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闇夜に輝く月のように


 古都の夜で銀一と運命的な出会いを果たしてからというもの、秋月の生活は一変した。いや、正確には銀一と付き合いだしてからの半年間に、おおよその恋人関係としてのイベントは網羅するような勢いだった。
 まずは運命的なレストランでの出会い。それからあれよあれよと半同棲の形の付き合いを始めて、その数日後には元彼氏とのドタバタ。幸い元彼とのトラブルはその日の内に解決したし、銀一が着払いで送り付けた私物も文句も言わずに受け取ったらしい。
 それから数か月は平穏な日々を過ごし、その間に秋月は職場の人間に彼氏が出来たことがバレて質問攻めに合ったり“とある心配”をされたりもした。銀一はというと職場には一応報告だけはしていると言っていたが、彼の職場の人間と会うようなことはなかった。もちろんそれも、秋月だって職場の人間と会わせたいとは思わないので、彼の気持ちを汲んで気にすることもなかった。
 友人関係としては、秋月の少ない友人達には結婚前提でお付き合いをしている男性がいると伝えた。当然友人達からも質問攻めにされたし、銀一との写真を見せたら遊ばれていないかと本気で心配もされた。銀一の友人関係もやはり似た者同士らしく数少ない――ということはなく、意外にも趣味の繋がりでの広がりを紹介してもらえたので、秋月としても気心の知れた新しい女友達も出来て嬉しい限りだ。
 無理して背伸びをするわけでもなく、でもこれまでの自分とは確実に違う。意見を流さずに伝えることが出来て――もちろんそれによって小さな喧嘩もたまにはあったが――お互いがお互いを高め合えるような、そんな”前向き”で“明るい”付き合いが出来ることが素直に嬉しい。
「……何考えてんねん?」
 いつの間にか物思いに耽ってしまっていたようだ。
 仕事から帰って来ていた銀一が、そう言いながらリビングに入って来る。その手には去年の記念日に食べた思い出のケーキがまた用意されていた。仕事帰りにそのまま買いに行ってくれたのだろう。
 警察官である銀一の生活スタイルにも、もう随分と慣れた。どうやら職場での銀一は話を聞く限りでは有望株、ということらしい。上からの期待が大きい分プレッシャーも凄そうなものだが、本人は至って平然としていた。そういったところは委縮してしまう性格の秋月とは違う部分だろうか。彼の鋭い瞳が揺らぐところなど、もしかしたら仕事中にはほとんど見れないのかもしれないと考えると、なんだかおかしく思えて笑ってしまいそうになる。
 彼の大きな手には余るそのメルヘンな包装のされた白い箱が、今日という日が銀一にとっても特別だということを伝えてくれているようだった。
 そう。今日は銀一にとっても秋月にとっても大切な――結婚記念日だった。
 付き合って一年の交際記念日に銀一からの正式なプロポーズを受けた秋月は、もちろんそれに喜んで応じた。女友達の何人かは「まだ早いんじゃないか?」だとか「もっと知ってからの方が良い」と言っていたが、自分自身がタイミングだと思った時がその時だと確信していた秋月は、自分の気持ちを信じて入籍したのだ。
 派手な結婚式なんて必要ない。親族だけを迎えてのこじんまりとした結婚式は、お気に入りの純白のドレスを身に纏って、それはそれは幸せな時間で。同じく純白のタキシード姿の銀一の姿に惚れ直していた秋月の隣で、親族の女性陣も感嘆の声を上げていた。
 牧師もいない人前式にて、銀一はいつもの低い声で、真っ直ぐな誓いを立ててくれた。生涯秋月を愛すると。何があっても護り抜くと、そう家族の前で誓ってくれた。それに涙したのは秋月だけではなく、母親や父親すらも薄っすらと目に涙を溜めて頷いていた。銀一の言葉は少なかったが、その心は必ず相手に伝わる強さを持っているのだった。
 それから――もう早いもので、一年の月日が流れていた。
 記念日には少しだけこだわって――付き合った記念日はなんてことのない日にちだったので余計に、かもしれない――二人の名前にちなんだ『月』が一番綺麗に見れる日にした。その年の満月の日に挙げた結婚式は、夕方から夜にかけてのナイトプランを利用して、夜空に輝く蒼白の元での幻想的な記念写真を撮ることが出来た。
 翌年には結局なんてことのない日付にはなってしまったが、それでも二人の心に残る思い出として、この一枚には大切な思い入れが込められたと思う。華美な照明も演出も控えた薄闇の中、空に輝く蒼白とその下に並ぶ二人の純白は、息を呑む程の美しさで。今でもその写真は、大切に――銀一から初めて貰ったプレゼントと共に、窓辺からいつも二人の生活を見守っている。
「ん……今日も月が綺麗やなって……」
 暖かいハーブティーを飲みながら、秋月は窓から今夜の月を見上げていた。二人で住むには少しだけ部屋数の多い賃貸マンションの一室で、低い階だがその分家賃も抑えめで。そもそも背の高い建物の少ない古都なので、四階からでも十分な眺めを楽しめる。
 ケーキを冷蔵庫に入れてから、銀一が窓辺の椅子に座っていた秋月の後ろから抱き締めてくる。座ったままのバックハグは、最近いつも過剰なまでに優しくて。
「そんな恐々抱き締めんでも、大丈夫やから」
 くすくす笑う秋月に、銀一は照れくさそうに小さく笑った。
「ちょっとでも衝撃与えたらって、心配なる……もう秋月一人だけの身体じゃないからな」
 入籍してしばらくの後、秋月のお腹にはめでたく新しい命が宿ったのだ。二人の愛の結晶は、日に日にその存在感を大きくしていて、このところ銀一は、その目に見えて大きくなる存在に日々圧倒されているようだった。
「パパの愛情はたくさん見せてくれてええんやで」
 力加減にでも迷っているのか、戸惑う銀一の姿がなんだかおかしくて、秋月はそんな彼を優しく受け入れてやる。戸惑い気味な彼の手に自らの手を添えて、優しく腹の上をなぞる。そうしてやって漸く、銀一の身体からこわばりがなくなった。緊張している、そんな少し鋭さを増した銀一の表情すらも秋月にとっては宝物で。
「……月が綺麗ですね」
 銀一の口からそんな言葉が零されるものだから、秋月は思わず笑ってしまった。
 本心から零された、そんな言葉が秋月にはとても愛おしいのだ。
「……もう。ほんまに……月が綺麗」
 瞳が映すのは美しい銀色。夜空に浮かぶ蒼白に照らされながら、秋月はそっと瞳を閉じる。
 月を想う二人だが、お腹の子供はきっと太陽のように輝く存在となるだろう。だってこの子は、二人にとっての希望の光。生まれてくる我が子を瞳に映す未来を夢想して、その輝きに秋月の心は照らされたように暖かい気持ちに包まれるのだった。



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