第八章 歪な群れ


 冷たい風が吹き抜ける外付けの階段を、レイルとロックは駆け上がる。硬い軍用ブーツの足音が夜の闇に吸い込まれていく。
 どこまでも反響せずに突き抜けていくその音は、間違いなく屋上まで届いているだろう。命を奪う足音を、レイル達が隠すことはない。
「敵は何人だろーな?」
 ロックが笑いながら言った。彼の手は走りながらライフルの装填の為にせわしなく動いている。訓練で使った分を補充しているのだろう。
「……静か過ぎてわかんねえな」
 レイルが無表情に返すと、その顔を見たロックも笑みを消した。
「ヤートさん、やられてはいねえだろ」
「……あの人は強いよ」
「お前の男だもんな」
 ロックの言葉にレイルは小さく笑った。階段が終わり、鉄格子の扉を蹴り開けて屋上に踊り出る。
 背後でロックがライフルを構える気配がした。
「当然だろ?」
 屋上には多数の死体が転がっていた。
 その全てが鋭い刃物によって胴体から上を一気に切り裂かれることで絶命している。刃渡りの長い剣で切り裂かれなくては、こうはならない。
 屋上の真ん中に一人だけ立っていた、彼だからこそ出来ることだ。
「いきなり襲われたんでな……スキャンが終わってなかったら危なかったよ」
 返り血を浴びながら平然と微笑むヤートに、レイルはふわりと笑い返した。
 血の海に立つ愛おしい相手に、レイルは静かに歩み寄り強く抱き着いた。片手で剣を持ったまま、ヤートはレイルをもう片方の手で受け止める。
 暖かい存在感に、レイルは瞼を閉じ――背後から響く銃声に溜め息をついた。ヤートの腕が動く。
「ほんっと、最高だな」
 まだ煙が立ち上るライフルを構えたまま、ロックが口笛を吹きながら言った。
 彼が放った弾は、ヤートが手に持った大剣で弾いていた。撃たれることを読んでいなければ、ここまで綺麗に反応することは出来ない。
「まだ、“訓練”は続いているのか?」
「安心しろ。“今”終わったとこだ新人さん」
 ようやく銃を降ろしたロックに、ヤートもレイルを離してから剣を鞘にしまう。その顔付きは、歴戦の戦士のそれだ。
「その呼び方はやめて欲しいな」
「なら婚約者様のどっちが良い?」
 ニヤニヤと笑うロックに呆れたのか、ヤートはレイルに向き直って話を変えた。
「他の新人達の訓練は終わったのか?」
「ああ。だからこれから拠点に移動する。さっさと下りようぜ。リーダー達が待ってる」
「わかった。そうしよう」
 死体はそのままに歩き出したヤートに、レイルはにこやかに微笑み、続けて歩き出していたロックに声を掛けた。
「なぁロック? 本当なら新人ってもこれくらい出来なきゃならねーんだ」
 レイルは、近くに転がっていた引きちぎれた死体の腕を蹴り飛ばしながら続ける。切断面から飛び散った赤い斑点が、淡い月明かりに照らされている。
「下の新人共には殺しはまだ無理だ。目撃者なんて残すのはフェンリルの仕事じゃない」
 言葉を返さないロックを見詰め、レイルは少し強い口調で話を続ける。
 ヤートは聞こえているが、聞こえていないふりをしていてくれているのだろう。変わらない歩調に短い金髪が揺れていて、どこか安心する自分がいた。
「確かにまだまだあいつらは甘い。優しい人間がいる軍学校で育てられた軍“人”だ」
 吐き捨てるように呟いたロックの表情は、感情が読み取れない。言葉と共に立ち止まった彼に合わせて、レイルも自然と立ち止まる。
「生まれから育ちまで僕らとは全く違う。でも、お前のそれはただの八つ当たりだ。あいつらは良い“素材”だぜ」
 それからロックは、こちらに強い視線を向けて続けた。
「ヤートさんが良いんだろ?」
「……そーだよ」
 小さくしか言い返せないレイルにロックは鼻で笑うと、すでに階段の下まで下りていたヤートの元まで走り出した。おそらく今の言葉だけは、向こうまでは聞こえていない。
 レイルは溜め息を一つして、二人の元に走る。
「らしくねーよなぁ……」
 自分でもそう自覚しながら、レイルは溜め息をもう一度ついた。
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