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第五章 悪意の塔


「うっはぁ、てめぇ……痺れちまうぜ」
 斬撃の重さに痺れる手を、わざとリチャードに見せ付けるようにして剣を押し返す。リチャードはすぐさま反応して切り返してくる。強い。スピード勝負に持ち込めない接近戦が続く。
「やはり筋力自体は女のそれだな。見たところ、普通の女にしか見えないが……」
「か弱い乙女だから、びっちゃびちゃに濡れちまってるぜ?」
「……黙れ、マゾヒストが」
 レイルの言葉にリチャードは不快感を露わにした。一瞬だけ離れて、長剣を片手で振り上げる。その隙だらけの行動に、レイルはカウンターを狙って構える。
 相手はお堅い軍人さんなのはわかっていた。軍人相手には、こういう猥褻な挑発が一番効果的だ。それに嘘も言っていない。
 ニヤリと笑うレイルを、いきなり衝撃が襲った。レイルが剣に気を取られた一瞬の隙を突き、リチャードはレイルの腹に蹴りを入れてきた。平均より遥かに長い足に、レイルの計算が狂わされる。軍用の強化されたコンバットブーツが、レイルのがら空きの腹に食い込む。
 内部からえぐられるような痛みと衝撃で、レイルは横に大きく吹っ飛ぶ。一瞬意識が飛びそうになったが、なんとか受け身を取って立ち上がる。剣も手放していない。手放したら殺される。
「ロック……援護頼めるか?」
 リチャードから距離が離れたので、レイルは小声で素早く援護を頼む。
 しかし――
『悪い、こっちも交戦中だ! おまけにここからだと、お前の位置を確認出来ない』
 ロックの苛立った声が返ってきて、レイルは思わず舌打ち。そんなレイルの目が、魔法の詠昌に入ったリチャードを捉える。
――まっず!!
 雷光を纏った足でレイルは、一直線にリチャードに飛び掛かる。リチャードはレイルのいきなりの加速に一瞬驚いた顔をしたが、冷静に魔力の集中を続行。レイルの剣が彼の右腕を浅く切り裂く。
 だがレイルの剣がそれ以上彼を傷付けることは出来なかった。レイルの身体を二本の光の鎖が縛り上げている。
 レイルを挟むように出現した光の球から伸びるそれは、苦痛を伴う熱さを放っている。リチャードの言葉通り、衣服が燃えるようなことはなかった。
 きつく縛り上げられた状態のレイルの身体が、軽く宙に浮く。両手首に強い痛みを感じて、レイルは双剣を取り落としてしまう。目線だけ動かすと、手首に鎖がきつく巻き付いていた。これはしばらく跡が付きそうだ。
「縛られる気分はどうだ?」
「金持ちってのはこういうプレイが好きなのか?」
 態度を崩さないレイルを、リチャードは鋭い瞳でこちらを睨む。手を上げるようなことはしなかった。
「貴様はこのまま空軍本部へ連行する。ゼウスのコアを護送中に反逆した罪だ」
「……」
 なるほど、そういう筋書きになってたのか……
 レイルは空軍がしゃしゃり出て来た理由がわかり納得した。どうやら横取りが目的らしい。つまりこの作戦は非公式。
 弱体化したデザートローズの空軍に、本部に守られたフェンリルに噛み付くような力はない。この局面さえ乗り切れば、完全に追跡は避せるだろう。空軍としてはこのタイミングしかない。だが、何故このことがわかったのだろうか?
――誰の手引きだ……?
「仲間は、あそこか……」
 レイルが一瞬思考の海に入りそうになったのを、リチャードの言葉が遮る。彼は真っ直ぐルークとクリスの方を見ている。
「なんだあれは!?」
 続く驚いたような声に、レイルも彼の目線を追って、驚く。
 赤黒く輝くクリスタルのような巨大な塊が、深々と中庭に突き刺さっていた。
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