闇夜に輝く月のように
こんな幸せな気持ちでコンビニに入ったのは、秋月にとっては初めてのことだ。
付き合いたての彼氏を連れて近所のコンビニに寄るのは、なんだかとても気恥ずかしくて。仕事帰りに寄る時はいつも同じような時間帯だったので、勤務しているのはいつも同じ店員さんだったのだが、どうやらこの時間も同じ店員さんのシフトらしい。若い人、というだけの印象しかないし向こうからしたらいちいち客なんて覚えていないのだろうが、それでもなんだか、『知り合い』に見せているようで恥ずかしい。
このコンビニは秋月の家の近所で、大通り沿いにある。市内あるあるで駐車場もない小さな店内だが、都会らしく深夜であってもそれなりに客はいる。
店前まで手を繋いでこれた二人だが、さすがに店内までその手を繋いだまま、というのは無理だった。秋月の歩が明らかに躊躇いを見せたのを敏感に感じ取った銀一は、何も言わずにその手を自然に離して店内にあったカゴに移す。
「菓子、何が好き? 嫌いなもん、ある?」
「えっと、甘いもんならなんでも大丈夫なんで、えっと……」
「……銀一って、呼び捨てに。俺も……秋月って、呼ぶから」
「っ……ぎ、ぎん、いち……が、好きなもので……大丈夫、で――」
「――敬語も禁止、な。なら……ナッツ入りのチョコでエエか」
きっと周りが聞いたら付き合いたてだとまるわかりの、微笑ましくてぎこちないやり取りだったことだろう。当事者である秋月ですらそう思うのだ。
いつもそうだ。自分は気持ちを言葉にすることが絶望的に下手くそ。
そんな秋月の心には、きっと敢えて気付かないふりをしてくれているのだろう。銀一はたいして好きそうでもない手つきでチョコレートの箱を手に取っている。
「あ……うん。好き、なの?」
「……」
話題に詰まったというよりも、己の中の“汚い”ものから逃れようとして出た問いだった。その問いには彼に対しての興味は含まれていない。だって、そこまで好きじゃなさそうなことは、その手つきを見ればわかるから。
今度こそ、銀一の手が止まり、その視線も秋月を捉えたまま動かなくなった。鋭い顔立ちの銀一に見下されると、途端に威圧感を感じる――と思っていたのに……
「……誘ってんの?」
威圧感ではなく、熱のこもった瞳がそこにはあって。
「……俺のこと、好き?」
見透かされていた。何もかも。汚らわしい衝動を抱いていた自分が、これから出すであろう言葉を先回りして問う彼の瞳は、まるで京の秋に燈る提灯のようだ。闇は全てを包み隠してくれるというのに、彼の前だと途端に秋月は心を丸裸にされる。身を焦がす光に一枚だけ挟みこまれる不純物を――秋月は今、ソワソワと見ていたのだから。
「……す、好き……やから……っ」
汚らわしい女だと、そう罵られてもおかしくない“意思”を、秋月は言葉ではなく行動で示した。
秋月だってとっくに成人した社会人だ。元彼氏とも経験がないわけではない。だから……銀一だから……特別に、部屋へと呼んだのだ。誰でも良いわけではないし、これまでも“付き合った彼氏”しか家には入れていない。もちろん、これからもそのつもりだ。だから……どうかわかって欲しかった。
秋月の“好意”を。秋月の“意思”を。
手に持つカゴに放り込まれたその箱<意思>に目を落とした銀一は、少し考えるように押し黙ってから、やがて小さく「わかった」とだけ答えた。そして手に持っていたチョコをカゴに入れ、続けて何個か違う種類の菓子も放り込む。種類はバラバラなので、本当にお菓子の好き嫌いはなさそうだった。
「……酒<言い訳>は必要?」
彼からのなんとも“らしい”気遣いに、秋月は目を見て返事をするために銀一を見上げる。そこにあるのは変わらずの、熱のこもった瞳。だが今は、その中にこちらを案じる光すらも認められた。
「いらへん……銀一は?」
「そんなん、いるわけない」
薄く笑って空いている方の手を差し出す銀一に、秋月も笑みを返してその手を取った。