本編


 翌日、ルークは一人でジョインの待つ屋上へ向かった。昨日と同じく、朝一番の授業から終わりまで、ここで時間を潰すつもりだ。
 コンビニで買った昼飯もあるので、今日は荷物も持ったままだ。大事な話があると言ったら、彼女はすぐに了承し、時間差で教室から出たのだった。
「話って、何?」
 屋上のフェンスにもたれ掛かり、ジョインは涼しい顔で問い掛けてくる。彼女は笑顔だが、妙なプレッシャーを感じる。これから自分が頼もうとしていることを考えたら、卑屈になっても仕方ない気はする。
 こんな時に限ってレイルは、遅刻して来ることになっていた。父親の書斎から銃の弾の予備を拝借する為、父親が出勤するのを待つせいだった。それから登校してくるので、後一時間は掛かるだろう。車椅子のロックを守るのだから、それだけの武装も当然といえば当然だ。
「率直に言うと……」
 そこでルークは一旦言葉を切り、深々と頭を下げながら続ける。
「復讐を諦めて欲しい」
 暫く沈黙が支配した。昨日の夕日が象徴するように、今日の空は雲一つない青空で、やや弱めの風が吹いている。耐えきれずにルークは頭を上げた。たなびく長い巻髪のせいで、ジョインの表情は見えない。
「最初は、クロードから始めたことなのにね」
 冷たい台詞が、小さく呟かれた。
「そんなの、言い出したらキリがない」
「それは勝者の言い分よ。私達みたいに弱い立場の人間を、何とも思ってない奴の考え」
「ロックを巻き込むな。それにクロードさんも、今日から学校を休むらしい」
「あらそうなの? それは自業自得ね。私達だって巻き込まれた被害者よ? あいつの息子なら当然。本当なら一族全員引き摺り落としたいくらいなのに」
 頑なに意見を曲げないジョインに、ルークは苛立ちを隠せない。『貴方を巻き込みたくなかった』と言う彼女の言葉は本心のはずだ。それだけ考えられる彼女なら、せめてロックだけでも踏み止まってはくれないだろうか。
「何度話しても、この意見は変わらないわよ。それより……」
 そう言ってジョインはフェンスから離れると、床に座っていたルークの目の前に座りこんだ。そのまま片手でルークの頬を優しく触る。距離が近付いたせいで、彼女から女性特有の甘い香りが流れてくる。
「貴方がロックなんかの親友を辞めれば、こんなに複雑にはならないのよ?」
 蠱惑的な表情を浮かべながら、ジョインはルークにキスを仕掛ける。ルークは拒めない。
 頭の中で、彼女の言葉を反芻する。“親友を辞めれば”、犯罪の片棒を担がずに済み、こんな可愛い彼女と幸せに付き合えて。あの、胸が焦げるような片想いが出来なくて。あの、最高にスリリングな友情が無くなって。
 ルークは目を見開いた。なすがままだった状態から脱するように、バネ仕掛けのように離れる。
「あんたにとってはクソみたいな奴でも、俺にとっては最高の親友だ!!」
 叫ぶようにそう捲し立て、悲しさから顔を俯ける。
「君とは、こんな話ばかりだ」
 誰かの不幸な話しか出来ない。自分と似ていると言った彼女のことを、ルークも似ていると思う。好きな相手には違う好きな相手がいて――奪い取れない自分。
「それも、そうね」
 少し考えてから、それでも笑顔で返してくれたジョインの表情には、もう負の感情は消えていた。
「今見て、わかった」
 ジョインが笑顔のまま続ける。
「貴方は私に似ていると思ったけど、ロックに対する友情はレイルさんとそっくり」
「昔から、考え方も似てるって言われてて――って、何だ? あれ……」
 しみじみと言うジョインに答えていたルークの視界に、異様な光景が飛び込んできた。立ち上がったことで、ルークの目には校庭の全域が一望出来る。
 開ききった校門から、たくさんの人間が校舎に向かってなだれ込んで来る。人影達の服装は黒一色なのに、所々に太陽光が反射して眩しい。それが銃器だと気付くのに、さほど時間は掛からなかった。
「そんな、どうして――」
 ジョインが放心したように呟く。フェンスに走り寄った彼女のエメラルドグリーンの瞳には、無数の金色の頭が映っていた。





 冷たさすら感じる銃声が、学校を包み込んでいく。突如現れた武装集団により、学内にいた全生徒、全教師が、クラス単位で教室に押し込まれていく。
「お前らは人質やで! 俺らがターゲット殺してから逃げる為の交渉用や!!」
 震える人質達に、大胆にも顔を隠そうともしない男達の一人が凄んでいる。一クラスごとに一人の見張りがついていることから、それなりの人数が侵入しているようだ。
 屋上から降りてすぐの階段に身を隠したルークとジョインは、息を殺して機会を伺っていた。幸い、まだ怪我人等は出ていないらしい。
「あれって、ウェスト通りの“お友達”だよな?」
 ルークは廊下を歩く見張りにバレないように、小声でジョインに問い掛ける。
 侵入者達は全員、金色の髪に白い肌。銃を振り回すのが良く似合う、いかにも人相の悪い男ばかりだった。見る限りではほとんどが拳銃で武装しており、たまにマシンガンらしき物を掲げた人間もいる。
「強行派の奴らよ。あいつら、私達には黙って襲撃の準備をしてたのね。それにしても……」
 ジョインが急に黙ったので、ルークは訝しんで彼女を振り返った。
 この階段の踊り場には窓がないため、昼間でも薄暗い。そんなジメジメしたスペースには、普段から使わなくなった机が積み上げられており、そこに身を隠している二人の距離は自然と近くなる。
 目と鼻の先にある彼女の整った顔に、ルークは内心ドギマギする。いつもいらない時に、いらない緊張をしてしまう。
「人数が少ない……」
 一方ジョインは、何かを考えるように廊下を凝視している。今は見張りの姿はなく、おそらく教室内で話し合いでもしているのだろう。
 ルークの目の前で、ジョインがいきなり立ち上がった。いくら見張りがいないからといっても安心は出来ない。慌てるルークに、ジョインは鋭い声で言った。
「あいつらの狙いはクロードよ! 人数が少ないのは二手に別れたから! 一方は学校に、もう一方はクロードがいるであろう、もう一つの場所――」
「――ロックの家か!!」
 今度はルークが立ち上がる番だった。
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