第四章


 ガリアノの静かな視線を受け止め、エドはその笑みを消して答えた。
「まずはこの街の歴史から話そうか」
 シダザクの街は、エドが見せる幻覚によってその姿を歪まされていた。歪ませる原因は、エドではなくその材質。
 ゼートの魔法が生活の中心であるこの世界において、シダザクの街の木造建築は大変珍しいものである。光の魔力で材料である木材を加工することは難しく、しかし街の周囲には他に加工に適した材料はなかった。
 そこでエドは、近くの森から“加工の必要のない木材”を調達してくることにした。その木材は見た者の感覚を歪ませる力を持つために、加工をせずとも“まるで生活に適している”かのよう見せかけることが出来る。
 その木材はダチュラの森から切り出されたものだった。幻覚作用を含む木材をそのまま使用することで、この街はかりそめの姿を得ることが出来た。乱雑に組まれた焼き切られた木々に寄り添うように、街の者達は生活を始めた。
 エドはこの街の、創始者であり、初めての長だった。つまり――
「歴史もなにも……この街は出来て間もないということか」
 ふむ、と頷くガリアノは、どうやら思い当たる節があるようだ。エドが言うには、彼がこの街を今の形にまとめたのは二十年程前らしい。確かに街としての歴史はとても浅い。
「お待たせいたしました」
 席を外していたベニが、白い陶器のような材質で出来た壺を手に戻って来た。注ぎ口のように広がった上部から、中に液体が入っていることが窺える。
「光の器、か」
「旅の方は詳しいですな。ゼートの光で造った器だ。この水のことを我々は清水と呼んでおる」
 ガリアノがそう言い当てると、ベニではなくエドがそれに答えた。どうやらこの容器はゼートの魔力によって造られているらしく、そこには浄化の力でも宿るのだろう。詳しいことはリチャードにはわからないが、そこから注がれた水をガリアノは躊躇なく受け取ったので、少なくとも毒の心配はしなくてよさそうだった。
 人数分の容器に水を注ぎ終えたというのに、机の上に置かれた水の壺の容量が減ることはなかった。
「ダチュラの森の幻覚はゼートの、というよりは光の魔力によって浄化することが出来る。しかし現実問題、浄化には大量の魔力を消費しておる。そのため、この浄化された清水を口に出来るのは、この街の中では我々のみとなっている」
「つまり、それ以外の街の者達は、幻覚の中に囚われているということだな?」
「そういうことになりますな」
「……外道のような所業ですね」
 これまで口を挟むことをしなかったサクが、小さく、しかし強い憎しみを込めてそう零した。
 この街にアクトはいない。
 住民は全てゼートのこの街で、明らかな階級の違いがあった。アクトもいない、同じゼート達の間で。同じ、種族間でそんなことがある。
 それはリチャードからすれば至極当然な事柄だった。元の世界でも何度も経験したことだ。同じ人間が複数集まれば、そこにイジメや差別は誕生する。それが集団生活であると、確かにリチャードは理解していた。
「何故……そんなことをする?」
 手で背後のサクを抑えてから、ガリアノが四人の疑問を代表するようにして問う。そう、四人だ。同じ種族間での差別――区別、とでも言うつもりかもしれない――が理解出来ないサクに、理解は出来るが理由が見えないリチャードとガリアノ。そして――
 感情の読み取れない冷たい視線には、気付かないふりをした。
「全ては……朱き霊石をアクト達から守るため……」
 ガリアノの腕に力が入り、音もなく飛び掛かりそうになったサクの身体をがっしりと抑えた。蒼き部屋の色合いが咎めるように、じんわりと滲む。
「アクトだと? この街にはアクトはおらんのだろう?」
 ガリアノが腕を小さく震わせるのは、サクからの激情を抑えるためか、それとも己の憤怒を抑えるためか……
「頂きの街のアクト共だとも。奴らは朱の霊石を集めて、この大地を水神に沈めさせるつもりだ」
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