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回転木馬で見る夢を


 観覧車から降りたシズクとコウは、先程リュウトとケイトを見掛けた付近まで急いで向かった。
 さすがに走ると今以上に目立つので、手を繋いだままやや早足で、だ。もしかしたらもう移動しているかもしれないと不安だったが、二人はまだそこにいてくれた。
 この遊園地のメリーゴーランドは、馬の乗り物とそれに繋がれた馬車が回っている造りだ。馬は普通に茶色の毛のものもいるが、なかには白馬も数体いる。大きさもそれなりで、メルヘンチックな造りの屋根のおかげでなかなかに豪勢な見栄えだった。
 恋人の聖地のように隠れる場所がなかったので、シズクとコウは他の客に紛れるように、回り込むようにして二人に近付いていく。開けた場所に二人は立っていて、周囲にはベンチも何もないので、園内の壁に背を預けている形だった。
「俺ら、失恋仲間やねんなー」
「いったい、何回言うんだ。惨めにならんのか? 何度言ってもこの現実は変わらないぞ」
 なんとか二人の会話が聞き取れる位置まで近づいた。どうやらリュウトは失恋のダメージをそれなりには負っていたようだ。確かに少しは落ち込んでいたが、それでもいつも通りの飄々とした態度だったので正直、全然そんな風には見えなかったが。
「失恋仲間同士、付き合ってまう? 俺、ケイトちゃんのことは付き合う対象として考えたことなかったけど、人間としてはけっこう気に入ってるってか、尊敬してんで」
「なんて言い草だ……だが、それは私も同意見だな。リュウトくんのことは、人間として気に入っている。よし、その話……乗った」
「マジでー? うっわ、案外そういう答え聞いたら嬉しいもんやな。なら、これからよろしくな。ケイト。俺のことも呼び捨てで。もちろん……シズクやコウの前でも、やで。恥ずかしがったらただじゃおかんから」
「ふふっ……こちらこそ、だ。リュウト……これからよろしく頼む。さあ、これからはダブルデートというやつだな」
 ケイトがそう言って少し赤い顔をしながら忍び寄っていたシズクとコウに声を掛けて来た。どうやらこちらの目論見は全て筒抜けだったらしい。いくら人に紛れたといっても、やはり無理があったようだ。
「なんだよ。気付いてたなら言ってくれたら良かったのに」
「当てつけにお前らに聞かせたろと思って」
 頬を膨らましたシズクに、もうリュウトの甘い手は伸ばされない。代わりにそう言ってニヤリと笑いながら、彼は付き合いたての“彼女”の腰に手を回す。
 とうとうケイトの顔がゆでだこのように赤面する。そんな彼女の耳元で、リュウトが「カワイイ奴」と囁くのが聞こえた。
「おめでとう。二人共。さあ、閉園まで時間的に、もう乗れるものは一つが限界だぞ? どうする?」
 にこやかに拍手しながら、コウがシズクに目配せする。コウにはまだ何も言っていないのに、シズクが何かに乗りたそうにしているということを察したようだった。さすがコウ。リュウトも勘が鋭いが、コウもなかなかに気配りが上手だ。
「もし、二人が乗りたいものがないのなら……俺に提案があるんだけど……」
「ん? なんや? 何か乗りたいもんあるん?」
「私はシズクくんの乗りたいものになら賛成したいな。遠慮せずに言ってくれ。今日は四人で楽しむ日だからな」
 付き合いたての二人に遠慮したシズクだったが、その二人からは優しい肯定の言葉が返って来た。本当に人間として尊敬する。そんな二人が結ばれたことが嬉しいし、自分の恋人もまた、そんな二人にも劣らない理想の男性だ。
「えっと……これ。メリーゴーランド乗りたい」
 シズクが指差したのは目の前で回転するメリーゴーランド。白馬の王子様をコウに見立てて、メルヘンチックな幸福を楽しむのが夢だったのだ。
――ちょっと、乙女過ぎたかな?
 この場で心は一番乙女だろうなと自覚しているシズクは、恐る恐る提案し、そして反応を窺う。
「なんやそれ! めっちゃシズクらしいわ! よーし、ケイト。俺らシズク姫を守る位置の馬に乗ろ」
「ははっ、それは良い。私も乗馬を経験したかったところだ。お供しよう」
「おいおい、動かない馬だろうが……シズク、俺はもちろん白馬担当だよな?」
 最後には四人で笑い合って、そのまま列に並び、メリーゴーランドに搭乗する。
 動かない馬だと自分で言っておきながら、コウはシズクの手を引いて馬に乗せてくれた。もちろんコウが乗る白馬の横の、少しだけ小ぶりな馬にだ。リュウトはその前列で、勇ましい武装をした馬に跨っている。対してケイトは可愛らしい、メルヘンな色合いの馬に跨っていた。
 動き始めるブザーが鳴り響き、それから軽快な音楽と共に舞台が回転し始める。周囲の目がメロディーに釣られてシズク達に注がれる。
――ここは、夢だった世界だから。
 シズクは隣のコウに手を伸ばした。コウはシズクの気持ちを悟ってその手を躊躇なく掴んでくれる。目の前の二人が嬉しそうに笑い、シズクとコウに倣ってお互いの手を取る。
 好青年とカワイイ系の男同士カップルと、色男と男みたいな女のデコボコカップル。周囲の好奇の目が、メリーゴーランドから自分達に移り変わる。
 それでもシズクは笑って、その視線を受け止めることが出来た。こんなもの、この四人なら――大好きな恋人と、親友達となら、どうってことはない。
 メリーゴーランドが止まる頃には、好奇の視線はなくなっていた。
――ここは夢みたいな世界だけど、明日からだって変わらない。人の目なんか気にしない。俺はコウに褒められた『カワイイ俺』を大事にするし、ケイトちゃんはリュウトに褒められた『カワイイ乙女心』を大事にするんだ。
「シズク。大好きだよ」
「うん。俺も……コウが大好きだ」
 優しい彼の大きな手に支えられて、シズクは馬から降りる。メリーゴーランドの舞台から降りる彼の姿は、本物の王子様のようだった。

 END
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