第二章


 炎の勢いは、全てを焼き尽くしてようやく収まった。全てが燃え尽きた今となっては、溶岩も冷えて固まってしまっている。火災を見つけたのはもう昨日のことだ。
 そこは小さな集落だった。ガリアノ曰く、引退した鍛冶屋達が流れ着いて形成された集落らしい。街で聞いた程度の話だが、規模が小さいという点は納得出来る。建物であったであろう残骸の数が、村と言うには少なく感じたからだ。
「鍛冶屋って火を扱うんだろ? ならこれは、そういうゼートの魔法の事故か何かなのか?」
 レイルがおそらく想像でそう問い掛けるが、ガリアノは険しい顔をしたまま答えることはしなかった。おそらく彼の中でもまだ答えが出ていないのだろう。その頼れる大きな背中は、燃え残った瓦礫を掘り起こしている。
「ガリアノ様、巻き込まれた家屋は十もないようです。どの家も……もう元が何か判別することも出来ない程に燃え尽きてしまっています。長居は無用かと……」
 偵察に出ていたサクが音もなく戻って来た。まるで気配を感じさせぬ影のような動きでも、ガリアノはまるで計ったかのように立ち上がり顔を向けた。感情を感じさせない無表情が、“元”という言葉を発する時のみ、そっとこちらを確認するように視線を寄越した。
「人も、死んでんのか?」
 レイルが事もなげにそう聞いた。彼女の思考はもう皆が把握している。自分に直接的な被害が無い分の犠牲には、彼女は極めてドライに対応する。そこに今更反応するような男はいなかった。
「どうやら火災は、一昨日には発生していたようです。突然湧き出たこの溶岩が、この集落だけを囲み、焼き尽くした。森と比較的距離が近いにも関わらず、です」
 彼女の問いには敢えて答えずに、サクが極めて冷静な口調で結論を委ねる。その闇を湛える瞳は、心なしかいつもより淀んで見えた。彼の瞳の先には、瓦礫に屈んだガリアノの姿がある。
「風向きを考えても森に燃え移らない方が不自然だな。どうやら、決まりのようだ」
 ガリアノがその結論を引き継いだ。それこそが彼が、一日中燃え続ける地獄のような光景から背を向けなかった理由なのだろう。彼は一向に収まらない炎の揺らめきを、険しい顔でずっと眺めていたのだ。
「魔法の石の生成過程での事故だろう。せめてもの手向けに、彼等の希望を探し出すぞ」









 いったい何を求めたら、こんな悲惨な光景を実現出来るのだろうか。リチャードはもちろん溶岩なんて産まれて初めての経験だ。授業で習った極浅い知識ならあるが、現実に熱を放つその塊は、ただただ強烈に『死』という概念をリチャードに押し付けてきた。
 炎から身を守るために、鎮火するまでの丸一日をリチャード達は森の入り口で過ごしていた。ガリアノの指摘通り、この森の方が風下なのに、その炎は全くこちらに流れてくるようなことがなかった。ゼートの魔法によってもたらされた熱元は、その元凶である集落だけを燃やし尽くす。
「食べねぇのか?」
 もう食べ慣れた干し肉を水で流し込み、レイルが未だ燻る煙に目を向けながら言った。やはり彼女は、こんな状況でも変わらず食事をとり、そして眠っていた。昨夜と同じように作られた雨避けを照らす橙の光等、まるで意にも介さない。
「あれは……咎、なんだな」
 リチャードは昨夜、ガリアノが語った言葉をそのまま口に出した。その言葉の意味等、知りたくもなかった。だが彼は、この世界の仕組みを二人に聞かせた。何も知らない無知なる二人に、それがどんなに負なる連鎖であろうともだ。
「もっとわかりやすい言葉があるじゃねーか……」
 視界にチラつく揺らぎから目を逸らすリチャードに、レイルはその口元に嘲笑を浮かべる。燃えるような赤髪が、炎に中てられ勢いを増したように錯覚させる。
「偽善者って言うんだよ」
 そう吐き捨てるように言った彼女の瞳は、いつもの悪い光さえ燈さない。









「ワシ等が悪かったんだ」
 その民家は集落の中心から少し離れたところに建っていた。おかげで唯一、火災の被害を免れていた。まるで計ったかのように、その家屋以外の全てが溶岩に流された。
 民家の住人を発見したのはサクだった。未だ煙に揺らぐ視界の隅に、ぼんやりと佇む人影を見つけたのだ。男と女だ。この世界の住人よろしく体毛に覆われた獣人の二人は、どうやら年配の夫婦のようだった。肌の露出した顔には年齢相応の皺が刻まれ、髪の毛だけでなく全身を覆う体毛からも少しばかり艶がなくなっている。
 溶岩を迂回して回り込むようにして民家の裏手に到着した四人に、その二人は最初気付いてすらいなかった。ただ無心に立ちつくし、その口が懺悔の言葉を垂れ流す。
「いったいどうしたんだ!?」
 放っておいても埒が明かないと、ガリアノがやや強引に夫婦の肩に手を掛ける。両手で二人の向きを強引にこちらに向けて初めて、女の方が目を丸くして悲鳴を上げた。尻餅をつくようにもつれた足で危うく溶岩に突っ込みそうになって、音もなくサクがその間に身体を滑り込ませる。
 姿勢を支えられた女はそれで少し落ち着いたようだ。驚きの表情でまだ固まっていた男に視線を投げ掛ける。男はそれに漸く反応すると、一度息をつき、そして問い掛けたガリアノへと向き直った。
「見たらわかるだろう。これはワシ等が仕出かしたことだ」
「この溶岩を、あなた達が生成したのか?」
 男の言葉に反応したのはリチャードだけだった。ガリアノもサクも、いや――レイルもきっと、この結末を予感していたのではないだろうか。それ程までに冷静に、三人は男の懺悔を聞いていく。
「そうだ。ワシは、霊石を造りたかった」
「そのために集落の鍛冶屋達、全ての魔力を捧げたのか?」
 絞り出すようなガリアノの声。ああ、そうか。彼はまだ希望を抱いて、ほんの少しの希望に縋って話を聞いて……悪い予感が的中したんだ。丸太のように太い腕が、微かに震えている。
「……霊石なんてものが無くても、慎ましく生活することは出来たのでは?」
 相変わらず感情の読み取れない声が、大きな背中に代わり問い掛ける。その声の主がアクトであることに気付かぬ程、夫婦は憔悴しきった顔で頷く。
「私達の生活なんて、もう……どうでも良かったんです」
「そうだろうな。そうでなければこんな、大規模な生成を目論むはずがない」
 女の言葉に今度はガリアノが頷く。
「ガリアノ様。ここでは皆、煙に喉をやられてしまいます。ひとまず移動しましょう」
 そんなガリアノにサクが小さく警告した。その言葉にようやく喉の痛みを感じる程に、リチャードは自分の頭が混乱している自覚があった。
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