第四章


 無事に通行証を手に入れた四人は、少し早めの昼食をとるために門番にお勧めされた食堂に入った。
 街の名前こそスラスラと出た冒険者二人だが、どうやら彼らもこの街自体に入るのは初めてらしい。サクと出会う前から各地を転々としていたガリアノも、頂きの街方面にはまだ足を踏み入れていないようだった。彼が言うにはこの街を越えたらその先、頂きの街まで大きな街はないらしい。
 街の中は案の定というべきか、どこを見ても蒼、蒼、蒼の一色で、どっぷりと染料に浸かったような木造の建物を背景に、フヨウの街となんら変わらない喧噪が響いている。全体的に建物の背が低いのも同じくで、たまに外からも見えていた背の高い建物は、どうやらその造り的に塔のようなものだとわかった。スペース的に人が内部で何かするためのものには見えないが、その先端にはこれまた蒼を映した球体のようなものが見える。
 氾濫する蒼から逃げるように入ったその食堂だったが、さすがに内部まで蒼に浸食されているということはなかった。木造の建物の内部らしい木目が優しい内装に、同じく木製のテーブルとイスが並んでいる。それなりに広い食堂は、まだ昼前の時間帯にもかかわらず多くの客で賑わっている。
 四人掛けの席に座って、さっそくメニューに目を通す。いつものようにガリアノとサクが並んで座り、それに対面する形でリチャードとレイルの順だ。メニューには、この世界では珍しいであろう果物をメインとした定食のようなものが並んでいた。
「ほう……魚のないメニューか。確かに珍しい“お勧め”ではあるな」
「この近辺には水源がないことも関係しているのでしょうか」
 思案顔のガリアノがメニューをこちらに見やすいように渡してきた。それを受け取ってリチャードもメニューに目を落とし、二人が言いたいことを理解した。
 メニューには六種類の日替わりセットが書かれていて、メインを飾る果物の簡単なイラストも一緒に添えられていた。そのため記載されている六種類全てに、魚の類が使われていないことがわかったのだ。
「近くに川がない集落は、魚は食卓には並ばないのか?」
 隣から一緒にメニューを覗いていたレイルが質問すると、ガリアノはうむと唸ってから答えた。
「そもそも水源がない場所には街なんぞ栄えないんだがな。霊峰からの流れはここから大きく離れた所を通るようだが、そこには別の街があったはずだ」
 ガリアノが言うには、霊峰から流れ出る大河がこの大陸全ての川の本流なのだが、その流れはこの街――というよりはダチュラの森を、大きく迂回するように流れているらしい。
「ダチュラの森にあった湿地帯の水源は不明ですが、そもそもあの森を大河が通ってしまえば、おそらくその水源が汚染されてしまっていたでしょうね」
「確かに、あの森の胡散臭さは水にも影響が出そうだな。ほとんど公害じゃねえか」
 納得し、興味すらも無くしたレイルはそう言い捨てて、それからすぐにメニューの一つを指差して「これはイチゴみたいな形してっけど、甘い果物なのか?」と思考を切り替えていた。
 その言葉にリチャードも深く考えても仕方がないと思い直し、彼女に倣って自分が好きそうな食材を探す作業に入ることにした。
 結局ガリアノもサクも、果物をメインとした食事は初めてなので、全員違う種類のものを頼み、味を見ながら分け合おうということで落ち着いた。
 注文を通してしばらく経つと、料理に火を通す独特の匂いが流れて来たのだが、そのあまりの強さにリチャードは思わず顔をしかめた。隣でレイルも笑みを消し、ガリアノとサクは鋭い視線を厨房に向けている。
 まるで木をそのまま焼いたような匂いだった。幼い頃に落ち葉を庭で燃やした時に嗅いだ香りと同じものが、この食堂に充満している。煙としてではない、別の何かに。この匂いはなり変わっている。
「……まさか丸焦げがこの店の料理だってのか?」
「……いや、それこそまさかだろ。こんなにたくさんの客がいるのに、そんなふざけた料理なんて……っ!?」
 いつもの挑発をかますレイルにリチャードはそう返そうとして――周囲の異変にようやく気付いた。
 他の客のテーブルには、丸焦げの料理なんて並んでいなかった。その代わり、やけに匂いを発する煙を立てた“木片”が、皿の上に置かれていた。やや薄切りにされた木片は、頑張れば食べ……れはしないだろう。昔父親が庭で、棚を手作りしていた光景を唐突に思い出す。
 目の前の視線が鋭いことには、先程気付いていた。だが、周りの異変には今この時まで気付かなかった。こんなにきつい匂いに、今まで気付かない方がおかしかった。
 困惑する四人の前に、注文した“料理”が運ばれてきた。にこやかな表情の店員は、異変なんてものはないかのように、自然にそれをテーブルに置いていく。四人分の料理。四人分の、木片だった。
 セット料理よろしく木片が乗った皿の他には、淀んだ色合いのスープとデザートらしき真っ赤な色合いが毒々しいチェリーのような果物が二つ。やはりメインはこの木材なのだろう。皿の大きさが主菜と小鉢そのものだ。
「……出るぞ」
 どうするべきか悩むリチャードに、ガリアノが鋭く言って席から立ち上がる。そのまま慌てた様子の店員に強引に会計を頼み、理由だけは告げずに非礼は詫びていた。その後ろをサクに促されるまま通り過ぎ、店前でガリアノが出てくるのを三人で待つ。
「……待たせたな。さすがに料金を払わんわけにはいかんからな。丹精込めて用意してくれたのは本当だろう」
 ふぅっと溜め息をつきながら店を出て来たガリアノは、そう言いながら歩き始める。今では何も言わずとも彼の考えがリチャードにもわかるようになっていた。誰も何も言わずにガリアノに従って歩き出す。彼の足は同じく門番にお勧めされた宿の方向に向かっている。
 大通りの人混みは食堂に入る前となんら変わらないというのに、それがまるで異質な者共の往来に思えて、リチャードは不穏な心を刺激しないためにも、溢れる蒼からは目を逸らし、足元の地面に視線を落としてただ歩くことに集中していた。
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