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第五章 悪意の塔


 ヤートの目の前で、リチャードの剣がどんどんガリアノを追い詰める。リチャードの攻撃は、ガリアノ以上に正確に相手の体を傷付けていた。
 わざと急所を浅く狙う攻撃に、焦れたガリアノは一発逆転を狙って跳んだ。鍛えられた脚力で上空から剣を打ち下ろす。しかしその攻撃をリチャードはかい潜るようにして避け、体勢を戻すその勢いのままガリアノの首に向かって剣を切り上げた。
 ガリアノの首が飛び、少し遅れて大量の血液と光が飛び散る。ヤートは、宙に舞う首と目が合った。驚愕の表情を作ったまま絶命する彼の頭。
 猛烈な吐き気に襲われたがなんとか堪える。この数日で、大分グロい死体にも慣れてきた気がする。
 どさりと音を立てて倒れた死体の体の部分を見下していたリチャードが、剣を鞘に納めながらこちらに近付いてくる。
 色白の肌に返り血が数滴ついている。ほぼ無傷と言って良い。髪質や肌の色のせいか、クリスに雰囲気が似ている気がした。
「お怪我はありませんか? ヤート殿」
 人を殺した直後とは思えないにこやかな笑顔でリチャードが言った。訂正、クリスより人懐っこい印象だ。
 差し出された手を思わず握り返そうとして、隣から強い制止が掛かって冷静さを取り戻す。
「おっと、抜け駆けはいけないなリチャード殿。貴殿の任務は私の護衛であって、被験体の確保ではない」
 アレグロがニヤリと笑いながら釘を刺す。リチャードは一瞬だけアレグロを冷たい表情で見返したが、すぐに数歩下がってヤートから離れた。表情は険しいまま、空中回廊へ繋がる扉に向かい、その扉を開ける。
「ふん……フェンリルは全員残っているようだな。ジョイン! 無線はまだか!?」
 衿元に向かってリチャードが言葉を発するが、沈黙しか返ってこなかった。
「まだ……のようですな?」
 大きく肩を竦めながら言うアレグロ。
「アレグロ殿……私は貴方の態度が気に入らない」
「私もですよ」
「……貴方が軍部でも有数の科学者でなければ、とっくに軍規違反で処分しているところだ」
「それはそれは恐ろしい。私にはリチャード少将のように、戦いの才能は有りませんからなぁ」
「……よく言うな」
 小さくリチャードは呟いたが、アレグロは気にした様子もない。
「私はこれから被験体のコアを取り出す作業に入る。少将様に解剖の知識があるのなら、是非とも手を貸して頂きたいのですが?」
 挑発的なアレグロの言葉に、リチャードの眉間にシワが寄る。
「生憎だが……そんな知識は持ち合わせていない」
「そうですか。ならご退席願いたい」
 アレグロは満面の笑みで言ってのける。そんなアレグロに、リチャードは憮然としながら扉から出て行った。怒りに任せて閉められた扉が、ミシミシと揺れる。
「さて、と……これで軍の邪魔者は居なくなった」
 リチャードが出て行った扉に顔を向けていたアレグロが、そう言ってこちらに向き直ってきた。大きめのサングラスのせいで目元は見えないが、その表情は幾分穏やかに感じられる。
 硬い表情のまま固まっていたヤートに、アレグロは慌てた様子で話し出した。
「俺は名目上は軍の後方支援……簡単に言うと科学者に分類されるかな。とにかく軍の者だが、特務部隊とも個人的に仲良くさせてもらっている。今回、南部支部から緊急の応援要請を受けて俺が駆け付けた。名目は貴方のコアを取り出す任務の手伝いだ」
「……特務部隊に協力したのがバレたら、命は無いはずだが?」
「それくらい考えてある。直行でここに来たら関係がバレる。そこで俺は陸軍と敵対関係にある空軍にそれとなく情報を漏らした。『陸軍が独自にゼウスのコアを確保したらしい』とね。空軍は陸軍を叩き潰す大義名分が手に入り、俺はただ『子飼いの情報提供者からの情報だ』と言えば済む。双方ハッピーな話だろう」
 はははっと豪快に笑いながら、アレグロはコートの内ポケットから葉巻を取り出して火を点ける。
「……それで? コアは摘出しないのか?」
「いくらリッチの坊やが天才と言っても、フェンリルを全滅させられるとは思えない。俺はここで貴方の頭のコアをスキャンしながら、フェンリルが貴方を連れ去るのをゆっくり待っていれば良い」
「スキャン?」
「これでも科学者の端くれなんでね。それくらい、報酬の内に入るはずだ」
「……」
「悪いようにはしない。俺は間接的にだがクリスから頼まれてるんだ。信用してくれ」
 ヤートが観念したように頷くと、アレグロはコートの下から小型の情報端末を取り出す。パソコンのようなタッチパネルに細長いコードがついており、そのコードの先端をヤートの頭に取り付けた。
 大き過ぎるイヤホンのようなそれは、ヤートの両耳の上辺りにしっかりと張り付く。
「スキャン中は魔法とかは止めてくれ。俺の宝のタッチパネルちゃんがクラッシュする。ついでに貴方の頭もだが」
「……了解した」
 ついでに頭を爆破する訳にはいかない。
「ここに敵が来る可能性は?」
「フェンリルと遭遇して無事でいれるとでも?」
 ヤートが黙ったのを見てアレグロは満足そうに笑った。彼の手元とヤートの頭に小さな機械音が響く。目の前のアレグロが小さく口を開いた。彼のサングラスには青い光が反射している。
「こいつは凄いな」
 ゼウスを覚醒させたヤートに、アレグロは感嘆の声を上げた。頭が急激に冷えていくのを感じながら、ヤートは自分の頭に直接響いてくる怒鳴り合いを聴いた。
――無線が繋がったか。
 アレグロはタッチパネルの情報に目を落としている。
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