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第七章 蒼海の王


 足元で激しい光の爆発が起こり、ロックは重力場の展開を諦めた。
 一気に砕け散った塔の、大きめの破片を足場にする。周りを急いで見渡すと、ヤートを二人がかりで背負ったクリスとルークが同じようにして足場を確保していた。
 一足遅れて飛翔した火の玉をライフルで撃ち抜き、残りの一人を探すと、彼女は足場を確保することも忘れて下を睨みつけていた。眩しい光がもう一度輝き、嫌な悪寒を感じてロックも下を見る。
 エクスカリバーを掲げたリチャードの周囲の景色が歪む。その一瞬後には、彼の周りに八体の甲冑の兵士が立っていた。貴族特有の派手な甲冑に、長い白髪がたなびく。幻覚のように、実体をおびない揺らめく姿だ。
「おいおい、てめーも召喚かよ」
『ロック、あれは何だ!?』
 苛立ったクリスの声に、ロックは舌打ちしながら答えた。
「あれは歴代のエルメスミーネ家の当主達だ。亡くなる時に英霊として息子に託される」
『珍しい元人間の召喚か……リーダー! 俺達も“援軍”呼ぶか!?』
『今は目立つ行動は避けたい……援軍は無しだ! 来るぞ!』
 クリスが叫ぶと同時に、八体の兵士達が二体ずつに別れて襲い掛かってきた。手に持つ剣だけは、本物のそれと変わりない輝きだった。重力を完全に無視したその動きに、ロックは冷や汗が出た。
――あの野郎、殺す気だな。
 兵士をレーザーキャノンから抜き出した剣で捌きながら、こちらをじっと見ているリチャードを鼻で笑う。
――そこからじゃ何も見えないだろ?
 顔すら見えない距離でも、彼に自分が召喚獣程度で殺せないことはわかっているはずだった。何か裏があるのだろう。あの聡明な兄が、何をやらせてもうまくやる兄が、考えがないはずがなかった。
――だけどな。
 そんな兄以上にうちのリーダーは、聡明で完璧だ。今も召喚獣を捌きながらきっと……
 そこでロックの目に信じられない光景が飛び込んできた。二体の敵に苦戦するルーク――だいたいあいつは接近戦向きじゃない――に代わり、クリスはヤートを背負ったまま二体を相手にしている。
 そんな彼の肩口を相手の剣が掠めた。出血はあまりないが、一瞬隙が出来る。そこを敵が見逃すはずがなく、二本の剣がクリスに迫る。だがその剣がクリスに触れることはなかった。
 見事なタイミングで身体を間に滑り込ませたレイルが、元から彼女を追っていた二体共々、合計四体の敵を相手に全く引けを取らない剣技で押し返す。
 足場を変えながらのスピーディーな戦いは彼女の十八番だ。スピードナンバーワンで派手好きな彼女には、こういった曲芸じみた戦闘はよく似合っていた。
 クリスはヤートを背負いながらルークの援護に向かい、ロックも二体の敵に集中する。たまに火の玉の無効化にも気を払いながら戦う四人には、余裕の笑みすら浮かんでいた。
 だからこそ、眼下で発動した術に、誰ひとりとして反応出来なかった。
『ちっ……こんな時にっ』
 まばゆい光の楔に拘束されたレイルが、足場から落ちた。
 しかし彼女を転落死させるだけで満足する程、敵は甘くなかった。四体の敵が、無抵抗に落下する彼女に剣先を向ける。
 レイルは四体に向かって雷を放った。派手な爆炎を放ちながら走るその光は、遠目から見れば火の玉のように見えなくもない。勢いよく突進していた英霊達が煙のように掻き消える。
 土壇場でも冷静な彼女に舌を巻く思いで、ロックは落下を続ける彼女に重力場を展開しようとした。
 だが――
『――敵の本命が来た! ロック! クリスタルを盾にする! 重力場で集めてくれ!!』
 クリスの叫びと共に、空が赤く輝く程の巨大な火の玉がこちらに向かって飛んでくる。
 先程までの中級魔術程度の威力ではない。隕石と見間違う程の巨大な塊に、ロックはすぐさま座標の固定にかかる。目の前に来た英霊達は、クリスが斬り掛かって動きを封じてくれた。
 目の端でレイルの位置を確認。
――これなら間に合う。
 砕かれたクリスタルは大きな塊のみを残して、小さな粒が空気中を舞っている。その残ったクリスタルの中心に、ロックは小さな重力場を作り出した。
 引力を強めたその場所は、小さな小さな集合地点となる。がくんと落下のスピードが落ちた。一瞬の浮遊感の後、その重力場に向かって引き上げられる。
 クリスタルと共に、空に投げ出されたフェンリルの面々も一緒に引き込まれていた。レイルもなんとか助かったので、ロックは一安心。
 ガシャンと硝子が割れたような音を立てながら、バラバラになっていたクリスタルがぶつかるようにして一つの塊になった。
 目標を失った火の玉は、軌道を自動的に修正しながら飛んでくる。どうやらホーミング機能があるらしい。しかもあろうことか、続けざまに飛来していることがわかる。
 火の玉の一発目がクリスタルに着弾した。鋭い破裂音が響き、虹色の光を放ちながらクリスタルの半分が粉砕され、粒子となって爆風に飛ばされる。
 クリスタルの裏側に着地した四人は、尚も襲い来る英霊達の攻撃に防戦一方だ。先程掻き消えた敵も、何事も無かったかのように攻撃してくる。レイルのフォローに回っているのがルークなのが不安だが、ロックもこの状況では動くに動けない。
 重力場の形成には、精神統一が必須であり、動き回りながら出来る芸当ではない。クリスタルを盾にする今回の計画では、ロックは計画の要だ。どうしても確実性から、クリスがロックの援護をすることになる。だが、ヤートを肩に背負った彼も、この仕事が楽なものではないはずだ。
『こいつら、キリがねーな!』
 ルークの苛立った声が聞こえる。倒せない敵に、限界は近そうだ。だが、ロックは重力場の形成にだけ精神を集中する。敵の第二陣がすぐそこまで来ていた。
 二発目が着弾。クリスタルのほとんどが砕け、一割にも満たない足場に全員が追い込まれる。全員の顔が見えた。皆、疲れた表情をしている。
「マズイぞ!! 次は防ぎ切れない!」
 盾の大半を無くし、絶望感で叫ぶロックに、クリスが大声で指示を飛ばした。
「俺が札で防御する! 着弾のタイミングで重力場を解除してくれ!!」
「んなシビアな……やってやるよ!!」
 ほとんど開き直って了解してやると、クリスはニヤリと笑って腰のポーチから大量の札をばらまく。よくそれだけ持ってたな、と感心してしまった。
 クリスは赤く輝く指先で、空中に北部特有の呪文を描く。すると札が意志を持つかのように動き、迫り来る火の玉から守るように中空に停止した。札がカーテンのように目の前に広がったので、火の玉とクリスタルの衝突は、爆発音とまばゆい光によって伝わった。
 煌めく小さな白い光が、天空に昇って――
『――ありがとう。ボクはゆっくり眺めさせてもらうね』
「……え?」
「レイル!!」
 ルークの叫び声が聞こえて、クリスとロックは同時にそちらに目をやった。天空から聞こえた幼い声に一瞬気を取られたが、そんなことより、すぐに目は危険な状態を捉える。
 英霊達の攻撃により、バランスを崩したレイルが粉々になった足場ごと滑り落ちている。
「レイルー!!」
 反射的に飛び降りようとしたロックの身体を、クリスが制した。
「ラストが来る!! 今は集中しろ!!」
 冷静な彼の言葉に、ロックは奥歯を噛み締めながら重力場を操作した。残ったクリスタルを全て火の玉にぶつけ、重力場を解除。
 クリスの札が衝撃を耐えている間に、急いでロックはレイルの元まで飛び降りる。砕けたクリスタルの上を駆け降りるようにして、危ないところでロックはレイルの手を握ることが出来た。
 光の楔がバチバチと激しく発熱している。正直、安心と疲労で気を失いそうになったが我慢。
「わりぃ! ロック! 愛してるぜ」
「ハニーの手を放す訳ねえだろ」
 軽口を叩いた彼女の額には、びっしりと脂汗が浮かんでいた。息遣いも荒く、光が巻き付く腕の辺りは赤く腫れてしまっている。
 ロックはリチャードの魔力の強さを知っている。意識を保つので精一杯のはずだ。
 すぐにクリス達も降りて――いや、落ちてきた。札のカーテンの上で炎が激しく燃えている。札を操るクリスに代わり、ルークがヤートを背負っていた。
「このまま残骸に偽装して下に下りる」
「了解リーダー!」
「全員集まれ! 札で全員を包み込む!」
 クリスの指示に、全員が彼の周りに集まり、その周りを燃え上がる札が旋回する。
「リーダー! 下に光将がいるんじゃないのか!?」
「先程の爆撃で、かなり吹き飛ばされている! このままなら陸軍ではなくスラムに落ちる。光将も今は手負いだ。そこまでは追い掛けられないはずだ」
「よっしゃ! 上手く逃げれるな!」
 安心する声を上げたルークの顔に、いきなり苦痛の表情が浮かんだ。音も無く近付いてきていた甲冑の兵士に、クリスが舌打ちするのが聞こえた。
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