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第七章 蒼海の王〈プロトタイプ〉


「フィナーレじゃ。全員、一斉に決めようぞ」
 兵士に時間を確認してから、ローズはフィナーレの合図を送った。
 先程までの四つの火の玉で、魔力はほとんど尽きかけている。だが、「顧問召喚師様」という肩書きは、彼女に休む暇など与えない。ちらと後ろを振り返る。
 召喚獣の巨体の上、自分の下に仕える召喚師や空軍の兵士達は、皆一様に高揚した表情でこちらを見ている。この国では“力”こそが理想を実現する方法なのだ。
 ローズは最後の魔力で最大級の火の玉を形成した。それに合わせるように、大小様々の無数の火の玉が左右に浮かぶ。中空に浮かぶビスマルクという美しく魅せる“空中要塞”から、最後の"花火"が放たれた。





 右腕を切り裂かれてぐらついたルークに、残りの英霊達が攻め立てる。銃は手放さなかったルークは、不安定な姿勢から発砲。
「ちっ、間に合え!!」
 三体を掻き消し、四体の攻撃を札が旋回することで凌ぐことが出来た。急いで札を移動させたクリスも思わず安堵する。
 だがその時、ロックはもう一体の剣先がルークに迫るのを見た。レイルを支えているせいで、ライフルを構えることが出来ない。
 クリスもすぐに気付いたようで、足元の札を慌てて動かすが、どう考えても間に合わなかった。
「くそっ!!」
 ルークはなんとかその攻撃を回避したが、腕が傷付いていたせいもあり、背中からヤートがずり落ちる。
「やっべ!」
 慌てて助けようとするルークだが、英霊達が執拗に攻撃してくるせいで追うことが出来ない。クリスは、間の悪いタイミングで飛来した火の玉のせいで、札の制御に入っていた。
 今までで最大の、ほとんど隕石と言って良い塊が、多数の火の玉と共に札にぶち当たってくる。これではとても動ける状態ではない。制御すべき対象が多過ぎるのだ。
 ほんの少しの熱風も通さない札の動きには、緻密なコントロールが必須だ。精神集中により、彼の表情はまるで機械のように動かない。だが眉間に寄ったシワが、彼の苛立ちを物語っている。
 ロックは真っすぐ上を見た。ヤートがやけにゆっくりと落ちてきているように感じた。これは今、自分の精神が最高潮に高まっている証だ。実際は決して時間の流れが遅くなったりはしていない。
 普段より鮮明な時間の中、ロックは尊敬するリーダーの顔を見上げた。苛立ちながらも冷静な判断を下す彼は、今も仲間を守る為の"最善策"を実行しようとしている。
――やっぱりそうなるよな。
 彼の考えを理解して、ロックは自分の力不足を呪った。自分の重力魔法は肝心な時に底を尽き、仲間一人の身も護れないのか。
 思わず目をきつく瞑ると、暖かい液体が自分の瞳に溢れているのがわかった。
「……ごめ」
 謝ろうとした自分に気付き、はっとして目を開けた。強く強く手を握った彼女が、目の前でこちらを見ていた。まるで、先程出かかった言葉を咎めるようなその目の光に、ロックは涙を堪えて頷いた。
 そんな彼に、レイルは安心したように頷き返すと、ゆっくりと目を閉じた。
 意を決した彼女に、ロックはその手を一気に放した。
 重力に従って落ちる彼女を放したその手で、ヤートをしっかりとキャッチする。クリスはそれを確認すると、ゆっくりと慎重に燃え上がる札で守りを固めた。
 炎球と化した札達に守られて、暗いスラムへと真っ逆さまに落ちていく。





 激しい炎に包まれて落ちていく彼らを見届けて、リチャードは静かに溜め息をついた。
 陸軍の宮殿の中庭にて、光輝く粒子――塔の残骸をなんとなく汚い気がして振り払った。計画の第一段階が無事終了し、思わず座り込む。
 まさか英霊達が全て薙ぎ倒されるとは思わなかった。
 召喚に使う魔力は膨大で、破られる度に消費する。今は魔力が足りずに身体が鉛のように感じる程だ。こんな状態では追い掛けて近接戦闘に持ち込むことすら出来ない。もっとも、今の自分の状態を考えれば、接近戦に持ち込めたとしても勝機は無かっただろうが。
 結局顔すら割れなかった彼らに、舌打ちを漏らすことしか出来ない自分に腹が立った。
「くそ……」
「お疲れのようですな。リチャード殿」
 暗がりから黒い外套姿のアレグロが現れた。ニヤついた笑みはいつものように、サングラスのせいで口元以外に表情が読み取れる場所はない。
「貴方のような科学者が、一体何の用だ?ここは戦場だ」
「いや、まぁ……フェンリルを見に、と言ったら良いですかな。彼らは、とても興味深い。これくらいで死んで貰っては困る連中だ」
 そう言いながら笑うアレグロに、リチャードは嫌な汗をかいている自分に気付いた。この科学者の、こういう気味の悪い雰囲気が不快だ。
「……彼らは死んではいまい。国際手配をかける」
「……ほぅ」
 反論を許さないリチャードの言葉に、アレグロは小さく声を上げただけだった。
「我ら空軍と宮廷魔術師は、陸軍の弔い合戦の意でフェンリルを攻撃……あのバイオウェポンは陸軍が抵抗する為に作動させた。我らは知らない」
「少しばかり、無理がありませんかな?」
「多少無理でも、大義名分は立つ。それに何も、俺は『フェンリルを処刑しろ』などと言うつもりはない」
「……つまり?」
 サングラスの向こうで、アレグロの目が細められた気がした。冷たい空気が二人の間を走り抜ける。
「フェンリル全員を本部の特別牢獄にしばらく監禁させる。相手も穏便に済ませようとこちらの要求を飲むだろう」
 特別牢獄とは、本部が首都に極秘裏に建築した罪人用の牢獄だ。そこには大罪人が放り込まれ、その中で息絶えた人間達の怨念が渦巻いている。地獄よりも酷い場所だ。
「……あの牢獄に入れば、クリスは嫌でも狂う。それを監視、もしもに備えて人員を配備すれば、いくら本部でもデザートローズを攻略する人員まで確保出来はしない」
 アレグロの表情が変わった。冷たい瞳が、こちらを捉えて放さない。
 理由はわかっている。
「貴方からの情報で、作戦が立案出来た」
 静かに笑って言ってやると、彼は意外にも冷静に返してきた。
「……手が早い坊やだ」
「お互い様だろう?」
 先程の戦いの最中、アレグロが陸軍の情報を漁っているのに気が付いた。本当なら自分が出るつもりだった空中戦を、英霊達に任せたのもその為だ。
 リチャードも急いで情報の回収に向かい、クリスについての確実な情報だけは手に入れることが出来た。画像等の詳細なデータはなかったが、この情報によりリチャードの作戦は確実に成功するだろう。
 個人の理想はここで全員消し灰にすることだったが、苦戦、逃亡を許してしまった以上、この作戦プランがこれからのこの国にとっては一番だろう。
「閉じ込めておけるのは数年間だ。貴方に国を守る力がありますかな?」
「……貴方には言われたくはないな」
「ふん……」
 アレグロはつまらなそうに鼻で笑うと、後ろを向いてこれみよがしに言った。
「坊やと一緒にされては困りますな」
 その言葉に悪意以上の何かを感じて、リチャードは彼の背中を睨みつけた。
 その広い背中に何を背負うのかを見透かそうとして、すぐに止めた。自分にもわかっていないように、彼にもわかっていないに違いない。
 国を背負って戦う意志はあれど、自分達は余りに若すぎる。ただ、自国が汚され、見下されることには我慢出来なかった。
 バイオウェポンがある、無統治の国。この汚名は必ず晴らす。
 かつて生家の汚名を晴らした時と同じように。家だけでなく国まで汚した奴と、その仲間は絶対に許さない。バイオウェポンを制作したのは陸軍だが、彼らはもう死んでしまった。
「リチャード殿……一つ良いことを教えてやろう」
 突然、アレグロが呟いた。
「親は子供に仇を取って欲しいものだ」
 あれほどまでに不快に感じた彼の声が、何故か心の深いところに染み渡った。それは彼の本心からの言葉に聞こえた。





 足元から激しい青い光が輝き、すぐに身体が落下を始める。役目を終えた蒼海の王は、幻想の水しぶきを上げて虚空に消えた。
 数メートルの空中から投げ出されるようにして、ローズと召喚師達、そして護衛の為に配置されていた兵士達が地面に降り立った。綺麗に着地を決めたのはローズと兵士達だけだったが、皆怪我等はしていないようだ。
「ローズ様! エルメスミーネ少将より連絡です!!」
「……わかった。ご苦労」
 通信端末を空軍兵士から受け取り、ローズは一つ咳ばらいをしてから通話を始める。
「こちらローズ。花火大会は無事終了した」
『そのようだな。協力感謝する』
 端末の向こうから若く力強い声が聞こえて、ローズは堪らず安堵の溜め息をついた。一回り年下の男の声にここまで安心するなんて、彼以外には有り得ない。
「この国の為ならば、私は如何なる手立ても実行しようぞ」
 それが彼の為になるならば尚更だ。
『心強い……今はお体を大事に、ゆっくり休んで頂きたい』
「……わかった」
『ありがとう』
 最後に囁かれた言葉は、どんな愛の言葉よりも親しみが篭っていたように感じた。その一言だけで、ローズは疲れているはずの身体が軽くなったような気がする。
 赤みが気になる頬に気付かれないようにしながら兵士に通信端末を渡す時、彼女は腕に痛みを感じた。ピリピリと痺れるような感触は、魔力が切れかかっていることへの身体の警告だった。
 溜め息をついて金刺繍があしらわれた純白のローブの裾をめくる。小さな痙攣を繰り返す腕に、ローズは目を細めた。自分の肌の色を改めて実感し、苛立つ。
 ローズは北部出身ながら、南部の母とのハーフだった。デザートローズの内政不安から逃亡を計った母が、なんとか逃げ延びた地で父と恋に落ち自分を産み死んでしまった。
 母を憔悴させ、ついには奪ってしまったこの国を、父は最後まで恨んでいた。だからこそたった一人の愛娘に召喚の力を授け、自分と母の仇を討たせる為に育て上げた。
 ローズはそんな父が嫌いだった。
 戦闘の技術を教える父も。身体的見た目ではなく、魔法とはまた異なる魔力を与えた父も。大嫌いだった。
 人は、自分達と少し異なる存在すらも排除しようとする。それは姿形が同じ人間同士でも起こることだ。生まれ、見た目、話し方、魔法のプロセス、召喚の力……
 父の技術指導の一環として北部の軍学校に通っていたローズは、そこで悲しい学生生活を送った。思い出したくもない地獄のような記憶。
 そんな辛い思いをして手に入れた力。そんな力に、彼は正しい使い道を示してくれた。
 彼についていきたい。心からそう思った。
 今なら父の気持ちも少しは理解出来る。本当に大切な人間を失ったら、人は全てを投げ出してしまう。彼女もそんな存在を見つけてしまった。
 収穫祭のフィナーレも終わり、大役を果たした召喚師や兵士が笑いながら離れていく。無数の星々が幻想の水しぶきに取って変わって輝く夜空を見上げて、ローズは小さく小さく呟いた。
「……愛しています」
 その呟きは、背後から近付いてくる足音に掻き消された。鋭い視線で後ろを振り返ると、息も絶え絶えといった様子の兵士が慌てて敬礼した。
「どうした?」
「はっ! 先程緊急の召集命令が……特務部隊の人間が極秘に紛れ込んでいたようです」
「……エルメスミーネ殿への報告は?」
「すでにこちらに向かわれているようです」
 兵士の返事に、ローズは無言で歩きだす。
 今は一刻も争う。慌ててついてくる兵士と共に、空軍の会議室に向かう。
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