回転木馬で見る夢を
ぐらりと視界が揺れる。思わず倒れ込みそうになったが、シズクはそれをなんとか我慢して木々の角から飛び出さないように踏ん張った。
――嘘だろ? リュウトも、コウが好きだったなんて……
息を整えながら二人に視線を戻すと、コウも目を見開いてリュウトを見、それからようやく口を開く。
「……お前は、シズクのことが好きなんだと思ってた」
「ああ。シズクのことはめっちゃ好きやで。だって、お前が好きな相手って知ってたし」
「……なんだって?」
「入学式の時な、俺、お前に一目惚れしてん。噂は散々知ってたけど、実物見てもう、お前のことしか考えられんくなってもた。お前が一人になる時に近付こう思て下校の時につけてたら、シズクがバイトしてるファミレス入ってったからびっくりしたわ。ま、一番びっくりしたんは、窓から見えたお前のシズクを見る目ぇやったけどな」
「……それで俺がシズクのことを好きだとわかったのか。でも、それならなんでシズクにあんな……“好意的”に接してたんだ? 俺が言うのもなんだけど、お前とシズクのじゃれ合いは、友達同士のやり取りには見えなかったぞ?」
「俺な……自分で言ってて虚しなるけど、歪んでるんやわ。好きな相手が傷つくん、見るん楽しいねん。俺がシズクのこと落したら、お前はきっと泣いてくれるやろ? その顔を見たいんやわ」
初めて聞いた、リュウトの本心だった。あれだけモテているであろうリュウトの裏の顔。だから今まで、本命の女の影もなかったのか? だからあれだけ熱心に、シズクによくしてくれていた?
「そんなことの為に、シズクに……シズクを傷付けるようなことを言うのか? いや、シズクだけじゃない! ケイトちゃんまで巻き込んで……」
「あー、あの子は、まあ……なぁ、ちょっと申し訳ないとは思ったけど……」
ここで初めてリュウトが苦笑いを浮かべた。バツが悪そうにその瞳がコウから逸らされて、そして――木々に隠れて様子を窺っていたシズクと目が合う。
「っ!?」
「シズク……」
「えっ!? シズク!?」
シズクの名前を呟いたまま固まってしまったリュウトとは逆に、コウは弾かれたようにこちらを振り向いた。まるでシズクがいるということを否定したいかのようなその声に、思わず涙が滲んでしまう。
「コウ……それに、リュウト……お前、そんなこと思ってたなんて……」
観念して木々の陰から出たシズクに、リュウトは冷たい瞳で見返して来た。どこか他人事のようにすら思えるリュウトとは異なり、コウはシズクに駆け寄るとその暖かい腕で力強く抱き締めてくれる。
「ごめん! 俺、勘違いしてた。シズクがケイトちゃんのことを好きだってのは、こいつの嘘だったんだな……」
「うん。俺が好きなのは、コウだけだよ。ケイトちゃんも……リュウトも大切な友達だから」
コウに抱き締められたままそう告げた。抱き合ったままリュウトに目をやると、彼の口元には冷徹な笑みが浮かんでいて。
「うわー。寝取られた気分。アホらしいてもう、やってられんわ」
半ば呆れるような声で、リュウトがこちらに近付いてくる。今まで見たことのないその冷たい笑みに、シズクは思わず目を伏せてしまう。するとシズクの頭をコウが優しく撫で、歩み寄るリュウトから庇うように前に出た。
「シズクはこんなお前のことを、それでも大切な友達って言ってるんだぞ? 謝れよ」
「……もうお前らとは友達でもなんでもないわ。そんな無理して機嫌取らんでも、クラスの奴らにお前らのことホモなんて言わんて。墓穴掘ってもたらアホみたいやし……ほな、邪魔もんは消えるわ」
そう言って立ち去ろうとするリュウトに向かって、シズクは半ば反射的に駆け出していた。コウの手を潜ってほとんどぶつかるようにしてリュウトに抱き着く。そんな勢いで抱き着いたというのに、リュウトは半歩後ろに下がっただけで、難なく受け止めてくれた。どんなに細くても男の頼もしさを感じる腕が、少し躊躇してからシズクの背に回された。
「なんやねん、シズク……俺の言葉、聞いとったやろ? 俺、お前とケイトちゃんに酷いことしたんやで?」
「うん、聞いたよ……でも、俺……やっぱりお前のことは、嫌いになれないからさ……」
「なんやそれ……なん、やねん……」
最後は涙にまみれたその声には、彼の本当の心が滲んでいた。優しい、入学当初に出会った頃から変わらない親友の声だ。そこには今まで思っても見ない本心が隠されていたけれど、それでもその声に救われていたのは真実だから。
「シズクが許すなら俺も許すよ。って、振られた相手に言われるのは迷惑かな?」
涙でぐちゃぐちゃになった顔でリュウトと笑い合う。そこにコウがそう言いながら加わって、まだ陽の高い青空の元、三人で抱き合った。
「俺ってモテるやん? 一応これでも振られたことなんかなかったんやで? でも今日で一気に二人に振られてもたー。どうしよー。こんなん恥ずかしいて誰にも言えんわ」
「そもそも同性相手って、いくらリュウトでも言えないでしょ。俺だって、一番の親友のリュウトにすら相談出来なかったんだから……」
「ん……そうか? 俺はけっこう好きになったらそんなん考えんけど……そもそも男相手なん初めてちゃうし」
「えっ!?」
「おいおい、マジかよ」
突然の親友の告白に、コウと一緒に面食らう。そんなシズク達の反応が面白いのか、リュウトはあっけらかんとした態度で大笑いして見せた。
「中学ん時に惚れたんも男やったわー。もちろん、女の子も大好きやけどなー。男はむしろ男らしい奴が好きやから、ごめんやけどシズクはタイプちゃうわー」
「な、なんだよそれー!」
「はははっ、シズクはもう俺のものだから、リュウトに振られても構わないだろ? 男はもう、俺だけ見てたら良いよ」
じゃれ合いのように三人の時を過ごせる。なんて幸せなことなんだろう。
――ほら、そんなこと言って……やっぱりリュウトは甘いんだから。
彼の瞳に浮かんだほんの少しの哀しみを、シズクは生涯忘れないと心に誓う。ここには確かに想いを成就させた二人がいて、失恋をした一人がいるのだ。
緑の木々が騒めいて、恋人の聖地にカップルが入って来た。少し涙は目に溜めていたが、男子三人が笑い合っていたおかげで、場違いなバカ騒ぎをしている集団としか思われなかったようだ。
甘い空間を邪魔するなとばかりの軽蔑のこもった視線にはうんざりしたが、そろそろここから離れても良い頃合いだ。ケイトも心配しているだろう。きっとあのカフェでまだ、三人の帰りを待っているはずだ。だって、そうじゃないと――
「……早く帰ろう。ケイトちゃん怒ってるだろうし」
「なんやあシズク? 腕っぷし敵わんからって、オンナノコにビビってるんか?」
「いや、多分リュウトも敵わないから……って、失礼過ぎるだろ! シズク、なんでそんなに怯えてるんだ?」
「いや、だって……まだ俺達、カフェの代金払ってないよね……?」
さっと青ざめたリュウトの横で、コウもその顔色こそ変わらないものの「行こう」と短く言って歩き始める。そしてそんな彼に手を引かれて、シズクも「うん」とニヤけてしまいそうになる口元を引き締めたのだった。