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第2章 息子達


 愛しき魔王の魔力が、月に映っている。美しく、それでいて冷徹な、全てを惹きつけ、寄せ付けぬ魅力。それを象徴するかのような圧倒的で、傲慢で、暴力的な魔力。
 天空に浮かぶ巨大な鏡は、愛しき魔力に染め上げられた。まるで子供のようなその忠告に、ゼトアは思わず溜め息をつく。この深く深く混ざり合う色合いに、答えを見つけようと天を睨む。
 それは忠告なのか、それとも愛情表現なのか、はたまたただの気まぐれなのか……
 真意の見えぬ主を想い、溜め息をついたのももう何度目か。首輪の波長が変わるのを感じる。息子達の心に変化があったのだ。チリチリと、ここには聞こえないはずの、心の軋みに似た鈴の音が響いた気がした。
 歪なカタチの愛情も、積み重ねることは出来るのだ。歪な土台に、歪なカタチを組み上げて、目指す場所に手を伸ばす。
 自分の口元に残酷な笑みが浮かぶのを実感しながら、ゼトアは静かに目を閉じた。
 魔王がわざわざ自分のためにこの月の舞台を用意してくれたのだ。
「俺の全ては、魔王アレスのためにある」
 今一度その言葉を伝えると、微かに月の色味が揺らいで応えた。









 覆いかぶさるような満月の夜は、一人きりだと怖いけれど……二人だったら怖くない。
 決して離れないように、強く強く指を絡める。まぶしい程のエメラルドグリーンの光を見ないようにカーテンを全部閉めきって、二人きりから意識を外したりはしない。
 深く深く口づけを交わし、首輪の熱すらもう気にならない程に、それにすら気づかないように更に深く指を絡める。
――好き。 
 言葉にしたその一言は、まるで呪縛のように心に、身体に絡みつく。こびりついた魔力に力が宿るように、その言葉が心に身体に染み込んでいく。
 共感や共鳴や哀れみや庇護欲は絡みつき、歪なカタチに変わっていく。積み重なりこびりつき、そこにカタチを成す。
「好き」
「好き」
「大好き」
「大好き」
 心の痛みを感じないように、歪なカタチの蓋をしよう。まだ小さなこの愛しい存在に、歪な土台に痛みを感じさせないように。








 
 圧倒的な主役が引きずり降ろされた明け方の空は、まるで何もなかったかのような静寂に包まれている。
 まるで離れることを拒むかのようにその手を繋ぎ合わせたまま、心地良い睡魔と甘き誘惑の香りに揺られる。
 考えることを放棄したままのぼんやりした頭のなかで、それでもその満足感は暖かくて、手放し難い安らぎで。自然とほころぶ口元を、胸元の小さな頭に寄せると、甘い香りが一層強く溢れ出す。
 上手く眠れない、そんな夜も、この愛しい存在がきっと……全てをかき消してくれる。そんな気がした。
 壁を何枚か隔てた先で聖なる魔力が強くなる。意識とは逆に段々鋭く敏感にかきかえられていくその感覚に、なにかの意志を感じさせた。天に願う母の姿が脳裏を掠める。
 一心に祈りを紡ぐその口元に、自分と同じ褐色の指先が触れる。祈りの言葉は途端に淫らに染め変えられて、その逞しい腕に組み敷かれて――
――やだ。やめて……オ、レの……オレの……なのに。
 自分の……な、に?
 思考を一瞬で占拠したその問いに、答えをゆるゆると探す頭。母親……それとも?
 少年の瞳が薄く開けられる。誘いこまれるようなその紫に、ほとんど吸い込まれるようにキスを落とす。それはすぐに唇同士のものに取って変えられ、頭に揃えられそうになった答えに蓋をする。
「や、だ……オ、レの……オレの」
「ボクはグロッザのものだよ」
 嗚咽に変わった悲痛な叫びは、その暖かい甘き誘惑に蓋をされた。溢れ出した疑に愛情で蓋をする。
「ボクはグロッザだけのものだよ。他の誰のものにもならない」
 言い聞かすようにグリアスは続ける。心にその言葉を、意味を、愛を、全てを落とし込むように。
「大人はみんな嘘つきなんだよ」
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