本編


 映像を見ながら推理を更に展開し、そのまま夕食の時間になった。また三人でゆっくりと向かう。今日は学校から戻って来たクロードも同席するので、ルークとレイルは緊張していた。
 もうお馴染みの長テーブルに座る。クロードが上座で、その隣にロック、対面する形でルーク、レイルと座っていく。
「今日はようこそ。いつも息子と親しくしてくれて助かっているよ」
 穏和な紳士という印象を与えるクロードは、物腰もとても丁寧だ。品の良い言葉使いの中にも、ユーモアのセンスが滲み出ている。
 楽しい時間が過ぎていく。ルークは、クロードは学校の先生として最高だと思った。
「俺の親とは大違いだ」
 ルークは溜め息と一緒にそう言った。既に料理も平らげ、食後のティータイムに移行している。
「ルークくんのご両親はどういう人なんだい?」
「建築士なんだけど、二人ともガサツというか、単純というか……」
「なるほど……建築士か……サバサバとした快活そうなご両親なんだね」
「ナイスフォロー」
「ロック、ふざけるな」
 ふざけたロックをクロードが窘める。口調の荒れ方が極端だったので、レイルが一瞬ティーカップを落としそうになった。
「是非、会ってみたいものだな」
 笑顔でそう言うクロードを、ルークは凝視する。社交辞令には、見えない。
 レイルに助けを求めようと目線を向けると、彼女は自分のティーカップをじっと見詰めたまま止まっている。
「俺の親も、是非会いたいって言っていたんですよ」
 探りながら、満面の笑みで返す。
「本当かい?」
 少し声が大きくなっているところを見る限り、なかなか感触は良さそうだ。
「父さん、それなら明日の夜に、バーベキューをしない?」
 すかさずロックが、社交的な息子の顔をして決定となった。





 夕食の後、ルークとレイルの二人は使用人の女性に連き添われたまま自宅に連絡を入れた。
 ルークの両親は喜んで承諾。レイルの父親も、なんとか仕事帰りに寄ることが出来そうだという。
 自室へと続く長い廊下を、二人で歩く。使用人の女性は、遅い食事を済ます為に別れた。煌びやかだが無機質な、生活感の無い道のり。
「明日はまた、潜るんだよな?」
 ルークは隣を歩くレイルに声を掛ける。レイルはそれには答えずに、赤いカーペットの感触を、足先で確かめているようだ。
「なぁ?」
 先程より大きな声を上げたルークに、ようやくレイルも顔を向けた。
「明日も潜って、コヅチを手に入れて、みんなの両親の前でロックを治して……」
「ちょっと黙っててくれ。何かが引っ掛かってんだ」
 明日の理想を語るルークを、レイルはピシャリと切り捨てる。その態度に、ルークは苛立ちを隠せない。
「なんだよ、その言い方! 引っ掛かってること!? んなの、俺にだって沢山ある!」
「はぁ? どうせお前の引っ掛かってることなんて、真実を追求するような大きなことじゃないだろ?」
 売り言葉に買い言葉だ。馬鹿にしたような表情のレイルは、壁に掛かった例のライフルに目を向ける。ルークは、そんな彼女の態度に更に腹が立つ。
「なら言うがな! お前らの恋愛感情ってなんなんだよ!? たくさん彼氏や彼女作って、本気で相手にもしないで! 遊びなんてレベルじゃない、興味すらないじゃないか!」
 下を向き、一気に捲し立てる。嫌な汗が出る。こんなことを言うつもりはなかった。
 息を整える間、静寂が流れた。静かになったので恐る恐る前を向くと、レイルがじっとこちらを見ていた。普段は悪い光を宿す瞳が、今はとても弱々しい。
「本気で相手してるのは……お前らだけだ」
 レイルは早口に、小さく呟いた。
「お前らとは付き合えないから、他に恋人を作るしかない……でも、興味も持てないから弾避けの盾くらいにしか思えない」
 視線はすぐに逸らされたが、これは彼女の本心だろう。小さな肩が少し震えている。その目を再びライフルに戻しながら、レイルは続ける。
「私はお前ら二人……どちらかを裏切ることは出来ない。恋人なんていう呼び名より、親友だっていう事実の方が大事なんだ」
 彼女の目に光が戻る。いつもの、勘の鋭い動物的な瞳。
「二人共、最高の親友だ」
「二人共?」
 彼女の言葉に、ルークの心が一瞬ざわついた。理由がわからない、不快感が残る。
「ルークは、ロックより下でも上でもない」
 レイルは、心にどんどん踏み込んでくる。
「仲の良い家族がいるとか、モテるモテないとか、スポーツができるとか、勉強は苦手とか……そんなのじゃないんだ。お前らは私にとっての、失いたくない存在だから」
 レイルの言葉に、心が氷解していくのを感じた。
「ロックの足を治すのは、私ら三人で、だ。そこに第三者の意見なんて必要無い」
 力強く断言するレイルに、ルークは照れ臭いながらも頷いた。今度は、二人とも視線を逸らすこともない。
 危険すら愛する彼女の瞳に、自分が映り込んでいる。そこには、ほんの数分前まで、劣等感に苛まれていた自分がいた。
 沢山の交遊関係を持つロック。成績優秀で、多分きっと……レイルとは相思相愛の親友。
 いつしか彼の足を治すことが、自らの義務のように感じていた。親友としてももちろん大切だが、どこかで劣等感を払拭する、“貸し”が欲しかったのかもしれない。
「つまんねープライドなんて持つなよ。そのせいで、私はつまんねー男共と付き合う羽目になったんだぜ?」
「ちょっと待て。最初から男遊びは趣味みたいなもんじゃねえか? 全部の責任を押し付けんな」
「確かに七割は趣味だったけど、私なりのメッセージだったんだぜ?」
「七割って、ほとんどじゃねえか!」
「お互い様、だろ?」
 ルークの心を見透かしたように、レイルは意地悪く笑う。彼女のその表情に、ルークは怒る気も失せて問い掛ける。
「メッセージって?」
「複数の異性と交遊してる奴ってどう?」
「えっと……正直、嫌、かな?」
「そう嫌だ。そんな人間に、お前は自分が劣ってると思う?」
「思わねー……ってか、わかりにくいっての!」
「実益兼ねてんだから、こんなもんだろ」
 しれっと悪魔のような発言をする彼女には、もう驚くこともない。
「百パーセント善意の方がヤベえんだよ。それは、ただの執着だ。恋愛でも友人関係でも、執着は人を駄目にする」
「そのための三割の悪意ってか? お前の頭の中に限っては逆だな」
 相変わらずの悪い笑い方をする彼女を見て、ルークも釣られて笑ってしまう。
 筋が通っているのかは微妙だが、自分の意見を持つ彼女。強い心、言葉が似合う。
「やっぱり、自分の言葉が一番だ」
 前を向きながらレイルが呟く。知らない間にお互いの自室の前まで来ていた。
「自分の言葉って?」
「誰かの名台詞をパクったところで、その言葉に力はもう無いんだ。人の心を動かすには、自分の言葉が必要だ」
「なるほどね……まぁ、確かに、お前の言葉は強くて男らしいよ」
「弱い女にはなりたくないんだ」
 そう言ってレイルは、ドアノブに手を掛けたまま顔だけこちらに向ける。
「特に、親友の前では」
 言葉と同じく真剣な表情を向けられ、ルークはまた照れてしまう。そんなもの、ルークからしても同じ気持ちだ。
「ルークだけには背負わせない。お前の夢物語、楽しみにしてる。寝る前にロックに明日の予定聞かせてやれ」
 ドアを開け、部屋に入りながら言うレイルの背中に、ルークは静かに返事をする。
「わかった。言葉は、聞かせないと意味がないからな」
 相手に伝えないと、それは力にならないから。
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