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第五章 悪意の塔


 その三人は宮殿の前に佇んでいた。陸軍の兵舎を兼ねる建物にしては豪華過ぎるその建造物からは、ところどころで戦いの気配が感じられる。
 三人の内、一番背の高い――スタイルの良い好青年といった風貌の男が、掛かって来た連絡用端末を耳に近付けた。穏やかな夜風に、緑色の短髪が揺れる。
「現場に到着した。このまま突入する」
 小さくそう言うと、男は何度か頷いてから端末の電源を落とす。
「まさか特務部隊が入り込んでいるなんてね」
 男の隣で青髪の少年が笑いながら言った。まだ幼さの残る、甘い容姿をしている。
「内部ではどうされますかな? エルメスミーネ殿?」
 もう一人の男が、少年を無視して長身の男に聞いた。まるで挑発するかのような言い方。
 彼は長身の男とは真逆で、小太りのふてぶてしい体格をしていた。色黒の肌のところどころにタトゥーが入った、柄の悪い立ち姿。どっしりとした印象を受けるのは、黒いコートを羽織っているせいだけではない。しっかりとセットされた短い黒髪からは、強い整髪剤の香りが漂う。サングラスをしている為、目元は見えない。
「内部は通信回線が遮断されている。ジョインは回線の復旧の為に一階を捜索。私とアレグロ殿は最上階に直行する」
 ジョインと呼ばれた少年は、何度も元気良く頷いている。
「それでは、そうしましょうか」
 その隣で、アレグロと呼ばれた男も表情を変えずに頷いた。
「同じデザートローズの軍人として、自国での勝手は許さん」
「“光将”と呼ばれるあなたの実力を、見せて貰いましょうかね」
 憤りすら滲ませる若き指揮官に、アレグロはそう呟くと小さく笑った。









 ヤートは薄暗い部屋にいた。砂漠特有の懐かしい夜風が、椅子に縛られた足先から体温を遠慮無しに奪っていく。
 宮殿の最上階であろうだだっ広い部屋の中央、カーペットの上に一つだけある椅子に、ヤートは両手両足を縛られた状態で座らされていた。柔らかい素材の紐で拘束されているので痛くはないが、ここからの自力での脱出は不可能だ。
 ヤートの目の前には、男が一人立っている。せわしなく部屋の出口となる扉とヤートの間を歩き回っては、舌打ちや貧乏揺すりを繰り返す。
「下はどうなってる?」
 口は塞がれていないので、ヤートは何度目かの問い掛けをした。
「……フェンリルのクソ共め、暴走はまだか?」
 男はそう呟くだけで、こちらを見ようともしない。見ない気持ちはわかる。自分はこの男を知っているし、向こうも記憶に残っていないとしても、自分のことは書類に目を通したのならわかっているはずだ。
 陸軍大佐ガリアノ・スアキナフ。ヤートの元上官で、事実上の左遷を決定した責任者。
 ヤートを拘束し、部下にフェンリルの抹殺を命じた彼は、先程まで自分の計画の要である敵の情報について丁寧に説明してくれた。
 短所とそれに対する対処法。それら全てを悦に入った表情で語っていた彼の顔から、笑みが消えたのは数分前。長い長い天空回廊の向こう側に明るい赤髪と黒髪が見えた瞬間、彼は勢いよく扉を閉めて深呼吸を繰り返していた。
 ダークブラウンの短髪が、最後に見た時より少し薄くなっている気がした。昔はとても尊敬し、遥か遠い存在だった人間が、今は目の前で焦りを隠せずに苛立っている。悲しいような、笑えるような……
 なんとも言えない虚しさを、ヤートは感じた。
「それぐらいで倒せるのなら……きっと今まで生き残ってはいないさ」
 自分自身、噛み締めるようにしてヤートは言った。彼らはきっと、自分達のような人間には殺せない。
「わかったような口をきくな!! 貴様はそれでも陸軍の人間かっ!?」
 血走った目で大声を張り上げるガリアノ。昔から彼のオレンジがかった瞳は苦手だった。
 軍人としても優秀なガリアノは、体格もヤート以上に大きい。軍用のベストとボトムに包まれた体から露出する肌の古傷からは、R2では感じたことのない圧迫感が伝わってくる。いつもなら冷や汗をかくようなシチュエーション。
「お言葉ですが、私は今はただの捕虜にございます」
 それでもヤートは冷静に答えることが出来た。
――自分は、どちらの捕虜なんだろうか?
 ヤートが己の中での答えに窮していると、それまで物音すらしなかった室内に小さな電子音が響いた。ガリアノはいぶかしげな表情をしつつ、この部屋に唯一ある窓に近寄る。
 普通の部屋ならカーテンが寄せてあるであろう場所に、小さなスピーカーのような物がついていた。マイクのような物もある。
『空軍少将のリチャード・ライト・エルメスミーネだ。突然の訪問申し訳ない。少し時間を取らせるが構わないだろうか?』
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