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季節物短編


 自身の誕生日がこんなにも待ち遠しかったことが、今まであっただろうか。
 ウィアスはこれまでの思い出を振り返り、そっと目を閉じる。腰まで伸ばした美しい蒼の髪が揺れて、部屋を照らす灯りに微かに染まった。
 両親や村の者達と盛大に祝ってもらった三年前を思い出し、敢えて流れる涙はそのままにした。この涙を見て困る相手は、今夜は帰ってこないのだから。
 ウィアスは今日、十八の誕生日を迎えた“魔族”の女である。この大陸には人間を始め、エルフやドワーフといった大きな勢力を持つ種族や、それに敵対する鬼族やオークといった闇の種族達が、決して平和とは言い難いパワーバランスで生活している。
 ほとんどの種族は各種族だけで集落をつくることが多いが、数の多さで他を圧倒する人間や、生まれついての魔力の高い魔族等は、少数派である他種族を取り込んで更に街を繁栄させている。街の繁栄は即ち軍の強化に繋がるので、まだ戦乱の世と言える大陸の均衡は既に崩壊していると言えよう。
 闇の種族である魔族だが、ウィアスの所属する『魔王軍』は、無駄な争いを好まない。『全てを視通す』と言われる魔王アレスの掲げる『争いのない世界』を作るために、魔王軍は主に人間達やそれに力を貸す天界の使者達との戦闘を続けている状態だ。己の意思を通すために部下に血を流させる、その事実に魔王は深く傷ついている。
 遥か先を見据える魔王の心労を少しでも軽くするべく、魔王軍に所属する兵士達の士気は軒並み高い。冷たさすら感じる程の美しさを纏う魔王の姿を一目でも見た者は、彼の虜になってしまう。それ程までのカリスマ性が、我らが魔王にはあるのだ。
「ゼトア……いったいどこまで足を延ばしているのですか?」
 返事のくるはずのない言葉を呟き、ウィアスは思わず小さく溜め息。掛けていた椅子から立ち上がり、目の前のテーブルの上に用意していた夕食を、仕方なく片づけ始める。
 ゼトアは魔王アレスの腹心であり、魔王軍での立場的には魔将という位置にいる。そんな彼から求婚されたのは、もう二年も前のことだった。
 ウィアスの生まれ育った村は、人と同じく知能のある獣、『霊獣』という種族達が集まる小さな村だった。霊獣は昔からクジラのような姿を持つ『水神ビスマルク』と契約をしており、その強大なる水の力を求めた天使の率いる人間の部隊の襲撃にあったのだ。
 その時に“助けて”くれたのが魔将ゼトアである。魔族という種族はエルフと同じく極めて長命な種族であり、その永い寿命は高すぎる魔力にその身を馴染ませるためにあると言われている。ゼトアも見た目は三十代ながら、既に四百年は生きているらしい。
 敵の大部隊をも壊滅させる程の『地唱術』を操り、愛槍の腕も超一流の軍人であるゼトアだが、その冷静な性格は妻となったウィアスと二人きりの時も変わらない。愛を交わすその時まで戦場のことを考えている、ということはさすがにないが、軍の幹部ともなるとそのプライベートな時間は限られている。
 今夜だって愛しい妻の誕生日を祝うために、彼は忙しい中でもその身を空けてくれている予定だった。だが、近くの街にて不穏な影を“視た”アレスの特命を受け、彼は仕方なくその殲滅に向かったのだ。それが確か先週だっただろうか。思いがけない反撃にあい戦いが長期化するなんて、本当によくある話だ。
 本来ならばウィアスもまた、彼と同じように魔王アレスの特命を受ける立場にある。ウィアスの身に流れる血は霊獣のものであるが、ゼトアに命を救われた一件で魔族の血も“半分”流れることになったのだ。生まれついての高い水冷の魔力に、水神召喚の力を持つウィアスだが、そのまま霊獣の娘としてゼトアの相手となるには、本人達や魔王は許しても、やはり国民の反感というものが全くないとは言い難い。
 そのためウィアスは軍への入隊の際、敵国の大軍を水神の力で押し流した。無慈悲な水流を傭兵達の部隊にぶつけ、そしてその功績を持って軍の幹部――つまりゼトアと同じく魔将となったのだ。魔将ウィアスの誕生である。その席で魔王アレスは二人の婚姻も発表し、ウィアスはこれ以上ない形で魔王軍へと迎え入れられたのだ。
 戦乱の世だ。その当時はまだ十六歳だったウィアスにも、前線への出撃は命じられる。そこに妻、ましてや女子供という区別はなく、魔力の高さ、戦闘能力の高さからウィアスに声が掛かるのは極当然であった。
 その度にゼトアは少し辛そうな顔をしたが、それでもウィアスは国民や、魔王に必要とされているという実感から「大丈夫です」と優しく彼に微笑むのだった。
 そんな生活が続き、夫婦だけの甘い時間と戦場の時間とが繰り返される中、二人の絆は次第により強固なものになっていったのだ。今では戦術理論等も夫から学び、指揮能力にも磨きが掛かって来た。もうウィアスのことを小娘だと侮る者はいない。人間達の国の中でも、そろそろウィアスの名も恐怖の対象として囁かれるようになってきた、と潜入任務から帰って来た部下が言っていたのを思い出す。
 ゼトアの戦闘能力は戦争相手の人間達には悪いが、どう考えても圧倒的だ。だがそんな彼の身でも、やはり万が一ということが有り得るのが戦場というものだ。敵の卑劣な罠に掛かるかもしれない。部下が人質に取られるかもしれない。恐ろしい魔獣が何匹も投入されるかもしれない。聖なる魔術の一撃が、天から放たれるかもしれない。
 そのどれもが、きっと彼なら大丈夫だろうと思う心の隅に、ほんの少しだけの不安を芽吹かせるのだった。それが愛情から来る無用な心配だと、ウィアスも心では理解しているのだが……
 ゴトリ……
 突然、扉の外から低い音が響いた。ウィアスは怪訝に思い、玄関の扉にそのエメラルドグリーンの瞳を向ける。盛り付けられた料理皿を流しに置いたまま、キッチンからでも視界に入る玄関扉を見詰める。
 この部屋は、魔王アレスが用意してくれた夫婦のための一室だ。外観こそただの一軒家だが、その近辺を歩ける者だけでも限られている。軍の関係者でもない限り、この区域に侵入することすら不可能なので、荷物の配達人もそのほとんどが手前の詰め所で引き渡しをさせられる。
 物音はそれなりに大きかった。質量のある……木製の音だと霊獣の耳には聞こえたが、“人型”として二年も経ってしまったので正直怪しい。もう匂いを嗅ぐ嗅覚も、普通の魔族の軍人程度にまで落ちてしまっている気がする。
 気配を殺してウィアスは扉に向かう。今は武器は携行していない。夫婦の寝室に置いたままだ。しかし普段から魔法を主軸とするウィアスには、愛用の水剣もあまり必要はない。大規模な魔法――それこそ水神の召喚等だ――以外なら、高等魔術程度いつでも発動させることが出来る。
 ウィアスは現在の自分の装備を確認する。夫婦のプライベートの空間ということで、これといって防具は身につけていない。淡い色合いのワンピースには対魔の刺繍もなければ、魔力を増大させるためのアクセサリーの類いもない。
――魔都だから、と油断していたのは事実ですね。
 魔王アレスの守護する魔族達の国。ここはその国の首都であり、ここから数キロ離れた所には魔王アレスが居住する魔城が聳え立っている。戦乱の世にて、ここ程魔族達が穏やかに住める場所はないだろう。だからこそ、油断していたのだが。
 ウィアスの手が扉に掛けられる。外にはおかしな気配は、ない。
「……っ」
 ウィアスは扉を蹴り開けると、すぐには飛び出さずに壁を背にして外の気配を探る。しかしいつまで経っても怪しい気配を感じない。慎重に外へと顔を出す。
 夜の闇に包まれた扉の前に、大きな木製の箱が置いてあった。ちょうど人を一人寝かせることが出来そうな大きさだ。辺りに人の気配はしなかった。舗装された道に引き摺ったような形跡は見えない。まるでいきなりここに現れたようなその箱は、何故かウィアスの好奇心を刺激した。
 普段から冷静で、むしろ慎重な程の性格のウィアスだが、この時だけは何故かそうはいかなかった。それはきっと、この箱から愛しい――愛しい夫の匂いを感じ取ったからに他ならなかった。





 箱は見た目の割には軽かった。一瞬脳裏に過った『死体』という不安が解消されたことに安堵しつつ、ウィアスはその箱を家の中まで引き摺る。小柄なウィアスには箱を抱えることが出来なかった。箱はウィアスと同じくらいの大きさだ。
 やっとの思いで部屋に入れて、扉を静かに閉めてから、ウィアスはふぅっと小さく息を吐いた。
「……いったい、何の気遣いなんでしょうね」
 箱には愛しいゼトアの匂いが染み付いていた。おそらく魔力等が移らないように気はつけていたようだが、自分の鼻はまだ普通の魔族の娘まで成り下がってはいないらしい。
 誕生日の当日に贈ってくる箱なんて、誕生日プレゼント以外に他ならないが、もう少し他に贈り方があっただろうに。
 意を決して箱に手を伸ばす。すると頭の中に制止が掛かった。
『おい。それは本当にゼトアからの贈り物なのか?』
 最初は頭の中だけだったその声が、次第に耳から聞こえてくるようになる。勝手に上がる口角を自覚しながら、ウィアスは溜め息をついて答える。
「ヘルガ……これだけ彼の匂いがついているのです。贈り物なのは間違いないでしょう。中身が喜べるモノかは、また別の問題ですが」
『霊獣の鼻は健在ってか。あいつのことだ。また趣味の悪いモン贈ってきたんだろう。あいつ、お前のこと本当に女だと思ってるんだろうな?』
 この部屋にはウィアス“一人”しか居ない。だが、ウィアスは“二人”の合わさった魔族だった。正確に言うなら、霊獣のウィアスに、魔族の男のヘルガが混ざって、魔族の『魔将ウィアス』が誕生したのだ。
 ウィアスの夫であるゼトアは、同性愛者として軍の中でも有名だった。それは部下達の間では噂程度の話だったが、魔王アレスはそれが真実だとわかっていた。だからこそこの国の未来のために、ゼトアに『嫁を娶れ』と“命令”したのだ。
 己の『全て』だと言う魔王からのその命に、ゼトアは歪なカタチで従った。自分好みの魔族の男――ヘルガを女の身体に入れてしまえば良いと考えたのだ。
 本人曰く「俺は女も抱くことは出来る」と言ってはいたが、そうは言っても歪んでいるとしかウィアスにも思えない。ウィアスとヘルガ、二人の人格等完全に無視したその行為を――しかし二人は受け入れた。
 ヘルガは『ガーゴイルの呪い』によって死に面していたところを、ゼトアに“救われた”。戦争中の捕虜ということで暴力的な扱いを受けたようだが、死を予見していたヘルガにとって彼は憎しみの対象にはならなかったようだ。
 ヘルガという名はゼトアがつけたもので、彼はその呪い故に幼少期から酷い扱いを受けていたらしい。ガーゴイルの呪いとは、魔獣ガーゴイルのように身体が石化していく呪いである。常に喉の渇きに苦しみ、次第にひび割れた表皮に包まれて死に至る。
 本来ならば女性につけるその名をつけたゼトアの考えは、ウィアスにも手に取るようにわかった。ゼトアはウィアスの見た目にヘルガの精神を混ぜ込むことで、男との結婚生活を望んだのだ。
 だが、ウィアスの身体に染み付いた高い水冷の魔力が、ガーゴイルの呪いと順応したせいで、ウィアスの身体には中途半端にヘルガの意識が混在し、彼の意識が今のように表面化すると、顔の左側がヘルガの岩石のような肌の色へと染まり、更に瞳の色まで血のような深紅の色合いに変化してしまうようになったのだ。
 魔族は自身の高すぎる魔力のせいで、その属性に準じた肌の色へと染まっていく。魔将達も例外ではなく、ゼトアは褐色の肌に、ウィアスは薄い水色に染まっている。ヘルガ自身の元の身体も、岩のような灰色に染まっていた。
「ゼトアは女性の扱いが少し苦手なだけです。大真面目に選んだプレゼントを笑ってはいけません」
 顔の半分に向かってそう言うと、もう半分がゲラゲラと笑った。顔の輪郭はそのままに、美しい男性の顔が左側に浮かんだその姿に、初めて見た時はウィアスも驚いたものだ。だが魔力の波長が合うせいか、今ではそれが自然とまで感じてしまっている。
 二人はゼトアを愛していた。そして、彼も二人を愛した。ちゃんとウィアスをウィアスとして、女として愛してくれていた。
 だが、彼は無骨な軍人だ。男の色気を垂れ流したような精悍な顔立ちに、軍人としても長身な彼は、城下の女性達の憧れの的だと聞く。その鍛え上げられた胸板に包まれると、ウィアスの心は彼に独占されてしまう。
 しかし兵士を鼓舞し命令を下す以外には、普段の彼の口数は少なめだった。寡黙な男。愛の言葉も最低限。言葉よりも行動で示す男だ。そしてもちろん、女性への贈り物も慣れていないのだろう。毎年、ウィアスの“誕生日”や記念日には、見当違いのモノばかり贈られていたのだ。
「去年の誕生日は元の持ち主の“指”付きの指輪でしたね……」
『その前は俺達が混ざった日の一週間後ぐらいか……確か、血抜きもされてない死にたての霊鳥だったな』
 彼からの贈り物はその全てがウィアスの魔力を高めるための“装飾品”だった。常に魔力に反応して光り続けないと腐り落ちる魔石の指輪に、加工すると魔力を高める効果のある霊鳥の“素材”そのもの。寒気すら感じる美しい装飾品となったそれらを、ウィアスはいつも戦場にて身に着けている。
 少々乱暴な贈られ方をしてはいるが、彼がウィアスの身を案じていることには他ならない。そのため贈り物が多少血生臭いモノだったとしても、ウィアスもヘルガも笑って受け取ることが出来ていた。
「……今年はいったい……何なんでしょうか?」
『今度こそ、エルフくらいの死体でも入ってそうだな』
「まさか……」
 否定出来ない自分に苦笑しながら、ウィアスはついに箱に手を掛けた。がたりと重苦しい音を立てて箱が開く。木製の箱は底も浅く、ヘルガが指摘するような物騒なものは深さ的には入っていないようだった。深さ以外に否定する要因がないのがそもそも問題なのだが。
 箱の中には美しいドレスが入っていた。細部に至るまで光輝く魔石が散りばめられた淡い白のドレスは、人型としての生活が短いウィアスにとって少しばかり窮屈そうなデザインに見える。
 軍部に入ってから優雅な社交の場等、このご時世あるはずもなく。こういった類の服装とは今まで無縁だったウィアスにとって、この目の前の箱の中で煌めくドレスは、まるで自分のためのものではないかのように思えた。あまり詳しくは知らないが、貴族の着飾ったお嬢様が着るようなオメシモノというやつに思える。
『……おい? ウィアス?』
「……」
『固まっちまった……あいつ、やっぱり女モノのセンスが悪すぎる……』
 項垂れたようなヘルガの声にようやく心が現実に戻って来た。気を取り直してドレスに手を伸ばす。彼が選んだのは間違いないだろう。少しばかりデザインが古い感じがするのが、また彼らしい。人間達の間では歳の差婚なんて二十歳くらいが限度だろうが、長命である魔族やエルフは、数百歳と歳が離れていること等ザラにある。
 手に持つとまず、その重たさに目を丸くする。魔力に浸されでもしていたのだろうか。装飾として散りばめられた魔石のそれぞれから彼の深い大地の魔力を感じる。それはウィアスが今正に欲している存在であり、感覚で。暖かい母なる大地のその魔力が、いつもウィアスを包み込んでくれるのだ。
 どくりと、胸が熱くなる。
『あいつの魔力だな……このドレス、見た目は多少古臭いが、こいつを着れば……ずっとあいつに包まれたように過ごせるだろうな』
 魔力をヘルガも感じ取ったのだろう。言葉こそいつものからかいのような口調だが、その声にはとろりとした愛情が見え隠れしている。包まれた二人を想像して、きっと……ウィアスと同じことを考えているに違いない。お互いの気持ち等、手に取るようにわかる。
「このドレス……きっと、エルフ族の作ったものですね。そんな聖なる魔力で編み込まれたものを、これだけ染め上げるなんて……いったいゼトアは、どれだけの魔力をこのドレスに注ぎ込んだのでしょうか」
『これもあいつの愛の深さってやつだな。自分の魔力でお前に近づく男共に圧力を掛けちまえば、どれだけお前が着飾っても心配にならないってか』
 ヘルガの言葉にウィアスも笑った。彼の言う通りであればこんなにも嬉しいことはない。ウィアスの心は生涯ゼトアだけのものだが、普段は寡黙な夫がそんな嫉妬心を見せてくれるなんて。普段の彼には絶対に言えないが、そんな可愛い面があるのなら、もっと見せてくれたって構わない。
『なーに笑ってんだよ。お前、少しでも他の男に笑い掛けたら、相手の首が物理的に飛ぶかもしんねーぞ?』
「大袈裟ですよ。いくらゼトアでもそんな見境のないことはしません。それに、もし笑い掛ける時はアレス様にしておきますから」
 偉大なる魔王の名前は、口にするだけでも心が冷えるようななんとも言えない感情が波立つ。愛や情といった暖かいものではない、どこか鋭利な緊張感。そしてその隙間から、狂気に塗れた情欲や隷属といったものが見え隠れするのだ。
『……あまり魔王の名前を言うな。あの男は“全てを視通す”んだぜ。ゼトアがあの男を見る目も正気の沙汰じゃない。俺は正直、苦手だな』
 ゼトアは魔王のことを口癖のように『俺の全てだ』と言っている。幼い頃からの親友でもあるアレスとゼトアは、ウィアスから見ても特別な何かを感じる瞬間が時たまあった。そこには普段、何も思わないようにウィアスも意識していたし、ヘルガも敢えて口を挟むことはしなかった。
 だが、この目の前のゼトアの魔力に染め上げられたドレスによって、二人の心の蓋が少しだけ開かれたように言葉が零れ落ちる。
『俺もお前と同じ気持ちでゼトアを愛している。もちろんお前のこともだ。俺達は二人で一つだ。だから俺がお前の分まで魔王のことは嫉妬しといてやる。お前はいつまでもキレイなその心で、ゼトアを一心に愛してやればいい』
「ヘルガ……私だって、たまにはアレス様に嫉妬もしますよ。貴方の愛情だって伝わってきます。だから貴方にもわかるはずです。このドレスに込められたゼトアの想いが」
『……込められた想い?』
 ウィアスは黙って手に持っていたドレスを胸に抱く。途端に愛しい彼の魔力に包まれる。その魔力から感じる愛のあまりの深さに、ヘルガも言葉をなくしたようだ。これは彼からの“女性のための”贈り物だ。永い時を生きてきたゼトアだが、周りの反応を見る限り女性の“お相手”はウィアスが初めてだということは容易に想像がつく。彼の初めて、その言葉をつい思いついてしまい恥ずかしい。
「ゼトアの“妻”は私しかなれないということです。それはつまり、ヘルガ……貴方もその“一人”だということです。そこにどんな男も魔王様も、入り込む余地はありません」
 このドレスはお守りだ。このドレスだけではない。彼からの贈り物はいつも身に着けるものだった。それは目に見えて“俺の妻だ”という彼の意思表示に違いなく。普段使いするものではなく、戦や社交場等、“特別”な場所に赴く時に身に着けるものを贈ることで、彼は“他の男”を牽制しているのだ。
 それはきっと、魔王のことも然り。
「本当に、わかりにくくて、可愛い旦那様ですね」
 くすりと笑うウィアスの背後で、扉がノックされる音が響いた。いつの間にか大きな魔力がすぐ傍まで近づいてきている。気配を消してここまでやってきたに違いない愛しい彼を、とびきりの笑顔で迎えなければならない。
 壁に掛けられた時計に目を向けると、日付が変わってまだ数時間だ。誕生日当日、ということは叶わなかったが、多忙な夫が時間をここまで割いてくれたのだ。自然と顔が綻ぶのを、片方の口角がニヤリと笑った。
「お帰りなさい。今年も素敵な贈り物をありがとうございます」
 二人で一つの笑顔を浮かべて、ウィアスは愛しい彼の帰りを労った。




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