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本編


 少し寂しい秋の空気を感じさせる風の中、のどかな街中に鐘の音が広がる。それはこの街の中心地に建てられた高校のベルであり、歴史的な価値をも持つ建造物に完全にマッチしている。放課後を知らせるその音と同時に、ガタガタと椅子から立ち上がる物音がアンサンブルのように響く。
 午後の最後の授業が終わり、勉強という重みから解放された生徒達が歓声を上げながら帰宅や遊びの準備をする、一番賑やかで楽しい笑顔に包まれる時間だ。教師も呆れながらも幸せそうな様子でその光景を見守っており、校舎からすぐのグラウンドにはもうすぐ気の早い生徒達の姿が見えることだろう。
 我先にと立ち上がる生徒達を眺め、ルークもまた荷物をまとめ帰る準備をしていた。
「おいルーク! お前もたまにはサッカー付き合えよ!」
 仲の良い男友達からそう声を掛けられるのはいつものこと。
「悪い。今日も先約があるんだ」
 断るのもまた、いつものこと。
「まーた穴掘りかよ! いい加減飽きねえ?」
「いやいや、ルークの旦那には隣のクラスのガールフレンドがいるからな」
 こうやってからかわれるのもいつものことで――
「ルーク! そんな奴ら放っといて早く行こうぜ!」
 隣のクラスの“女友達”であるレイルが絡んでくるのもいつものことだった。
「ひゅーひゅーお熱いね」
「だからレイルとは付き合ってないって」
「そんなこと言ってー」
 友人の一人がそう茶化しながらレイルの脚――この高校は私服なので、レイルは薄い黒のタイツにジーンズ地のミニスカートを合わせていた――をチラチラと見ていた。そんな目線からレイルを少し庇いながら、ルークは友人を追い払う。小さく舌打ちをしながらも笑って二人を送り出す友人達に手を振りながら、ルークは先に歩きだしたレイルに振り返り声を掛けた。
「なんか、いつもごめんな。俺のクラス、スポーツ特待だから男臭くて……お前って、黙ってたら美人だから」
 そう言い訳がましくなりながら前のレイルを見ると、彼女もまたこちらを振り返り笑っていた。
 少し高い鼻とフェミニンな口元に、対称的な危険な色を宿した瞳。肩まで伸ばしたウェーブがかった燃えるような赤髪が、白い肌を引き立たせる。
 中学校時代からの同級生は、高校に入ってから更に綺麗になった気がする。高校一年生にしては小柄な体格だが、男勝りな性格と言動がまた良い意味でのギャップを作り出し、少し女の子が苦手なルークでもまるで同性のように気兼ね無く話せる存在だった。
 そんな彼女が高校に入ってからのこの二週間で、一緒に帰るのはいつもルークだけなのだから、変な噂が立つのも仕方がないと言えば仕方がない。黙っていれば美人だと、みんなが口を揃えて言う彼女はとにかく目立つ。気さくな性格で、服装もほっそりとした体のラインが出る服を好んで着ているようだ。
 それに反してルークはというと、生まれてこのかた染めたことのない短い黒髪に、平均的な身長に平均よりは五キロ程多い体重である。もちろんファッションセンスがある訳もなく、大型ショッピングセンターで買いあさった服を着回している。そんなルークに彼女はいつも、話しに来ていた。
 彼女は商業科だったのでクラスは違ったが、二人は時間があればいつも一緒に喋っていた。
 そんな二人の周りからの評価の大半は「釣り合っているのかわからないカップル」だった。そして残りの少数意見――これはお互いの仲の良い友人達からの意見だ――は「変わり者」だった。





 少しばかり田舎のため広い範囲が校区に設定されているこの高校に、二人はバスで通っていた。住所も停留所二駅分の違いしかなく、行きも帰りも同じバスで登校している。周りから見れば仲の良いカップルであるが、二人の帰り道――正確に言うと“行き先”は自分達の家ではなかった。





 普段通り“授業終了十五分後のイースト通り行きのバス”に乗り込み、二人掛けの席に腰掛ける。
「もう二週間も続けると、慣れちゃうもんだね」
 奥に座ったレイルが、肩に掛けた大きめの黒いエナメルバックを膝に置きながら独り言のように言った。
「最初は時間短すぎだろ! って思ってたけど、俺らが校舎の構造をわかってなかっただけだよな」
 学内の簡単な地図――入学式の時に貰ったものだ――に緻密に書き込まれた赤線を見ながらルークが笑いながら返すと、レイルもまるで悪戯っ子のようにキラキラした笑顔で答えてくれた。
「おかげで、学校の人達もほとんど乗ってない時間のバスに乗れるんだけどね」
「だから俺らがどこ行ってるか、みんな知らないんだぜ! 絶対超インドアっ子だと思ってるだろうな」
 みんなの反応を夢想しながら吹き出すルークに、レイルも軽く肯定する。
「仲の良い人達しか知らないからね。絶対ヤラシイ関係だと思われてるよ! それに、知られたのも事故みたいなもんだし」
 この年代特有の軽い下ネタを交えるのも、彼女の気さくな部分だと認識している。そんな彼女に笑いながら、ルークはふと疑問に思ったことを質問する。
「あいつら、まだお前が落とし物したの探してると思ってんの?」
 苦し紛れに答えた言い訳を思い出す。
 レイルの友達とはあまり話したことがないため、不自然でないかが不安で仕方がなかった。そんなルークの心境を察したように、彼女も表情を曇らせる。
「うん……でもきっと……」
 普段は悪い光ばかり宿るその瞳だが、今は悲しみしか映していない。
「私達は本当に、落とし物を探してるんじゃないかな?」
 そんな彼女をルークは慰めることも出来ないまま、バスは目的地に到着する。
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