本編


 トレインと部下達は、廊下の捜索に入っていた。庭を一望出来るこのスペースの美しさは、金の力だけではなく、自然の力とも言えるだろう。夕方になれば夕日によって、部屋全体がオレンジ色に染め上げられるらしい。
 このスペースの中心とも言うべき場所が、トレイン達が調べる場所だ。部屋以外に銃を隠せる――装飾品が飾られるとしたら、ここだからだ。現にトレイン達の前には、美しいシルバー製の台座にかかった――ギターが飾られていた。使い込まれた表面に、なんとなく見覚えがあるような……
「署長、どうしたんですか? そんなに見詰めて」
 この状況に違和感を感じていないのか、部下達は丁寧な手つきでギターを調べていく。
「おいおい、事件は撲殺じゃないんだ。それは関係ないだろう。第一、こんなところにギターが飾ってある方が怪しいと思え」
 トレインは、相変わらず丁寧に触れている部下達を一喝する。
「署長は音楽に詳しくないんですね」
 いきなり部下の一人が知ったような口を叩くので、トレインは思わず彼を睨みつけてしまった。鋭い視線にアタフタしながら、それでも彼は言葉を続ける。
「世界的に人気のある有名アーティストのギターとかだと、かなりの値段になるらしいです。コアなファンでなくても、飾りたくなるのもわかる」
「……で、これはそういう高級品なのか?」
 苛立ちを隠さないトレインの視線に、部下は言葉を濁した。
「そこまでは……わからないですね……多分、ロゴやサインなんかを見付けたらわかるかも」
 そう言いながらギターをひっくり返す部下に溜め息をついたその時、トレインの目の端に人名らしき文字が飛び込んできた。
 それは小さなプレートに刻まれており、木目のデザインからどことなく高級感が滲み出ていた。おそらく制作者か何かの名前が、センスがあるのかないのかわからない字体で刻まれている。
 おそらく自分の家の表札よりも高額であろうその小さなプレートに気分を害しながら、トレインはそこに刻まれた名前を読み上げる。
 何となしに読み上げたトレインの声に、先程の部下が反応する。
「それって多分、有名ギタリストの名前ですよ!!」
 興奮した様子でそうはしゃぐ彼に、周りの部下達も感心したようにギターを眺めている。
「本当か?」
 なんとなく部下の様子がおかしいので、トレインは念を入れて確認する。
「ほ、本当ですよ!! こんなところであのアーティストのギターが見れるなんて思わなかったなあ」
 そう言いながら皆からいろいろ聞かれている彼に、トレインは疑念しか浮かばなかった。
 人が嘘をついているかどうかなんて、目を見ればわかる。どう考えても泳ぎまくっている彼の目は、真実とは程遠い。しかし、警察官である彼を疑うのも問題だ。第一、このスペースは事件には関係ないだろう。
 周りの部下にチヤホヤされて気分の良さそうな彼を見て、トレインはもっと娘と音楽の話をしておけば良かったと後悔した。娘のギターの腕前は、この前披露してくれたルークよりも上で、音楽に関しての知識も、少なくとも目の前の知ったかぶりよりは詳しいだろう。





 リビングにいた警官に忘れ物を取って来たと伝え、ルークは一人庭に向かった。レイルが身体を隠すように、噴水の傍に座っている。
「お疲れさん」
 ルークに気付いてレイルが、安心したように労いの言葉を掛けてきた。
「はいよ、お前の鞄。ちょっと、ハーモニカは警官に弄られたけど」
「は? なんで?」
「この前、門の所で会った、ヤートっていう新人警官だよ。意味もなく触ってただけだから、大丈夫だって」
「それなら良いけど」
 不機嫌そうに言いながら、レイルは鞄にホルスターごと拳銃を突っ込む。慣れた手つきで彼女は押し込んでいるが、銃に慣れ親しんでいないルークからしたら、そんな入れ方をして暴発しないかとても不安だ。
「ライフルは?」
 彼女は更に真剣な目つきで聞いてくる。
「バッチリ」
 そう言いながらルークは、自信満々に自分の鞄を開ける。中にはライフルがしっかりと収まっており、レイルは感心したように口笛を吹いた。
「さすがだな。バレてない?」
「大丈夫。台座があまりに寂しかったから、俺のギター置いてきちゃった」
「あー、多少音楽好きな奴がいたらバッチリだな。プレートに書かれてる名前、ギタリストにそっくりだからな。スペルは違うけど」
「そこまで考えての犯行です」
 胸を張るルークに、レイルは苦笑する。
「若者向けパンクバンドだから、不自然っちゃ不自然だけどな」
「なんとか誤魔化せたと思う。さあ、そろそろ聞かせてくれないか? ライフルを隠す理由」
 ルークが興味津々に聞くと、レイルはなんとなく不機嫌そうにこちらを見てきた。溜め息をつきながら、彼女は真実と自分の推理を大まかに伝える。
 レイルが話を進める度に、ルークは気分が悪くなるのを自覚する。話を全て終えてレイルが黙った後も、ルークはしばらく黙っていた。
 無言の二人を包み込むように、美しい夕日が庭を照らしている。
「これは、ほとんどが推測だけど……多分、真実」
 警察が動いている時点で真実性が高い――そんなことは、レイルに言われなくてもルークにだってわかった。無駄なことをしないのが大人なのだから。
 レイルが急に笑い出した。オレンジ色の光を浴びて、彼女は輝いている。美しい。そんな彼女から洩れる笑い声は美しく、そして冷たい。
「親友を守るのが、私達の仕事だ。だろ?」
 彼女は満足そうに笑う。
 ルークは感情表現豊かな、そんな彼女のことが好きだった。好きな人の考えていることなんて、目を見ればわかる。何年も一緒にいる親友なら尚更。
 親友を警察から守った達成感と、証拠を隠し、間接的にも共犯となってしまった連帯感。その負なる満足感に満ちた彼女の表情は、初めてみんなでゲームをやり遂げた時と同じだった。
 彼女は笑顔でルークに向き直る。それにルークも笑顔で応じる。同じ表情。そう、同じ気持ち。
「そうだ。俺も同じ気持ちだ」
 先程の決意表明を思い出し、もう一度彼女の目の前で心に誓う。
――親友のためなら、どんな障害も乗り越える。
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