本編


 二人は例の広い空間に到着した。前回はかなり時間が掛かった気がするが、今回はそれの半分にも満たない時間で辿り着けた。
 骸骨が転がる中、二人は慎重に進んで行く。巨大ミミズの気配はない。
 何も起こらないまま、二人は空間を横断した。だだっ広い空間の反対側に、入ってきた場所と同じような坑道が口を開けている。
『よし、そこを越えたらコヅチはすぐそこだ』
「了解了解」
 ルークのカメラから送られる映像を確認しているロックが、テンションの上がった声を出す。ルークもそれに答えながら先に進もうとするが、レイルのついて来る気配がないので、彼女を振り返った。
 彼女は坑道の入り口の横を凝視しており、足は完全に止まっている。
「何してんだよ?」
 訝しみながら声を掛けると、彼女はその問い掛けには答えずに、視線の先の壁を少しほじくり返す。黒い土に汚された彼女の手には、同じく汚れたライフルの弾が握られていた。
「多分、ミミズを貫通したんだと思う。撃った時から思ってたんだけど、凄いオーダーメイドだ。撃ち出した弾まで美しいなんて」
 男二人とは違う意味でテンションが上がっている彼女に呆れながら、ルークは先を促す。レイルもそれに頷くと、弾をポケットにしまってルークの後に続いた。





 坑道は短かった。すぐに次の空間への扉のようなものが現れたのだ。いきなりそびえ立った岩の壁に、ルークは立ち止まる。何か開ける方法があるのだろうが、今のところはどん詰まりだ。
「えらく重そうだな」
 後ろからレイルが顔を出す。彼女の頭から伸びる光が、壁の広い範囲を照らし出す。彼女のヘルメットにはライトしか取り付けておらず、ルークのものより少しだけ光が強い。
「おまけに古いみたいだ」
「お前、建築の知識がないなんて嘘だろ?」
「ホントだよ。興味もないし。ただ、この岩は最近開閉された跡がある」
 そう言いながらルークは足元の土を指差す。岩が動いた跡が何箇所かあった。
「つまり、あの女の子が?」
 レイルが生唾を飲み込んだ瞬間、ルークの無線機にロックの押し殺した声が飛び込んできた。
『急いで戻って来てくれ。ルークの両親が後一時間で到着するらしい。ミリタリーごっこをしてるって言い訳にも限度がある』





 二人が急いで引き返している間に、ロックは出来る限りの片付けを始める。
 薬が効いているとは言っても、荷物運びには激痛を伴う。少し動かしては休憩する――そんなことを繰り返しながらロックは、自分の無力感に絶望していた。
 無力なのはいつものことで、自分の病魔が親友二人を苦しめている。しかし苦しめるとわかっていても、夢物語に縋ってしまった。そして二人は、また自分のために……
 深い深い穴を見詰めて、ロックは強い自己嫌悪に襲われた。





 予定よりも三時間も早く、ルークの両親は到着した。まだ夕方にもなっていない昼の三時である。
 気合いを入れてめかし込んできた両親に、ルークは非難の目を向ける。緊張して居ても立っても居られなかったのはわかるが、この両親のせいでルークとレイルは、街の約半分の距離を全力で走らされる羽目になった。
「こんな早くに申し訳ない」
「いえいえ、構いませんよ」
 少し恥ずかしそうにロックに挨拶するマーカスに、ルークは頭を抱えることしか出来ない。今は五人で、庭のテラスに座って時間を潰している。
「レイルさん、噂には聞いていたけど綺麗になったわねー」
 シーラがレイルに話しかけると、彼女は謙遜しながらも礼を言う。彼女は数分前まで全力疾走していたにも関わらず、今はもうすでに息も整っている。
 手持ち無沙汰を感じて、ルークは一人、庭に目をやる。
 急いで片付けた庭は、“ミリタリーごっこの塹壕”が目立つだけで、完全にカモフラージュ出来ている。その塹壕にも布をかけているので、本物の塹壕にしか見えない。
 三人にとっては綱渡りの晩餐会だが、上手く回していけるだろう。
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