空を泳ぐ鯨 2.


 それが何故だか嬉しくて、夢中になって舌と舌とを絡めて小さく啼く。
「んっ、んっんっ、んンッ……! んは、はあっはあっ、はっ、あっ、んンっ……!! んは、はあっ」
 ひたすらに舌を絡ませ合い、互いの唾液を吸い合って唇を啄むと不意に離れる唇。
 思わず眼を開けると、そこには欲情を露わにした勇作の眼と出会い、美麗な顔がきれいに綻ぶ。
「兄様の精子、飲んじゃいました。美味しかったです、兄様らしい味がして……とても、好きです」
「そ、そう、ですか……」
 流石にそれは嘘だと思ったが、勇作に嘘を吐いている素振りは見えない。
 暫く見つめ合うと自然と顔が寄っていってまた口づけに戻り、尾形はこの先のことを考えていた。
 間違いなく、勇作はアナルセックスするつもりでいるだろうが、解すものがない。かといってこのまま突っ込まれても敵わないし、果たしてどうすべきだろうか。
 取りあえず、勇作のペニスでも舐めて茶を濁すべきか、迷うところだ。
 その考えをまるで見透かしたように唇が離れて行くと、勇作はにっこりと笑って尾形の額に一つ、口づけを落として身体を起こしていく。
 思わずその腕を取ると、そっと外されてしまい笑みを深めた勇作が完全に尾形から離れて、ベッドからも離れる。
「すぐ戻りますからね、待っていてください」
 そう言って勇作の足はバスルームへと向かってしまう。一体風呂場に何があるというのか。取りあえずうつ伏せになって待っていると、股間をパンパンに膨らませた笑顔の勇作が戻ってきて、その手にはなにかが握られている。
 それを見つめていると、うつ伏せになっている所為で露わになっている尻を、勇作は優しく撫でてきてその手は悩ましいラインを描く腰を撫でて背に口づけが何度も落とされる。
 そのたびに勝手に身体がピクピク動いてしまい「あっあっ」と声が出る。
「ま、待っ……! それ、手のそれは……?」
「これは小分けに包装されたコールドクリームです。これで、兄様のアナルを解してあげようかなって。痛いのはいやでしょう? 私だって兄様を痛くしたいわけじゃなく、気持ちよくなって欲しくて……だから、これを使います」
「はあ、なるほど。お気遣いはありがたいですが、勇作殿は童貞ですよね。何故こんなことを思いついたんです。クリームだなんて……」
 すると、見るからに勇作の顔が赤くなりぼそぼそと白状を始める。
「いえ、あの……父の書斎に隠すようにして置いてあって。そういった男の人同士のものの本が。それを、盗み見たんです。そうしたら、こういったことが書いてあって、だったらそうしなきゃって。兄様を傷つけることだけはしたくなくて……もしかして、気に障りましたか?」
 呆れる尾形だ。なんてものを読んでいるのか。となると、勇作の目的は端からこれだったことにならないか。尾形とセックスするつもりでその本を読んだと考えると何となく、筋は通る気がする。
 つい、聞いてしまった。黙っていればいいものを、聞いてしまったのだ。
「それは、俺対策ですか。初めからそういうつもりで俺をあの場所で待っていたと?」
「えと、それは、その……いえ、最初から思っていたわけではないですがでも……できたらいいなとは、思っていました。それに嘘はありません。……私、兄様で自慰をしました」
 その言葉に、かきんと身体の動きを止めてしまう。勇作は至極真剣な様子で、両手の親指でクリームの入った包装を潰すようにして握りながら話を進めてくる。
「自慰を、したんです。隠し撮りした写真を見ながら妄想して、兄様を想像して……やらしいことをしていること考え、しました。イキました。イってしまって、気づいたことがあって。ああ、私は兄様がとても、好きなんだなって。兄弟としてではなく、恋愛対象として好きなんだと、精子を吐き出した後、思いました。……ごめんなさい、勝手なことをして。気持ち悪いですよね。でも……私は、兄様が」
 顔を上げた勇作の眼には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうになっている。
 尾形はゆっくりと腕を上げて片手で勇作の頬を包み込み、目尻に浮かんだ涙を親指で拭い取ってやる。
「いえ、気持ち悪いなんて思いません。ただ、少し驚いただけです。でも、なんで俺なんですか。男で、腹違いと言えど兄弟で、今まで何の接点も無かった俺に何故そこまで執着するのかが分からない。どうして俺なんです」
 尾形の当然ともいえるその質問に、勇作は微妙は顔を見せて少しだけ笑った。
「一目惚れって……信じますか? 兄様に関してはもう、完全に一目惚れでした。写真をね、見たんです。兄様の写真を花沢グループの力で手に入れた時にこれがあなたの兄ですと、そう言われて差し出された写真の中の兄様が、気になって気になって、ずっと頭から離れなくて自慰をして初めて……好きだと、自覚しました。もう、兄様のことしか考えられない。兄様が欲しい。恋に落ちたい。兄様と恋愛をしたい。その願いは……叶うのでしょうか」
「……それは、俺にも分かりません。勇作殿次第です。俺の心が動かせるかどうかは、すべてあなた次第です。頑張れますか? 本当にモノにしたいなら、死ぬ気で来るんですね。自分で言うのもなんですが、俺は手ごわいですよ」
 言葉とは裏腹に、優しく頬を擦ってやると手に触れている頬の温度が上がった。さらに熱くなった頬は真っ赤で、じっと尾形を見つめてくる勇作の眼は真剣だった。本気なのだと窺える、そんな眼をしていて、思わず生唾を飲み込んでしまう。
「好きです、兄様っ……!! 愛してるっ……!!」
 もはやたまらないといった体でずいっと勇作の顔が迫ってきたと思ったら口づけられてしまい、その唇の熱さにも驚いてしまう。
 思わず目を見開いてしまうとごくごく至近距離で勇作の眼と出会い、じっと尾形を見つめてくる眼には確かな欲情と、そして愛情の炎が交じり合った複雑な色を宿していてその目に射抜かれるとどうしていいか分からなくなる。
 自分の生活に勇作を関わらせる訳にはいかないのに、流されかけている自分を感じる。絆されてしまうのだろうか、このまま。
 殺し屋という自分の仕事のことも忘れて勇作に抱かれ、その後は一体どうすればいいのだろう。すると、その迷いが分かったのかきつく舌を噛まれてしまい、眼は少し怒っているようだ。
 尾形はもう何も見ないようにして眼を瞑り、暗闇にしてから両手を勇作の背中に回して触り心地のいい肌に手を滑らす。
 今はもう、なんでもいい。今この時があればいい。他はもう知らない。抱かれてしまおうと、覚悟を決めてしまえば身体は感度を増し、咥内に入り込んでいる勇作の舌がやけに愛おしく感じる。
 この感情の赴くがまま、抱かれてしまえばいい。元から快感に弱い身体をしているのだ。リミッターを外すことは難しくはなく、少しずつ身体と心を開いていけば待っているのは極楽だ。
 積極的に責めてくる勇作の舌を絡め取り、尾形からも巧みに舌を使って勇作の舌を擦り合わせると、意図が分かったらしい勇作も同じように擦り合わせてきて、摩擦により生じる熱を二人で分け合うようにしきりに舌を動かす。
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