本編


「しばらくしたら夕食を頼む」
 自室に戻るロックの声に、彼女は一礼して応じる。
 今日は何を作ろうかしら、と呑気なことを考えていたら、心臓に悪いものを発見してしまった。綺麗に掛けられている銃の先端が、少し欠けてしまっている。装飾が不揃いなことで気付いた。あのレイルという女の子の仕業だろうか?





 部屋に入るなりプレイヤーとテレビに電源をつけ、大きな窓とシックなデザインの扉に鍵を掛ける。
 そこまでを一気にやり終え、ロックは身体をベッドに移した。動ける時に、やるべきことはやっておくという彼の判断は正しい。
 ルークとレイルの二人も、持って来た荷物を床に置き、ルークはロックの移動を手伝い、レイルはティーポットから新しい紅茶を注いでいる。
 朝から出しっぱなしのカップに全員分の暖かい紅茶が注がれると、部屋いっぱいにダージリンのほのかな香りが広がった。まだまだ暑い季節だが、暖かい紅茶は三人のお気に入りだ。
 少し三人で落ち着くと、起動を終えたテレビとプレイヤーが静かになった。
 さっそくそこにレイルがディスクを突っ込む。一瞬の砂嵐の後、今日の冒険の記録が映し出される。
 ルークは映像の鮮明さに舌を巻いた。ほぼ自分が見ていた映像と同じだ。
 ロックがベッド脇の棚からメモ用紙を取り出す。レイルが彼の為に、机に放置されていた油性ペンを取り立ち上がる。ロックが書きやすいようにセパレート式の机をベッドに装着し、ペンを手渡す。
 どうやら彼女は、映像には興味がないらしい。最初の数分はじっと映像を見ていたが、すぐに飽きてしまったようだ。
「この辺りは飛ばすか?」
 ルークが提案。ルークもレイルの反応には同感だったからだ。レイルが無言でリモコンを操作し、映像が一つの場面で止まる。
 彼女の瞬発力はスポーツだけでなく、映像を止める面でも素晴らしい結果をもたらしてくれる。
 画面いっぱいに広がる暗闇から、この映像はまだ地下で録られていたことがわかる。ライトの部分――画面の中央部分だけが、地上と同じ色合いで鮮やかだ。
「これは、なんだろうな?」
 レイルが、リモコンをベッドに叩き付けるようにして投げ捨てた。
 三人の目線の先、一般家庭用にしてはかなり大きい型のテレビ画面には、金髪のあどけない少女が映し出されていた。





 ロックの足元で、リモコンがポフンと音を立てて跳ねる。
 ロックは、自分の脳内が麻痺したような錯覚に襲われた。頼りない手足と同じように、頭まで痺れが走る。極度の興奮と混乱が、自分をそうさせている。
「遺跡探索には、地底人の少女も付き物だよな」
 レイルが半笑いで呟く。彼女自身も、どう反応して良いかわからないといった様子だ。
 映像を見る限り、それは人間だった。
 一瞬だけだが、フワフワとカールした金髪と白い肌が映る。ぶれていてしっかりとはわからないが、愛らしい緑色の瞳に惹き込まれそうになる。
「こんな可愛らしい子が、食人鬼とか?」
「まさか、何かの間違いだろ?」
 SFに影響されたような発言をするレイルに、ルークは反論。しかし、この状況ではルークの意見の方が弱い。
「見た限りでは、人種は違うな」
 ロックは眉間のシワに手をあてながら言った。
「やっぱり地底人?」
「バカ。そっちの人種じゃねえよ。この地方の人間じゃねえってことだ」
 呆けたことを言うルークに、レイルが噛みつき、その表情が一瞬にして固まる。
「どうした?」
 動きまで止まってしまったレイルに、ロックは声を掛ける。
「おいルーク」
 いつもよりトーンを落とした彼女の声に、ルークは息を呑み姿勢を正した。
「ロックにも話した、あの新人警官」
 レイルが続けてヒントを出し、ニヤリと笑う。新人警官と言えば一人しかいない。微妙に訛っていたという方言の男を思い出す。少し癖のある金髪に白い肌だったか。
 しかし――
「あの人、こっちの生まれだから瞳は黒っぽかったぞ?」
 こじつけにしかならないか、と瞳を爛々と輝かせていたレイルも、すぐに項垂れる。自分でも強引だとは思っていたようだ。
「とにかく、もう一度潜ってみないことには解決しそうにないな。この女の子がどこに行ったかも気になる」
「またかよ」
「今度は私も行ってやるよ」
「また、装備揃えなきゃならないのか。バックアップは大変だぜ」
 ロックはそう言いながらも腕を伸ばし、棚から違うメモ用紙を取り出す。その紙には引き上げ用の小型クレーン(に改造した、元が何なのかわからない機械だ)や、測定器、パソコンを仕入れた相手の連絡先が載っている。
「またその人に頼めるか?」
 レイルが心配そうに尋ねる。
「父とも取り引きしてたようだから大丈夫」
「アジア人だっけ?」
「ジャパニーズじゃないから安いよ」
 中大型機材を扱う商社――と言えば聞こえは良いが、ただの中古品を流しているだけだ――の営業マンの連絡先だ。確かチャイニーズだと聞いている。電話でしか話したことはないが、父親と親交があるようなので、危ない人間ではなさそうだった。
 いろいろな機材を揃えるために、ロックは父親の書斎を探った。古い手帳を引っ張り出し、詳しそうな業者に電話をする。息子だというのは伏せて取り引きした。中古品で良ければ、と格安の料金で手に入れることが出来た。今回も利用させてもらう。
「電話は、飯が終わってからで良いんじゃないか?」
 レイルが提案。余程空腹らしい。
「それもそうだな」
 三人は資料を一通り片付けて、部屋を出る。
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