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フレアニスの天罰


 太陽が頭上を越えた頃、フレアニスの炎が予告した『迷える子羊』が教会を訪れた。
 この教会は辺境の村に唯一ある教会で、周辺の村からもこういった人間が訪れる。彼等は天使に助けを求めて訪れる。
 天使――つまり、この教会に収監されているクーリーとアンフェルへ、ある系統の『依頼』をしにやってくるのだ。
 クーリーがこの教会に“連れてこられた”のは、数か月前のことだった。生まれも育ちも大都市の貧困街育ちのクーリーは、物心ついたときには両親の顔を知らない状態だった。それからは他人から盗めるものは全て奪って生活していて、成人を迎えるその年に、ついに軍によって捕まってしまったのだ。
 それまでも何度か捕まったこともあるが、今回はたまたま命まで奪ってしまったところを捕縛されてしまったのがまずかった。成人を迎える年齢ということもこの時ばかりは災いし、クーリーは訛りの強い生まれ育った都市からこの辺境の村まで流刑のような扱いを受けた。
 ここがお前のための監獄だと放り込まれたこの教会には、同じく殺人罪にて投獄されたアンフェルがいた。奇しくも同日からの収監であったアンフェルは三歳年上で、短気で気まぐれなクーリーの扱いがとても上手かった。それはクーリー自身が感じているのだから間違いない。
 貧困街では綺麗な顔だと言われ悪戯までされたクーリーとは異なり、アンフェルは筋肉質で背が高い。短髪ながらも柔らかい髪質のせいで女みたいだとよく言われるクーリーとはこれまた真逆で、彼の髪はワイルドなオールバックの赤髪だ。黒の中に赤を宿した鋭い瞳が、強い意志を燈す彼らしくて好ましい。
 初対面での自己紹介のやり取りに互いの罪状を含めながらひとしきり笑い合い、二人は、他に看守も何もいないこの教会での生活に希望すらも見出したのだ。
「えっと……その……退治、して欲しい輩がおりまして、ですね……」
「あ? はっきり言えや。どこん誰を、どうして欲しいや?」
 来客が到着する寸前まで酒盛りの場であったテーブルセットには、その痕跡を隠すつもりもない空になった酒のボトルが転がっている。そのボトルが言葉と共にズシンと掛けられたアンフェルの足の衝撃で、テーブルの下に落ちてこれまた怯え切った依頼者の心を抉るには十分過ぎる鋭利な音を奏でて割れる。
 依頼者は隣の村の村長であった。彼が住む村の近くの洞窟に、最近大都市から逃れて来たならず者達が住み着いてしまったらしい。村の自警団だけではどうにもならず、この教会に足を運んだというわけだ。
 丸腰で武器なんて今まで持ったこともない、という彼の言葉は本当だろう。可哀想なくらいに怯えた村長は、目の前で足をテーブルの上に置いているアンフェルの態度に、何故か神への祈りを呟いている。彼からすれば教会に助けを求めて来たつもりが、何故かそこにならず者がいた、といった心境だろうか。
「あ、あの……貴方達は、その……神に仕える聖職者様……なの、ですよね……?」
 イスに座った村長の後ろにて、護衛であろう付き添いの男が恐る恐るといった様子で尋ねてきた。彼は腰に武器であろう剣を携えており、目の前で委縮している村長よりはまだ戦えそうだ。だが――
――っても、命まで奪うー、とかは無理なんやろなー。
 こんな辺境の村々の自警団の仕事なんて、たかがしれている。それこそ害獣駆除や……正直それくらいだろう。武装した人間の相手なんてものは、普通の人間には難しい。
「あー、俺らや? 俺ら……罪人たい」
「っ!? 罪人!? 罪人が、何故ここに?」
 アンフェルの返答に、途端に表情が曇った――のは、護衛の男だけだった。どうやら村長は、この教会がどういった意図で機能しているのかわかっているようだ。
「これ、控えなさい……このお二人は、天使フレアニスが選んだ“聖者<聖なりし者>”じゃ。畏怖までは許されても、侮蔑は許される相手ではない」
 先程までの恐れは、天使への畏怖か。信心深い村人によく見られるこの反応は、この教会が属するフェーデの村では大多数であった。若者が少ない、ということと関係があるのかもしれない。
 どうやら、素手で人を殴り殺せるアンフェルへの恐怖心ではなかったようだ。やはり小さな辺境の村の長であろうと、人を纏める人間というのは、ある程度の度胸がなければ務まらないものだと……
「つ、つ……つまり、村の近くに住み着いたならず者達を討伐して欲しいのです……っ」
 ……訂正。やはりアンフェルへの恐怖の方が強そうだ。アンフェルもアンフェルで、酒を煽りながら聞いているものだから底意地が悪い。そして一言「そげなこと、冒険者ギルドにでも頼めばよかったい」なのだから余計にタチが悪い。
 予想通り頭上でフーちゃんが烈火の如く怒っている。
 『フーちゃん』とクーリーが呼んでいるのは、この教会の名前の由来でもある天使フレアニスがこの地に寄越した炎のことである。ちなみにアンフェルはいつも「アレ」としか呼んでない。
 この炎は、天界の王である神様の下に就く大天使様のその下の天使様の……簡単に言えば下級天使様の意思を反映した炎で、この教会の方針を示す指針である。
 天界の教えが元になるので、『人助け』や『奉仕活動』の類には精力的に参加するよう燃え滾る。このフーちゃんの炎には、二人は『絶対服従』なのだ。
 だが、厳格な大天使様ならともかく下級の天使であったことが幸いし、けっこう教えに背いた行為にも目を瞑ってもらえていたりする。案外話のわかる炎<ヤツ>なのだ。
「それが……村の稼ぎではギルドへの依頼料が工面出来なくて……それで……」
「そげなことで教会の人間にタダ働きさせようと!? 依頼は受けるけん、きさん殺してもいいとばい?」
 人殺しの表情でそう言うアンフェルは本当に楽しそうで、見ているクーリーもなんだかウキウキしてくるから不思議だ。生まれも育ちも罪を犯して捕まった場所も違うが、二人での収監生活はそれなりに心地が良い。
 もちろん、彼には相手を殺そうなんて気はさらさらない。フーちゃんの許しがない状態でこれ以上罪を重ねれば、アンフェルの身体はその炎で焼き殺されてしまう。いくらアルコールを摂取しようがそれを忘れるアンフェルではないし、彼は底意地は悪いがそれなりに優しい人間だ。少なくとも相棒に対してはそうだった。
「まあまあ、アンフェルもそんな意地悪言わんとさ。なー、村長さん。報酬は村のご馳走食べ飲み放題、ってことで手ぇ打たん?」
 さすがにガタガタ震える村長とその後ろで剣に手を掛けている護衛が可哀想になり、クーリーはそう助け船を出すことにした。備蓄のボトルも空になってたし、いけるやろ……
「それいいやんか! クーリーナイスばい! 一夜でいいけん美味いもん食いたかー。やけんこの依頼、受けたるばい」
 パンと指を鳴らして了承するアンフェルの様子に、それまで震えていた村長と護衛は呆気に取られていた。
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