて、強く歯を食いしばり過ぎた所為であごがぎしっという音を立てた。
「ううううっ、うぐうううううっ、ふっふっ、んぐうううううううっ!! ああああ痛いっ!! いた、いた、い、痛ぁっ!! ああああ痛いッ!!」
さらにあごに力を籠めて噛まれ、あまりの痛みに涙が溢れ出してくる。何とか肩で息をして痛みを逃そうとするが、上手くいかず快感と痛みの板挟みになりながら歓喜の声を上げてしまう。
「あはっ、あはっあはっ!! はあっはあっ、んっ、ああああもっと、もっとぉっ!! はあっはあっ、噛んで、噛んでっ!! 噛んであああああ!!」
身体は痛みから逃れようとしているのに、のどから出るのはこんな言葉とは自分でも驚きだ。
だが、勇作は忠実にその言葉に従うように、さらに乳首に尖った歯が食い込む。このままだと潰れてしまう。大事な乳首が、無くなってしまう。
分かっているのに噛まれる快感がどうしても欲しい。どうしても、欲してしまうこの痛みはなんなのだろうか。
痛すぎてつい勇作の背中を引っ掻いてしまうが、気にせず勇作は乳首を磨り潰してきていて、飴が一向にもらえない。
ひたすらに噛むつもりらしいと気づいたのは一拍後で、ぎゅうっと犬歯が乳首に食い込んだところでさらにひどい痛みが尾形を襲ったと思ったら、ぶぢっという音と共に勇作が急に口を放してしまう。
「あっ、血が……出てしまった。兄様? 兄様大丈夫ですか。どうしよう兄様、血がっ……」
「はあっはあっ、血……?」
下に目線を向けてみると、確かに乳首からは血が滲んで赤色が見える。けれど大量に出血したわけでもなく、根元の皮膚が破れたらしい。そのうちにじわじわと赤色が拡がっていく様に興奮してしまう。