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季節物短編


 店にたくさん並んだ完成されたチョコレートなんて、私は買わない。
 プロの職人が作ったような豪華な飾りも、有名店の名前が価値を示す高級チョコも、大型スーパーのバレンタインフェアに集まったお手頃なものも、何も買わない。
 私が買うのは、チョコレートの材料。完成されたものを渡すなんて、そんなこと……したくないから。
 片想いの彼のために、毎年繰り返すこの作業ももう何年目か。
 幼い恋心を自覚してからというもの、彼とはぎこちない友達関係を続けている。高校に入ってからも同じクラスにはなれたから話もするし、登校時間も一緒の日もある。部活は彼と違って入っていないから、下校時間は違うけれど。
 去年の夏休みには、大勢の友達の輪の力で彼と一緒に遊園地にも行った。大勢の中での集団行動だったけれど、それでも普段の学生服とは違う彼の姿から、私は目が離せなかったのを今でも覚えている。あれからもう、半年以上経った。
「……好き」
 誰もいない家の中で、買ってきた板チョコを溶かしながら想いを零す。グルグルと渦を巻く茶色が、一瞬柔らかい色彩に染まったような気がした。ムラのないようにチョコレートを混ぜる。
 零れ落ちたこの気持ちがチョコに溶け込んで、どうか彼にも気付いてもらえないかと願いながら、混ぜる。
 でも……
 彼との関係と同じくぎこちない手で、慣れないお菓子作りに挑戦する。何度も練習すればきっと、絶対上手くなるのに……それは、したくない。
 チョコレートを混ぜる。零れ落ちてしまった気持ちを、誤魔化すために混ぜる。
 練習をしてしまったら、きっと……気付いてもらいたくなってしまうから。
 だから……ダメ。
 ずっと不器用な失敗作だけを、私は彼に渡し続ける。想いをいつも飲み込んだ、茶色くて甘い失敗作。
『お前からのチョコなんて義理ってか、友チョコみたいなもんだろ? 相変わらず下手くそだなー』
 そう言って笑う彼の笑顔が好きだから、この想いは……やっぱり気付かれたくない。下手に告白なんかして、彼が離れていってしまうことが、とても怖い。実際にはぎこちない関係だとしても、そんな彼が好きだった。
 嫌われるくらいならいっそ、今のままの関係で……
「……っ……出来た!」
 今年も不細工な出来栄えの“失敗作”が完成。味には自信があるけれど、見た目はいつも……失敗してしまう。
 明日これを渡したら、彼は今年も笑ってくれるかな。
 色付く恋心を包み隠すグレーのラッピングに失敗作を包んで、そのままこの心ごと包めてしまえれば良いのにと夢想する。
 それでも……
 包めてしまえたとしても……
「好き……でも……」
 この気持ちは、やっぱり……気付かれたくないよ。


END
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