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季節物短編


 獣を思わせる狂気を浮かべたエメラルドグリーンの瞳が、目の前で満足げに歪んだ。
 白き肌をどす黒い返り血で汚しながら、しかしその美しさまで汚されることはなく。一瞬で“獲物”の目を奪う整った顔立ちは、彼女が正に極上の暗殺者<女>であることの証明だ。
「おい、いつまで固まってるつもりだよ? こっちはあんたを殺して漸くミッションコンプリートなんだ。イイ子だからよ、手間かけさせんなよ色男」
 瞳と同じく歪んだ口元から漏れる声こそ甘さを残した女の声だが、その内容は血みどろのそれ。先程やり合ってわかってはいたが、彼女は――この敵兵はとんでもなく短気で、そしてそれ以上に凄腕だ。
 男顔負けのセリフを吐いたそのフェミニンな口元が、歪む。意味深に歪む。その瞬間に身体中を凍り付かせるかと思わせる程の悍ましい殺気を放つ。
「くそっ!」
 完全なる負け惜しみを吐き捨てて、その瞳を逸らす一撃を放つ。対峙していた姿勢は、共に同じ。敗色を浮かべた表情に、しかし手に持つ二振りの剣までは手放せない自分と、嬉々とした狂気の笑みを浮かべて二振りの剣を持つ彼女。
 両者共に身構えることはなく。ただ、世間話の延長のように立ったまま。剣はだらりと手に持つのみ。しかしその身から流れるは殺気。獰猛なる獣の気配。
 獣は殺気を隠しはしない。その肉食獣のような瞳はどんなに歪に歪もうが、こちらを常に見据えている。ゾクリとする程の寒気が背筋を撫で、その悍ましさを心が拒絶して、女の色香に惑わされたかのように心臓が滾る。
 命のやり取りを、自分はしている。
 自分と共に防衛に当たっていた仲間なんて既に殺されている。目の前の彼女に殺されている。纏う漆黒は暗殺者のそれ。命を奪うダークスーツは、この業界では有名だ。
 吐き捨てた言葉と同じく、杜撰で大振りな一撃を、女は難なく左に躱した。飛び退くようにして避ける彼女のウェーブがかった赤髪が、ざわりと闇夜の黒を彩る。
 月明りの下の寂れたこの場所は、自分達の他にはもう、誰もいない空間だ。もう他には誰もいない。仲間だった者達の亡骸だけが転がっている。
「甘いんだよ!」
 彼女からの反撃がくる。右で切りつけた自分の隙をつくように、背後を取るように蠢き、そして切り掛かる。右、左と一瞬で両手の剣を躊躇いもなく振るい、がら空きだった腰と右腕を切り裂かれた。
 痛みに思わず右の剣を取り落とすも、なんとか飛び退き追撃を逃れる。ドクドクと流れる傷口からの赤を認め、目の前の獣が甘き笑みを浮かべた。
「イイ男の血はイイ匂いがするな。この鼻が捥げちまうくらい、その血を浴びせてくれよ」
「美しいお嬢さんからの求愛は嬉しいが、さすがに……俺はマゾじゃないんでね」
「残念だぜ。私はけっこうソッチの方が好みだからよ……あんたにも良さを教えてやりてぇ」
「お断りだねっ!」
 得物は左に握った一本のみ。しかし切り裂かれた右手は、まだ握れる。刃こそ失ってしまったが、この手が凶器なことには変わりない。一流の兵士は、拳だけでも相手を殺せる。
 動きの速い赤髪に肉薄するには、それ相応の代償が必要だ。ケラケラと耳障りな嗤いと共に襲い来る双撃を潜り抜ける。身体中が切り裂かれるが、構わない。命がある限り、自分はこの女を殺すことを諦めはしない。
 痛みを起爆剤とするかのように、拳を握り、そして打つ。相打ち覚悟の肉薄に、エメラルドグリーンが細められる。その口が「馬鹿野郎が」と呟いたが、それは彼女からの称賛だと受け取る。
 拳に走る確かな衝撃。そして一瞬遅れて吹き飛ぶ彼女の身体には――愛用する二振りは、握られていない。
「っ!」
 どくりと心臓が戦慄き、軋み、そして――命が零れ出していた。夥しい、噎せ返るような赤の香りが、急速に遠のく意識の中、嗅覚だけを刺激した。
 膝をついた感触がどこか遠くで響き、ぼやける視界に赤が映る。赤はもう、見たくない。
 闇夜に浮かぶ赤がきっと、歪んだ笑みで見下ろしているから。



END
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