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第三章 砂漠横断


 ファッションショーと言う名の着せ替え地獄が終わる頃、コンテナの扉の隙間から眩しい朝日が差し込んできた。
 最終的には「一人だけ浮くのも変だ」というクリスの至極真っ当な意見が通り、ヤートは濃いグレーのジャケットとスラックスの着用が許可された。インナーはロックの主張が通り、縦の青いストライプが入った白シャツ。ノーネクタイなのも彼の趣味らしい。何故かは深く聞きたくないが。
「くー、さすが隊長様!! 渋みがあるっ!!」
「やっぱり男は年上だよな! その腕で抱かれてー」
「沈着冷静……あんた、とっても良く似合ってる」
 先程から上がる歓声はどれも男のものだった。ルーク、ロック、クリスの順だ。褒められるのは悪い気はしないが、溜め息ばかりが出る。
 まるでいきなり教員か何かになったように錯覚する。こういう時だけは無邪気――ではないかもしれないが、彼らを見ていると普通の子供と変わらない。
「あんまりカッコイイからびっくりした」
 皆が脱いだ服を一つの鞄に纏めていたレイルが、作業を終えてヤートの首に後ろから抱き着きながら言った。
 心臓がパンクするかと思った。ロックのブーイングを見事にスルーし、ヤートの目の前でニッコリと笑う。
「この荷物はロック担当な」
「ちょっと待てルーク!! ヤートさんの剣も僕が持ってんだぞ!? ふざけんな」
 言い合いを始めた二人にクリスは小さく笑い、コートを羽織りながらコンテナの扉を開けた。朝の光に、舞い散る砂が不快な影を作り出している。
「そろそろ時間だ。馬鹿やってないで行くぞ。その荷物はもちろん、ロック担当で」
 最後は笑いながらそう言うクリスに、ロックは項垂れながら荷物を背負った。レイルが離れ、冷静になりつつある頭で彼を見ると、まるで長期の旅行者のような出で立ちだった。荷物が多過ぎて少し可哀相だ。
 全員ゴーグルを着用し、コートも羽織り、外の砂嵐に備える。外に出たヤートには、昨夜から過ごした簡易的なアジトが天国のように感じられた。
 コンテナから全員が出たところで、砂漠に地響きが鳴り響いた。大型の商人達の馬車がこちらに近付いてくる。
 砂漠を渡る商人達は、皆が自前の馬車を用意している。今ヤート達に向かって走ってくるそれは、大型の草食動物に荷車を引かせる伝統的なものだった。馬を巨大化させたような生物二匹で引かせている。
 砂漠の柔らかい砂などものともせずに猛スピードでこちらに向かってくる馬車に、クリスは軽く手を挙げる動作をした。すると馬車のスピードがどんどん緩まり、ヤート達の目の前で停止する。
 馬車は一台だけではなく、全部で八台あった。先頭を走っていた馬車の荷台からよく日に焼けた中年の男が顔を出す。
「あんたらが特務部隊の人かい?」
「そうだ。入国までは、よろしく頼む」
「わかった。荷台は空いてる。さっさと乗りな」
 どうやらこの商人達に紛れてデザートローズに入国するようだ。事前に大事な説明が抜けているクリスを少し恨みながら、他の四人に続いてヤートも荷台に乗り込む。
 木の枠組みに厚手の布を巻いたテントのような簡素な作りの荷台には、大量の野菜と人を乗せる為の椅子のようなものがあった。夜を明かしたコンテナよりは確実に広い。疎らにある椅子にロックが早速腰掛けている。
 ヤートも手近な椅子に座る。激しく揺れて痛い、が我慢するしかないようだ。クリスは先頭で手綱を操るリーダーらしき男と話していた。何を話しているかは聞き取れないが、表情は特に変わらない無表情なので問題はないのだろう。
「もう十分もすれば到着だって」
 レイルがヤートの横に寄ってきた。ゴトゴトと激しく揺れる床の上で、それでも平然と立っている。
「クリスの知り合い、か何かか?」
 ヤートは布の隙間から見える後ろの景色を見ながら尋ねた。ヤート達が乗った馬車を先頭に、他の七台が隊列を組みながら追従している。
「組織に依頼された商人達。けっこうこういう人材がいるみたい。お小遣も良いらしいよ」
 レイルがニヤリと笑って言った。
「……信用出来るのか?」
「よっぽどの馬鹿じゃない限り、私達を敵に回すことはしたくないはず」
「それもそうだ」
 信頼ではなく、単純な力関係。特務部隊には金で釣らなくてもいくらでも人を操る力があるのだ。
「このキャラバンは初めてだけど、小規模だし問題ないよ」
 レイルはそう言って、今度はヤートを安心させるように笑顔を作った。
「レイル、ちょっと良いか?」
 少し離れた椅子に座って銃の手入れをしていたルークが、レイルに声を掛けた。レイルも、ヤートにおどけたような視線を送ってから彼の元へ向かう。
 煩い地響きのせいで、少し離れてしまうと途端に声は聞こえなくなる。少しトーンを落とした二人の会話が、ヤートに聞こえることはなかった。






 ルークに呼ばれたレイルは、話題を先読みしヤートについてくるなと言う意味の視線を送る。この距離感は計算だろうな、とレイルは思う。軽い調子で近寄ると、ルークは真面目な表情で単刀直入に聞いてきた。
「何度も聞くが、刻印は大丈夫か?」
「問題ねーよ。光すら出てないだろ?」
「ああ、今はな」
「ここまで国に近付いても大丈夫なんだ。平気だって」
 心配してくれるルークの気持ちは嬉しいが、今抜けるなんてつまらないことはしたくなかった。
「……何かあったらすぐに言うんだぞ? 無理だけは絶対したらダメだからな?」
「わかってるよ」
 まだ心配そうに見つめるルークの頭をガシガシと撫でてやる。
「あ、それと……」
 ルークが腰のポーチから黒いピアスを取り出した。デザインは全く変わらない。
「お前の無線、壊れてたろ? 予備だけど、ほら」
「ああ……ありがとう」
 レイルが礼を言いながら少し屈むと、ルークは壊れたピアスと予備を付け替えてくれた。自然に二人の距離が近くなる。だがそんな作業もすぐ終わり、ルークは乗り出していた姿勢を元に戻した。
 自分の中で欲求が強くなるのを自覚しながら、レイルは視線を馬車の進路に向けた。重い重い――大きな城門が、すぐそこまで迫っていた。






 朝日に照らされた宮殿のような一室で、その男は窓の景色を見ていた。部屋の一面の大部分を占拠しているその窓は、遠く離れた城門もよく見える。陸軍の拠点として国から譲り受けたこの場所を、男は大変誇りに思っていた。
 だからこそ――
「この国には軍は一つだけで良いのだ。分裂した戦力など、存在する価値もない」
 窓からの景色を見下しながら、男は言う。デザートローズは政治の混乱と同じように、軍部も一枚岩とはなくなってしまっていた。自分達の所属する正規軍である陸軍と空軍、そして今や完全に独立した行動を取っている特務部隊だ。
 特務部隊自体は少数精鋭の為、本部やその他の支部に連絡を取っているのに対し、自分達の陸軍は表向きは他国と交流していない。砂漠を制した人間の次なる獲物は、大陸全土だった。
「特務部隊……わざわざフェンリルを出してくるとはな。奴らなら、今日中にでも堂々と入国してくるだろう」
 男は窓に背を向ける。広く豪奢な造りの部屋には、他に四人の人影があった。彼らを順番に見、男は狂気の笑みを浮かべて言った。
「特務部隊ばかりが、バケモノを飼い馴らしている訳ではない」
 男は影の中でも小さな背丈の――金髪の少年の頭を撫でる。ニッコリ笑う少年は、布に包まれた水晶玉を両手で抱えていた。
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