第一章


 乾杯も終え、腹も満たされたので店を出ることになった。
 ガリアノが会計をしているのが申し訳なかったが、今の自分達は文無しなので仕方がない。そんな自分達を文句も言わずに引き入れてくれた二人には、感謝しかなかった。ぷっくりと膨れた袋状のもの――財布だろうか――を取り出す彼を残して外に出る。
 店に入った時に頭上にきていた太陽――多分ここでは違う呼び方をしているだろうから、聞かないといけないな――は、まだ高い位置を陣取っていた。
「さてと」会計を終えて出てきたガリアノに礼を言うと、彼はまたガハハと笑いながら「これから研止の儀式と服装を用意せにゃならんからな。お礼はそれからだ」と言った。
「それ、市場でも言ってたけどよ。トガシの儀式ってなんなんだ? 儀式っていうからにはさっきの水神関係か?」
 リチャードも気になっていたことを、レイルが先に聞いてくれた。
「水神様は関係ありませんよ」
 サクがそう答えてから自らの手を前に掲げて、爪をこちらから見やすいようにもってくる。
 両手の全ての指の爪が、爪切りで整えたように短い。これならば、普通の人間の少し伸びた爪ぐらいにしか見えない。うっすらと銀色の毛が生えている以外は、まるで女性のように繊細な手だった。
「この大陸では昔から戦争ばかりだったため、平和になった現在では、己の武器である爪を短く整える儀式が出来たんです。これにより長い爪は、争いの象徴として忌み嫌われています。なのでお二人の爪が今のままだと、どこに行っても蛮族扱いされてしまうんですよ」
 短く切ったところで光の魔法も毒も撃てるから、あまり意味合いはないんですけどね、と付け加えながらサクが説明してくれた。
「とにかく、この街で爪と服装くらいはどうにかしておかないと、目立ってしかたないってことだ。お前さんらの服は、どう見てもここの技術じゃない造りだからな」
 そう言われリチャードも納得する。彼ら二人に会う前から、街の人間が着ている服装の違いには気付いていたからだ。
 彼らは動物の皮を加工した毛皮を纏っており、そこにゼートの光の魔法で作った鉱石の細工品を小物として取り入れている。
 ガリアノはゼブラ柄のような毛皮を前は止めずに羽織っており、その鍛え上げられた胸元は隠すことなく露出されている。腰には爬虫類の皮のようなものがベルトのように巻き付けられており、同じく毛皮だろうがこちらは色合いが暗い動物のものを、ズボンのように加工して穿いている。
 対してサクは線が細い。全身黒っぽい色合いだが、毛皮自体薄手のものを着用しているようだ。装飾品の類いには植物を加工したものを使用しており、全体的に身軽そうな格好に見える。そして二人共、手袋や靴の類いは、やはり装着していなかった。
「とにかく、まずは近くにある店で、研止の儀式をしてもらってからだ。行くぞ」
 歩きだしたガリアノを追って、リチャード達も歩きだす。金額が大丈夫なのか少し心配になった。
 隣で歩くレイルに相談しようと顔を向けたら、彼女は何かを考えるような表情をしていた。声をかけることを躊躇わせるその空気に、リチャードは前を向くことしか出来なかった。







「うちは職人はワシひとりでさぁ。二人分するなら明日になるんで」
 儀式をする店に着くなり、職人を捕まえて話し込んでいたガリアノが戻ってきた。
 店は道と同じく石造りの構造となっており、一階のみの小さな店内には、呪術に使用するのだろうか、用途不明の小物が所狭しと並んでいる。
「とりあえずここでリチャードの分は終わらせるか。サク。確かもう少し先にもやってくれる店があったはずだ。レイルを連れて行ってくれないか」
「御意」
「ついでに服も買ってやれ。これで足りるだろう」
 先ほど飯屋でも見た袋から、サクに札のようなものを渡している。
「ふ、服も、ですか?」
 一気に狼狽するサクに大笑いするガリアノ。
「そうだとも。しっかりレデーを案内するように」
 ひとしきり笑い、彼は真面目な表情でリチャードに向き直ってきた。
「恋人としちゃ少し気分は悪いだろうが、これも明日の出発のためだ。お前さんの服装も、儀式が終わってからオレが一緒に行ってやる。だから、オレ達を信用してくれ」
「……はい。世話になってるのは俺達ですから。すみません」
「すまないな。それと敬語はなしだ」
「ありがとう」
 本当に信用できる相手だと考えていたリチャードは、その言葉に自分の考えが間違っていないと確信した。レイルに視線を合わせると、彼女も安心したように頷いた。
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